剣と盾

 結局、またも適当な部屋に泊まった翌日。

 トリスが起きて部屋を出ると、早朝から使用人たちは大忙に働いていた。


 どうやら今回は、アステルだけでなくシェリアーも魔都へと行くことになったらしい。さらに、トリスまで同行させられる。

 二人と一匹の旅支度。合わせて、主人不在の間の屋敷管理で、使用人たちは右へ左へ。

 使用人たちが慌ただしく準備を進めている間、アステルとシェリアーは庭で優雅にお茶をしていた。


 そしてトリスは、寛ぐ魔族の視線の先で、剣の稽古をさせられていた。

 手には昨日の神剣が握られており、村から来た青年を相手に汗を流す。

 シェリアーが、魔獣討伐の際のトリスの無様な様子をアステルに話してしまったせいだ。


「情けないな。そんなことでは、魔族は殺せんぞ」


 トリスを笑いながら、アステルは逆賊的なことを平気で言う。シェリアーは顔をしかめていたが、お構いなしだ。


「これでも、生まれ育った里ではそれなりの腕前だったんですけどね」


 と弁明するトリスは、たしかに鋭い剣裁きを見せていた。相手をしている村の青年も腕は確かだったが、トリスは巧みな剣裁きで翻弄ほんろうする。

 しかし、それは所詮しょせん、人族の剣術でしかない。どれほど剣術に優れていても、いかに身体能力が高くとも、結局は人族のそれ。魔族の、しかも上位に位置するアステルとシェリアーから見れば、遊戯ゆうぎにしか映らないのかもしれない。


「魔都に着くまでに、少しでも神剣の使い方を覚えろ」


 アステルの言葉に「なぜ?」と問いたいトリス。

 昨夜、鮮やかな赤い衣装を着た少女より、アステルに渡された漆黒の魔剣。それを魔都の近郊に住むという魔族の支配者に返上しに行くだけだというのに、どうして自分が神剣の扱いを覚えなければいけないのか。

 疑問を浮かべながらも、トリスは気合いとともに真剣を振るう。すると、剣先から白刃が放たれた。


 村の青年、リバルは素早く身を屈め、白刃をわす。


「そんなもの、躱す必要もない」


 シェリアーが笑う。


 嘲笑ちょうしょうの通り、白刃は鈍く飛翔すると、庭先の樹木の先端に当たって四散した。樹木の幹には、浅く切れ込みが入った程度。

 昨夜、腐龍に対して放ったときよりも遙かに低い威力であることは、トリスにもわかる。

 あまりの威力のなさに、背後を振り返ったリバルが苦笑する。見学していた使用人たちも、気まずそうに視線を逸らす。そして、アステルとシェリアーが容赦なく笑う。

 情けない有様に、トリスは恥ずかしさと自身への怒りが込み上げてくる。


「ああ、なんでだよ! なんで俺が剣の練習なんてしなきゃいけないんだ!」


 トリスのため息を、リバルがたしなめた。


「やはり、公爵様の付き人でしたら、武芸はたしなんでおくべきですよ」

「俺って、付き人じゃないっすよ?」


 どうも、使用人たちだけでなく村人にまで、トリスはアステルの従者じゅうしゃと思われているようだ。

 トリスと会う使用人は、誰もがうやまうような態度や言葉遣いをする。

 昨日の朝に会話をした使用人のなかには親しく話してくれる者もいたが、それでも何人かだけ。稽古相手のリバルも、トリスを敬うような言動だ。


 リバルは、トリスよりも少し年上くらいだろうか。元々は屋敷の使用人ではないのだが、トリスの稽古相手として村から喚ばれた。聞けば、魔獣討伐に参加した村人のひとりらしく、かなりの腕前だ。

 くすんだ茶色の髪。身長も高く、筋肉質な身体は同性のトリスから見てもたくましく思える。やせ細り、貧相なトリスとは真逆の体格だ。

 剣の腕前だけはトリスの方が僅かに上だが、それ以外の全てはリバルが勝っていた。


 そんなリバルに、敬われるような立場ではない、とトリスは恐縮してしまう。自分はただ、魔都で奇異な行動を起こしたせいでアステルの興味を引き、幸運にも命を救われただけの男なのだ。


