蔑ろにされた王妃は見切りをつけた。なお、王が気付いた時には手遅れでした

奏千歌

第1話 夢見ていたもの 諦めたもの



「素敵!王子様、素敵ね!私、王子様と結婚したい!」




 無知で無邪気な子供の戯言。


 でも、それを叶えてしまうのが、私の生家だった。


 どれだけ後悔しても、あの日に戻る事はできない。


 当時の王太子殿下と婚約したのは、私、フリージアが7歳、アンドレア殿下が12歳の時だった。


 婚約期間は11年。


 私達が結婚したのは、私が成人を迎えた18歳の時だ。


 その時すでに、アンドレア王太子殿下は即位し、国王となっていた。


 前王陛下が早くに逝去されてしまい、若き王を支えるためにも、私達の結婚は急がれた。


 だから、たとえ始まりは子供の戯言でも、王家を支える為には私の生家、ドレッド公爵家の力添えが必要だった。


 私も、お慕いするアンドレア様を支えていくつもりで、11年もの月日を王妃教育に励んできたつもりだった。


 それなのに……


 初夜を一人孤独に寝室で過ごし、朝を迎えた室内で、ボーッと天井を見上げていた。


 上体を起こしただけで、ベッドの上から動く気にはなれなかった。



(アンドレア様は、私の元には来てくださらなかった……)



 彼がこの夜をどこで過ごしたのかは想像に容易い。


 結婚すれば少しは変わるのかと思っていたのに、まさか初夜から蔑ろにされるとは思ってもいない事だった。


 もう間も無く、朝の支度をする為に侍女達がここを訪れる。


 その時に、一人で初夜を過ごした王妃を見て、何を思うのか。


 カーテンの隙間から陽光が漏れ出る室内に、扉がノックされる音が響いた。


 朝を迎える事がこんなに憂鬱になるなんて、思ってもいなかった。


「失礼します、王妃殿下。朝の身支度に参りました」


 数名の王妃専属侍女が室内に入ってきた。


 訓練された彼女達は、顔色一つ変えずに私の身支度を始める。


 この部屋の外では何を話していたのかと、疑心暗鬼になる気持ちをグッと抑えて、表情を取り繕って平静装う。


「今日の予定を申し上げます」


 支度が終わり、椅子に座ってお茶を飲みながら侍女の報告を聞いていたけど、これから朝食の場であの人にどんな表情を向ければいいのか。


「きっと、殿下を気遣ってのことですよ。婚礼の儀式で、殿下がお疲れだったから、気を遣われたのだと思います」


 俯いてしまっていたものだから、公爵家から付いてきてくれた侍女のソフィーが、そんな言葉をかけてくれたけど、その慰めの言葉が、余計に私を惨めにさせて、そっと気付かれないように息を吐いていた。


