第9話 町田は窓口で唇を噛んで、

 町田は窓口で唇を噛んで、虚空を睨んでいた。


町田は未来を知っていることがアドバンテージにならないことを思い知らされた。町田の未来の知識はドラ〇もんのように華やかで心躍る未来じゃない。

二〇年後の未来が、二〇二一年、現在より幸福が後退しているなんて誰が想像できたのか……。


 僕はあの時死んだはずだ……。なんで過去に戻っているんだ? 一度目と同じ人生をなぞるばかりで、足掻くことさえ許されない雁字搦めに縛られ、奈落の底に突き落とされる感覚。絶望という挫折こそ、過去に戻るということなのだ。


 町田の脳裏に若いころに読んだSF小説や映画が脳裏に浮かんだ。


 そうだよ。今この時代にも俺がいるはずなんだよ。この時代の自分を探し出して、自分の未来を教えてやれば……。いや、無駄だ。足搔こうとすること自体が無駄だったろう。


 だったら、この時代の自分を殺してやる。どうせ居場所のない未来を生きるくらいなら死んだ方がましだ。


 もし、この時代の俺が死んだら、未来の俺の存在はどうなるんだ? 僕の存在自体、消えてなくなるのか……。


 別に死ぬことを怖れはしない。僕はすでに死んでいる人間だ。


 それより、同じ時代に同じ人間が二人存在することはできないはずだ。そんな二人が出会えば、世界にどちらかが消される法則があったはずだ。


 昔読んだSF小説にあったドッペルゲンガーだったかタイムパラドックスだったか? 二人が出会えば、どちらかがこの世界に消されることになる。


 だったら、覚悟を決めてこの時代の俺に会いに行く。とりあえず、俺はハロワを出て、住んでいた実家に向かった。


 しかし、結論からいうと、彼は実家で彼自身に会うことはなかった。それどころか、前と同じように、家族には「ハローワークはどうだだった? いいところはあった?」と心配されたのだ。

 この世界に住んでいる彼の方が消えてしまったのか……、はたまた、この世界の彼自身に未来の死んだ彼の魂が憑依したのか?


 そんなことより、彼は実家に向かう途中で、彼の人生を大きく変える人物に会うことになる。


 その行きがけに見かけたのが、東京都知事選の候補者の街頭演説だ。


 見た目に若い彼は、当選すれば知事の最年少を更新するらしい。そんなことよりも町田の気を引いたのは、彼が未来から来たと公言して憚らないからだ。


 馬鹿らしい……。でも、町田のように同じような体験をした人が別にもいるのか?

 町田は彼の演説に遠くから耳を傾けていた。


町田がタイムスリップして不幸の振り出しに戻った二〇二一年、その少し前から、Twitterで注目を集める若者が現れた。


二〇一九年の初め、最初はひっそりと未来の出来事を予言していただけだったが、二〇一九年八月に中国で発見された新型コロナウイルスが瞬く間に全世界にバンデミックを引き起こすと予言。


 そして、ヨーロッパでのロックアウトや日本の緊急事態宣言、それに伴う経済の低迷などを次々にTwitterで予言した。


 その予言は一年後に的中、世界はロックアウトや行動制限、ついには東京オリンピックが延期になった。


 ただこれらのつぶやきはコロナ渦が起こった後に注目されたため、システムの不正も疑われ、本当に未来を予言したものか信ぴょう性が疑われた。

 

 自らを未来から来た警告者だと自称し、Twitterのやり取りの中で、大手アパレルメーカーのレナウンの倒産を予言し、それが的中した。


 コロナ渦は経済にも大打撃を与えていた。そのため、「予測可能だ」「いや、企業名までは無理だ」と世間は彼が本物か偽物かの議論が沸騰した。


 そんな騒動を無視して、次にした予言は参議院選挙の最中に起こった安倍元首相の銃撃事件。それと合わせて自民党の大勝を予言していた。


 そんな高支持率の中、その国葬の経緯に不信感を持たれたのを皮切りにコロナ渦でのバラマキなどの対応の不味さに加え、安倍元首相の国葬を引き金に、内閣支持率は急降下した。


 安倍元首相の銃撃事件の的中はネット民を驚愕させた。


 大騒ぎするネット民を相手に、自称、未来から来た青年の次の行動は予言ではなく宣言だった。


「俺は町田朔(まちださく)!! 闇を転じて新しい時代を創造するものだ。今の衆議院は支持率の低迷を理由に解散する。

 東京オリンピックを終わらせ、これを機と見た現東京都知事は国政に返り咲き、都知事の席は空席になる。俺は都知事選に立候補する。


 公約は、誰もが想像できて予測されているような未来じゃなく、誰も見たことがない想像を超えた未来を実現してやる!!」


 ロトセブンの当たりくじを持った自撮り写真と一緒にTwitterに書き込まれた。


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