終:サムライダンジョン!

「バンダースナッチ・ドレッドロードのストレートちょうだーい!」


 インフィニティック・グローバルが所有するビルの最上階。そこにあるバーでそんな声が響いた。カウンターとテーブル2席の小さなバーだが、壁紙や調度品にシックかつ高級な印象を受ける。


「アテは揚げ物料理全部! 柑橘類もマヨネーズなしで!」


 20代前半の若い女性の声だ。ダークレッドの髪にレザー系の服装。シルバーアクセサリーをふんだんにつけたパンクな格好だ。注文したのは下層魔物の名を冠したアルコール度数80%の酒である。


「吾輩はウバを頂こう」


 続いて響いたのは、女性とは正反対の年老いた男性の声だ。緑色のローブに白いヒゲ。『魔法使いのおじいさん』が絵本から出てきたような姿である。世界三大紅茶の名を出し、椅子の背もたれに体重を預けた。


「お、同じものをお願いします」


 おずおずと手を上げて、10代前半と思われる少年が注文する。紅茶の銘柄などまるで分らないが、この人と同じなら問題ないだろう。そんな消極的な注文。着ている服も安物店で買って来たかのような、質素なものだった。没個性であることが特徴。そんな少年だ。


「…………」


 全身赤い甲冑で身を包んだ性別どころか正体不明の存在が、メニューの一部を指さす。メニューを摑んでいるのは肩から生えたような巨大なアーム。カニを思わせる巨大なハサミでメニューを起用に掴み『バナナジュース』の項目を指さしていた。


「かんぱーい!」

「うむ、しばしの休息に感謝を」

「はい。どもです」

「…………」


 注文された者がテーブルに到着し、4人は祝杯を挙げる。アルコールを頼んだパンク女性は度数の高いアルコール飲料を一気飲みし、魔法使いの老人は軽く口につけて甘みを堪能する。それを見ていた少年が真似るようにカップに口をつけ、赤い甲冑はストローを甲冑の間に入れて吸い込んでいた。


「おいしー! この一杯の為に生きているって言っても過言じゃないわ! あ、お代わり頂戴! 次はエメラルドアイサイクロプスで!」


「せわしないな。静寂を楽しむ余裕もない。ダンジョン内ではないのだから、ゆるりとさせてほしいものだ」


「まあまあ。楽しみ方はそれぞれですから」


「…………」


 どの強い酒を一気に飲み干して次の注文をする女性。そのはしゃぎようを諫める老人。二人の間を取り持とうとする少年。それに同意し首を縦に振る甲冑。


 それはこの四人の関係性を示していた。女性が先行し、老人が冷静に判断し、少年と赤甲冑がバランスをとる。彼らはそうして、当時人類が到達していなかった場所に到達したのだ。


「そうよ、<登録王>のおじいちゃん。深層じゃこんなお酒飲めないもんね。せっかくの地上なんだから、羽を伸ばさないと!」


「その羽を伸ばすのにどれだけの人員とコネを使ったと思っている<武芸百般>。ここの口止め料を含めて、深層魔石5つは吹っ飛ぶぞ」


「それに関しては色々申し訳ありません。今回はボクのワガママに付き合ってもらうわけですし」


「そうよ。今回はるんるんクンとのすのすのチャンお願いなんだから」


「確かに。<無形>と<化け蟹>の頼みでなければ断っていたところだ。吾輩は今でも反対したいぐらいだがね」


 老人の名前は<登録王>トーロック・チャンネルーン。インフィニティック・グローバルでスキルシステムを開発したスキル王。彼がいなければダンジョン攻略は50年遅れていたとまで言われている。


 少年の名前は<無形>もふもふわっふるん。羊型魔物を扱うテイマー。万能と呼ばれたエクシオン・ダイナミクスの秘蔵っ子。ダンジョンアイドルとしても有名で、その声は敵味方分け隔てなく癒されたという。


