弐拾伍:サムライガールは姉と戦う

『なかったこと』になったことが『なかったこと』になり、様々な修正が行われた。そのほとんどが不祥事の発覚などだが、最初に『なかったこと』になった二人のダンジョンアイドルの存在も元に戻る。


 情熱の深紅クリムゾン純粋たる白雪スノーホワイトはノヨモモモ岩戸で消えることなくダンジョンアイドル活動を続けた。その活動は地道だが少しずつ世間に認められ、そして今やダンジョンアイドルの存在は企業も無視できないほど大きくなったのだ。


 三大企業合同の祭典こそ行われないが、各企業はダンジョンアイドル専用のセクションを設け、宣伝や広報などに力を注いでいる。メディア展開やダンジョン配信など活動幅は手広く、消滅する前の紅白ピエロが言っていたようなダンジョンアイドルというだけで冷遇されることはなくなったのだ。


 要約すれば『クリムゾン&スノーホワイトという祭典こそないが、ダンジョンアイドルの地位はそのままの世界』になったのである。


 そしてややこしい事に『クリムゾン&スノーホワイトという祭典があった世界』の記憶も有することになる。本来は『なかったこと』になった時間軸だが何故か記憶から消えることはなかったのだ。


「ええと、多分ですけど50年近い歴史の修正ですからこういう齟齬を起こさないと破綻するんじゃないですか? 50年のクリムゾン&スノーホワイトの歴史を完全に消せば何かしらの破綻が生じるとか?」


 しどろもどろにそう結論付ける里亜。長い歴史をそのまま『なかったこと』にすれば、どこかで破綻が生じる。存在しない記憶に悩んだり、ありえない幻想を視たり。ならばその記憶自体は残した方がいいという事なのだろう。


 その処置を行ったのが人間の脳なのか、或いは世界そのものに何かしらの力が働いたのか。それは誰にもわからないが。


 ともあれ世界は修正され、ダンジョンアイドル達は変わらず――正確に言えば大きく変化したのだがややこしいので変わらずとする――活動している。その中には、


『スペーススター☆アストローラ! 下層入りです!』

『ケロティア様は下層ボスに挑みますわ。皆様、応援をお願いします!』


 実力派ダンジョンアイドルと呼ばれる者達の最先端は中層を突破し、下層で活動する者も出始めてきた。半年前まではアトリの下層ソロがフェイク以外ありえないと断言されていたのに、今や下層に挑むことは一種のトレンドになっていた。


 ……………………。


「おー。アイツ、下層デビューか。先越されたなぁ」


 タコやんはアストローラの下層入り宣言を聞いて、のんきにそう呟いた。タコやんがメインに活動しているのは中層だ。曰く『下層はキツイわ。ウチは頭脳派やし斬った張ったはアカンねん』という理由で下層挑戦はパスしているのだ。


「何言ってるんですか、タコやん。鹿島さんと下層ボスに挑んでたじゃないですか」


「むしろ下層デビューすっ飛ばしていきなりボス戦とかおかしいやろ。コイツが無茶言うから付き合っただけや」


「むぅ、タコやんの知識と機転さえあれば下層は問題ないと思うのだが。


 事実、岩戸での活躍は見事だったとしか言いようがないぞ」


 里亜、タコやん、そしてアトリは語り合う。


 場所はいつものファミレス。アトリとタコやんと里亜はいつものテーブルでいつものように食事をしていた。


「オーサカの女は口先達者やからな。って、だれが口だけ女やって!?」


「照れて一人ボケツッコミしないでくださいよ。でもあれは大した機転でしたよ。よくあの場で思いつきましたよね。里亜じゃとても思いつきませんよ」


「里亜の説明も立派だったぞ。何がどうなっているのかが、すとんと腑に落ちたし」


「きゃー! アトリ大先輩もっと褒めて! あと斬って!」


「いや斬らないから」


 そんないつもの三人の会話だが、いつもと違う光景が一つだけあった。


「ふーん。皆仲良しねー。ふーん」


 アトリ達三人の対面で拗ねるようにジュースを飲んでいるアトリの姉。<武芸百般>鳳東――ツグミがいるのだ。


「うむ、タコやんと里亜は友人だからな。相応に仲がいいぞ」


「っていうかねーちゃん何でおるねん?」


「ですよねぇ。待ち構えてたように店の前にいて、しかも同席してますし。ストーカーですか?」


 ツグミは三人がいつも使うファミレス前に立って待っていたのだ。


 無言でアトリ達と一緒に来店し、そのまま流れるように同席したのである。何か用があるのだろうという事なのだろうが、何故か今まで無言でアトリ達をじっと見ているだけだった。


「ストーカーじゃありません!


