弐拾参:サムライガールは友達ができる

<ダンジョン>騒動から一週間が経った。


 ダンジョン界隈は荒れに荒れた。ダンジョンそのものが意思を持ち、スキルを通して地上に直接手を出そうとしたのだ。世界の危機どころではない。アトリがいなければ世界は滅びかけたのだ。


 あらゆる苦情が三大企業に押し寄せた。ダンジョンは安全なのか? またあのような事件が起きるんじゃないのか? ダンジョンを封鎖すべきじゃないのか? そもそもダンジョンとは何なのか?


 危険性が目に見えるようになって、責任を取れと叫ぶ人々。それは歴史を見ればよくあることだ。メルトダウンの被害が明白になってから原発の危険性をヒステリックに叫ぶ人達。歴史的パンデミックでも医療従事者の意見を無視した意見は多い。とかく人間は、自らに火の粉が迫ると思った瞬間に本性を現すのである。


 これらの声に対して企業がとった態度は一貫していた。


『ダンジョンを無しにして今の生活の維持はできない』


『ダンジョンの危険性を加味しつつ、ダンジョンと共存する方向性を取る』


 要はダンジョンの危険性に関する意見をスルーして、これまで通りダンジョンと共に生きていくという方針だ。


 反発する意見も多かったが、世界が時空嵐で分割された以上、ダンジョンを通してのインフラ維持は重要だ。それにダンジョンから得られる物質も、捨てがたい。


 向こう数年は反対意見を処理しながら、企業利益とインフラ維持(順序は重要)の為に企業は、そして人類はダンジョンを利用していくのだろう。自然と共存するように、ダンジョンと共に生きていくのだ。


 大地の恵み、雨の恵み、風の恵み、太陽の恵み。人類の歴史は自然の恩恵の賜物でもある。そして連作障害、暴風雨、干ばつなどの自然の驚異への抵抗でもある。ダンジョンもまた、それと同じなのだ。もはやダンジョンなしで世界は成り立たないのである。


 ……………………


 …………


 ……


「神、空に知ろしめす。すべて世は事も無し、か。平和平和」


 公園のベンチで暖かい空気を頬で感じながら、アトリは気の抜けた声をあげる。青空には雲一つない。


「いや、平和やあらへんからな。めっちゃゴタゴタしたからな!」


 ベッドに座るアトリに向けて、丸メガネをつけた少女が叫ぶ。


 叫んだのはタコやんだ。彼女は八本のを使って公園をランニング(?)していた。ゴーレムコアを手に入れてガジェットの駆動性能を増し、その動作確認をしているのである。


「ダンジョンとやらが出てきて企業は大荒れ、配信者も大慌て。しばらくダンジョンどうなるねんってことで喧々諤々、ウチはのんびり見学極楽。今後のダンジョン界隈はマジで荒れるで。


 その騒動の張本人やのに、なんでそんな暢気やねんな」


「仕方なかろう。一週間ほど療養していたからな。えり草? そんな薬を飲んでぼんやりしておったのだ」


「エリクサー、な。一本20億EMの超高級なクスリやで。


 まあ、それを使わなあかんぐらいの大怪我やったしなぁ。体中ヒビだらけとかマジで心配したで」


<ダンジョン>との戦いの後の事をアトリは覚えていない。体中に走るヒビが激痛を生み、戦闘終了で気が抜けた瞬間に気を失ったのだ。


「ホンマ焦ったで。アンタが倒れた、って思ったら周りのヒビが消えとるし。首切ったしろふぁんもDPUもハゲガエシも。何もなかったかのように元に戻ってんねんから」


 タコやんは生配信で見たことをそのまま伝える。アトリもその配信を確認したが、そうとしか言えない事が起きていたのだ。


 ひび割れた世界は何もなかったかのように元通りになり、ヒビに触れて消えた者達も蘇っている。斬ったしろふぁんの首も、元に戻っていたのだ。まるで時間を巻き戻したかのように。