 いっその事こと、部屋で食事を行うと伝えようかしら……


 いいえ、ここで逃げてはダメよ。


 それこそ、アンドレア陛下の真意を確かめなければ。


 彼はこれからずっと私を避け続けるつもりなのか、まだ、気持ちの整理が出来ていなかっただけなのか。


 どちらにせよ、私達は国王夫妻として国を支えていかなければならないのだから、このまま私を蔑ろにし続けるはずがない。


 そう自分に言い聞かせると、侍女を伴って食堂へと移動していた。


 朝食が用意されているであろうその部屋に入ると、私を待っていたのは驚愕の光景と、それによって打ちのめされる事だった。


 開けられた扉の先に見えたのは、陛下とその愛人であるジェマが二人で食事をしているといったものだった。


 私が来るのを待たずに、二人で楽しげに食事を進めており、そして、私の分の食事はどこにも用意されていなかった。


 いや、私が座るはずの場所にジェマがいるのだ。


 周りに控えている使用人達の表情はみな一様に固い。


 アンドレアからは、何故ここに来たと言わんばかりの蔑むような視線を向けられた。


 ここにお前の居場所はないと言いたげに。


 ジェマは私に流し目を向け、赤い唇をニヤリと歪めてみせた。


 結婚二日目にして、何故、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか。


 私との婚姻の意味を、この人達は理解していないのか。


 ただの子供の戯言のせいでこの婚姻が成されたと、未だに思っているのか。


 溢れかえりそうな感情を抑えて、指先がわずかに震えていた。


 このまま何も言わずに黙って引き下がれば、惨めな自分の立場を認めた事になる。


 でも、どう思われようと構わなかった。


 口を開けば、受けた教育なんか忘れて、感情のままに怒鳴り散らす事しかできない。


 きゅっと口を引き締めて、感情を押し殺し、踵を返して部屋に戻っていた。


 背中を笑い声が追いかけてきたけど、無視する事しかできなかった。


 部屋に戻って一人にしてもらうと、ベッドに突っ伏して顔を覆って咽び泣いていた。


 彼らの姿が私の脳裏にこびり付いている。


 この国の王家、貴族には、金髪に青か緑の瞳を持つものがほとんどだった。


 アンドレア陛下も、身分としては下級貴族のジェマも金髪碧眼だ。


 私は、ストロベリーブロンドにグレーの瞳のこの国では馴染みのない色をしていたから、その見た目からすでにアンドレア陛下は嫌っていた。


 いや、見た目が気に入らないという理由が大部分を占めているのではないかな。


 まともな貴族ならそんな幼稚な理由で国王が妃を拒むのかと思われるかもしれないけど、アンドレア陛下の中では、黄金の髪が王侯貴族の証と思っていたのは知っている。


 “混ざりもの”と、私を揶揄していたくらいだから。


 部屋で一人で過ごしていると、自分の中を整理しきれない様々な感情が駆け巡る。


 幼稚な事をする二人への怒り、陛下を矯正できなかった悔み、彼らが今後を想像できない事への呆れ、自分が蔑ろにされている状況への嘆き。


 婚約期間中も、陛下は私に冷たい態度をとり続けていた。


 エスコートも必要最低限で、すぐにジェマの元へ行っていたし、贈り物も直接されたことなんかない。


 誕生日を祝ってもらった事もなければ、優しい言葉をかけてもらった事もない。


 両親が真剣に結婚を断る事を考えるくらいに、陛下は私を大切にしてこなかった。


 ほんの少しだけ期待している部分もあった。


 結婚すれば何かが変わるのだと。


 だから、憤る両親をなだめてこの結婚に至ったのに……


 でも、結局、何も変わらなかった。


 陛下は、私を、王妃を、必要としていない。


 それがどんな結果を招くのか。


 今の私はまだ、どうにかして関係を修復できないかと、その事を願っていたくらいだったけど、わずかな希望も無残にも打ち砕かれる事になる。




「フリージア様……本日も陛下はジェマ様の寝所へ行かれました……」


「そう……」


 侍女のソフィーの方が悔しげな顔をしていた。


 結婚した日から毎晩の事で、私はもう諦めに近い感情を抱いていた。


 幼い頃は、アンドレア様と手を取り合って国を支えていけるのだと、夢見ていた。


 自分が王国を支えていける事を、誇らしいと思っていた。


 でも、現実は……


 侮辱を受けたあの日から、陛下と顔を合わせない日常が当たり前になった。


 私は自分に与えられた執務室にこもり、陛下が手を抜いた公務のフォローを余儀なくされた。


 今も陛下は、当てつけのようにジェマの腰を抱き寄せて庭を散歩している。


 私が少し視線を向ければそれが良く見えてしまうため、手元の書類に集中していた。


 でも、すぐに視線を上げて、同じく執務に忙殺されていた国王補佐官の顔を見た。


「この金額は間違いないのですか?」


「はい。王妃殿下」


 彼も苦々しげにしている。


 頭が痛かった。


 城に納品された品目を見るに、ジェマの散財は目に余る。


 彼女への予算はこんなに多いはずが無いのに。


 その資金源はどこなのか、少し考えればわかる事だった。


 おそらく、王妃に使われるべきお金を彼女に使っているのだ。


「貴方の言葉にも、陛下は耳を貸さないのね」


「はい……」


 また、ため息が出た。


 どこまで私を馬鹿にすればいいのか。


 ジェマが購入した品目と金額を書き写し、それをファイルに挟んだ。


 こんな日が毎日続いていった。


 華やかな場にアンドレアとジェマが二人で姿を見せる一方、私はずっとこの執務室で過ごす。


 虚しい時間が過ぎる。


 でも、転機が訪れたのは、ある人の来訪からだった。


「妃殿下。ローハン閣下がお会いしたいそうですが、いかがなさいますか?」


「ローハン公爵様が?すぐに時間を設けるとお伝えして」


 机の上を軽く片付けて、予想していなかった方との面会に備えた。




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