平穏な日々の終わり

 思い返せばその日も、平凡な訓練の日常になるはずだった。

 俺はサカモト・タケル。このホツマ教星系軍で明日のエースを夢見て日々訓練に励む、パイロット候補生だ。

 成績は……自分で言うのもなんだが学科は優秀。しかし実技がどうにも追い付かない。

「サカモト、お前は機体を大事にしすぎる」

 今日も滑らかに舗装された通路を歩きながら、俺は毎日教官から繰り返されている言葉を思い返していた。

 分かっちゃいるけど……機体、傷付けたくないんだよなあ。

 しかたねーだろ。人型機動兵器セイバーが好きで軍に志願したんだから。

 ロボットに乗る。地球世紀の昔から男の子の夢だよなー。

「アーニキ♪ 今日も教官にこってりしぼられた?」

 そんな思いをめぐらせていると、とたとたと軽い足音が追い付いてきて、小柄な女子少尉がからかうような声をかけてきた。

「うっせ。お前ももう正規軍なんだから、いちいち俺にかまってくるなよ」

 俺はぱん、と背中を叩いたその女の手を邪険に払った。

 こいつはサカモト・ヒマワリ。名前から分かるだろうが俺の妹。兄とは反対に学科はイマイチだが実技優秀。すでに俺を追い抜いて正式任官を済ませ、最新鋭の”サムライ”を受領することが決まっている。

「でもサムライって白兵戦向け機種だろ? 可愛い妹を危険な最前線に送りこむのは心配だなー」

 なんとはなしに口にした俺の言葉に、ヒマワリはにんまりと八重歯を光らせた。

「どーんとまかせて。アニキは後ろから”スナイパー”ででも砲撃してるといーよ☆」

 自信満々で宣言すると、あんまりない胸を偉そうに叩く。

「スナイパーねえ。武装過剰で機動力にしわ寄せがきてるって評判だし。俺はそれよりも」

 気のない声で呑気な返事を返しかけた、その時。

 突如警報が鳴り響き、各種表示が警戒イエローに彩られた。

「正規軍隊員は総員配置に付き、非戦闘員はシェルターに退避してください」

 中性的な人工音声が非常事態の発生を告げる。

「侵入者? (……例の件かな)。行かなきゃ! じゃ、アニキ!」

 妹は素早く情報表示を読み取ると、しゅたっと敬礼して慌ただしく駆け出して行った。

「っと俺も避難しなくちゃ。手近のシェルターは、と」

 遅ればせながらこっちも非常事態に対処しようとした、その矢先。

 表示が危険レッドに上がると同時に、頭上を影がよぎった。振り返ってその正体を確かめる。侵入者は二機の人型機動兵器セイバーと、一機の球殻型機動兵器ゴンドラだった。

「”ノービス”二機に……”ウロボロス”」

 こちとら機動兵器オタク。これだけは豊富な知識ですばやく敵の機種を判定する。

ノービスはそろそろ旧式化してきた多目的機種。ウロボロスはステルス性能を高めた偵察用機種。強行偵察目的なら、まあ標準的な編成だろう。

 などと脳内でのどかにコメントしていると、ノービスの片方のビーム・ライフルの銃口が光った。

「だあっ! 撃ってきた!」

 閃光と轟音とともに目の前で建物が消し飛ぶ。慌てて手近なシェルター目指して逃げる。

 しかし軍事区画からの非常脱出口を目指した俺の行く手をふさぐように、ノービス二機からの攻撃が建造物を破壊した。

 泡を食って反転して区画の奥に走る。三機の機動兵器はそんな俺を追い立てるようにスラスターを吹かしビームを撃っては構造物を破壊する。

(なんだこいつら、こっちの逃走経路を読んだみたいに追いかけて来やがる)

 差し迫った死の恐怖に震えながら、俺は頭の片隅でそんな感想を抱いていた。

 手近な脱出口を目指すたびに、先回りして潰される。慌ててきびすを返す。それを何度繰り返したか。気が付けば建物の奥へ奥へと誘われるように足を向けていた。

 目の前はもう候補生立ち入り禁止の機密エリア。しかしこの攻撃の影響か、セキュリティが切れて出入りできるようになっていた。

「非常事態だし……謝れば許してもらえるよな? 人命第一」

 俺は誰に言うでもなくつぶやくと、人目をはばかりながら立ち入り禁止ラインを踏み越えた。

 敵はあいかわらずしつこく俺を追いかけてくるような機動を披露する。ついでに奥へ進むほどに強化されていくはずのセキュリティも軒並み無効になっている。気が付けば俺は誘われるように、「X68kハンガー」と看板のかかった聞き覚えのない区画に入りこんでいた。

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