「剣術がいくら達者でも、心が弱ければ実践では話になりませんよ」


 再度、剣を交えながら。トリスのやる気のない心情を剣先から察したのか、リバルが言う。


腐龍ふりゅうに出くわして正気でいられるなんて、トリスさんは本当は素晴らしい精神力なのだと思います」


 あとから聞いて、ぞっとした話がある。

 普通であれば、腐龍のような高位の化け物に出くわすと、近づくだけで魂を喰われるらしい。気の弱い者だと、姿を見ただけで命を奪われるのだとか。

 腰が抜けはしたが、腐龍に一撃を与え、逃げるまで回復した精神力は素晴らしいものだ、と使用人たちから賞賛された。

 腰が抜けたり逃げ出したりと、トリスには恥ずかしいことのように思えて、複雑な気分だが。


「僕なら、最初の狒狒ひひの死体を見たときに逃げ出していましたね」


 トリスの鋭い突きを捌きながら、リバルは言う。


 いや、実際のところ、自分は最終的には逃げるついでで化け物を追っただけなんだけど。とは絶対に言えない。トリスは複雑な心境を刃に乗せて、リバルと剣をぶつけ合う。

 リバルの力強い剣戟けんげきを真正面からなんて受けていられない。左右に身体を揺さぶり、リバルを惑わせて剣筋を見切る。ときには流すように剣を弾き、場合によっては大きく後退してやり過ごす。そして、反撃へ。

 トリスは痩せ細ってはいるが、動きは俊敏しゅんびんだ。

 開いた間合いを一足飛びで詰め、神剣を振るう。リバルは体勢を整えながら、トリスの一撃を受ける。


「はあっ!」


 神剣を上段に構えたトリスの気合いに合わせ、神剣の刃が発光した。

 リバルは慌てて距離を取り、伏せる。

 真剣勝負ではない。トリスもリバルを傷つけようとは微塵も思っていないので、十分に安全を確保したあとに、白刃を放った。

 鈍い光の白刃は、またもやリバルの頭上を通過する。そして、屋敷の先の森へと消えていった。


 背後で、腹を抱えて笑うアステルとシェリアーが恨めしい。


「俺が神剣の使い方を覚えなきゃいけない必要性なんて、あるんですかね?」


 たまりかねて、トリスの口から愚痴が溢れた。

 圧倒的な魔力と破壊力を持つシェリアー。あらゆる物質を創造するアステル。上位の魔族が二人もいるのだ。今さらトリスが神剣の使い方を覚えても、魔都を訪問する際の役に立つとは思えない。


「たしかに、シェリアー様にトリスさんは不要かもしれませんね」


 休憩だ、と芝の上に座り込んだトリスに合わせて、リバルも剣を下げる。乱れた息を整えながら腰を下ろすリバルは、トリスの吐露とろに対して自分の考えを口にした。


「ですが、お館様やかたさまにはきっと、トリスさんの力が必要ですよ?」

「なぜっすか?」

「お館様は、あらゆる物を創造できます。でも、それだけなんです」


 汗をぬぐいながら、リバルは言う。

 初冬ではあるが、激しく動いたせいで、トリスもリバルも全身に汗をかいていた。


「どんなに優れた武器を創っても、扱う技術がなければ棒きれと一緒です。最高度の魔法の防具を創っても、攻撃を完全に防げるものなんて存在しません。ましてや、鎧の隙間などから斬られたら意味はありませんし」


 つまりアステルには、武具を創り出す能力はあっても、それを扱う技術がない、ということなのか。

 しかし魔族は本来、魔法を主体とした派手な戦い方を好む。

 アステルも武具にこだわらず、魔法を使えばいい。

 聞くと、リバルは首を振った。


「お館様は魔族なので、もちろん魔法をお使いになります。ですが、低級魔族程度の魔法しか使えないと言われています」


 衝撃的な話だった。

 実践になれば、アステルも当たり前のように魔法を放ち、派手な戦い方をするのだと思い込んでいた。しかし思い返せば、たしかにアステルは創り出した武具に頼り切った戦い方をしていたように思う。


 魔都の宿屋で襲撃されたとき。物質創造の能力で魔剣や防具を瞬時に作り出したアステル。しかし、巧みな剣術などもなく。派手な魔法もなく。ただ、自身の能力と武具に付与された力だけで戦っていたような。


