終:サムライダンジョン!
「変更はない。インフィニテック・グローバルはスキルシステムを主軸にして、下層攻略を目指す。
ダンジョンを切り離しての生活などできるはずがないからな。ならばダンジョンを効率よく利用できる手法は必須だ。異論は認めない」
インフィニテック・グローバルのCEO、アダム・アシュトンはそう言って通信を打ち切った。
先のアトリと<ダンジョン>の戦いから、三大企業は大きな反感を受けていた。正確に言えば、ダンジョンは安全なのかという問い合わせに追われて続けていた。
それは外からだけではなく、インフィニテックの内部もそう言った空気が生まれている。その流れをコントロールし、経営方針を貫くのに余計な手間を取らされていた。今日一日で何度同じセリフを言ったことか。
「上手くいかないな」
一息つくようにアダムはため息をつく。脳波から命令し、映像を起動させる。空間に浮かぶのはアトリと<ダンジョン>の攻防だ。
「あの御方の顕現までは上手く行ったというのに。まさかつまらぬ欲望に浸り、あまつさえあんな小娘に阻止されるとは……」
あの御方。
アダムはしろふぉんに宿った<ダンジョン>を、敬意をもってそう呼んだ。
「中村しろふぉん。適度に負の感情を持ち、欲望も高い。『扉』としては過不足なかったのだが……精神が小物過ぎたか。呼び水となる欲望が邪魔になるとはな」
唾棄するように呟きアダム。
あの御方――<ダンジョン>の顕現。アダムはそれを為そうとして、失敗したのだ。
深層の奥のさらに奥に眠っている<ダンジョン>の精神。それを【新世界秩序】と呼ばれる
深層という<ダンジョン>に近い
そうすることで地球に<ダンジョン>の精神が宿った存在を顕現させる。そしてこの世界をダンジョンの一部にする。それがアダムの最終目的だ。それにより人類が滅びようが、文明が飲み込まれようが構わない。むしろそれが本懐だ。
そのためにインフィニテック・グローバルは設立された。この世界をダンジョンに飲み込ませるために。この世界をダンジョンの一部にするために。この世界をダンジョンにするために。
しかし、それは阻止された。アトリに首を斬られ、<ダンジョン>の気配は消え去った。とはいえ、あれはあの御方のごく一部でしかない。小指の先を斬られた程度で、滅びはしないだろう。
そういうこともあって、アダムはさしてダメージを受けてはいない。失敗の記録だけを残し、ため息とともに意識を『次』に切り替える。
「まあいい。他にも候補はいる。100年かけてゆっくりやるとしよう」
<ダンジョン>を宿らせようと試みているのは、しろふぉんだけではない。今回の騒動でしろふぉんが上手く行きそうだから計画を進めたに過ぎない。
様々な世界が混合するダンジョンを奉じる企業。アダムを始め、上層部は皆この方針に従っている。何も知らない社員を扇動し、今日も計画を進めていく。
ダンジョン顕現時に国家を出し抜いて世界の台頭にたった三大企業は、ダンジョンの存在を知っていたとしか思えない動きをしていた。
エクシオン・ダイナミクスも、アクセルコーポも――
……………………
…………
……
「ええと、これでいいのかの?」
アトリは慣れない手つきで浮遊カメラのスイッチを入れ、スマホ画面上の『配信開始』をタップする。数秒の後に、花鶏チャンネルの配信が始まった。
『きたあああああああああああああああ!』
『アトリ様あああああああああああああ!』
『元気になってよかったです!』
『相変わらずの機械音痴でほっこり!』
花鶏チャンネル開始後、アトリの脳内コメント欄は一気に埋まった。開始数秒で同接数35万人。まさに爆発的なコメント数である。
「うおおおおおおお! ちょ、ちょっと待ってくれ。さすがにこの数は……久しぶりすぎて、くらくらする……」
想像以上の挨拶数に頭を押さえるアトリ。意識すれば脳負荷を押さえられる脳内コメントだが、不意打ちということもあって流れる情報をまともに受け止めてしまったようだ。
「うむ、もう大丈夫だ。よし、改めて。
お久しぶりだ、皆の者。花鶏チャンネル、始めよう」
『お久しぶり!』
『元気で何よりです!』
『アトリ様の声だ!』
『いやっほおおおおおおお!』
コメントを脳内で認識しながら、自分に向けられた好意的な意思を強く感じ取る。応援してもらえる。それで心が温かくなるのだと知った。
「先の騒動では皆のコメント、しかと受け取った。それに答えるよう、今後も配信に励んでいくつもりだ」
『こちらこそ!』
『ずっと応援しています!』
『これからも頑張ってください!』
「とはいえ、やることはいつも通りだな。先ずは伸ばし伸ばしにしていた下層の攻略を――」
「アホかー!」
挨拶の途中で画面に割り込む声。そして急遽画面に『緊急コラボ! アトリ×タコやん!』というテロップが流れた。
「アンタ、病み上がりやろうが! いきなりハードモードとか死ぬわ!
