正義のミカタ 作りました

すっぱすぎない黒酢サワー

序章


 夏の昼下がり。照りつける太陽の下、青空に突如その黒い塊は現れた。


 遠くから見れば一羽の鴉か何かにも見えるだろう。その黒点は、しかし瞬く間に数を増やし、青空を黒く一転させ天蓋のように辺りを覆い尽くしていった。


 空を覆う黒い塊は、その一つ一つが溶け合うように混ざり折り重なり、やがて直径を五〇メートル程とする横に細長い球体を作り出す。


 それは例えるなら、快晴の青空に浮かぶ黒い泥で作られた池のようでもあった。

 

 黒い池の誕生と同じくして、周辺の民家から叫び声があがった。


 蟻の子を散らすように家々から飛び出す人々。あるものは車に飛び乗って逃げ去り、あるものは裸足のまま家を飛び出し息を切らしてその場所を離れる。

 

 空に浮かぶ黒い球体を中心に、辺りの民家からは人が居なくなったのだろう、程なくして誰の姿も見えなくなった。


 それを待っていたかのように泥が脈動する。泥は煮えたぎるマグマのように闇の泡を吐き出し、青い空をより黒く染め上げた。


 その様子を見ていた九王ノくおうのみや高等学校1‐F教室から


 『出たね』

 『来ましたよー』

 『今日はカラスか?』

 『出番ですぜ正義の味方ッッ!』

 『町の平和は貴女の肩に!』


 との感極まったいくつもの声が上がった。


 

「さて、正義は出かけてくるよー」

 

 やれやれといった感じの声で、けれど顔はいたってゴキゲンに。


 その声を聞き、今まで退屈そうにシャープペンシルを回していた金色の髪の正義の味方が椅子を押して立ち上がる。

 

「授業中だぞー」

 

 なんて言った所で、この破天荒な娘が聞くはずもないし、あのハタ迷惑な《悪》はとっととぶっつぶして貰わないといけないのも確かだ。

 後ろの席に座る金色の正義の味方を振り返りながら、肩ほどまで伸ばした黒髪を無造作に散らした少女は思う。

 

「そうそう」

 

 『あとさ』と、少女は正義の味方へ、別段どうでもいい事の様に気だるげに更に声をかけた。

 その声に対して『なにー?』と応えながら、窓枠へ足をつけたまま授業の最中に窓から飛び出そうとしている正義の味方は、顔だけを少女へ向ける。

 

「そこから飛ぶとパンツ丸見えだけど」

 

 む? と正義の味方は自分のスカートに目をやり

 

「正義のパンツはお高いんだよー?」

 

 笑いながら、特に気にするそぶりも見せずに窓から飛び出て行った。


 机に肘を突き、ハンカチが無いので教科書のテキストを振りながら、少女――不忘 蔵王(ふわすれ ざおう)は別に聞こえなくてもいいやといった感じの気の抜けた声を掛ける。

 

「頑張りすぎるなよ~」

 

 言いながら、少女は飛び出ていった正義の味方の後姿に目をやった。

 

「……なんだい。完全防備じゃん」

 

 その校舎三階の窓から飛び降りた正義の味方の、翻したスカートの中に除くスパッツを見て、少し残念そうな呟きを漏らしながら。

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