海水浴デートをするためのショッピングデート
第12話 利他主義者
翌日は快晴だった。待ち合わせ場所の公園に少し早めに来たせいか、未来の姿はまだなかった。それにしても日差しが強い。私は待ち合わせ場所を少しずれて、木陰の下で未来を待つ。風が涼しくて快適だった。
「待たせてごめんね」
「いいよ。ちょっと日焼けしたかもだけど」
振り返ると、未来は黒い日傘をさしていた。いたずら好きな子供みたいなにやけ面を浮かべている。
「一緒に入る?」
「そうさせてもらう」
私はさりげなく、日傘の柄を掴む未来の手に手を重ねた。ちらりとみると、未来は頬をほのかに赤くしている。
「その、詩子ってさ、そういうの意識してやってるの?」
「わざわざ意識して息しないでしょ」
「だったら私がいなくなったら詩子、死んじゃうね」
ニヤリと微笑む未来に、私はこくりと頷く。
「死んじゃうかもね」
「嬉しいこと言ってくれるね。……でも死んじゃダメだよ?」
「息もできないのに?」
じっと視線を送ると、未来は悲しみや困惑を織り交ぜた表情でつげた。
「……人工呼吸器でもなんでもつけて、生きて欲しいよ」
「未来が人工呼吸してくれたら生きられるかも」
私がじーっと未来の可愛い唇をみつめると、ジト目でみつめ返された。
「キスなら昨日したでしょ? あー。思い出すだけでも恥ずかしい。というか、こんな寂しい会話しに来たんじゃないよ。水着だよ水着! 私は詩子の白いお肌を見に来たの!」
未来に引っ張られるような形で公園を出て、歩いていく。夏休みなだけあって子供の姿が散見された。私たちと同じくらいの年齢の女の子たちが、楽しそうに言葉を交わしながら歩いていく。
私はそんな景色をみつめながら、未来に問いかけた。
「水着ってどこで買うの? やっぱりショッピングモール?」
「うん。ついでにゲームコーナーとか行こうよ。詩子ってクレーンゲームとか得意そうだし」
「そんなギャンブル好きに見える?」
「ギャンブル?」
未来は不思議そうに首をかしげていた。
「あれって実力さえあればたくさんとれるんじゃないの?」
「それが違うんだよね。中には未来の言う通り実力でとれるのもあるみたいだけど、確率機ってのが仕込まれてるのが多くて、普段はアームの力が弱まるように設定されてるんだよね」
「えー! そんなの詐欺じゃない?」
目をまん丸にする未来に私は微笑む。
「設定された金額に達したらアームの力が強くなって、商品を取れるんだってさ。天井付きのソシャゲのガチャに似てるよね。だから私はギャンブルみたいなものだって思ってる」
「むむむ。大人って汚い……」
未来は不服そうに目を細めていた。私たちは交差点を渡って、駅へと向かう。歩いて行ける範囲にショッピングモールがないのは不便だ。
「そういえば未来って両親には病気のこと、伝えてるんだよね?」
「うん。でも両親だけだよ。おばあちゃんには伝えてないし、友達にも教えてない。悲しんでもらいたくないからね。お父さんもお母さんも世界が終わるのかってくらい呆然としてたからさ。最近は落ち着いてるけど」
親にとって、子供は世界よりも大切なものだと思う。特に、未来の場合は小さな頃から病弱で、ずっとずっと大切にしてきた娘なのだ。あと一年しか生きられないなんて、きっと簡単には受け入れられない。
「お父さんもお母さんも、友達には教えたほうがいいんじゃないかって言ってたけど、そんなわけないよね。なんでわざわざ悲しませないといけないのやら」
「もしも私が友達なら、知りたいけどね」
「そう?」
「むしろ話してくれないほうが寂しいよ。その程度の関係だったのかなって」
未来は寂しそうに俯いていた。石ころを軽くけとばして、肩を落としている。
「その程度の関係なんかじゃないよ。みんなには幸せになって欲しい。だからこそ何も伝えず、私に関する記憶も消すんだよ」
「でも未来はためらってる」
未来は記憶を消すつもりだとは言うけれど、すぐには行動していない。どうせ消す記憶なんて積み重ねたところで無駄なのに、むしろ重りにしかならないのに、それでも友達と日々を過ごしている。
それはきっと怖いから。大切な人が自分のことを忘れて、もう二度と友達として接することができなくなる。これまでに積み重ねてきた思い出を語らうことができなくなるから。
いったい、記憶を消すことによって誰が得をするというのだろう?
私から記憶を消すのを諦めたように、みんなの記憶を消すのもやめて欲しいのだ。
「自己満足なんだからいつやろうと私の自由でしょ?」
未来は少し苛立った様子で、私をみつめてきた。
私は日傘の下から、青空を眺める。雲はまばらでどこまでも青い。
「……そうだね。未来の自由だよ」
この世界には法律や道徳はあるけれど、根本的には何を選ぶかは自分が決める。犯罪も暴力も忘却も。
人は抽象的な概念を理解できるから、常になにかに縛られているように錯覚するけれど、それをする、という自由はいつだってそこにある。
「でも未来を止めるのだって、私の自由だよ」
「……君に私を止められるの? 私みたいに特別な能力もないくせに」
「愛がある」
私がつぶやくと、未来はじーっと私をみつめてきた。
「愛? 愛があれば記憶も失わないって?」
「……私は信じてる」
じっと真っすぐに未来をみつめる。未来は視線をさまよわせたかと思うと、小さくため息をついた。
「だったらその愛とやらで、姫野と加藤には耐えてもらわないとだね。私の気持ちは変わらない。……私の能力が無意味にならない限りはね」
ニヒルな笑みを浮かべているけれど、その瞳にはほのかな期待の色がにじんでいるようにみえた。未来も心の奥底では望んでいるのだろう。みんなに看取ってもらう最期を。
でも、同時に恐れている。自らの死が他者にどのような影響を与えるのか。エゴイストなんかじゃない。結局は、他人思いの利他主義者なのだ。
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