調子取り戻す意味でも軽めの攻略にせぇ! 具体的にはウチの採掘護衛や!」
そして八本の機械ガジェットに採掘用のドリルとスコップを携えたタコやんが画面に入ってくる。同時にDーTAKOチャンネルも開始された。
『緊急コラボ企画!?』
『タコやんが足運んできた! タコだけに!』
『まっとうな意見で草』
『むしろ普通に下層攻略を受け入れてた俺達がおかしかったわ。病み上がりなんだし』
『なんという出来レース! だがそれがいい!』
花鶏チャンネルとD-TAKOチャンネルのコメントがまじりあう。そのコメントに反応するタコやん。
「そこで出来レースってコメントしてる奴! 確かにこの開幕会話は台本通りやけど、やり取り自体はマジモンやからな!
このサムライ、マジで病み上がりなのに下層行く気満々やったんやで! 死ぬ気か、って本気で突っ込んだわ!」
「いや、大丈夫だと思うのだが……」
「あーほーかー!」
ぐりぐりとアトリの額に指を押し当ててツッコミを入れるタコやん。そのまま怒気のままに言葉を続ける。
「そもそも下層に行きたい理由が『下層のモンスターと早く戦いたい』『凶悪なトラップ空間を肌で感じるのはぞくぞくする』『定期的に戦意や殺意を受けないと、変になりそうだ』とかやからな!
ホンマ、どうにかしてほしいわ!」
『草wwwwww』
『アトリ様なら言いそうだwwwwww』
『なんだよこのバーサーカーwwwwww』
『もうダンジョンで生活したらいいんじゃないかな?』
「おお、ダンジョンで生活……悪くないな。常在戦場は姉上も説いていて……あいたぁ!」
コメントの一つにポンと手を叩くアトリ。即座にタコやんがその額をはたいて、ツッコミを入れた。
「目ぇ、キラキラ輝かせておっそろしいこと言うな!
あとその言葉の意味はそういう心構えでいろってだけで、戦場でずっとバトってろって意味ちゃうからな!」
「い、いや。わかっているぞ。もちろんだとも。当然冗談だとも。コ、コメントに返しただけで」
額を押さえて答えるアトリ。そのアトリに詰め寄るタコやん。
「……素直に言うてみ? ちょっと心ときめいたやろ?」
沈黙が落ちる。コメントも固唾をのんでいるのか空気を読んだのか、沈黙していた。
「うむ、かなり」
「かなりか! もう手遅れやんかこの斬り狂い!」
「く、狂ってなどないぞ! その、ええと……ちょっと戦闘が楽しいと思うだけで」
『ちょっと?』
『ちょっと、とは?』
『(アトリ様の感性で)ちょっと』
『(アトリ様の感覚で)狂ってない』
『これはタコやんが正しい』
コメントも総ツッコミである。アトリはあわあわしながら反論を考えるが、語彙力トーク能力不足ともあって反論できずにいた。……まあ、どれだけ弁論に長けていてもアトリの戦闘狂は擁護できないことではあるが。
「とにかく、今日は上層で大人しくウチの採掘の護衛や! D-TAKOチャンネルの新ガジェットのお試し配信に付き合え!」
『そしてさりげなく自分のチャンネル宣伝にサムライを使うタコやん抜け目ない』
『護衛としては最高だからな』
『コラボで同接数稼ぐと同時に自チャンネルの宣伝。そして採掘で素材を稼ぐ。一挙三得』
『抜け目ないなぁ』
「当たり前やろ、オーサカの女は損する商売はせぇへんのや! 利用できるもんは何でも利用するで!」
コメントに対して胸を張って答えるタコやん。
『でもアトリ様の心配をしてるのも事実』
『なんだかんだで面倒見がいいんだよなあ』
『それもまたオーサカの女よ』
『足蹴にしないイイ女。タコだけに!』
『タコだけに!』
