終:三大企業とサムライガール
場所はインフィニティック・グローバル本社。CEO室。
「報告後苦労。……頭の痛い話だが、無視はできまい。急遽チームを結成し、解決にあたってくれ。進行中のプロジェクト中止もやむなしだ」
紅白ピエロが倒された報を受け、インフィニティック・グローバルのCEO『アダム・アシュトン』は冷静に指示を出した。
紅白ピエロに『なかったこと』にしていた不祥事。それが表に出てきたのだ。小さな所では重役レベルの犯罪行為や部署の裏工作。大きな所は十数年にわたり小国家から不当に搾取し続けて得た利益などだ。
「不正は是正せなければならない。責任者には相応の罰則を与える方向で進めてくれ」
魔物を使って不正を『なかったこと』にしたのだ。これ以上のごまかしは企業イメージを損なう。インフィニティックは企業を上げて断罪に動いた。これにより多くの業務が停止することになるが、それも仕方ないという判断だ。
……とはいえ、これはあくまで企業としてのポーズ。『発覚した不正はきっちり処理しました』『インフィニティック・グローバルはクリーンな企業です』という仮面だ。
その証拠に、インフィニティックの責任者であるアダムにはさほどの罰則はない。引責辞任という形を取らず、CEOの契約金を減ずるという形で世間への詫びとした。その額はけして少なくはないが、アダムの資金力からすれば微々たるものだ。
「あれを倒したのは……あのサムライか。
<武芸百般>鳳東が焚き付けたと聞くが……何故止めなかったのだ?」
アダムは正面に立つ老人に詰問するように問いかける。<登録王>トーロック・チャンネルーン。正確に言えばその【投影体】だ。クリムゾン&スノーホワイトの後、CEO室に召喚(ファンタジー的な意味ではなく、呼び出されたという意味)されたのだ。
「<武芸百般>でも倒せなかった相手が、その劣化版に倒せるとは思いもせず。
企業の支援のない刀だけの娘。それがアレの前でどう踊るかと嘲笑していた次第ですぞ」
肩をすくめて報告する<登録王>。アトリがどれだけ強くとも、鳳東が倒せないと諦めた相手なのだ。負けることはないが、たおせるなどと思うはずがない。紅白ピエロの能力を知っているならなおのことだ。
その報告――形だけの報告を聞いて、アダムは眼光を鋭くして踏み込むように問いかけた。
「本音は?」
「<武芸百般>は無茶苦茶ですが無謀でも無策でもない。思慮に長け智謀あふれるとは言わぬが『ワンスアポンナタイム』のリーダーのを務める女傑ではある。マイナスにマイナスを重ねても、最後はひっくり返してプラスにする戦士だ。
そんな彼女が『アトリなら大丈夫!』といったのだ。ならばやれると信じていたよ」
肩をすくめて<登録王>は語る。アトリ本人の事は知らないが、自分の仲間が太鼓判を押すのなら何かを起こす。それは信じられると。
アダム・アシュトンは<登録王>の言葉を聞いてたっぷり10秒沈黙する。そして意を決したように口を開いた。
「つまり……インフィニティック・グローバルの敵とみなしていいという事か」
「然り。この世界を<ダンジョン>に捧げる為には、アトリは邪魔な存在だ」
敵意を込めたアダムの言葉に首肯する<登録王>。そこには微塵の慈悲もない。目的のために排除する相手。
(とはいえ、あのサムライの排除は容易ではあるまい。<武芸百般>を相手取るつもりで挑まねば、返り討ちだろうな)
静かにトーロックはアトリの実力を図る。あの姉妹の強さはほぼ同格。深層魔物すら打ち倒す相手だ。力で滅ぼすなら相応の準備と作戦が必要だろう。
インフィニティック・グローバル。<ダンジョン>と呼ばれる多次元世界を食らう存在を崇める企業。この世界をダンジョンに飲み込ませようとしている企業。
かつてその野望を止められたアダムは、タブレットの中にいるサムライガールの画像を憎たらしげに指で数度タップし、そしてフリックして画面外に消した。
◇ ◆ ◇ ◆
三大企業の一角、アクセルコーポ。
そのトップ層は人間ではない。人間の姿こそしているが、地球上では神や悪魔、妖精や妖怪と言った神秘的な存在である。
本来であれば人間などものともしない力を持つのだが、今は人同等の能力しか持っていない。神界や魔界や妖精郷と言った住処がダンジョンに飲み込まれ、力の源を失ったからである。
科学が発展して廃れていった『魔法』程度の事は使えるしその造詣は深いが、その程度だ。そして今の彼らが使える魔法はスキルシステムを使えば再現可能である。
