お泊りデート

第32話 賭け

「分の悪い賭けだってことは自覚してる。……だから一応保険は掛けておくよ。死んでも後悔しないように、たくさん思い出を作りたいんだ。これからの二か月。文化祭が終わるまでにね」

「それなら今日は泊まっていけば? さっさと二人で課題終わらせようよ」


 私が微笑むと、未来は急に緊張の面持ちになった。視線をさまよわせて、頬をほのかに赤らめている。


「別に家に泊まるからって変なことするわけじゃないんだから。あ、もしかして未来って四六時中、ピンク色なことばかり考えてるの?」


 口元を緩めて問いかけると、未来はジト目でみつめてきた。


「逆に詩子は考えないの? だってお泊りだよ? いくら両親がいるからって、詩子が野獣にならないとは限らないでしょ」

「急に押し倒してくる未来に言われたくないよ」

「……さっきのはただの仕返し! 私は人です!」

「まぁ、別にいいけどさ。未来にならなにされても」


 私がニヤニヤしながらつぶやくと、未来は顔を真っ赤にした。でも咳ばらいをしたかと思うと、平静を装った声でつげる。


「流石にお風呂やご飯は家で済ませてから来るけどね。迷惑かけるのは悪いし」

「たぶん大歓迎だと思うよ? 私の両親未来のこと結構好きだったと思うし。それに私は未来と一緒にご飯食べたいしお風呂も入りたいよ」

「前者はともかく後者は欲望だだ洩れだね……」


 別に変なことをするつもりはないけれど、お風呂は一緒に入ってみたい。未来の裸も見てみたい。別に変なことするつもりないけど。


「それでどうするの? 私の家で諸々をすませる?」

「……まぁそっちの方が時間的な余裕ができて、課題は捗りそうではあるね。分かった。でもこれから着替えとか持ってきてもいい? お母さんにも報告しないとだし」

「いいよ。その間、課題進めておくね」


 そういうことで、いったん未来は家に帰ることになった。時刻は昼下がり。まだ外は明るくて、窓から差す光を浴びると一瞬で体が熱くなる。


 私は一人、エアコンの効いた自室で勉強に集中した。


 しばらくすると、チャイムが鳴った。部屋を出て玄関に向かう。扉を開けるとだらだらと汗を流した未来がいた。


「お泊りセット持ってきたよ。お母さんもいいって」

「これでたくさんいちゃいちゃできるね。お風呂でもいちゃいちゃしようね」

「やっぱりそういう目的?」


 玄関で靴を脱ぎながら、未来は訝し気な視線を向けてくる。


「未来こそ期待してたんじゃないの? 私のこと大好きな癖に」

「詩子ほど変態じゃないよ」

「変態であることは認めるんだね」

「……」


 ジト目なうえに唇を不満げに尖らせた未来は相変わらず可愛い。不満を表明しているつもりなのかもしれないけれど、頭を撫でたくなるだけだ。


 優しく頭を撫でてあげると、不満げながらも抵抗はしなかった。相変わらず未来の髪の毛はさらさらで、なんだかいい匂いがする。


「満足した? 私の髪の毛凄いでしょ」


 微笑む未来の頬に私はキスを落とす。


「世界大会で優勝できるね」

「流石にその過剰な褒めはからかいにしか聞こえないよ」

「本心だけど? 未来のこと世界で一番大好きだもん」


 すると未来は恥ずかしそうに顔を伏せて、自室へ向かって廊下を歩いていく。かと思うと髪をなびかせながらくるりと振り返って、ジト目でささやくのだ。


「……詩子のばーか」


 可愛すぎる。私はニヤニヤしながら、未来の後をついていく。部屋にたどり着くと、未来はさっそく課題に集中していた。集中してる時の顔も可愛いけど、流石に今はからかうのはやめておこう。


 私も未来のすぐ隣に座って、肩を寄せ合いながら課題をこなしていく。二時間もすれば流石に疲れてきた。冷蔵庫から持ってきたお茶を飲んで休憩しながら、未来に問いかける。


「今日両親遅いみたいなんだけど、未来って料理できる?」

「よかったら作ろうか? 泊めてもらうわけだし、できることはしたいんだ」

「私と一緒に作ろうよ。お手並み拝見だね」

「詩子こそ。私の腕前に驚かないでよ」


 胸を張る未来の姿に微笑みながら、私は時計に目を向ける。まだ五時だから流石に早い。両親が帰ってくるのは八時くらいらしいし。


「でも流石に今作るのは早いから、先に二人でお風呂入らない?」


 私がつぶやくとジト目でみつめられた。体を腕で庇うようにして防御している。


「あたかも被害者ですみたいな仕草してるけど、未来だって興味あるくせに」


 すると未来は体を庇うのをやめて、肩をすくめた。


「当たり前だよ。好きなんだから。でも一緒にお風呂は、その、違うというか」

「修学旅行のときとか一緒に入ったでしょ。これくらい平気だよ」

「……でも小学生のときとは違うでしょ?」


 未来は不満そうに頬を膨らませている。ほのかに顔が赤い。うつむいたかと思うと、上目遣いでもじもじしている。


「……それにその、急だったからお手入れとかしてないし」


 お手入れ……。思わぬ言葉を聞いてしまって、顔が熱くなっていく。未来も顔が真っ赤だ。私たちは何とも言えない空気になって、視線をそらし合っていた。


「そ、それなら私が先に入るね。お風呂洗ってくる」

「……いってらっしゃい」


 自室から出て、ふぅと息を吐く。やっぱり未来って健気で可愛いよね。だからこそやっぱり色々と興味を持ってしまうわけですけれども。


「……でもやっぱり今日じゃないよね。うん」


 私は胸のドキドキを抑え込みながら、浴室に向かった。


 湯船を洗い終えてスイッチを押してから、また自室に戻る。すると未来は床の上ですやすやと眠りについていた。そういえば、未来って今日どこで寝るんだろう。やっぱりベッドで二人で寝るのかな。


