第13話 ためらわない

 私と未来は駅のホームから電車に乗り込んだ。電車に揺られていると、未来もゆらゆらしていた。


「寝不足……。眠い……」


 がくがくと頭を揺らす未来は、まるでボブルヘッド人形みたいだ。


「もっと寄りかかれば?」


 私がつげると未来は安心しきったような表情で、しなだれかかってきた。口元に手を当ててあくびをしたかと思うと、すぐにすぅすぅと寝息を立てる。私はそっと、未来の頭を撫でた。


 やがて電車は駅へと着き、未来も不服そうながら目覚める。


 駅のホームへ降りてすぐに、私はつげた。


「ちゃんと寝たほうがいいよ。いいことなんて一つもないから」


 未来は恥ずかしそうに顔をふせてつげた。


「昨日のこと思いだしたらドキドキして眠れなかったんだよ。詩子のばーか」


 確かに昨日は、ちょっとやり過ぎた感がないこともない。花火大会の独特な空気が全面的に悪いのだけれど、それに抗えなかった私たちにも責任はある。


「でも後悔なんてしてないからね?」

「私もだよ」


 私がそう答えると、未来はむふふと嬉しそうに手を握ってきた。もちろん、恋人つなぎで。相変わらずドキドキする。


 駅のホームを出て、日の差す歩道に出る。未来の開いた日傘の下を歩く。


「詩子は私にどんな水着つけて欲しい?」

「……そういうのは自分で決めるものでしょ」

「あー。逃げたね?」


 未来はいたずらっぽい表情で私をみつめてくる。調子を崩されないようにあくまで毅然とした態度で私は返答した。


「これが逃げなら、この世界の人たちはだいたいみんな逃げてる。そもそもどんな水着でも未来が身につけるなら可愛いよ」

「……そういうとこだよ」


 未来は顔を赤くして、ジト目で私を凝視していた。


「そういうとこ! 無意識にやってるなら、相当なたらしだよ?」

「たらし?」


 私は眉をひそめる。未来はやれやれと肩をすくめていた。


「もう。不安になって来るよ。私がいなくなったら、詩子はモテまくり、恋人作りまくりなんだろうね。やれやれ詩子のびっち」

「……私には未来しかいないけど」


 そう囁くと、未来は耳まで赤くして視線をそらしてしまった。唇を尖らせて、とても悔しそうな表情をしている。


「どうしたの?」

「わざとらしー。そんなに私を辱めたいの? 分かってるくせにさー」

「だって恥ずかしがってる未来、可愛いんだもん」


 本当に可愛いと思う。私の一挙一動でドキドキしてくれているのなら、これほどの彼女冥利もない。私だって未来が恥ずかしそうにしてくれるたび、胸がときめいて仕方ないのだ。


 未来は目を見開いてから、じとーっとした目を向けてきた。


「やっぱりドSだね。詩子って」

「それじゃあそんな私と付き合ってる未来はドMだね」


 満面の笑みを向けると、突然未来は私の頬をつねってきた。


「私の顔で遊ぶのやめてくれない?」

「詩子に言われたくない。私の心で遊んでるくせに」


 粘土で遊ぶ子供みたいに、私の顔をふにふにとゆがめていく。しばらく楽しんでいたけれど、やがて飽きたのか不意に手を止めた。


「……っていうか、やっぱり詩子って可愛いよね」

「……」

「あれあれ? なんか顔熱くなってない?」


 にやけ顔でみつめてくる未来。私は視線をそらしながら「熱くなってない」とささやく。断じて照れてなんていない。私が可愛いのは分かり切ったことだ。友達にもよく言われるし……。


 でも未来から言われたら、なんていうか。


「ふふっ。可愛いね。詩子」

「……意趣返しのつもり? こんなことしてさ」


 私はすっかり熱くなってしまった顔を背けて、一人で歩く。胸がうるさい。本当に、こんなの面白くないのに。未来がコロコロ表情を変えるのを見るのが、一番楽しいのに。


 私がこうなるのは違う。なのに未来は追いついてきたかと思うと、ニヤニヤしながら私の横顔をみつめるのだ。


「好きだよ。詩子」

「……未来のばか」


 そんなことを言われたら、ますます未来のことを好きになってしまう。正直、怖い。これ以上未来を好きになってしまったら、未来がこの世界からいなくなった時、どうすればいいのか分からなくなってしまう。


「あれ? もしかして不機嫌? だめだよ。自分が捕食者だなんて思ったら。傲慢は敵だよ。私だってやろうと思えばできるんだからね?」

「……もしもさ」

「ん?」

「……もしも本当に愛の力で、記憶を消す能力を防げてしまうのなら、それはある意味とても辛いことなのかもしれないね」


 私は作り笑いを浮かべて、未来をみつめた。未来は首をかしげて「今さら?」と笑っている。そのまま私の手を引っ張った。青信号が点滅している横断歩道の上を渡っていく。赤になる間際、なんとか渡り切って私たちはまた歩き始めた。


「もしも詩子が忘れたいのなら、私、頑張るよ。愛の力に防がれるのなら、私も愛の力を込めて撃ってあげるから。……本当は消したくなんて、ないけどね」


 未来は寂しそうに小さく微笑んだ。


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