ともあれ、今のアクセルコーポのトップは人間とさして変わらない。それは能力的な部分もあるが、精神的な面もである。すなわち――
「うわぁ……20人ぐらい女を囲ってたとかバカですか。神話時代じゃないんですから……」
「なんなんだよこの契約は! 死ぬまで搾取するつもりか!」
「勝負に負けた腹いせにその娘に呪いをかけるとか最悪かよ!」
「夜道で後ろからべたべた音立てて追いかけりゃ、普通に犯罪だ!」
人間のように欲望のままに悪事を行っているのである。むしろ超越者という驕りゆえに人間よりひどいまである。そしてそれを紅白ピエロに『なかったこと』にしてもらい安堵していたが、今回の件でバレてしまったのだ。
隠していたことが明るみになり、アクセルコーポも上から下まで大騒ぎだ。傲慢な神の振る舞いや、悪魔的な取引。精霊めいた過剰な偏愛や、妖怪のような奇妙な行動。どこからメスを入れればいいのかわからないぐらいの騒ぎである。
「何か申し開くことはあるか。カルキノス」
各神話の代表格ともいえるアクセルコーポのトップクラス。彼らの視線の先にいるのは<化け蟹>カルキノス(投影体)だ。今回の事件において中心に近い場所にいたという事で呼び出されたのである。
「…………」
カルキノスは無言で首を横に振った。報告すべきことはすべて報告してある。いまさら言うべきことはないとばかりに。
「概ね報告書通りという事か。確かに『<武芸百般>の妹とその友人ごときにどうにかできるとは思わなかった』と言われればそれまでだ」
「『同時に<武芸百般>はアトリ達三人を試していた。その可能性にかけていたともいえる』……か」
「事件前に聞いていたら一笑していただろうな。神秘を持たぬ人間が世界規模に影響する不死者を殺したなど」
「不死のからくりを利用して打ち消したのは『タコやん』『里亜』の二名だが、そこまでアレを追い込んだのは『アトリ』の剣技か」
「人の意思を束ねたとはいえ、<ダンジョン>を斬ったサムライか……」
神々だった者はアトリ達を話題に議題を続ける。その空気は敵意を帯びたものになり、そして――
「アトリは危険だ」
「制御できない力は管理せねばならない」
「その刀が破滅を生む可能性は否定できない」
神々だった者はそう結論付ける。強力過ぎる力は危険だ――という建前ではあるが、裏を返せば『その力が自分の思うままになるのなら問題ない』……つまり、アトリを上手く扱えれば問題ない。そんな利己的な思考である。
「幸いにして、楔は打ってある」
皆のタブレットに資料が送られた。アクセルコーポの配信者。『ぷら~な』チャンネルの『すぐ死ぬ配信者』こと里亜の資料だ。
「アトリにはスパイとしてこの娘を送り込んでいる」
「アトリからの信頼も高い。監視するにはうってつけの立ち位置だ」
「アトリもよもや自らが慕う輩がスパイなどとは思いもすまい」
トロイの木馬は設置済みだ。不適に笑う神々(元)。もっとも、
(アトリちゃんは里亜ちゃんがスパイ経験者だって知ってるし、むしろアトリちゃんへの信頼が高すぎるからスパイとしては偽情報送りそうだよね😊😊😊😊😊)
不敵に笑うアクセルコーポの重鎮たちの意見を聞きながら、カルキノスは言葉なくツッコんでいた。里亜がアトリを裏切るという事はないだろう。
――とはいえ、アクセルコーポの面々が里亜を通してアトリを管理及び支配しようとしているのは事実である。
「ダンジョンを排し、神としての力を取り戻す。それが正しい世界なのだ。
その力、存分に使わせてもらうぞ」
ダンジョンがなかった世界。神が神として存在する世界。そんな世界を取り戻すために、アクセルコーポはアトリに迫る。
◇ ◆ ◇ ◆
「全く、悪い事はできないものだね」
エクシオン・ダイナミクスの現代表ドナテッロ・パッティは次々と上がってくる報告メールを処理しながら頭痛を堪えるようなポーズをした。
紅白ピエロの能力がなくなり『なかったこと』にしていた不祥事が次々と発覚し、それに対する対応に追われているのだ。追われている、とは言うが基本方針は決まっているのでそれに従い指示を出す。数こそ多いがどうにかなるレベルではあった。
『人命にかかわらない不祥事は誤魔化すか貫き通せ』
多少の違反程度なら謝罪のポーズを取って違反ギリギリレベルまで退く。犯罪レベルの行為は当事者を更迭して押し通す。流石に死人が出れば見舞金などをだして企業として謝罪する。黒よりの灰色なら許容する。ドナテッロは清濁併せ吞む商売人であった。
「ところで質問なんだけど。【投影体】をダンジョンアイドル達に配っていたとはね。どういうつもりだ?