 しろふぁんとガエシはDPUにより逮捕。余罪などを含めて、法の裁きを受けることになる。裁判中の証言も支離滅裂で自分勝手だったため、酌量の余地もなかったとか。一時SNSで話題になり、それ以降彼らの名前が昇ることはなかった。


「その後アンタの配信ないからどないしたんやと思ったら、アンタの叔母さんから連絡あって。しかも内容がアンタの世話? なんでやねんって思ったらめっちゃ呆けてるし」


「うむ、すまぬな。あのヒビのダメージがまだ抜けきらんのだ。


 医者……ええと、魔法医マギ科というのか? その人が言うには『世界を壊すヒビの影響で魂と存在まで削られている』という事らしい」


 あの場にいた者の中で、アトリだけが大きなダメージを負っていた。<ダンジョン>が明確に『攻撃』した結果である。


「存在、って……いやようわからんけど重傷なんとちゃうんか、それ? ウチ、アンタの症状は大したことないから楽な仕事やって聞いてたんやけど」


 首をかしげるタコやん。アトリはどう見ても気が抜けているだけの健康体だ。魂がどうとか存在が削られているとか、そういうふうには見えない。


「らしいな。『普通は再起不能なんだが?』『回復傾向にあるのはおかしいんだが?』『何者なの、キミ?』等ともいわれたぞ。


 ともあれ、予後観察も含めて数日後には退院できそうらしい。その間、世話を頼む」


「……ホンマ、分らんわアンタは。まあ、楽な仕事なのはええことや。もろたEMぜにの分だけ仕事はするで」


 魔法医師と同じ感想を持つタコやん。本当にわけがわからない。だが前金はしっかりもらっているのだ。世話と言っても何かをするわけでもない。医療的な世話は病院がするので、タコやんがするのは雑談ぐらいだ。


「うむ。快癒した暁にはダンジョン下層まで行き、今度こそ深層を目指すとしよう。そして姉上に出会い、我が刀の煌めきを見てもらうのだ」


「怖ぁ……コイツ、このまま病院に閉じ込めといたほうがええんとちゃうか?


 削られた魂とか存在とかってのを、斬りたい気持ちで埋めてるとかそんな気がするわ」


「ふむ、言い得て妙だな。魂は戦いで埋められる。いいや、戦いこそが魂であり戦いこそ我が存在か。さすがはタコやん、気付かぬ事を教えてくれて嬉しいぞ」


「そらどーも。好きにして。ウチは体育会系とか精神論とか汗臭いの苦手なんや。数字とお金しか信じへんで」


 頷くアトリに手を振って答えるタコやん。自分で言ったことを真に受けられて、少し後悔している。


 しばらく沈黙が落ちる。アトリは気だるげに空を見上げていた。タコやんは頭を掻きながら唸り、そして意を決したかのように口を開く。


「感謝するで。世界救ってくれて」


 ネットはSNSでは、アトリの行為をそう評価する者がいる。タコやんも、その一人だ。


<ダンジョン>に浸食されそうになったこの世界を、アトリは斬って救ったのだ。アトリがいなければ、この地球はダンジョンの一部となっていた。そこに住んでいる者は皆死に絶えるか、新手のモンスターになっていたかもしれないのだ。