 お姉ちゃんは『ストイック』なんですぅ! クールアンドビューティ! たこたこチャンとかりありあチャンに大人の魅力を教えるためにイメチェンしたのよ!


 どう、ほれ直した? 大人の魅力に惹かれたでしょ?」 


「言うてええか? ないわー」


「社会的信用って一度崩れると取り戻せないんですよ」


 無言キャラを演じていたツグミは我慢の限界に来たのか素に戻る。そんな様子に呆れたタコやんと里亜の容赦ない一撃が襲った。


「みゃあああああああああ!? 助けてアトリ! 貴方の友人が言葉のナイフでお姉ちゃんを刺してくるの!」


「哀れとは思いますが自業自得です」


「アトリの馬鹿ぁ! お姉ちゃんを助けない妹に価値なんてないんだから!」


 すがる姉に残酷な現実を告げる妹。姉はアトリを指さし嘆いて、色々ブレンドしたジュースを一気飲みした。


「酔えない! アルコールがない飲み物なんて滅びればいいのよ!」


「酔わないでください。というか本当に何をしに来たんですか?」


 いきなり騒ぎ出す姉を早く帰ってくれないかなぁ、という目で見るアトリ。


 3年間探していた相手ではあるが、ウザったい相手には違いない。さらに言えばここに居るツグミは【投影体】によるコピーで、厳密に言えば本人ではない。本物の姉は深層の奥にいるのだ。


「む、酷いわね。約束果たしてあげようと思って来てあげたのに」


「約束?」


「そうよ! クリスノの件が終わったら戦ってあげるって約束したでしょ!」


「おお。そういえば」


 ツグミに言われてそのことを思い出すアトリ達。


「そう言う約束しとったなぁ。いろいろ大変やったから忘れてたわ」


「ですよねぇ。でも決着ついてるんじゃないです? お姉さんが倒せなかったピエロをアトリ大先輩は斬ったわけですし」


「倒せなかったんじゃないの。ウザキモピエロ2回殺したら飽きただけよ。あんなのに付き合ってられないわ!」


「やっぱり飽きたんですね、姉上……」


 岩戸での戦いとその後の変化でツグミと戦う約束を忘れていたと素直に認めるタコやんと里亜。言い訳するように胸を張るツグミに呆れたように答えるアトリ。


「まあいいわ。お姉ちゃんができなかったことを成し遂げたことは評価してあげる。


 まあアトリは飽きずに斬っていただけで、あのピエロの能力を消したのはたこたこチャンとりありあチャンだし? ぶっちゃけアトリだけの貢献じゃないわよね」


 挑発するように言うツグミ。アトリを小ばかにした言い方にタコやんと里亜が反論するより先に、


「うむ、その通り。私とタコやんと里亜で倒したのだ。


 良い戦いだったよ」


 誇らしげにアトリが答えた。


 三人で倒した。誰一人欠けても今の結果はなかった。


 そのことに力不足ではなく、むしろ充実したとばかりに頷いて。


(…………この、アホっ!)

(アトリ大先輩ッッッッ!)

(ああ、うん。羨ましいわ)


 その満足げな顔に、タコやんも里亜もそしてツグミも言葉を失った。タコやんと里亜は自分が頼られたという意味で、ツグミはあの妹が他人を頼ったという意味で。


「せやな。ウチ等の勝ちや。姉ちゃんらのチームは勝てへんかったもんな。そう言う意味じゃ、『ワンスアポンナタイム』も地に落ちたってか?」


「当時は『ワンスアポンナタイム』結成されてなかったですけどね。でもそう言う事です。つまらない挑発で戦闘前にアトリ大先輩の気を削ぐ作戦は失敗ですね」


「うぐ……っ!」


 アトリの答えとタコやんと里亜の言葉にダメージを受けるツグミ。里亜の言うように戦う前に相手の気迫を削ごうとしたのは事実だ。だけど確かめたかったことはもう一つある。


(ほーんと、仲いいわよねこの子達。羨ましいわ。


 この子達ならいずれ『ワンスアポンナタイム』に追いつく。そして追い抜いていくんでしょうね。三大企業の思惑の先。お姉ちゃんが届かなかった未来さきへと)


 アトリとタコやんと里亜。そのチームの結束を見て満足するツグミ。三大企業の思惑に囚われた『ワンスアポンナタイム』では届かない先。きっとそこまで行けるのだろう。

 その可能性ポテンシャルを認めたうえで、ツグミは胸を張る。


「ふん! 簡単にお姉ちゃんを超えられるとは思わない事ね!」


 もちろんダンジョン配信の先達として負けてやるつもりはない。そう言う意味を込めてツグミは叫んだ。


「ハッタリ失敗して開き直ったか」


「負けフラグビンビン立ててますよね」


 ツグミの心情を知らないタコやんと里亜からすれば、盤外戦略に失敗して居直ったようにしか見えないが、それはともかく。


「超えてみせますとも、姉上。それで勝負はいつどこで行います?」


 アトリの問いかけに、ツグミはニヤリと笑って、

































「当然――! 今! ここでよ!」
































 座ったままの状態で袖口に隠していた投擲用ナイフをアトリに投げつけた。アトリは両隣にいたタコやんと里亜を突き飛ばし、至近距離からの不意打ちナイフを素手で受け止める。