 赤甲冑の名前は<化け蟹>カルキノス。不死身と言われるほどの回復能力を持つ防御役タンク。どんな戦闘でも生き残り、死者を出さないことで有名だった。アクセルコーポの技術で作られたカニアーマーの奥を見た者は誰もいない。


 そしてパンク女性の名前は<武芸百般>鳳東。どの企業にも属していない自由人。あらゆる武器をスキルなしで扱う事からついた二つ名は伊達ではない。破天荒で自分勝手。手綱を握ることを企業の方から諦めたという逸話さえある。


 その二つ名は三年前まではダンジョン配信界隈で知らぬ者なき名前だ。三大企業のトップ配信者とそれを束ねた一人の女性。当時最強ともいえるチームを結成し、下層を突破して前人未到の深層に至った者達。


『ワンスアポンアタイム』


 深層に入った彼らのその後は誰も知らない。配信カメラからの映像は途絶え、そのまま消息不明になった。それが世間一般の通説だ。


 そんな彼らが生きて、しかも地上で祝杯を挙げている。そして<登録王>はコネと資金を使って、その事実が外に漏れないように隠蔽しているのだ。


「なんでよー。いいじゃないのクリスノに出るぐらい」


<武芸百般>と呼ばれた女性はスマホにページを表示し、<登録王>に見せた。


 クリムゾン&スノーホワイト。年に一度のダンジョンアイドルの祭典。そこの参加者には<無形>ことふわふわもっふるんと<武芸百般>こと鳳東の名前があった。


「よくはない。世間一般の認識では我々は深層に入って消息不明になっている状態だ。公の場に出るなどもってのほかだというのに」


<登録王>が深々とため息をつき、額に手を当てた。三年間消息不明の存在がしれっとアイドル大会にエントリーしたのだ。世間の驚きようはかなりのものである。SNSでは連日トレンドに上がるほど注目されている。


「はい。本当にすみません。ボクのワガママで……」


「…………」


 深々と頭を下げる<無形>。この事は<無形>が言い出したことなのだ。それをなだめるように<化け蟹>のガントレットが<無形>の頭を撫でる。


「もー。おじいちゃんが起こるからるんるんクン泣いちゃったじゃない。ああん、泣いている少年カワイイ。お姉さんがもっと泣かせてあげる。具体的にはベッドの上で優しく……あいた!」


「やめい<武芸百般>。反対ではあるが、今更止めもせぬ。それに<無形>がいなければ……いや、ここに居る誰が欠けても深層へはたどり着けなんだ。


 ワガママを言う権利ぐらいはある。存分に頑張るがよい」


 いやらしく手を動かす<武芸百般>を制し、諦めたように言葉を放つ<登録王>。ここに居る時点で<無形>と<化け蟹>のワガママを通したも同然なのだ。


「しいて言うならば……<武芸百般>がその祭典に出る必要はあったのか?」


「ないわよ」


 あっさり返された答えに<登録王>の額に怒りマークが浮かぶ。


「…………ならばなぜエントリーした? 吾輩たちの立場を忘れたとは言わさんぞ」


「だって面白そうなんだもん。るんるんと一緒にエントリーしちゃった、てへぺろ!」


「おヌシというヤツは……!」


<登録王>の怒りを聞き流しながら<武芸百般>は面白そうである以外の理由を心に思い浮かべる。


(ここまでアピらないと鈍感で世間知らずなアトリは気づいてくれそうにないもんね。


 せっかくだし、巻き込んじゃわないと! フリフリのアイドル衣裳着たアトリとか超見たーい! 配信見てると理想的な成長してるみたいだしね。心も体も思うままに弄り倒した―い! うへへ、楽しめそう!)


