追想の短編集

伊藤 猫

心に秘めた愛は誰の為に

マーガレットおばあちゃん

――――――



 それはメイラが二つの国に分かれていた頃。


 魔族と人族はそれぞれ国を作り西と東で分裂していた。

 魔族は族の長になる事で権力を主張し、人族は財産で権力を主張する。

 女神が人間と交わったことで別れた『人間』たちは、同じ種族同士で子孫を繁栄していく分、島の全人口の魔力も衰えつつあった。


「軍人の結婚式なんて厳かにしなくてもいいのに。もっとみんなで楽しめないの?」


 大きなリスのしっぽを揺らしながら婚約者のいる部屋のソファーで寛ぐリスの少女が一人、これから義両親になる相手から受けた説明についての文句を垂れた。


「そういう決まりだ。面倒だけど」


 体躯の良いヒグマの青年はベッドに寝そべり、少女から背を向けて眠っていた。

 リスのマーガレットとヒグマのヴェーチは両種族の関係を強める為に5年前に顔を合わせた。

 だが当時10歳であったマーガレットにとって18歳のヴェーチでは年の差はあったものの、恋に恋する年頃であったマーガレットにとってヴェーチは体格が勇ましいとはいえ、彼女にとっては白馬に乗った王子様同然であり、人族との戦で中々帰れない彼にとって彼女はのんびり休みたいのに周りをうろちょろする妹のような関係であった。


「またそんなお堅い事を言う!結婚式のドレスどうしようかなって選んでもらおうと思ってたのに!」


 マーガレットはヴェーチの体をよじ登り馬乗りになった。


「はいはい、どのドレス着てもおまえは可愛いよ」

「可愛いのは当たり前だけど。私のこと見てないじゃない」

「やっと戦地から帰れたんだからほっといてくれ」

「あ!それが本心ね!?」


 熊の種族は体躯の良い者が多く男女問わず魔族の国の軍に入る者が多くいた。

 すばしっこさには定評があるものの、小動物ということもあり少々肩身の狭いリス族にとって熊族と関係を結べるということは有難く、しかもヒグマに怯えるはずのリスがその相手を気に入るということはとても嬉しいことこの上ない。

 現在マーガレットは実の両親と共に暮らしているが、ヴェーチが約半年ぶりに家に帰ってきたという話を聞き、ヴェーチの実家に押し掛けてきたのだった。


「……マルガ」

「なに?」

「お前相変わらずスレンダーだな」


 彼の胸板に押し付けられている彼女の身体に何も違和感がなかったことに逆に違和感を覚えたのだろうか。しばらくヴェーチの頬には赤い紅葉が出来上がっていた。



 ヴェーチの休暇は三日。彼は休暇が終わればまた激戦地に向かう。

 彼とは次の休暇に式を挙げる予定だ。戦は聞けば魔族側が有利と聞いたのでもうじきその戦も終わりを告げるのだろう。

 既に花嫁修業と称して定期的にヴェーチの実家に来ていたのでマーガレットもその間滞在する。


「初めて知ったけど、熊の人達ってチョーカーくれないんだね。お義母様は煩わしいから付けてないんだと思ってた」

「俺達のとこの女は男に縛られるのを拒むからな」

「守って欲しいとか」

「ない」

「ずっと一緒に居たいとか」

「……そういう意味で首輪を送るなんて初めて聞いた」


 種族が違うと価値観も習慣もまるで違う。マーガレットはそれを覚える為に花嫁修業をしていたのだが族の長の家であるにも関わらず従者が居ないのはまだしも、力仕事も家のことなら女性がやるなんて思わなかったし、サーモンの料理にメニューのバリエーションがとは思わなかった。

