弐拾参:サムライガールは相対性理論に頭を悩ませる

 引退をかけた下層突破配信から2週間が経過していた。


 ダンジョン界隈はアトリの下層突破と深層熱にあふれている。それに追いつこうと各企業も下層攻略配信を積極的に行っていた。


 それまでは配信者の損失や配信者の情報漏洩を恐れて下層攻略配信は及び腰だったが、アトリがそれを為したことでその空気は変わる。


「ぴあと!」

「じぇーろの!」

「「コロコロはいし~ん!」」


「探究者よ、シカシーカーの時間だ。シーカ―とは真実を求めて探索する者。この枝角アントラーにかけて真実を摑もう」


「オラアアアアアア! 火雌冷怨カメレオン特攻隊のお出ましだ! リキ入れていくぞテメェら!」

「「「「「「「あいよ、姐さん!」」」」」」」


 各企業の秘蔵ともいえる実力配信者を広告塔にしての下層配信。そこで得られた魔石やアイテムを企業に持ち帰り、企業配信者のスキルや装備レベルを上げる。そうして企業内配信者の実力を上げ、下層探索の失敗率を下げていく。


 ダンジョン配信が活発化すれば、それに伴い市場も潤う。中層レベル出られる魔石やアイテムの値段も下がり、企業未所属の配信者でも入手可能となる。そうなればダンジョン配信も増えていく。


 アトリの下層突破を機に、ダンジョン探索と配信は一気に火が付いたのだ。危険であることには変わりはないが、そのリスクはスキルや装備で回避できる。また先人の攻略動画を見て危険を察し、その対策を打てる。


『ダンジョン素人なら里亜の死に覚え動画は絶対見とけ。ダンジョンの危険を言葉通り、身をもって教えてくれる』


『D-TAKOチャンネルを見て採掘を学んだものは多いぜ。スキルだけじゃなく経験と道具も大事だって教えてくれる』


 そう言った参考動画において、里亜やタコやんの動画が挙げられることも多い。二人の動画はわかりやすくできており、下層突破配信で名声も高い。瞬く間にこの2チャンネルはチャンネル登録者が増えた。


 なお――


『花鶏チャンネルは参考にするな。あれはバケモンだ』


『凄いだけど無理。あんなの真似できない』


 アトリの動画はまるで参考にならない代表例となる。然もありなん。アトリのような動きを再現するには相応の……どころではないほどの実力が必要になる。戦闘系スキルをひたすら重ねて成長させ、そして当人の経験値も必要になる。


「正義の魔法少女の名の元に、あの高みに追いついてみせます!」


 逆に言えば、一定のスキルと戦闘経験がある配信者からすればいい刺激になった。自らが足りない要素を再確認し、それにあわせて成長できる。


 ともあれダンジョンにおける配信者の生存率は右肩上がりで上昇していった。完全なゼロにはならないし、未知の領域も多い。それでも安全な手法は確立しつつある。


 さて、そんなダンジョンムーブを引き起こした三人だが、コラボ後しばらくはムーブに反するように攻略配信の頻度が減っていた。花鶏チャンネルも雑談配信や剣舞をみせる配信などが主になり、ダンジョンに潜ったとしても中層どまりになる。


 深層に向かう転送門をマーキングしているので、その気になればいつでも深層に迎える。誰もが深層配信を心待ちにしているのだが、その気配はない。250万人を超えるアトリのチャンネル登録者は、深層配信を今か今かとやきもきしていた。


 ……………………。


 そんな配信界隈の空気の中、アトリとタコやんと里亜はいつものファミレスで食事をしていた。三人とも互いの配信を終わらせ、スケジュールを合わせて駄弁っている。


「タコやん。そろそろ深層に向かいたいのだが」


 アトリはファミレスで天ぷらそばを啜りながら不満げに言う。アトリの正面にいるタコやんは、唐揚げを飲み込んでから手を振った。


 アトリが深層に向かわないのは、タコやんにストップをかけられているからだ。このままではアトリの姉みたいに戻ってこない可能性がある。時間の流れが異なる空間の対策が整うまでは待ってくれと言われている。


