第33話 お風呂

 未来は平気な顔で服を脱いでいく。でも顔は真っ赤だった。


「分かってたら、もう少し可愛い下着とかつけてきたんだけどね」


 まるで言い訳するみたいに、未来はつげる。確かに未来の下着は地味だった。ちらりとみただけではあるけれど。まさか凝視するわけにもいかないし。


 私も精一杯の強がりで服を脱いでいく。正直、滅茶苦茶恥ずかしかった。けどここでためらえばからかわれるに決まっているのだ。止まるわけにはいかない。


 けれど下着姿になった時点で、私たちは膠着状態に陥った。


「下着姿だと涼しくていいね」

「そうだね」


 ぱたぱたと顔を手で扇ぎながら未来はつげる。


「詩子、脱がないの? 裸になればもっと涼しいよ?」


 ちらちらと横目で私に視線を送って来るのだ。


「未来こそ脱がないわけ?」

「もちろん。詩子に一番風呂を譲ってあげたいからね」

「一番風呂って体に悪いらしいよ。人の体の濃度とお湯の濃度の差のせいで、浸透圧が発生するらしい。それで体の中身が外に出ていっちゃうんだって」

「えっ。そうなの? 知らなかった」


 未来は目をまん丸にしている。


「まぁ、だから、私が先に入ってあげるよ。未来には元気でいて欲しいから」


 私は恥ずかしさをこらえながら、下着を脱ぐ。すると未来は大慌てで私に背中を向けた。あからさまに恥ずかしがっている姿が面白くて、なんだかからかいたくなってきた。


 私はニヤニヤしながらつぶやく。


「見てもいいよ?」

「見るわけないでしょ。どうせ変態扱いするつもりなくせに」

「見ようとしないほうが性的に意識してるみたいで、変態だと思うけど?」

「そんなわびさびみたいなこと言わないの。何しても変態になっちゃうじゃん」


 ぶーぶーと背中を向けたままブーイングしてくる未来を横目に、私はシャワーを浴びてから湯船につかった。日焼けしてから二日目だけれど、まだ肌は痛かった。


 しばらくすると未来も恐る恐るといった風に、体を庇いながら浴室に入って来る。


「……みないでよね」

「未来が誘ったくせに」

「最初に誘ったのは詩子でしょ」


 一緒にお風呂に入りたいのか、それとも入りたくないのか。ただの照れ隠しなのだろうけれど、そこまで恥ずかしがられるとなんだか申し訳なくなってくる。


 湯気ののぼる中で、シャワーの音だけが響く。私は胸のドキドキを感じながら、じっと目を閉じていた。やがてシャワーの音は止み、未来が湯船に入って来る。


 未来は恥ずかしそうな声でつげた。


「……なんか、複雑なんですけど。ずっと目、閉じてるし」

「見て欲しくないんでしょ?」

「でも私だけが見るって言うのは、その、不平等でしょ?」


 未来がそう告げた瞬間、私は目を大きく見開いた。慌ててむき出しだった体を隠す。自分の体を隠すのをすっかり忘れていたのだ。未来を見ないことだけに集中力をさいていた。


 私はジト目で未来から目をそらしながらささやく。


「……やっぱり未来って変態だね」

「だって詩子の体、綺麗だもん。しかも好きな人のだし見ないほうがおかしいよ。でも詩子は全然見てくれないし……」


 見たいけど、見たくないのだ。恥ずかしすぎる。好きな人が裸ですぐそばにいて、そりゃ目玉を動かすだけで大興奮できるんだろう。でも好きだからこそ、そういう経験だって大切にしたいというか……。


「大切だからみないんだよ」

「みないと後悔するよ?」

「……だろうね」


 私は小さくため息をついた。すると未来はか細い声でささやく。


「……私、自信あるんだよ? スタイルとか。腰とか結構くびれてるし、胸の形も大きくはないけど綺麗だよ? 色だって、その……」

「誘惑するなんて、やっぱり未来はエロいね」

「エロいよ。詩子にもエロい気持ちになって欲しいんだよ。今の私みたいに」


 好きな人が私の体で興奮してくれてるのは確かに嬉しい。もしも未来も同じことを望んでいるのなら、やっぱり私も見た方がいいのだろう。未来のためにも。


 私としてはもう少し先送りにしたかったのだけど。


 頑張ってなんとか未来に視線を向ける。うん。なんていうか、凄い。思わず見惚れてしまいそうになる。体もそうだし、それ以上に反応が可愛すぎるのだ。恥ずかしそうにしてるくせに、ちょっと嬉しそうで。


「うふふ。やっぱり見惚れちゃうよね。私って美少女だから」


 未来はにやにやと笑っていた。


「変態な、って形容詞が付くけどね」


 すると未来は不満そうに頬を膨らませる。


「やれやれ。素直じゃないんだから」

「素直な私は私じゃないよ」

「それもそっか」


 不意に未来は私の手を握った。


「きっと詩子を好きになれるのは私だけなんだろうね」

「未来こそ私しかいないくせに」

「まぁそこはお互い様ってことで」


 そうして私たちは湯船の中で微笑み合った。けれど気付けば距離が近くなっていて、ぎゅっと体を触れ合わせるように抱きしめ合う。


「……やっぱりこうなるんだ」


 私が苦笑いすると、未来は恥ずかしそうに笑う。


「恋人同士だもん」


 私たちはどちらからというわけでもなく、唇を触れ合わせた。かと思えば未来はとろんとした表情で、私の口の中に舌を入れてきた。当然、それを拒めるわけがなかった。なんといっても、大好きな人と裸で抱きしめ合っているのだ。


 そうして私たちは三度目のエロいキスをした。

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