 彼女はそうして彼の為に種族に馴染もうとしたが、それを察しているヴェーチは何も言わず無理をするなと言うだけだった。


「欲しいのか?」

「貴方の種族の習慣に従う。要らない」

「そうか」


 マーガレットは少しだけ首元を触る。出来る限り戦から帰ってくる彼に無理をさせたくなかった。

 ヴェーチの父は軍人である。家を開けている間は母が世帯を切り盛りしている。

 基本的にはおおらかな母だが、軍上がりな事もあって家を守るという意思は強い。

 そんな将来の姑に彼女はやや疲れているので、二人の時間を作りたい事を口実に素を出してくつろげるのはヴェーチの私室だけだった。


 ヴェーチは初めて出会った時目の前にいる小動物を見て、何かの勘違いかと思ったと言っていた。


『初めまして。未来の旦那様。私はリス族、マーガレットと申します』

『……ヴェーチ。魔法は硝子』

『ガラス…』

『お前の魔法は』

『醜いので教えたくありません。無礼をお許しください』


 よくませた、そして無礼な小娘だと思っただろう。スカートをたくし上げて挨拶する自分は妙にぎこちなく、敵ではないと証明するため名乗らなければいけない自分の魔法も名乗らなかったのだから。

 だがマーガレットは自分の容姿には自信があった。

 それに相手は八つ年上でも魔族の誇りを持って戦う軍人。そんな光栄なことはなかった。


『ヴェーチ様!!おかえりなさい!お風呂にします?ご飯にします?それとも』

『どこで覚えてきたんだ。そして小娘がそんな事を言うんじゃありません』


『ヴェーチ様!!今度ピクニックに行きませんか!?私お義母様から教えて貰って、熊族の料理覚えたんですよ!!』

『疲れているんだ。寝かせてくれ』


『ヴェーチ様、こ、今夜は一緒に寝ても……』

『お前、馬鹿なのか』


『ヴェーチ様!!』

『うるさい黙れ』


 罵られてもくじけず短い時間彼にアプローチをした。

 だが彼のことを全く知らなかったマーガレットはヴェーチの周りをうろちょろするので、彼にとっては喧しくて寝れもしなかっただろう。

 だがそれと並行して彼の種族に馴染もうと勉強した。慣れない魚用の包丁を扱って指を何度も怪我した。時折無理して重いものを持ったり、走ればよく転ぶのでおっかなく思ったのだろう。


『……君』

『どうなされましたか?』

『ガキの癖に敬語はやめろ……家に帰ってきた気がしない。名前も呼び捨てでいい』

『ヴェ、ヴェーチ?』

『あぁ、あと名前は』

『ま、マーガレットです!何で忘れるんですか』

『ならマルガか』

『え?』

『マーガレットは長い』


 そんなこんなでマーガレットとヴェーチはボードゲームをしたり、他愛のない会話をしたりしては、近所に住む友人の様な関係が続いた。マーガレットは心からヴェーチに思いを寄せるようになった。

 そしてマーガレットの幼い身体は段々女性へと成長し、艶やかな栗色の髪は自身のチャームポイントになった。


「マルガ」

「どうしたの。私に見惚れた?」

「君はホントに図太くなったな」

「ヴェーチ、私を貶すことしか考えてないでしょ」


 こんな嫁で悪かったわねとマーガレットは頬を膨らませた。可愛げのない女だと思っているのだろう。見た目を除いて。


「褒めてるよ。よくもろくに家に帰らない男の家に長居できるもんだと」

「……当り前じゃない」


 彼に抱き着くマーガレットの腕は強くなった。彼はきっと彼女が心細くなっていることを知らないだろう。

 純血主義を否定するためにできた関係。ヴェーチはそういう認識だと思う。

 だがそれだけではない。弱小種族は強い種族の庇護下に置いてもらわなければ生きてゆけない。彼女は幼いながらもそれを理解しており、最初は愛されようと必死だった。


 故に彼女はコンプレックスである魔法をヴェーチに見せることは全くせず、むしろ彼の魔法を羨んでいた。


『体術の相手をして欲しい?どうして』

『お義母さまから言われたの。私の種族は集団で過ごすけれど熊はそうではないんでしょう?強い方が良いんでしょう?』

『マルガ。お前の努力は認めるがお前のその体格じゃあ、お前が敵う相手はどこにもいない』


 小柄なリスは機敏で木登りが上手い。だが真正面で戦うことは避けるよう訓練される。軍では偵察部隊に回されがちなので己の身を守るために真正面で戦うのは難しいだろう。

 彼女の種族は以前人族の集団に壊滅寸前まで追い詰められた。強くならなければならないのは確かだが、彼女自身の強みを知らなければいけない。


『せめて、お前の魔法を教えてくれないか』

『魔法を使いたくないから聞いてるの』

『だがそれでは』

『みんなそう言って私の力を見たら目の前から居なくなるんだ!!』


 そして彼は何を思ったのかマーガレットの両親に自身の魔法を聞いたらしい。

 硬くて重い鋼鉄は自身の魔法と体格に合わず、しかも魔力のコントロールがうまくいかないと錆び付いた得物しかできない。何かを作るにしても一発勝負。一度物質を形にしてしまえば二度と変形することは出来ない。

