拾:サムライガールはサラマンダーと戦う

 サラマンダーは、炎。


 燃えるメイスと盾を持ち、鱗に炎を纏う烈火の戦士。付かばメイスと盾と尻尾による格闘技が襲い、離れれば口から炎を吐かれて燃やされる。遠距離近距離共に対応し、機転も聞く戦士。


 大盾を持つタンクが視界と射線を塞ごうとも、尻尾を盾に絡みつけてずらして攻撃するだけの応用を利かす。遠距離攻撃の方が厄介だと感じたら盾を駆使して前衛の攻撃を塞ぎ、炎の吐息ブレスで後衛を焼き払う。


 中層ボスの中でも最も小さく、そして厄介極まりないとされる存在。ストームライダーほど速くもなく、グランタートルのように堅くもなく、ウィンディーネみたいに魔法に長けていない。適度に素早く、適度に防御技術を持ち、適度に遠距離攻撃ができる。


 一点突破ではない中途半端。器用貧乏。サラマンダーを他ボスと比べてそう評価した者は炎に飲まれて灰となった。或いは首の骨を折られ、骸となった。その様子が動画に取られ、サラマンダーの恐怖は世界に拡散される。


「リャアアアアアアア!」

「はぁ!」


 そのサラマンダーとアトリは互角に渡り合っている。刀を振るう。盾で受ける。盾を回転してアトリの体制を崩す。それを予測していたのか刀を引いて突きに転ずる。メイスが刀を弾くと同時に尻尾を振るう。身をかがめて尻尾を交わし、刀を振るう。盾を突き出して、刀を押し返す。


『すげえすげえすげえ!』

『なんだよ。盾ぐらい刀で斬れよ。ゴーレムより柔いだろ?』

『無理。サラマンダーが盾を回転させたりして斬撃を逸らしてる』

『一進一退……いや、ちょい不利か?』

『そうか? むしろサラマンダーは盾で防戦している印象がある』

『そう見えるのならなおさら盾持ちが有利。生きてれば盾の勝ち』

『極論だけどそんな感じ。こっちの攻撃を盾で弾かれて、それを起点に攻められてる』

『はー。そんなもんか。前衛はよくわからん』

『あとは……【炎武器】による熱波が体力奪ってる。【熱耐性】系スキルがないとアレの相手はきつい』


 コメントの意見はアトリの不利を指摘していた。攻撃を弾かれ、その流れで反撃を食らうアトリ。致命的な打撃は避けているが、それでも一撃食らえば流れは持っていかれる。


『でも――』


 その流れのコメントの中、誰かが呟く。


『このサムライは、ソロで下層まで言ったことがあるんだろ? ってことは――?』

『ああ、しかも火蜥蜴って見知ったようなこと言ってたよな』

『つまり、サラマンダーと戦ったことがある?』

『多分、それ以上だ』


 移動門を守るボスは時間単位で変化する。だが門を守るボスを倒さずに突破することはできない。移動門の使用条件が、そこを守る魔物を倒すことだからだ。その条件を満たさなければ、門は力のないオブジェでしかない。


 つまり下層に言ったことがあるアトリは、中層ボスを倒したことがあるのだ。


「燃えるような戦意。焦がすような一撃。まさに炎の化身よ!」


 アトリの刀は止まらない。攻撃を避けるために半歩下がることそこ在れど、刀の動きを止めることはない。目を見開き、動きを寸分漏らさず捕え続ける。幼き頃から繰り返した足の動き、腰の動き、腕の動き。一挙動一投足、その全てが鍛錬の結果。


 七海アトリは、刀。


 使い古された日本刀を持ち、和服に身を包む侍。近づき、刀を振るって斬る。その為だけに体を鍛え上げ、そしてそれをダンジョンで実践する。


 十分に――アトリ本人はまだまだと否定するが――体に染みついた剣技は、実戦の中でさらに鍛えられる。一刀振るえば鍛えられ、命を奪えば鍛えられ。その命に感謝し、そしてさらにアトリは研ぎ澄まされていく。