あれがなければ……ダンジョンアイドル達の一斉拒絶が配信されていなければ、もしかしたらあのピエロの能力は戻っていたかもしれないのだが」
ドナテッロは代表室に召喚したふわふわもっふるんに尋ねる。
ノヨモモモ岩戸における戦いは全世界に配信されていた。アトリの執拗なまでの剣技。タコやんと里亜の機転。そして最後の最後、ダンジョンアイドル達の能力拒絶。あの拒絶シーンが配信されていたからこそ、あの場にいないダンジョンアイドル達も拒絶できたのだ。
そう言う意味では、【投影体】の魔石を大量に配ったふわふわもっふるんは『戦犯』ともいえる。企業代表として社会的経済的なペナルティを負わせてもいいのだぞ。そんなドナテッロの圧力を笑顔で受け止め、ふわふわもっふるんは答えた。
「そうですね、代表の言うとおりだと思います。あのシーンがあったから、『なかったこと』にする能力は『なかったこと』になりました。もしかしたら今も不祥事は隠されていたかもしれません。
でもパッティ代表――」
ふわふわもっふるんは一拍おいた後で言葉を続ける。
「インフィニティック・グローバルもアクセルコーポも同じレベルで株が下がりました。
これってチャンスだと思いませんか?」
代表室に沈黙が下りる。時間にすれば10秒。その間ドナテッロは睨み、ふわふわもっふるんは笑顔を浮かべていた。いつでも自分を殺せるトップの刺すような意思をニコニコと笑顔で受け流す。
「――そう言うことにしておこうか」
折れたのはドナテッロだった。ふわふわもっふるんの笑顔と言葉に誤魔化されたのではない。ふわふわもっふるんの利用価値と企業のダメージを考慮に入れ、ここで彼絵を失うわけにはいかないと判断したのだ。チャンス云々は理由付けでしかない。
「しかし失策の原因をそのままにしておくのはビジネス的に正しくないね。
今回の原因は……やはりあのサムライかな」
ドナテッロはアトリのデータをタブレットに映し、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。『人工深層魔物』のビジネスを潰された事を思い出したのだ。今回の件にも深くかかわっている。
「アトリさんは企業に歯向かうような人じゃありませんよ」
「問題はエクシオンに歯向かう歯向かわないではないよ。いや、その意思自体はどうでもいい。オレの寝首を掻く部下などごまんといる。無能な忠臣よりも有能な背信者の方が利用できるのさ。
いや『商売』できる。利害をすり合わせ、ウィンウィンの関係にできれば問題ないよ」
欲しいものは何でも買う。その最たるは人材。そう豪語して憚らないドナテッロ。払うのはお金だけではない。その人物が望む者を与え、利用誘導する。愛がほしいなら相手を。正義が欲しいなら悪を。金が欲しいなら条件のいい仕事を。そして――
「戦闘狂には戦場を。上手く踊ってくれればいいね」
脳内でプランを立ててアトリを『買おう』とするドナテッロ。抹殺でも支配でもない。エクシオンの為に利用するために。
(アトリさんはそこまで単純な人じゃありませんけどね。
あと周りのお二人がストッパーになるでしょうし)
ふわふわもっふるんはドナテッロの笑みを見ながらそんなことを思う。ドナテッロの皮算用通りにはいかないだろう。もっとも、ドナテッロもそれは分かっている。一度で成功するはずがない。だけどそれを重ねればいずれは――
ダンジョンができた世界でダンジョンを利用しながら生きていく企業、エクシオン・ダイナミクス。
その鑑定眼はアトリの強さこそ今後のトレンドになると見抜いていた。
◇ ◆ ◇ ◆
インフィニティック・グローバルはアトリを抹殺しようとし。
アクセルコーポはアトリを支配しようとし。
エクシオン・ダイナミクスはアトリを利用しようとする。
一個人に対して過剰ともいえる予算を用い、その手を伸ばしていた――
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サムライダンジョン!
第五幕『サムライガール テイク ザ アイドルステージ!』
<終劇!>
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あとがき!
「サムライダンジョン!」を最後までお読みいただきありがとうございました!
唐突のアイドル大会! なんかアイドルが書きたかったんです。あと姉。
姉が自分勝手すぎて『え? お前そこでそう動くの!?』と自分でも予想外に動いてくれました。5000文字ぐらい書き直しましたとも。
姉の性格は徹底的に『戦闘狂。でもアトリと真逆』というコンセプトです。その結果、飲む打つ買うの三拍子勝てば官軍不意打ち闇討ちだまし討ち上等三十六計逃げるに如かずな感じになりました。やりすぎ?
第六幕はアトリに攻撃的になってくる企業のお話。様々な配信チームも深層入りし、ダンジョン配信も過熱していきます。
それでは改めて、お読みいただきありがとうございました!
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