第25話 親友の二人が連絡先を互いに知らない方が不自然かと思いますが?

「リン!大変なことになったわよ!」

「またかよ!なんだよ!」


酒におぼれたなんちゃってアイドル、プリンだ。


「ドラマの出演が決定したのよ!」

「いいじゃん、アイドルなんて息をするように演技してるんだから慣れたもんだろ」

「それはそうなんだけれども、今回はそれだけじゃないのよ!あの大人気女優エレノーラと共演なの!」

「はぁ!?エレノーラちゃんと!?」


エレノーラとは現代のトップ女優。

そして俺の一推しの女優でもる。


「あ、そこにはそんなに反応するんだ。ビックリしたし、引いたし、イラっとしたわ」

「なんでお前ごときがエレノーラちゃんと共演できるの?正直やめて欲しいんだけど。穢れる」

「穢れるってなによ!こっちだってトップアイドルなんだから!」

「ふっ、トップアイドルどころかアイドル(笑)だろーが」

「なによ!どっからどう見てもアイドルでしょーが!」

「いやお前、酒飲んで麻雀やってるだけじゃん。アイドルどころか普通の女でも若干引くレベルだぞ?」

「あ!そういうの男女差別だー!」

「、、、あ、ごめん」


ジェンダー関係はまずい。

ややこしい。こういうのはすぐ謝っておいた方がいい。

ウチも客商売だし。


「とにかくエレノーラと共演なのよ!」

「そうだった!エレノーラちゃんの出てるドラマなら全部見てるぜ!」

「本当にファンなんだ」

「特に『10リットルの涙』なんてめっちゃ泣けたわ!主人公のエレノーラちゃんが病気にどんどん冒されていくんだけど、その進行速度がヤバすぎて、3話目にはもう『あ~あ~』言いながら涎たらしてたもんな」

「それ泣けるの?」

「泣けるだろ。新人女優が全12話中10話を呻き声上げながら涎たらしてるんだぜ?なんて過酷なんだよ、女優の世界!」

「、、、泣いてるとこ制作者の意図とは違ってそうだけど」

「というかあんな大女優と共演なんて生半可な演技じゃ許されねーぞ!」

「えぇ!?あ、まあ、一応そういう理由できたのよ。なんか思ってたのとは違うけど」

「ん?」

「演技の特訓に付き合ってほしいのよ!!!」

「はぁ!?」


メンバーとも仲が悪く、友達といえば酒場の飲んだくれしかいないプリンは台本読み合わせの練習相手として俺たちを選んだのだった。

というか選択肢が俺たちしかいなかったのだ。


「エレノーラちゃんの新作ドラマ、協力するのはやぶさかではない」

「あ、あっさり。本当にファンなんだ」

「ただ条件がある」

「なによ」

「エレノーラちゃんに会わせてくれ」

「あ、本当にファンなんだ」

「会えるのか!?」

「まあそれぐらいは何とかするわ」


マジでか。

、、、マジでか。

変なアイドルを助けてよかった。


「え?あんた泣いてるの?」

「泣いてないやい!」

「本当にファンなのね」

「うるさいやい!」

「まあいいわ!とにかく読み合わせよ!今回のドラマ『逃げるは死地だが織田が立つ』のね!」


、、、ん?名前からして駄作なんだけど。

てか時代劇なの?

エレノーラちゃんはまあいいとして、新人アイドルの初出演作が時代劇?

事務所の連中イカレてるの?