 シングルベッドだけど、二人でもギリギリ眠れると思う。お風呂は仕方ないにしても、せめて寝るときくらいは一緒がいい。


 床の上で眠る未来を頑張ってお姫様抱っこして、ベッドの上に連れて行った。それから床に両ひざをついて、寝顔をみつめる。未来は心地よさそうな寝息を漏らしていた。髪の毛に手を伸ばして触れると「んぅ」と可愛い声が聞こえてくる。


 寝てる間にするのはどうなのだろう、とは思ったけれどこんな無防備な姿を私の前で見せてくれるなんて、胸がドキドキしっぱなしで、我慢できそうになかった。


 じっと可愛い唇をみつめる。見た目だけでもプルンとしていて、触れたら弾力がすごそうだ。というか実際に凄いわけだけど。もう、たくさんキスしてるから分かる。


 そのはずなのにどうしてこんなにドキドキしてしまうのだろう。こらえきれず、そっと顔を近づけて唇を重ね合わせた。その瞬間、未来は突然寝返りをうった。驚いて後ずさりするけれど、幸いにも起きてないみたいだ。


 いや、起きてもいいんだけどね? でも起きてもらいたくない感じもする。なんていうか、からかわれそうだし……。「寝てる間にキスをするなんて、そんなに私のことが好きなんだね?」なんて。


 もちろん好きだよ。けど、恥ずかしい。好きっていうの。いつも平気な風にみえてるみたいだけど、私だってずっとドキドキしているのだ。まぁ大体、私以上に未来が恥ずかしがってくれるから案外平気だったりするんだけど。


「……好きだよ。未来」


 私がささやくと、未来はニヤニヤしながらジト目で私をみつめてきた。


「そんなに私のことが好きなんだね? まさかキスされるとは思わなかったよ」

「寝たふりするなんて卑怯だよ……」


 じとーっとした視線を送り返す。すると未来も似たような視線を向けてきた。


「許可もなくキスする方がダメだと思うよ?」

「未来に言われたくないんだけど……」

「いい加減忘れてよ。過去のこと掘り返す人は嫌われるよ?」


 不満そうに未来は頬を膨らませている。私は微笑みながら告げる。


「忘れたくない過去だからね。何度だって話題にするよ」

「それってどういう意味で?」

「もちろんいい思い出って意味でだよ」


 すると未来は嬉しそうに口元を緩めた。


「これからもたくさん作っていこうね」

「たくさん作ったら忘れてくれるとでも思ってる?」

「ちょっとは期待してる」

「だったらもっとすごいことしないとだね。例えば二人でお風呂に入るとか」


 頬を熱くしながら微笑むと、未来はまんざらでもなさそうに笑う。


「それなら仕方ないかな。忘れさせるためだもんね」

「……えっ?」


 完全に冗談のつもりだったのだけど、どうしてか未来は乗り気になってしまったみたいだ。すっかりおろおろしていると、恥ずかしそうつげる。


「でもその、あんまり見ないでよね?」

「や、なんでいきなり……? さっきまで拒否してたでしょ?」


 すると未来はとても恥ずかしそうな上目遣いで、ぼそりとつぶやく。


「恋人なら分かってよ」


 もしかして言い訳が欲しかったとか? 私と一緒にお風呂に入る言い訳が……? 困惑していると、未来はベッドから降りた。


「仕方なくなんだからね。あの記憶を上書きするために、仕方なく一緒に入ってあげるんだから……。勘違いとかしないでよ。入りたいわけじゃないんだから」


 典型的なツンデレだ。いつもなら茶化すところだけれど、今はそれどころではなかった。いや、一緒にお風呂? いやいやいや。ちょっと心の準備がまだできてないんですけど。


 でも無情にも浴室から「お風呂が沸きました」と聞こえてくる。


「ほら、湧いたみたいだから行くよ。詩子」

「……」


 固まっていると、ニヤニヤした表情の未来に顔を覗き込まれる。


「あれ? もしかして緊張してる?」

「……しないほうがおかしいでしょ」


 私はぷいと顔をそらした。すると未来も恥ずかしそうに視線をそらして笑う。


「まぁ私もしてるけどさ。緊張」

「っていうか本当に入るの?」

「今さら日和らないよね? そもそも一緒に入ろうなんて最初に言ってきたのは、詩子なんだからさ。責任取ってよ」


 そう告げて、未来はぐいぐいと私の手を引っ張って来る。半ば強引に未来に引きずられるような形で、私は脱衣所に連れていかれた。


 ちなみに、未来の耳も真っ赤になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る