「お館様が始祖族とは聞いていますか?」


 昨夜シェリアーから聞いた話を思い出し、頷くトリス。


「始祖族はその誕生に際に、必ず特殊な能力を持って生まれてくるそうです。お館様は、それが物質創造になりますね。始祖族はそれ以外にも、強大な魔力や知識を持って生まれるそうなんですが、お館様は特殊能力以外の力はほとんどないそうなんです」


 力はないが、始祖族の例に漏れず、アステルも公爵位に封じられた。


「物質創造以外は、僕ら人族とさほど変わらない身体能力らしいですよ」


 だから、アステルには創り出す武具を自在に操る護衛者が必要なのだという。そして、その護衛こそがトリスなのだと、リバルは断言した。


「俺なんかより、もっと強い人はいそうだけどなぁ」

「それは、ほら。お館様はお変わりになった性格ですから……」


 護衛どころか、使用人さえも屋敷に住まわせないアステルは、たしかに変わった性格をしている。傍らにシェリアーがいるとはいえ、不用心すぎる。

 公爵として生活しているアステルだが、魔族は弱肉強食の世界。アステルが弱く、財宝を所持していると知る魔族ならば、襲撃してくる可能性もある。それでもシェリアーだけを頼りに住むアステルが、なぜかトリスを招き入れた。


「僕たちはどう望んでも、このお屋敷に滞在することは出来ないんです。使用人であっても、夜間の宿泊は特別な事情がない限り許されていないのですから」


 使用人は早朝に屋敷へと来て、日が暮れる前には帰る。住み込みの者はひとりもいない。

 今回も、アステルとシェリアーが不在になるというのに、屋敷に泊まって代わりに管理をするような者はいないらしい。

 ただしそれは、もしも使用人が住み込みで屋敷を管理している場合に魔族の襲撃があったとして、それを防げないためなのだとか。無用な犠牲者を出すよりも、自在に創造できる財宝を奪われる方が被害は少ない、そういう考えらしい。


「絶えずお館様の傍らにいて、なにかあったときに必ず対処できる者でないと、護衛役とは呼べないですよ」


 そして、絶えず傍らにいる人物とは、シェリアーを除けば、屋敷に宿泊が許可されているトリスしかいない。


「自信がないなぁ」


 いくら剣捌きが上手くとも、所詮は人族だ。魔族の前では無力でしかない。人族は、低級な魔族にさえ適わないのだ。

 そんな弱者でしかない自分がいくら神剣を所持したからといっても、魔族の刺客や不届き者に勝てるわけがない。


「これからですよ。今から神剣の扱いを覚えて、将来は立派な守護者になってください。微力ながら、お手伝いいたします」


 リバルが伸ばした手を、トリスは戸惑いながらも握り返す。


「よろしくお願いします」


 気の許せる同年代の仲間が出来て、トリスは嬉しく思う。これで平穏な日常が続けば幸せなのだが。


「それにしても、随分とアステル様の能力に詳しいんですね?」

「はははっ。なにせ僕らの村は、四百年もの間お館様のお世話をさせていただいてますからね。他にも、お館様に関する逸話はたくさんありますよ。興味があるならお話ししましょうか?」