「は? は? いきなり何を――?」


「うぇえ! いつの間にか他のお客さんとか店員とかいなくなってるんですけど!?」


 いきなり突き飛ばされて慌てるタコやんと里亜。その後状況に気付き叫ぶ里亜。言うように気が付けばファミレスの人払いは済んでいた。店員の服を着た人達がタコやんと里亜を戦闘に巻き込まないように引っ張って誘導する。


「ふっふっふ。お金を払ってこのファミレス自体を購入済み! 客も店員も全部お姉ちゃんが雇ったサクラなのよ!


 全てはこの不意打ちだまし討ちのため!」


 言いながらアトリへの追撃を止めないツグミ。ナイフ投擲から間髪入れずに懐から拳銃を抜き、容赦なくアトリに弾丸を叩き込む。そして弾倉内の弾丸が尽きるより前に閃光弾を放った。強烈な光と轟音が放たれ、そして――


「私の日常の中に刃を仕込み、一気呵成に叩き込む。流石は姉上、容赦のない先制攻撃でした」


「ちっ、無事か。あの状況から抜刀して弾丸を弾き、スタングレネードを机に隠れて回避したとか。お姉ちゃんの妹ながら大したもんよね」


 閃光が晴れた場所に、抜刀したアトリと二刀流カランビットナイフを装備したツグミが立っていた。双方共に強者を前に嬉しそうに笑っている。不意打ち闇討ちだまし討ち上等。これこそ望んだ戦いだとばかりに。


「……お前ら。ホンマ似たもん同士の姉妹やなぁ……」


 安全圏に移動して呆れる余裕が出てきたタコやん。もう好きにしろ、とばかりにため息をついた。


「不意打ちは通じませんでした。いつぞやのピエロの時のように飽きて撤退しますか?」


「そうね。飽きたし帰ろうかし――」


 アトリの言葉に力を抜いて肩をすくめるツグミ。指にはめたカランビットナイフをクルリと回し、


「――ら!」


 そのままアトリに切りかかるツグミ。飽きたなど言葉だけ。騙して再度不意打ち敢行。しかしそれを予想通りとばかりに受け止めるアトリ。


「お姉ちゃんの強さを徹底的に教えてあげるわ!」


「ええ。姉上こそお覚悟を!」


 刃と刃が交差し、皮膚を裂き鮮血が飛ぶ。


「この戦い、姉ちゃんのチャンネルで配信されとんのか。うわまたエグイ同接数やなぁ」


「SNS遡ってみましたけど、里亜達がここに入った時から配信してたみたいですよ。用意周到ですねぇ、お姉さん」


 サクラスタッフが配信カメラを回しているのを見て、タコやんと里亜は呆れたように言葉を放つ。おそらく数日前から用意していたのだろう。アトリとツグミの戦いを見ようと、かなりの数がこの配信を見ていた。


「あははははは! お姉ちゃんノッてきた!」


「ふははははは! 姉上との戦いは心躍りますな!」


 似た者同士姉妹は、互いに笑いながら戦い続ける。共に引かず、共に譲らず。ただ一本の刀を振るう妹と無数の武装で攻める姉。


 七海姉妹の戦いは、これからだ!


 …………………………………………。


 ……………………。


 …………。


 なお勝敗はというと――


 ドカンドカンドカンドカン! ガラガラガラガラァ……!


「よっしゃあ、お姉ちゃんの勝ち! じゃあね!」


 ツグミが『あ。ヤバイ。ちょっと想定外』と判断し、あらかじめ仕掛けてあった爆弾を使ってファミレス店舗を爆破解体。瓦礫の上で勝手に勝利宣言をして。そのまま逃げていった。


「爆発オチとか最低やな!」


「店に爆弾仕掛けて勝負を有耶無耶にするとか、どれだけ用意周到なんですか……」


「いかにも姉上らしい戦いであった……」


「……ホンマ、お前の姉ちゃんどないなっとんねん……」


 サクラスタッフと共にいち早く脱出したタコやんと里亜が逃亡するツグミを罵倒し、崩れた瓦礫を切り裂いて出てくるアトリが悔しそうにつぶやいた。


 ファミレスは解体されたが用意周到な人払いとサクラスタッフの働きもあって、奇跡的に人的被害はゼロであったという――

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