 刀以外は使えない。習いはしたが、満足いく形にならなかった。不器用な自分に諦め、刀一本だけで戦うことにした。その刀も未熟と嘆くほどだ。


 スキルの存在は今日初めて知った。正確に言えば、叔母にも似たようなことは言われていたが、あまり気にならなかった。姉が使っていたのではないモノと聞いて、興味を失っていた。


 刀を振るい、斬る。それが七海アトリ。


 そしてそのアトリを奮い立たせるのが――戦い。死合い。命のやり取り。


「強きモノとの戦いは心が滾る! 戦を知る者との切磋琢磨は魂が奮える!」


 命を奪う。奪われる。アトリはこの事を理解している。死んだ者は蘇らない。モンスターは何度も蘇るが、全て別の存在だ。自らの存在の終わりをかけて、武器を抜いて戦う。自らも、僅かな要因で終わるかもしれない。否、終わってもおかしくない。


 なのに/だから――


「はっはっは! いいぞ! いいぞ! 良き戦意だ! 良き殺気だ!」


 この戦意は、この殺意は、アトリを奮い立たせる。刀を振るっている間、アトリは歓びを感じる。


「某を削れ! 某を殺せ! それを乗り越えて、某は強くなる!」


 この傷は自分を強くする。この痛みは自分を強くする。強くなって、強くなって、強くなって! そして――


『なあ……押し返してないか?』

『ああ、見るからにサムライの攻撃回数が増えてきている』

『結構ダメージ受けているはずなのに、むしろ動きが加速している?』

『実際速くなってる。これ、後でスロー再生しないと』

『っていうか……笑ってね?』

『笑ってる』

『痛みと熱でヤバいはずなのに……なんでこんな笑顔ができるんだ?』


 アトリは笑っていた。


 戦闘という身の滾り、殺意と殺気に対する悦び、その先にある強さへの渇望。そして強さを得て目標に一歩近づける達成感。


「しゃあ!」


 叫びと共に横なぎに奮われるアトリの刀。サラマンダーはそれを盾で受け止め、カウンターでメイスと尻尾の二連攻撃を仕掛けようとする。インパクトの瞬間に盾を持つ手をわずかに回転させ、ダメージを分散させ――


「――なに!?」


 盾に斬撃は来なかった。


「もらった」


 正確には、予想より遅れて別方向からやってきた。


『当たる直前で刀の軌跡を変えた!?』

『相手が受け流すタイミングに合わせて刀を止めて、真上から振り下ろした!』

『は? へ?』

『盾で受け流しての攻撃が相手の攻撃起点だから、それをずらしたんだ!』

『それだけじゃない。盾の逸らしで斬撃を逸らしてたんだ。そのタイミングをずらせば、盾を斬れる!』

『斬ったアアアアアアアアアアアアアア!』

『真っ二つ!』


 サラマンダーは想像外から来た斬撃に対応が遅れた。


 近接戦闘に長けたサラマンダーだ。フェイントぐらいは予測していた。むしろ最大限に警戒していたと言ってもいい。今の攻撃は気迫もタイミングも間違いなく振り抜く攻撃だと思っていた、のに――


(なんと! あの一瞬で心を制し、フェイントに移行したというのか!


 オーガのように激しく滾っていたと思いきや、突如ゴーレムのように心なく的確な動きをするとは。人間とは、ここまで自分をコントロールできるというのか!)


 二等分される盾を目端に捕らえながら、サラマンダーはアトリに驚き、同時に分析する。戦に高揚し、殺意に反応する。あの人間も戦に心奪われただと思っていたのに。機を見るや否や、怜悧に判断する――


(いいや、違う)


 迫る刃を見ながら、サラマンダーは自分の分析を否定する。動と静。激情と冷静。滾りと緻密。その二つを切り替えたのではない。


(この娘は、その二つを同時に持ち得るのだ。


 滾りながら冷静で、激しき戦意を揺さぶらせながら正確な動きができる。相反するそれを、己の体内で内包しているのか)


 とっさにメイスで刀を弾こうとして、それさえも察知していたかのように刀の先端が回転して弾かれる。その勢いのまま、下段から跳ね上げられる刀に腹部から肩までを斬り割かれた。