 稽古などよりも、アステルにまつわる話の方がよっぽど興味をそそられる。トリスがお願いすると、それでは、とリバルは嬉しそうに微笑んだ。

 しかし、休憩する二人を邪魔する声が背後から届く。


「まったく。いつ稽古を再開するのかと見ていれば、雑談会になった」


 声に敏感に反応したのはリバルだった。

 跳ねるように飛び上がり、次いでひざまずく。

 声の主はシェリアーだ。

 歩み寄ってくるシェリアー。背後からは、アステルも来ていた。


「アステルについて、ひとつ修正だ。あれの魔力は強大極まりない。ただし、その魔力のほとんどは物質創造にしか使えない」


 そんなところから話を聞かれていたのか。

 話を聞かれていたことに、トリスは苦笑した。


「休憩は終わりだ。次は武具の扱い方を覚えろ」


 アステルは、昨夜トリスが失った盾を創造する。

 まさに一瞬だ。瞬きをした次の瞬間には、アステルの手に盾が握られていた。

 盾をトリスへと向かって投げるアステル。トリスは慌てて受け取る。


「盾は、所持者のわざわいを一度だけ身代りする付加がある。魔法防御もそれなりにあるはずだ」


 性能の説明は、昨日のうちにしてほしかった。そして身代り効果が付与されているのなら、制限回数をつけないでほしい。

 トリスが愚痴ると、傍らまで来たアステルに頭を叩かれた。

 痛くはなかったが、受け取った盾が粉々に割れる。


「身代り発動。盾を持っていて助かったな。持っていなかったら、今ごろお前の頭は吹き飛んでいた」


 くつくつと笑うアステル。

 アステルの言葉と粉々になった盾を見て、トリスとリバルは青ざめた。


「武具などは、元々が複雑に作られていて、強力な特殊効果が込められている物だと、複製品しか創れない」


 複製の元となる真作が高性能な物だと、それに手を加えて真作を越える性能を付与することはできない。また、この世にそもそも存在しないような独創物は創れない。そして、複製するためには本物を詳しく見るか、書物などで詳細な内容を知識として持たなければならない。初めから真作を生み出す場合でも、自分が持つ知識以上の物は創れない。


 意外と多い制約に、トリスは驚く。

 リバルは知っていたようだ。

 どうやら、アステルの能力は身近な者だけではなく魔族中で有名らしく、だから隠す必要はないのだという。


 アステルは再度、盾を出す。そしてトリスに手渡した。

 この盾は、つまり複製品か。渡された盾を、今度は繁々と見つめるトリス。


「この盾は、どこかで見たことがあるんですか?」


 シェリアーが言っていた。盾も剣と同様に神族の武具だ。魔族の支配する地では、そうそう見かけるようなものではない。


「産まれたときからの知識だ。そこの者が言っただろう。始祖族は、産まれたときから力と知識を持っているんだよ」

「瘴気が生まれる原因になった大戦などで犠牲になった者たちが有していた知識を引き継ぐ、と言われているな」


 アステルの言葉を、シェリアーが補完する。


 そうか。アステルが産まれたときの大戦は、魔族神族人族が入り乱れてのものだと言っていた。犠牲になった者のなかには、もちろん神族もいて、その知識を引き継いだということなのか。