<武芸百般>鳳東。本名を七海ツグミ。七海アトリの刀の師匠にして、実の姉。


 アトリにとって最強最悪最低のラスボスが、アトリに邪な(割と直喩)牙をむけていた。


 ……………………


「帰ったでー」


 言いながらふすまを開けるタコやん。疲れていることを隠そうともしない。疲労で頭が揺れ、フラフラよろけながらカバンを置き、ちゃぶ台の上に突っ伏した。


「お帰りタコやん。お茶でも飲むか?」


「ああ、頼むわ……。めたくそ疲れたわ」


 アトリの言葉に頷くタコやん。


 強化人間との戦いからタコやんの生活は激変した。正確に言えば、やるべきことが二つほど増えた。


 一つはNDGとの交渉及びコンサルタントだ。ダンジョンデリバリーという三大企業さえもが成し得なかった事業を興すにあたり、相談や計画を詰めていたのだ。基本的にリモートではあるが、時折ダンジョンを通ってアメリカまで行くことも何度かあったという。


『テレパシーを用いた通信ネットワーク』

『超感覚を用いた居場所特定』

『支払い不可能な人間への救護体制』


 未来予知や超嗅覚。そう言った超感覚を使ってSOSを出した個人の居場所を特定し、そこに非超能力者の強化人間を向かわせる。料金は高いが、支払えない相手にはローンや労働で返金させるシステムを用意する。


 最初はNDGも利用者も眉唾ものだったが、効果はすぐに現れた。ダンジョン内で立ち往生したり動けなくなる者は後を絶たない。かつては『自己責任』で放置されていた者達が藁にも縋る思いでデリバリーを頼むのだ。


 そして何よりも、同じことをできるライバルがいない事が大きい。階層をまたいだ通信方法は存在せず、また広いダンジョン内で正確に相手の居場所を補足する技術は確立されていないのだ。それこそ魔法か超能力の類である。


 そう言ったこともあり、NDGのデリバリーサービスは好調な出だしだった。ダンジョンという脅威から人間を助けるという国家の威信もあり、NDGがアトリにこだわる必要はない。


 そしてもう一つはというと――


「昭一殿の退院は決まったのか?」


「ああ、再来週あたりになりそうや。その後もリハリビとかいるやろうし、仕事復帰はまだ先っぽいわ」


 タコやんの父、昭一の入院に伴う諸々である。主治医との相談。入院に必要な書類の作成。入院時に必要な物の購入。生命保険会社関係との相談。そう言った病院関係のことから、入院している間の多胡旅館の運営関係など。それらを一手に担っていたのだ。


『ほら、色々買ってきたからな。欲しいもんあったら連絡入れてな』

『すまんな、茉莉。世話をかける』

『つまらんことで頭下げんな。娘が親の世話するとか当たり前やからな。暇つぶしに本でも勝ってこようか?』

『問題ない。茉莉のアーカイブを見てるからな』

『…………っ、ああ、もう。好きにせい!』


 そんな会話があったとかなかったとか。父娘のわだかまりは、いつの間にか消えていた。或いはそんなものは初めからなく、共に意地を張っていただけなのかもしれない。


 ともあれ旅館の主である修一は入院中のため、多胡旅館は休業状態だ。休業の知らせを各方面に出して、旅館運営は一時停止しているのだが……。


「オトンが退院するまでは休業状態やねんけど……休業状態やねんで? 分かってるかお前ら? なんでこの部屋におんねん?」


 タコやんは部屋――多胡旅館の松部屋に当たり前のようにいるアトリと里亜に向けて言う。旅館は休業状態なのにアトリと里亜は部屋を使用しているのだ。きちんと正規の料金を支払って。


「メディアの暴走もなくなったし、アンタらがここに居る理由なんてないんやからな」


 元々はメディアの暴走から身を隠すためにこの旅館にやってきたのだ。だがそれらは鳴りを潜め、この部屋を借りて活動する理由はないはずである。それをタコやんや追及すると。