「見事……!」


 蜥蜴の表情は変わらない。表情を作る筋肉は蜥蜴にはない。


 しかしアトリには、サラマンダーが笑みを浮かべているように見えた。死線を乗り越えた自分に対する賞賛。アトリはサラマンダーが光の粒子になって消えるまで刀を向け続け、そして魔石となって消えた後に頭を下げた。


「良き死合であった。どちらが勝ってもおかしくない勝負であったぞ」


『勝ったあああああああああああ!』

『マジでソロ撃破しやがったあああああああ!』

『ぎゃあああああああ! すげええええええええ!』

『一閃!』

『IPPON!』

『完全勝利!』

『これがジャパニーズサムライ!』

『何がなんだかよくわからないけど勝った!』

『魅せられた!』

『こんな戦闘に魅せられる俺じゃクマー!』


 もはや様式美とばかりにアトリの例が終わるまでコメントは止まり、そしてそれが終わるや否やアトリの勝利を喜ぶコメントが流れた。


「おお、すまんな。放置しておった。火蜥蜴との戦いに没頭していて、こめんとかえし? ができなかった。つまらぬ配信ですまんの」


『つまらないなんてことはないぞ!』

『めちゃくちゃ興奮した!』

『サムライ VS リザードマン! 至高の対決だった!』

『スパチャがあればと惜しまれる!』

『本気のぶつかり合いが感じられて、ベネ!』

『なんで高評価は一回しか押せないんだ! 一億回押したい!』

『今我々は、伝説を見た。そう思わない奴はいないよなああああ!』

『テトラ骨切った動画は嘘くせぇと思ってたけど、ガチだった!』

『移動門も稼働したし、次は下層だ!』


 コメントにあるように、移動門が光り下層への転送が可能になった。皆が期待に震える中、アトリの襟に入れてあるスマホのアラームが鳴る。


「何と、もうこんな時間か。今から帰らねば間に合わぬな」


 現在時刻は18時。1時間かけて上層から中層までやってきたのだ。今か引き返せなければ、19時には帰れそうにない。――普通の配信者はスキルなしで1時間での帰宅は不可能だが。


「下層まで行けると豪語しておいて、この体たらくとはな。いやはやまだまだ未熟という事か。済まぬな、皆の衆」


『いやいやいやいやいや!』

『ほぼ中層突破じゃないの、これ!』

『むしろここまで来たんなら下層を覗いて帰るとかしても損はないんじゃない!?』

『まあその、折り返しを考えればいい時間ではあるな』

『動画的にもキリのいい場面ではある……んだけどさぁ!』


 約束を果たせなかったと謝るアトリに、そんなことはないと総ツッコミするコメント。中層ボスも倒したので、事実上中層突破であるという意見がほとんどだ。


「ここから先は引き返し。見せ場も多くないからな。キリがいいしここで配信を閉じさせてもらおう。


 ええと……この配信が面白ければこうひょうか? ちゃんねるとうろく? とやらをよろしく……で、いいのかの? ともかくお付き合い感謝だ」


 言ってアトリは生配信を終わりにする。中層から上層に、そして上層から入り口に戻るときにはボスの妨害はない。そういう意味では見せ場らしい見せ場もないので動画としては片手落ちだろう。アトリはそう判断して、挨拶をして配信を閉じる。


「さて、戻るとするか」


 そしてアトリは駆け足でダンジョンを戻っていく。その際も配信していたら大騒ぎになっていた事態があったのだが、アトリからすれば些末事であったという。


 今回のアトリの生配信は切り取られて拡散され、SNSでも『サムライ』『タイマン』『ミノタウロス』『ゴーレムぶった切り』『サラマンダー』『日本刀』などのキーワードが浮上する。ダンジョン配信界隈は新たな話題と祭りが生まれていた。


 最終的な同時接続数は9万8769人。


 企業未所属で無名の配信者。それが1時間の配信でこの数字を出した前例はない。ダンジョン配信史上初の出来事である。


 だがそれも伝説の第一歩なのだということは、誰もが気付いていた。


「ひっくし! ……汗で着物がびしょぬれだ。やれやれ」


 気付いていないのは、当のアトリのみである。

 

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