14.雨に光
灰崎組当代総統・灰崎正興の通夜は、故人と古くから親交のあった寺で営まれた。台風一過で風が強く、ときおり思い出したように雨の降る夜だった。
周辺の道は弔問と警察車輌でごった返し、交通整理の警笛が読経に重なった。成臣とともに弔問客の受付係を任されていた榊が、ばち当たりなお巡りさんだなあと隣でぼやく。灯籠が照らす石畳には萩の花が濡れ落ちて、道しるべのように本堂まで続いていた。
寺の住職は戦争孤児だったという。だが同じく孤児だった灰崎の世話でここへ預けられて僧侶となった。その恩を忘れなかった住職は灰崎がやくざとわかりながら親しくし、灰崎もまた住職に迷惑をかけないよう寺の周辺と主な檀家へは特別気遣った。
半月前、灰崎の病が明らかになるとどこから話を聞きつけたのか住職が病室へやって来て、死んだらおれに読経させてくれと言った。灰崎はそれを嬉しそうに快諾し、地獄は構わないがどうにか成仏はさせてくれよと笑っていた。
ひとりぼっちの人間を拾っては、馴染む場所を見つけてやるのが好きな男だった。成臣もまたそうやって拾われた人間のひとりだ。
途切れることのない弔問客の顔と名前を確認しながら、成臣はある男を探していた。ひょろりとした体をいつもすこし丸めて、優しさと冷たさを併せ持っていた男……、かつて灰崎組の資金窓口のひとつを任されていた渡辺礼司は、寧子が死んだ同日に灰崎組傘下の安堂組を襲撃したあとから行方知れずとなっていた。右腕だった運転手は警察へ出頭し、起訴後有罪判決を受けて服役したがすぐに獄中で急死した。そのほかはみな、襲撃で死んでいた。あれから十年、唯一、礼司の遺体だけがいまも見つからない。
山に埋められた、海に捨てられた、バラされて下水に流されたと、様々に噂されたが、成臣は礼司が死んだとは思っていなかった。もし本当に礼司が死んでいたなら彼の運転手もまた死んでいただろうし、礼司に返すはずだった携帯電話が二年以上も経ってから解約されたことも奇妙に思っていた。それはちょうど、成臣が一年遅れで高校を卒業し、櫂人の仕事を手伝い始めたころだった。駅前にいながら画面に圏外の表示を見たとき、おまえはやくざになるなって言ったのにと呆れられたように思ったのだった。
受付係を交代して、通夜振る舞いの席へ向かう。だが靴を脱いで堂内へ上がろうとしたところで携帯電話が震えた。手に持っていた上着から取り出すと、非通知からの着信だった。
「もしもし」
通話は繋がっているが、向こうから返事はない。
「誰だ」
風が吹きつけている。ピィっと短い警笛が両耳から聞こえてくる。相手は寺の近くにいる。
成臣はゆっくりと息を吐いた。
「礼司さん……?」
呼びかけるとほぼ同時に電話は切られた。成臣は急いで靴を履き、本堂を飛び出した。ワイシャツの肩にぽつりと雨粒が落ちる。受付のテントまで戻るけれど、それらしい姿はない。榊が成臣に気づいたが、なんでもないと小さく首を振って裏門へ向かった。
大粒の雨がぱたぱたと降る。すぐにざあっと強くなる。駐車場を抜けて裏門をくぐるころには、前髪が額に張りついた。
街を行き交う人々は小走りになったり、畳んでいた傘を広げたりと慌ただしい。成臣はそのなかにただひとり立ち尽くし、礼司の姿を探した。礼司の顔も声も、正直もう定かには覚えていない。それでも、居酒屋やスナックやコンビニエンスストアが軒を連ねる裏通りに誰より馴染みそうなあの立ち姿はきっと見間違えない。
だが目につくのは制服警官の姿ばかりだった。突然裏口から走り出てきた成臣を警戒して注意深く観察している。表通りと交わる交差点まで歩いてみるが、雨に降られただけだった。
濡れたアスファルトに街灯の光が映り込む。雨粒が地面に落ちて砕けるたび、光に覆われた萩の花が咲くようだった。
ふいに雨が上がる。だが雨音は続いている。気づくとプリズム柄のあざやかな傘が差し出されていた。持ち手を辿って振り返ると、大学生くらいの小柄な少女が首を傾げて微笑んでいた。
「背中、大丈夫ですか。だいぶ見えてしまっていますよ」
鳥の囀りのようなうつくしい声をしていた。わずかに外国語訛りがある。黒髪をひとつに結い、襟のある黒いワンピースを纏っていた。
成臣は濡れたワイシャツを見下ろし、背中に張りついた布地をつまんで剥がす。たしかに彼女の言うように、数年前から背中に棲む獣がかなり透けていただろう。
「ありがとうございます」
「どちらまで行かれますか。ご一緒します」
「いいえ、とんでもない。すぐ近くですから」
「それならなおのこと」
少女はにこりと笑うと、四方の道先を指差して行き先を訊ねてくる。成臣は寺の裏門があるほうを示し、あちらですと傘を持った。
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