水増して今、大きな鏡となる。

星多みん

 降り続ける雨に皆が嫌気を差した頃だろう。山に囲まれた隣町が沈んだと言う噂が広まっていた。


 少し前なら誰も信じなさそうだが、川が氾濫し始めると、私は長持ちしそうな食料といざという時に纏めていた防災セットを持って、外に出て母校に向かって歩いた。


 昔、よく歩いていた道に着くと、同じく母校に避難している人たちが列を作っていた。だが、その中でも逆方向に歩いている男がおり、目を凝らすとそれが同級生だと分かり、声を掛けた。


 だが、激しく降る雨は私がいくら叫んでも、同級生に届く前にかき消してしまい、仕方なく追いかけることにした。やっと追いついた時には、母校から遠く離れて隣町との間にある山の麓だった。


「久しぶり、覚えてる?」


 やっと聞えたのか、同級生は驚きながら振り帰ると、私の顔を見て安堵した。


「なんでここに来たの?」


 私が続けてそう言うと、同級生は少し困った顔をしながら口を開いた。


「この山の頂上にある別荘に行こうかと思って。君はどうする?」


 私はそう聞かれると、少し考えていた。いくら金持ちで勤勉、考えなしで行動しない真面目で優しい彼と言えども懸念点があった。


「男女二人ってのもねぇ……」


 間違えて出てしまった声が同級生に聞こえたのだろう。同級生は振り向いた私に声を掛けた。


「学校に行っても明日には沈むだけだよ」

 

 その言葉は、私を引き留めるにはには十分だった。


「ここは雨がそんなに降っていないだろう。逆に町の中にある学校は酷い雨だった。多分、町の中心から端にかけて雨が弱くなっていってるんだよ」 


 同級生の言っている事は間違えではなかった。さっきまでは気付かなかったが、ここで声が聞こえたのも雨が弱くなっているからなのだろう。


「なら、その事を学校にいる人たちに伝えなきゃ」

「伝えた。伝えたけど、誰も信じてくれなかった」


 同級生は被せるように、手を固く握りながらそう言った。誰も見てないから信じてくれないんだ。私は直ぐにそのことが分かった。

 私は気持ちを切り替えようと大きく深呼吸をすると、同級生と一緒に山を登った。


「なんで町の中心が雨が強いって分かったの?」

「それは、俺が隣町の惨状を見てここに来たから」


 同級生は淡々と答えると、それ以上は何も聞いて欲しくなさそうに足を早めた。

九合目と言うところだろうか、そこらになると雨が一切降っていなくて、後ろを振り返ると酷い雲がよく見えた。きっとあの雲の下に私達の町があるのだろう。そう思いながら、前を歩いた。


 暫くすると、同級生の別荘が見えてきた。別荘は想像してたよりも大きく、同級生が先に入って電気を確認している間、私は別荘に荷物を置いて少し奥に足を向けた。


 少し歩くと、開けた土地に出た。キャンプ場みたいなところだろうか。所々に燃え尽きた炭や大きな石が積まれていた。そんな事を思いつつ、私は視線を上にあげて息を飲み込む。目の前には海ほどの大きな湖が、夕焼けを反射させる幻想的な事が起きていたからだった。


 私はその湖の限界まで近づくと、膝までズボンを上げて足を中に入れた。澄んでいて冷ややかな水は、長時間の登山で暖かくなった足を癒していた。


 地元にこんなに綺麗な場所があるなんて、テレビで何で紹介されなかったのかな。そんな事を考えていると、後ろから同級生がやっぱりと言った表情で近づいてくる。


「綺麗だよね。ここ」


 私はそれに静かに頷こうとしたのだが、同級生の妙な含みのある言い方がそれを止めてしまった。


「ここはね。元々なかったんだ。多分、出来て数日ってところかな」


 私はそう言われて、湖を見てみると魚が見当たらない事に気が付いた。勿論、大きな湖だから見えないだけかもしれないと思ったが、だとしても標高もそこそこある山に、こんな大きな湖がニュースや観光地としてならないのは変だと感じていたので、同級生の言う事は易く受け入れられた。


 風の音と夕焼けが夜に変わろうとするまで、私は何も言わずに黙っていた。この湖が何でできたのか、なんとなく予想できたからであった。でも、受け入れがたいものもあった。


 いつか、私の町も夕焼けや星空、月と太陽を反射させる、そんな水鏡になるのが怖かったからだった。

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