「理由ならあるぞ。タコやんがここに留まっているからな」


 シークタイムゼロで答えるアトリ。里亜は『やだアトリ大先輩イケメン!』とばかりに頬に手を当てた。ニヤニヤする頬を押さえ、平静を保つ。


「さよけー。まあ銭払ってるならどうでもええわ」


 返された答えにタコやんは顔をそむけ、そっけなく言葉を返した。タコやんの耳がちょっと赤くなっているのを見て、里亜は口元を押さえた。もー、タコやんたら。から書いた気持ちをニマニマしながら押さえ込み、話題を変える。


「お父さんが退院して営業再開するまでは一緒ですからね。


 あ。でもタコやんがお父さんと仲直りしてここに住む、とかだったらどうします?」


「あるかいそんな事。オトンが元気になったらウチも帰るわ」


 からかうような里亜の言葉に、これも当然だとばかりに答えるタコやん。『ウチ帰る』と言っている時点で三人一緒に行動する事が当然だと思っているのだが、あえて言及しない里亜であった。


「そうなると今年のクリスノはこの部屋で見ることになりそうですねー。一緒に楽しみましょう」


「くりすの?」


 嬉しそうな里亜の言葉。聞き慣れないイベント名に首をかしげるアトリ。タコやんは『世間知らずは困るわ』とばかりにため息をつき、説明をする。


「クリムゾン&スノーホワイト。ダンジョンアイドルの一大イベントや。歌あり踊りあり戦闘ありの祭典やで。


 最近はカエル女の一強でちょっとワンパターン気味なんやがな。…………は?」


 アトリに説明するためにタブレットを操作して検索をかけるタコやん。その検索内に、ありえない人物名を見て口が半開きになる。


「…………え?」


 里亜も同様に目を見開き、そこに写る人物名を何度も確認した。


「なあ、アトリ。お前のお姉ちゃんの名前って……鳳東やったっけか? 三年前に深層に行って行方不明になったっていう」


「いきなり何を? その通りだが」


「……驚かないでくださいね、アトリ大先輩。その人ですが……」


 慎重に。アトリのショックにならないように様子を見ながら、そこに写る名前を見せた。


 鳳東。


 ダークレッドの髪にレザー系の衣裳。どこかアトリに酷似した顔立ち。


 紛れもなく、アトリの姉であった。そして続く記事の見出しには、


『クリムゾン&スノーホワイトに、ふわふわもっふるんと鳳東がエントリー!』

『三年前に深層に消えたトップダンジョンアイドルと、最強剣士が帰ってきた!』

『この二人は本物!? それとも偽物!? 三大企業は沈黙を貫いている!』


 まさに青天の霹靂。探していた姉がアイドルの祭典に参加するというのだ。


 あまりの事にアトリは十秒近く思考が停止し、


「…………姉上らしいと言えば姉上らしいなぁ……」


 脱力したように畳の上に崩れ落ち、そんな言葉を返すのであった。




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サムライダンジョン!

第四幕 サムライガールVS強化人間!


 <終劇!>


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 あとがき!


「サムライダンジョン!」を最後までお読みいただきありがとうございました!


 第四幕は三大企業に対抗しようとする組織の話。そしてタコやんのお話でした。


『強化人間は薬物で超能力を得ているが、代償として精神がゆがむ』という理由のもと、ドンデモ性格をバシバシつけさせました。この辺りが一番楽しかった記憶があります。


 タコやんと家族に関する設定はある程度は考えてました。頑固な親父と最新を目指す娘。そんな何処にでもありそうな家族を描きました。楽しんでいただければ幸いです。


 第五幕はダンジョンアイドルの祭典『クリムゾン&スノーホワイト』。そしてアトリの姉や先に深層に到達した『ワンスアポンアタイム』とのお話になります。第一幕からずっと引っ張ってきたアトリの姉が、ひょっこり帰ってきた。なんでやねん、と突っ込まれそうなラストでございます。


 それでは改めて、お読みいただきありがとうございました! 

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