 いざ目の前の敵にナイフを出そうにも脆くて鈍い物しか作れず、そのせいで仲間も死んだことがトラウマだった。


『お母さんに聞いたんでしょ?』

『……正直、羨ましく思ったよ』

『私じゃあこんなの重たくて使い物にならない!大地から生える草木じゃないもの!!形を変えられる水でも炎でもない!こんな重たくて醜い魔法なんていらない!!』

『役立たずなのは俺とて』

『でもガラスは綺麗じゃない!!どんな不格好な形でも綺麗よ!!私のじゃあどんなに綺麗な形を作っても醜い鉄の塊だ!!』

『お前は綺麗だよ』

『そんなの知ってる!!……あ』


 その時に自分の容姿に自信を持っている図々しい女だとばれてしまい、その場で恥ずかしくなって、その場から逃げようとしたが逃げる前に抱え込まれる形で捕まってしまった。


『マルガ』

『降ろして!!』

『明日には俺も戦場に向かう。気分の悪い状態でいつになる帰りを待ちたくない』

『そんなに戦場が好きなら勝手に死んでしまえ!!』

『あんな意味のない戦が好きなら、俺はこの地に帰ってきていない!!』


 意味のない戦いだという言葉にマーガレットは目を見張る。

 自分の同胞たちを殺した人族は憎い。だが自分よりも人族を殺している彼は、私よりも戦を疎んでいる。むしろ忌まわしきものだと思っている。


『騎士の誇りもないの?……私達を守ってくれるんじゃなかったの?』

『俺たちがお前たちを守るように、相手も同族を守っているんだよ。そして家族を殺されたものは憎しみで、無関係なものを殺していく。もう……』


 俺は限界だと彼は脇に抱えていた彼女を横抱きにした。

 勤勉なマーガレットでも難しいことは分からない。それでも分かったことは彼はもう人間を殺したくないということだ。


『……ごめんなさい』

『お前の種族を守れなかったのは、済まなかった』


 そんなの彼の責任ではないのに。マーガレットは彼の首に両腕を回した。

 その晩マーガレットは久しぶりに自身の魔法でナイフを作り、次の日の明け方に柄に革を纏っていない鉄でできたそれを渡した。


『よくできているじゃないか』

『……その辺の鍛冶職人が作ったモノの方が良いでしょう』


 お返しにとその場で彼は彼女にガラス細工のマーガレットの花を渡した。器用にできているのがマーガレットにとって癪だった。だって彼は手のひらで瞬時に作り上げたのだから。

 彼女は身体は小さい癖にプライドは一丁前に高かった。




「大人になっても、おつむは相変わらずのマルガさん」

「……なんですか。私を貶すことが趣味のヴェーチさん」


 彼が戦場から帰ってくる度、マーガレットは彼から古いナイフを受け取ると作り直したナイフを渡した。それは血に濡れている時もあれば、刃が折れてしまっていた時もあった。戦場のどこかで失くしたと言われたときは正直憤慨した。

 だが彼が帰ってきてからまだ彼から古くなったナイフを受け取っていない。またどこかでなくしたのだろうか。

 その代わり彼は彼女の頭に自身の手を重ねる。


「……なによ」

「本当に、マルガは俺のこと好きだな」

「こんな美人に好かれているんだから光栄に思ってよね」


 マルガはもうすでに15歳。23歳のヴェーチにとってやはり小娘同然なのだから大人の魅力を醸し出そうとするのはもう諦めているし、彼に自分に対して好意を向けられることを望むことはもうやめた。