「エレノーラは天下布武を掲げる覇王の嫁。私はその妹よ!」


しかも結構デカイ役。

無理だろ、この世渡り才能しかないアバズレ女には。


「プリンちゃん!主役を食っちゃってください!」


うるさい、ユフィ。

今お前の盲目的なファン思考に付き合っている暇はない。


「ギルちょっと来てー」

「ん?どうした?」


とりあえず俺はギルを呼んでみた。


「プリンに洗脳魔法使って」


ギルの魔法で何とかしちゃった方がっ手取り早いと思った。

というかこんな飲んだくれアイドルにはそれしかないと思った。

と言うかめんどくさかった。


「せ、洗脳魔法!?なにそれ!」

「お前にそんな重要な役が演じきれるとは思えない。お前が出来るとした酒とギャンブルに溺れるアイドル役ぐらいだ」

「それは普段の私じゃない!って違うわ!王道アイドルだわ!」

「というわけでギル頼む」

「聞けよ!」

「そりゃしょうがないな。わかったよ」

「なにがしょうがないのよ!」

「洗脳魔法」

「だから聞けって!はっ、、、」


これでド腐れアイドルも覇王の妹になったはずだ。

さあ、始めようか。

台本の読み合わせってやつを。


「兄上ぇぇぇ!!!おやめください!!!美少年だけで固めた軍で出陣なさるのは!」

「黙れぇ!俺の戦は敵と剣を交えるものではない!夜の停戦中、テントの中で美少年たちと剣を交えるものなのだ!」

「お義姉さまがそれを聞いたらなんと言うか!」

「聞いているわ!義妹!」

「聞いてたのね!」

「そんな殿だからこそ戦から帰って来た夜が盛り上がるのよ!」

「そうだったのね!そうやって生まれたのが私の甥!覇王の跡取り!卍丸だったのね!」

「おぎゃー!」


・・・


ん?何このドラマ。

圧倒的に気持ち悪いんだけど。

でもここでなんか言うとまたジェンダーとか言われるから何も言わないけど。

でも多分俺このドラマ見ないわ。

今までエレノーラちゃんが出てる作品は、どんな脇役でも、エキストラであってさえも、全て見てきたけど。

これは見ないわ。

だって圧倒的に気持ち悪いんだもん。





ギルの魔法で役になり切ったプリンはいい演技をしたらしい。

まあ演技じゃなく本人と思い込んでやってたんだから、そりゃそうだろう。

ちなみに女優業のときは『プリン』ではなく『ぷりん』らしい。

何の意味があるんだ?それ。

ドラマは大ヒットしたらしい。

何だ?この国。

滅べばいいのに。

でもまあ落ち着こう。

今はそんなことどうでもいい。

こんな駄作を手伝ったのはこの日のため。


「リン!ここが打ち上げ会場よ!」


当初の約束通り、今日俺はエレノーラちゃんに会える。

ドラマの打ち上げに演技指導者として招かれたのだ。


「さすがっすね!王都でも有名な超高級料亭『高天原』っすよ!」


こいつは来なくてもよかったんだが、まあ覇王の嫁役で読み合わせに参加してたので一緒に招かれていた。


「じゃああなた達には一生縁のない芸能界をのぞいてみるといいわ!」

「「あざーす」」

「軽いわね。あんたたち」

「芸能界なんかどうでもいいからさっさとエレノーラちゃんに会わせろよ」

「中に入ればいるわよ!」

「自分はプリンちゃんと一緒にいれるだけで幸せっす!」

「それはありがとね!」


というわけで俺たちは高天原に出陣する。


「お疲れ様でーす!こちらが今回私の演技をサポートしてくれた二人でーす!」


なんか業界人たちが周りに寄ってきてシースーとかギロッポンとか言ってるけど、俺には何を言っているかわからない。

俺が話したいのはこんな連中じゃない。

携帯の電波だけを気にして、隙あらばキャバクラのお姉ちゃんに電話する連中じゃない。

天才女優エレノーラちゃんだ!

どこにいる!?

あ、普通に奥の席にいた。

俺はシースーとギロッポンしか言えない壊れたマリオネットたちをはねのけ奥の席へ向かう。


「あの僕リンって言います。今回演技のエの字も知らない腐れアイドルに演技指導しました!」

「ああ、あ、そうなんですね」

「そうなんです!」

「は、はい。ぷりんちゃんの演技はすごかったですもんね。私なんか霞んでしまうほどでした」

「いえ!そんなことはありません!霞んでいたのはプリンの方です!なんならモザイクかかってましたよ!」

「そ、そうですか?あ、ありがとうございます」

「いえいえ!という訳でもうかなり仲良くなったので、連絡先教えてもらっていいですか?」

「いきなりですか!?」

「いきなり?親友の二人が連絡先を互いに知らない方が不自然かと思いますが?」

「し、親友ですか?」

「え?恋人でしたか?」

「いえ、親友です」

「だったら連絡先を!早く!」

「わ、わかりました」


俺はたまたま来た打ち上げ会場で、たまたま親友になった女性と必然的に連絡先を交換した。

家に帰って確かめてみるとそのベストフレンドはなんと偶然、大人気女優のエレノーラさんだった。

これはもう運命といっていいだろう。

それから俺は10分に一回は彼女にメッセージを送るのが日課となっていった。





ブーブーブー


「エレノーラ様。携帯が鳴っていますよ」

「はぁ。いいのよ。それ迷惑メールだから」

「迷惑メールですか?それならブロックした方が」

「いや、この前会った演技指導とかやってる人らしいんだけど、ウザいんだよね。でもさ、業界関係者をブロックするとその方がめんどくさいから」

「そうなんですね。もし耐えられなくなったら私が殺してきますので遠慮なくご命令ください」


エレノーラの付き人が懐から小刀を取り出す。


「はいはい、その時はね。で、今日の仕事は?」

「今日も『逃げるは死地だが織田が立つ』関連の取材ですね」

「今日もか~。それにしてもあのドラマよく売れたわよね。カスみたいな台本だったのに。てか覇王と美少年のBLって!史実ではホントにあったらしいから無駄に生々しくてキモいのよね~」

「全てはエレノーラ様の演技のお陰かと」

「そうよね~。私以外の演技はゴミだったもの。あ、でもあのアイドルの子の演技はよかったわ。また共演することもありそうね」


エレノーラは果物と煙草を交互に口に運びながら話す。

エレノーラを見た者たちの反応は千差万別だ。

清純、妖艶、温厚、冷徹。

醜悪、可憐、質素、派手。

誰も彼女を見つけられない。

誰も彼女が見えない。

しかし誰もが彼女を見ている。


「ではまいりましょう。エレノーラ様」

「はいはい、しょうがないわね。だって今日も私は見られている」


稀代の天才女優エレノーラ。

またの名を〝顔のない女〟

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