「もうちょい待て言うとるやろうが。ある程度の目途は立っとんねん」


 タブレットをタッチしながらタコやんは答える。画面には英語の論文らしいものと、複雑な数式が書かれてある。それを見ながら、頭をかいてさらに唐揚げを口にした。


「タコやーん、食べながら機械いじるのは意地汚いですよ」


 タコやんの隣に座っている里亜が呆れたように呟いた。そして先ほどまで散々スマホで撮影したスイーツを美味しそうに食べている。


「里亜はそれで足りるのか?」


「大丈夫ですよ、アトリ大先輩。ドカ食い主義のタコやんと違って、里亜は乙女ですから」


「オーサカの女はクイダオレなんや。乙女とかどーでもええわ」


 ケーキ一皿だけしか注文しない里亜にアトリが心配し、里亜はタコやんを見ながらそう返す。タコやんはむしろ大食いが誇らしいとばかりに里亜の嫌味を鼻で笑った。


「つーか、つい最近まで同席するのも拒んでたくせになぁ」


 この前まで、里亜はアトリと一緒に食事をすることを拒んでいた。チャンネル登録数の差による身分制度。恐れ多くて席に座ることを拒んでいたのに、今は普通に座っている。


「当然です。里亜のチャンネルはこの前20万人を突破しました。22万人のタコやんを抜かすのももうすぐですから」


 下層突破コラボ配信以降、里亜もタコやんも注目の的だ。爆発的に登録者も増えた。純粋な強さやスキルの派手さだけが数字を取る要素ではないことを、二人は証明したのだ。


「さよけ。ま、先輩呼びで遠慮されるよりはずっと楽やわ」


「はい。私にとっての先輩はアトリ大先輩だけですから」


 そしてコラボ配信以降、里亜はアトリ以外を先輩と呼ばなくなった。そしてタコやんに対しては一定の敬意を払ってはいるが、些か挑発的な態度をとるようになったのだ。


 アトリはその事を嗜めようとしたが、当のタコやんが『その方がオモロいし、むしろ心地ええわ』とアトリを制したという。


「私の方も気安く接してほしいんのだがなぁ」


「そんなこと恐れ多くで出来ません! アトリ大先輩にはいつか里亜のことを本気で斬ってもらわないといけないんですから!」


「いや。そんなことはしないからな」


「その性格はマジモンやねんな」


 なお里亜のアトリに斬られたい的な尊敬(?)は未だ継続中である。拳を握ってキラキラした目でアトリを見る里亜。アトリもタコやんもそこに深く言及するのは怖いのか、あまり触れないようにしていた。


「深層の話に戻るけど、配信の目途はたってんねん。ただ理論通りにいくかどうかは何度か検証せなあかんくてなぁ」


「理論?」


「相対性理論って知ってるか?」


「……ファミレスで女子高生がする話題じゃないのは知ってます」


 相対性理論。ざっくり言えば時間と空間に関する物理学の理論である。


「簡単に言うと同じ慣性運動している二つの点は互いに区別とかなくて、対等で等価な存在であることっていうのを原理とした力学理論でやなあ――」


「すまん。全く理解できん」


「で、何を検証したいんです?」


 相対性理論の理解を放棄したアトリと里亜は、ギブアップとばかりに話題を逸らした。


「深層にいたアンタとうち等とで、時間の流れ違ったやろ? それをどうにかしようって話や」


「……できるんですか、そんな事? 時間を操作するとかそういうことですか?」


「理論上はできるって話や。


 仮に右をうち等の世界として、左を深層の世界とするで」


 タコやんは両手の人差し指を上に突き出す。指を交互にピコピコ動かし、そのあとで右をゆっくりと、左を速く下に動かした。左指が早くテーブルにつき、少し遅れて右指がテーブルにつく。


「時間の流れっていうのがあるとして、流れが違うっていうのはこういう感じやな。あくまで比喩な。動く速度が違うから時間の流れが違う、ってかんじや。


 その差が大きいと、時間の遅い方に戻るときにめちゃくちゃ時間がかかったように感じんねん。竜宮城に行った浦島太郎とかそんな感じやな」


「最後の例えで分かりました。それをどうにかできるんですか?」


「そこで相対性理論の考えや。時間と空間は観測点によって異なる。せやけど両方同時に観測できるんやったら、時間の流れは同じになるんや。


 さっきの動きで言えば、右指と左指の速度は違うけど、ウチから見たら最終的には同じ未来に向かうから結果は同じって感じやな」


 言いながらタコやんは両方の指を違う速度で動かし、唐揚げの皿に到達する。そのまま唐揚げをつまんで食べるタコやん。アトリは疑問符を浮かべ、里亜は騙されたような表情をする。