「うむ。タコやんには何度も助けられてるからなあ」
「うっさいで、アンタら! アトリも黙れ! 利用されてんねんから嬉しそうに笑うな!」
コメントとアトリにツッコミを入れるタコやん。アトリは微笑みながら、思うままに言葉を返す。
「そうか? タコやんが気遣ってくれるのはわかるからな。利用されてるとしても嬉しいぞ」
「……ホンマ、自分色々騙されるで。こんなんほっとけんわ」
はぁ、とため息をつくタコやん。顔が赤いのは気のせいだろうか? そこに話題を振られる前に、攻略に話を切り替える。
「ほしたら行くで! 緊急コラボ企画、新型採掘ガジェットお披露めと上層のレンニウム採掘や!」
「うむ、参ろうか。テトラスケルトンウォーリアほどの相手がいればよいのだが」
「出るとしてスコップモールぐらいや。ゴブリンも最近大人しいし、テトラ骨レベルの奴とかおらんおらん」
アトリのセリフに呆れたようにツッコミを入れるタコやん。周辺の調査は済んでいる。よほどのトラブルがなければ、対応可能な状況だ。
「わからんわからんわからんぞぅ。何が起こるのかわからないのがダンジョンだ。気を引き締めて挑まねばならないからな。
予期せぬ出来事は、予期できぬから起きるモノなのだ」
それでも危険が起きるのがダンジョンだ。自分の知らない場所で陰謀が張り巡らされ、気が付けばどうしようもないことになっていることなどありえる話だ。
「アンタが言うと真実味あるなぁ……怖い怖い。はよ石掘って、とっとと帰ろ」
それでも人間が足を止めるという選択肢はない。恐怖と困難があると分かっていても、挑戦を諦める理由にはならない。思考し、努力し、それに立ち挑む。
それはダンジョン登場以前からの事だ。火を熾し、獣に挑み、土地を開発し、世界を切り開き、そして今はダンジョンに足を踏み入れる。
『本当に怖いぜ』
『今度はどんなトラブルが待ってるんだろうな』
『トラブルおきること前提なの草wwwwww』
『だってなあwwwwww』
『いやいや、たまには普通に終わろうよ』
『(花鶏チャンネル的に)普通に終わるかと』
『わらえねえwwwwww』
その成功に。その失敗に。一喜一憂するのも人間だ。成功に喜び、失敗を笑い話にし、そうして人間は歩いていく。
「いざ参る」
アトリもまた、歩いていく人間の一人。
ダンジョンに消えた姉を求め、友達との共闘を楽しみ、そしてなにより戦闘を渇望し、意気揚々と移動門をくぐる。
その先に如何なる苦難が待ち構えていようとも、その刀がすべてを払うだろう。
「此度のダンジョンは如何なる敵が待ち構えているか楽しみだ」
アトリの伝説は、まだ始まったばかりだ――
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サムライダンジョン!
第一幕『 サムライガールは斬り進む!』
<終劇!>
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あとがき!
「サムライダンジョン!」を最後までお読みいただきありがとうございました!
流行物ということで一筆書いてみました。バトル、バトルまたバトル! あとポストアポカリプスな世界にあやしい企業! 書きたいものは詰め込んだつもりです。
世界観的には結構お気に入りなので、もしかしたら続きを書くかもしれません。その時にまた読んでいただければ幸いです。
それでは改めて、お読みいただきありがとうございました!
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