 だからせめて家族として彼とは対等に扱いたい。

 そして殉職して欲しくないと、我が儘を呟きながら彼にしがみつくのだ。


「好きだよ。ヴェーチ」


 戦が終われば、こうして毎日自分と添い寝をする日々が始まるのだと思うと心臓がうるさい。

 半年前、彼が帰ってきた時、初めて彼に求められた時は思わず拒絶をしてしまったけれど、添い寝で妥協して眠ったときの彼の胸板はとても暖かかったのを覚えている。

 そしてこの結婚に彼の意志がなくても、彼から求められたことに安心したのだ。


「あぁ」


 次の日、彼は音もなく戦場へ行ってしまった。

 彼女からもらったナイフは彼の机の上に置き忘れたまま。


 ヴェーチからもらった硝子細工のマーガレットはまだ実家の部屋に置いてある。

 髪飾りにするのは自分が花嫁として白いドレスを纏う時だと決めていた。

 唯一彼からくれたものだ。大切に宝箱に置いてある。

 女神から生まれ落ちた魔族に栄光を。そう彼女の住まう村も魔族の勝利を願っている頃合い。

 一か月後、魔族は勝利し、彼は殉職した。


「我が息子の死は痛ましいと思っている。だが彼は死は大儀であり、魔族と一括りにされた私達の勝利の礎となった」

「――はい。お義父さま」


 国の復旧の為、貴族として種族の長は配置された土地の復旧に当たることとなり、もう同族同士が群れを成して生活することがなくなる。きっと自分は用済みなのだろうと思った。

 だがヴェーチの父親は若い男たちを彼女の目の前に並ばせる。皆屈強な熊ばかりだ。


「聡い君なら分かっているだろう。この中で誰と結婚がしたい」


 マーガレットは目を見張った。長は「弱いものは守らねばならない。その為に君の種族の長とそう契約をしたのだ」と言う。


「嫌です」

「何?」

「嫌だと言ったんです。私は、ヴェーチだから結婚したいと思った。なのであなた方のどれかと結婚したくありません」


 長は両手で大きく机を叩く。その波動が3メートル離れているマーガレットにも伝わる。

 やはり元軍人なのだと実感した。


「戦嫌いな臆病者に絆されたか!!お前たちとて戦を望んでいたのに!!」

「もう。戦は終わりました。私はもうあの村から離れます。こちらの長もいずれ勅令で決められた土地に移住することになり、種族みんなで暮らす必要もなくなった。もうあなた達に守ってもらう必要なんてない」


 それに、自分は彼から愛の言葉を囁かれたことは一度もない。自分が彼に惚れたのだと言えばしんと静まり返る。

 本当に、彼から一度も愛してるの一言も言われなかったなと思った。


「5年間。お世話になりました」


 スカートをたくし上げ、彼女は一礼をして部屋から出る。

 口うるさかったが優しかった義母にも挨拶を交わし、荷物を纏めて屋敷から出た。


 もう居場所の無くなった自分の故郷に帰る気にもなれず、彼女はずっと歩き続けた。戦後の混乱期。もう既に何人かの人族を見かけたが特段気に留めることはしなかった。

 もう既に何日歩いただろうか。

 旅費の足しにしようと自分の自慢の髪は旅の途中でバッサリと切ってはその場で質入れをし、上等な衣もいつしか泥だらけになってしまった。

 そして歩いているうちにいつの間にか視界に入る人族の数も魔族と同じくらいになる。戦時中の激戦地だったところだと気付いた時にはもう日も沈み、夕刻になっていた。


「……お前も孤児か」

「……え?」


 白髪の老人が目の前に立っていた。



「……15か。にしては幼いものだな」


 老人が彼女の手を引き、こちらだと手を引いていく。杖を突いているのに足取りはしっかりしている。しばらくすればひと際大きな邸が見えてきてマーガレットは目を見開いた。だがマーガレットが驚いたのは周辺が瓦礫で酷い有様なのに、境界線を超えれば綺麗に手入れがされている庭が広がっていたことだ。


「なにこれ…」

「魔術を知らないとは、とんだ僻地にいたようだな。世間知らずだと見える」

「それでも私は熊族の長の息子と結婚するために勉強して」


 そこで彼女は口をつぐむ。もうヴェーチはいない。胸の奥がきゅうと締め付けられる。もしかしたら、この地のどこかに彼が殺した相手もいたのかもしれない。彼の見たくなかったものの正体がはっきりと分かった。