「ええと? 速度……時間の流れが違うのは変わりませんよね? でも同じ時間? 未来? それってペテンじゃないですか?」


「気持ちはわかるわ。でも時間とか空間とかは時々わけわからん状態になるねん。そう言うもんやって割り切らんとやってれんで。


 つまり深層世界とこっちの世界の両方を同時に観測できれば、理論上は同時間軸での時間の流れになるはずや」


 言ってドヤ顔するタコやん。アトリも里亜もまったく理解はできないが、タコやんはそれを織り込み済みで話を続ける。


「というわけで、里亜の出番や」


「はへ?」


「こっちと深層の両方にアンタとトークンを置いて、その時間軸を同時に観測する。そうすればウチの正しさが証明できるやろ」


「ええええええええ!?」


 いきなりの指名に驚く里亜。


「アンタの【トークン作成】と【感覚共有】があれば、違った世界の時間軸も同時に観測できるんや。


 この理論がいければ、深層の時間のズレもどうにかできるで!」


 タコやんの言っていることは全く分からないが、里亜は自分のスキルが要になるのだという事は理解できた。


「いやいやいやいや! 里亜のスキルが深層配信の決定打になるとか! 何の冗談ですか!?」


「ウチは本気やで。冗談とシャレは言うけど、ウソとペテンを言わんのがオーサカの女や」


 里亜の叫びにタコやんは笑みを浮かべて返す。わかっている。タコやんは常に本気だ。ウサミミ形状とかふざけることはあっても、物作りと配信は本気なのだ。


「でも……里亜のスキルはそんな立派なものじゃありませんよ。


 みんなに笑われて、馬鹿にされて、そんなスキルなんですよ」


 里亜は自分が配信で笑われていることを知っている。死に続けて、馬鹿にされて、それで数字を稼いでいることを理解している。


「いや、里亜のことをバカにする者などいないぞ」


 そんな里亜にアトリははっきりと告げる。


「確かにチャンネルの趣旨でそういう所を面白おかしく配信する部分はあるのだろう。だけど里亜の配信の本質は『何度も挑戦する』ことだ。それを笑うものなどいない。


 それは里亜のチャンネルのコメントが証明しているぞ」


 アトリはぷら~なチャンネルのコメントを里亜に見せる。


『またしんだぁ!』

『南無!』

『頑張れ!』

『諦めるな!』

『リアル死に覚え、参考になります!』


 里亜の行動に一喜一憂し、その行動を応援してそして励みにするコメント。


 配信という挑戦の中で届けられた、確かな声。それが里亜の目頭を熱くした。頑張っているという事を認められたと心が熱くなった。


「でも、里亜は弱い配信者ですよ。アトリ大先輩からすれば、取るに足らないモブで――」


「強いとか弱いとか、そんなことにどんな意味がある? 弱くとも歩み続ける者こそ『強者』だ。


『取るに足らない者』などこの世にいない。皆がこの世界で生きる人間だ。誰もが誰かの友人で必要な人間なのだ」


 アトリは言った。


 圧倒的な強さを持ちながら、それでもそんなことはどうでもいい。強いとか弱いとかではなく、前に進むもうとする者こそこそ強者なのだと言わんとばかりに。


 未来を切り開くのは、無敵な英雄の剣ではない。国士無双の軍師の策ではない。それらは確かに時代を動かす要因だが、才能だけで時代は動かない。


「一緒に進もう。いいや、里亜と一緒に進みたい。どうか手を貸してくれ」


 アトリは手を差し出し、俯く里亜の顔を上げる。


「や、やめてくださいよアトリ大先輩……」


 ――何時だって未来を切り開くのは、


(本当にアナタは、里亜にとって人生の大先輩です)


 ――前に進もうとする者達の意思なのだ。


「そんなことされたら、里亜は滾っちゃうじゃないですか」


 ぐしぐしと涙を拭き、里亜は笑みを浮かべた。


「ええ、ええ、やってやりますよ! 深層だろうが相対性理論だろうがどんとこーいです!


 チャンネル登録者とアトリ大先輩の為に頑張りますよ!」


 里亜のトークンを使用した時間軸観測。


 これによりアトリの深層配信の準備は大きく進むのであった。


 

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