「そんな立派な事をしたつもりはないよ。ただ斬るしかできない不器用が、無様に挑んでどうにか斬っただけだ。97回も失敗したしな」


「アホ。無様とか思う奴なんか誰もおらへんわ。そんなこと言う奴おったら、ウチが蹴っ飛ばしたる。タコだけにな!」


 それだけは許さない、とばかりに怒りを込めてタコやんが告げる。


「自信もちぃや、アトリ。アンタは世界救ったんや。この平和を守ったのは、アンタの刀や。我武者羅に振るい続けたアンタの刀が、今日のお天道様を守ったんや。


 せやから胸張って……っておわぁ!? 何泣いてんねん自分!?」


「え……?」


 タコやんに言われて、初めて自分が泣いていることに気づいたアトリ。


「あ、すまぬ。その、すまぬ」


 偉大な姉を見上げ、その背を追い続け、それしかない生き方だった。


 その目標は今も変わっていないけど、周りを見る余裕などなかった。本当に真っ直ぐに前しか見ていなかった。


 だから横に誰かがいて、努力を認められているのを知る余裕はなかった。


「う、嬉しいのだろうな。きっと同じことは他の人も言ってくれたのに、聞く耳を持てなかったのか。ははは、情けない。まったく、すまない」


 言いながら涙を流すアトリ。タコやんはその心中が分からない。アトリが抱えてきた羨望が、心に陰を落としていたことなど想像もできない。その心に踏み込もうなんて思わない。


 ただ、泣くのを我慢するのは良くない事だけはわかった。


「泣きたいんやったら泣きぃや。そういう日もあるやろ」


「ううううう……!」


 言ってタコやんはハンカチを手渡す。アトリはそれを受け取り、これまで堪えていた涙を流す。タコやんは何も言わず空を見上げて、アトリの泣き声だけを聞いていた。しばらくそうした後で、ぼそりと告げる。


「たっぷり泣いて、またいつも通りにニタニタ笑って斬りまくったらええねん。みんなそれを待っとるで」


「ちょっと待て。それではただの人斬りな変人ではないか!? 訂正を求めるぞ!」


「アンタ自覚ないんか! 一度アーカイブ見てみい!」


「ななななななな!? いや、ニタニタというのは、しかも毎回そうしているというのは……ない、はずだぞ?」


「目ぇ逸らすな。さては自覚あるな?」


 落ちる沈黙。それに耐えきれなかったアトリが、白状するように呟く。


「その、興が乗ってきている時に心地よくなることはあるかなと」


「やっぱり人斬りなんかこのサムライ! あかん、やっぱりコイツは世に出したらあかん猛獣やったんや!」


「いや、待ってほしい! 人は斬った事は……まあ、しろふぁん殿の首を斬ったことはあるが」


「…………まさか、あん時も気持ちよかったとか言わへんよな……?」


 タコやんの言葉に体をびくりと震わせるアトリ。


「………………」


「………………」


 そのまま二人はしばし睨み合う。タコやんは疑惑の瞳で、アトリは冷や汗を流して心を無にして。


「その、まあ」


 耐えきれなかったのは、アトリの方だった。目をそらし、人差し指を突き合わせて恥じらう乙女のようにもじもじと答える。


「あかーん! この娘は世に出したらあかんわ!」


「き、斬らないぞ! ただぞくりとしたのは事実ではあるが! 他人の首を見た時にその感覚を思い出すぐらいは普通だと思う!」


「普通ちゃうわ! さてはアンタの叔母はん、ウチを生贄にするつもりやったんやな! 企業で忙しいとか言い訳して、この子の世話せぇへんのはそれを察してたんか! 報酬がええからって騙された!


 ええで、ウチもオーサカの女や! もろたEMぜににかけて、この五日間生き延びたる!」


 首を隠しながら八本のをアトリに向けるタコやん。あわあわとどう言い訳しようか悩むアトリ。


 話の内容こそ物騒だが、二人の距離は友人のように近い。七海アトリの人生において、この距離間で会話する相手はいなかった。叔母や姉は家族として、尊敬する相手としてだが、友人という関係は初めてだった。


 まあ、その――


「あああ、その、大丈夫だぞ! タコやん殿の首は狙わないから! 今隙だらけだけど何もしないのが証拠だから!」


「隙だらけ言うな、怖いわ! その気があったら首切られるとかヤバすぎるやろ!」


 アトリの人斬り価値観にツッコミを入れられるのはタコやんぐらい、という奇妙な理由で成り立つ友情であるのだが。

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