 そう思いながら庭から邸に入れば、中は血生臭い病院のような場所だった。


「なに、ここ……」

「本来は孤児院だが、儂も老いた。流石に傷ついた人間を放っておくのも出来なくなってな」


 阿鼻叫喚のように聞こえる呻き声。必死に物資を運ぶ子供たち。遺体が入っていると思われる布袋。とても悲惨だった。人族も魔族も関係なく床には怪我人たちが転がっている。


「子供たちにあんなことさせていいの?」

「……国から何も援助が来ないんだ……やむおえん……怖い思いをしたのにのお……」


 こんな老いぼれでは何もできないと彼は頭を下げる。エメラルドの瞳は細められていた。

 あの子供たちの中にも戦で親が殺された者もいるのだろうか。


「……ヴェーチはずっとこんなところにいたの……?」

「お前さんの婚約者はあの軍人だったか」

「ヴェーチのこと……知っているんですか?」

「つい最近までここに居たよ。ドックタグも持っていたから、遺体は遺族の元に運ばれたと思っていたんだが」


 彼女は首を縦に振る。遺体は見なかったけれど確かに彼の葬式は執り行った。集団墓地に埋葬されるのを見届けるだけの作業だけれど。

 ふとマーガレットは彼からもらった硝子細工の入った箱を取り出す。

 だが開けてみるとクッションで固定していたはずの硝子のマーガレットが割れていた。

 そっと割れた欠片に触れれば、砂のように破片諸共消えて行った。


「魔法で作ったモノは作った人が死ぬまで残るけれど、死んだら消えちゃうんだよ」


 近くにいた子供が呟く。ヴェーチお兄ちゃんの持ってたやつ。と言って人族の少年が差し出した封筒を思わずマーガレットは受け取った。


「あげる。お兄ちゃん。死んでも親には渡さないでって言ってた。お姉ちゃんはお兄ちゃんの大切な人みたいだから大丈夫だと思う」

「チョーカー……?」


 束縛を拒む熊の種族が受け取らないチョーカー。革にはしっかり彼の名前が刻まれている。

 あともう一枚。昨年彼と一緒に撮った写真が封筒に入っており、裏には【愛しい人】と書かれていた。

 彼女の目からはらりと涙が零れ落ちる。

 自分はこれからどうやって生きて行けばいい?宛もないこんな小娘が行き着く先は娼婦しかない。だが自分の身体は彼以外に明け渡すことなんてできない。


「ヴェーチ、ヴェーチ……! 何で置いてっちゃうの!?死なないでって言ったのに!何度もナイフを作ってあげたのに!」


 写真とチョーカーを抱きしめてはその場に崩れ落ちる。騒ぎに駆け付けた者たちにも目もくれず、マーガレット泣き続けた。


「ちゃんと言ってくれなきゃ、分からないじゃない!!ばかぁああ!!」



―――



 ふと目を開けばうたた寝をしていたことに気付いた。

 見上げると毛布を手にした後輩と、黒髪の少年が自分の顔を覗き込んでいた。


「あ。起きちゃったすか。マーガレットさん」

「ガーベラ?あらやだごめんなさい。仕事中なのに、私も老いたわねえ」


 その場で立ち上がり、手のひらで鉄パイプを出してはそれを杖にした。

 隣にいる少年を見る限り、魔法を使って部屋に運ぼうと思っていたのだろう。


「マーガレットばあちゃん。何か夢でも見てたの?」

「……そうね」


 思い出す過去の思い出。ふと今もなお身に着けているチョーカーに手を伸ばした。


「私もね、昔はガーベラみたいに綺麗だったのよ」

「いきなり皮肉っすか!?」

「まさか!目がきりっとしてて、勇ましくて綺麗じゃない。熊にモテそうね」

「やっぱり皮肉じゃないすか!!」


 おほほと口元に手を添えてはすたすたと前を歩きだす。

 もう少し待っていてと。彼女は空にいる愛しい人へ思いを馳せた。


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