 では、もうひとつの神具、神剣も知識から創り出したものなのだろうか。


「神剣の方は、どこぞの国のみかどが愛用しているものだな」


 さらりと言われたが、実は大変なことではないのだろうか。

 帝とは、神族の国を統治する支配者のことだ。

 魔族の支配する地域の南方には、神族が支配する国が幾つもあるという。そのどこかの帝が今現在、愛用している神剣だという。


 トリスは、それを容易く複製したアステルの能力に驚き、自分程度の者が使用して良いのかと戸惑う。

 未だに跪いた状態を崩さないリバルは、うらやましそうにトリスを横目で見ていた。


「十の人族の国を滅ぼし、万の魔族を打ち倒した神剣だそうだ。ははん、大仰おおぎょうに盛った逸話いつわだな」


 きっと下級魔族ばかり狙ったのだろうよ、とシェリアーが鼻で笑う。


「振れば光の刃が放たれ、遠くに離れた敵をも切り裂くらしい」


 アステル自身は使用したことがないらしく、知識として持っていることを話すだけだ。


「昨夜はたしかに、そこそこの威力で光刃が出たんですけどねぇ」

「ほう、振れば雑魚ざこにでも技が出せるとは、程度が知れていそうな武器だな」

「演芸大会の出し物に使える程度の威力だな」


 アステルもシェリアーも、神造の武具に対しては酷評こくひょうだ。トリスが光刃で傷をつけた樹の幹を見て、笑い合っている。


 ならば、自慢の魔剣を渡してくれても良いと思うのだが。

 魂霊の座そのものはさすがに借り受けるわけにはいかないだろうが、複製を創ってくれないものだろうか。

 聞くと、シェリアーに思いきり足を噛まれた。


いてぇっ! ……いや、痛くない?」


 持っていた盾が再度砕け散る。


「魔族以外の者が魔剣を持てば、必ず呪われる。もがき苦しみ死にたいのなら、私が一本貸すぞ」


 シェリアーの申し出に、トリスは丁寧な断りを入れる。


「魂霊の座は創れない。付与魔力が強大すぎる。見た目だけなら模造できるが、なまくらを持つよりも神剣を持っていた方が良い」


 ごくまれに、知識を持っていても創り出せない物質があるのだとか。理由は、アステル自身にもわからないらしい。


「さあ、休憩は終わりだ。稽古へ戻れ」


 アステルに促されて、ようやくリバルは跪いていた姿勢を崩す。

 リバルは、シェリアーに気づいてから今まで、ひと言も話さず姿勢を崩すこともなかった。


 本来であれば、リバルの対応が正しいのだろう。しかし、トリスには出来なかった。

 魔族に屈したくない、という気持ちが一番にある。あとは、今のトリスの対応にアステルもシェリアーも厳しいことを言わないので、甘えていた。


 稽古は先ほどまでのような模擬戦を、と思っていたが、リバルから別の提案が上がる。


「神剣の光の刃を自在に出す練習をされては?」

「たしかに、情けない威力だし。昨夜は無意識に振っただけで出ていたんだけど、今日は気合いを入れても残念な威力なんですよね」

「きっと、昨夜は切羽詰まっていて気が張っていたからですよ」

「それじゃあ、もう少し気合いを入れたら威力は増すかな?」

「丁寧に、どうやれば光刃の威力が上がるか検証しながら練習しましょう」


 アステルとシェリアーが側を離れないせいか、リバルは緊張していて動きが硬い。

 トリスはそんなリバルを横目に、神剣を上段に構える。そして息を整え、気合いとともに神剣を振り下ろした。


 すると、振った剣先の軌道から白く光る刃が生まれ、庭先の樹へ向かって放たれた。

 光の刃は樹の幹に当たると、霧散する。


「おかしいな、昨夜は腐龍に裂傷を与えるくらいの威力があったのにな?」


 試しにもう一度、神剣を振る。すると、同じように光の刃が現れ、放たれた。樹の幹に当たって霧散するところまで一緒だ。


「対象までの距離と、神剣に込められる気力きりょくの違いかもしれませんね。もしかすると、神剣なので込める力は神力しんりょくかもしれませんが」


 リバルの言葉に、トリスは首を傾げる。


「気力とか神力とは?」


 トリスの質問に、アステルとシェリアーは苦笑した。


「阿呆だな」


 リバルも困った顔をしていたが、魔族の二人とは違って真面目に答える。


「魔族の方々は、魔法を使われますよね。例えば炎を生み出したり、爆発させたり」


 トリスは頷く。

 屋敷に来てから、シェリアーの爆破魔法をよく見た。


「神族も同じように、超常の力を使うんです。その力のみなもとが神力です」


 魔族が使う魔法の源は魔力。それと同じようなものか、とトリスは置き換えて考える。


「次に気力なのですが」


 どのように説明すればいいのか、とリバルは困った表情になる。

 魔力や神力と同じような感じで人族に当てはめるのであれば、それは呪力じゅりょくということになる。

 人族も、他種族と同じように超常的な術を使う。だが、それは呪術じゅじゅつと呼ばれていた。


 呪術師と呼ばれる術者は、儀式や特殊な呪具じゅぐを用いて相手を呪ったり、逆に身を守ったりする。トリスの里にも呪術師はいて、里長たちと同じように敬われる存在だった。

 だから、トリスも呪術師と呪術は知っている。そして、魔力と神力と同じように、呪術師にも呪力があるのだろう、ということは理解できるのだが。


 では、気力とは何だろう。

 リバルの困った様子からして、説明しがたい力なのだとはわかるのだが。

 トリスはじっと答えを待った。


「気力とは、想いの力だ」


 すると、シェリアーが口を開いた。面倒そうにではあるが、説明してくれる。


「滅べ、と想う気持ち。死ね、と願う心。技に込める強い意思のことだ。意思、つまり気持ちの力が強ければ強いほど、技の威力は増す」


 邪悪だ。滅べとか死ねなんて、普通は思わない、とシェリアーの話に顔をしかめるトリス。


「では、この神剣の場合は切れろ、と強く念じながら振れば良いんですかねぇ?」


 腐龍のときは何も考えずに、無意識に振ったはずだが。


 トリスは神剣を上段に構える。

 庭先の樹へと意識を集中する。


「切れろっ!」


 叫びながら、剣を振り下ろす。

 光の刃が現れ、放たれた。

 そして、樹の幹に直撃し、霧散した。


 アステルとシェリアーが腹を抱えて笑う。


「トリスさん、叫ばなくても、気は込められますよ……」


 リバルさえも顔を引きつらせていた。

 恥ずの余り、トリスは顔を赤くする。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないかよっ」


 この場から逃げ出したい。トリスは羞恥心しゅうちしんに沈んだ。

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