三題噺「砂浜」「魚」「天使」
白長依留
「砂浜」「魚」「天使」
「今日は空が綺麗ですね。満全と輝く星々、この景色だけでも百万ドルに値しますよ」
私のとなりでニヒルに唇をつり上げる男は、名残惜しそうに視線を落とし、魚の串焼きをくるりと半回転させる。
二人以外いない砂浜。そこで焚き火に串をとおした魚を焼きながら、私と彼は何気ない会話をしていた。
「どこでそんな言葉覚えたの?」
「おや不思議ですね。それは貴方が一番分かっているでしょうに」
やれやれというように両手の平を上に向けて呆れる男。
「そうね。分かっているからここに居るんだもんね」
「帰れないのですか?」
男の言葉に、私は静かに首を振った。
「帰れるものなら帰ってるよ。無理に帰っても、結局貴方の元へ帰らされるだけだろうし」
「難儀なものですね……と、焼けたようです。お一つどうぞ」
男から受け取った焼き魚を受け取り、口につける。海水の塩分が良い塩梅で、いまの不安な気分が少し和らいだような気がした。
「どうして私に優しくしてくれるの」
「そうですね。命乞い……というものでしょうか。ええ、そうですね。きっと命乞いなんでしょう。この焼き魚は賄賂といったところですかね」
心にもないことを言っているのが明け透けだった。言葉に重みはなく、焚き火の光に揺れる瞳は、ただ純粋にこれからの未来を受け入れているようだった。
「ふむ。こんな味がするんですか。なるほどなるほど――だから人間達は私達を執拗に狩っているのですね。また一つ賢くなれました」
同じく焼き魚を口に含み、感慨深そうに男は頷く。
「食べて大丈夫なの?」
「そうですね。弱肉強食、同族嫌悪……色々と言葉は浮かんで来ますが、一番の思いは、もう戻れないといった感じです」
「ごめんなさい」
私のミスで彼には辛い思いをさせてしまうことになった。いや、既に辛い思いをさせてしまっているのかも知れない。
「恨んでいないと言えば嘘ですが、それ以上に考えられない体験をさせてもらっていますからね。あなたをどうこうしたいとは思っていませんよ」
男はもう一度夜空を見上げる。
「出来ることなら、あなたの世界へ一度はいってみたいと思います」
「天界は神様と天使だけが住む世界だよ。無理に行こうとすれば体を失って魂だけになるよ」
「それでも、ですよ」
食べ終わった魚の骨を、焚き火へとくべる。男も同じく食べきり、名残惜しそうに焚き火へ放った。
「今焼いたのは、私の父と母です。いや、だったものですか」
「げほっげほっ……あなた、何してるの!?」
「空から降ってきた知恵の実を食べた時から、私はもう彼らの仲間じゃないんですよ。それとも、知恵の実をもうひとつ使って、私の番を生み出してくれるのですか? それなら、私の仲間だと言えますね。人間だってそうでしょ? 男と女が生まれたから、繁栄する事が出来た」
天界で収穫した知恵の実をうっかり海に落としてしまったのが、今まで生きてきて最大の失敗だった。しかも、その実を魚が食べ知性体へと進化してしまい続けて失敗の更新をする事となった。
「私を殺して、亡骸から知恵の実を回収するのでしょう?」
「食べられた知恵の実を元に戻すことはできないよ」
「では、どうするんですか? 知恵の実を回収しないと天界に帰れないのでしょう?」
「もう、分かってるんでしょ? だから、逃げずにいたんでしょ」
浜辺に生えている大木を根元から切断する。ミシミシと音を立てて倒れてくる大木を受け止め、男の方へ放り投げた。
「神や天使にとって、生み出したものは子とは思わないのですね。やはり、あなたたちの価値観を理解するためにも、天界へ行きたかった」
これからどうなるのか。理解出来ている男は作られたばかりの丸太にしがみついた。
天力で作った鎖で男を丸太から逃げられないようにくくりつける。
「言い残すことはある?」
「そうですね。生かして貰えるなら――ですが、一人で生きていくのは地獄でしょう。これ以上、知識と感情に心情が塗り替えられる前に、終わりとしましょう」
丸太と共に男が燃えていく。
熱がるでもなく、諦観でもなく、ただ全てを受け入れている男の目は、綺麗に澄んでいた。やがて、静かに目を閉じ新たな知性体は歴史に幕を閉じた。
「ごめんね。無駄にしないからね」
焼けた男に口をつける。少しずつ少しずつ男がこの世界から消えていく。
骨も内臓も残すことは出来ない。全てを食べる。知恵の実の残滓すら、この世界へ残してはいけないから。世界を壊す生物は、二度と生み出してはいけない。
「……ごめんね。私は天界に帰るから。もしかしたら会えることがあるかもね」
今回は海に知恵の実を落としてしまった。魚の知性体は、いつものように生きる事に抵抗をなくし、散っていった。
「陸、海ときたから、今度は空の生物かな。陸海空制覇って格好いいかも」
厳しい高山の環境なら、喜んで知恵の実を食す生物がいるだろう。
想像するだけで、お腹のあたりが寂しげな音を鳴らす。もともと私が食べる分の知恵の実なら、バレなければどうということはない。
私は翼を広げ、今日の所は素直に天界に帰ることにした。
また私の食日記に、新しい彩りが加えられることとなった。
三題噺「砂浜」「魚」「天使」 白長依留 @debalgal
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