13.約束

 喉にコルクが差し込まれたみたいに、息ができない。咳き込もうとするけれど、胸にあたたかな重しがあってうまく身動きもできない。水のなかでもがくように腕を動かすと、重しがすこし横へずれる。そうだ、ここは深海だったと思い出し、そうしてから成臣はみずからの状況をはっきりと理解した。

 激しく咳き込んで、体を起こす。

 腹の上には寧子の頭がもたれかかっていた。成臣は名を呼ぼうとするが、寧子の胸に突き立つ果物ナイフに気づいて声を失った。とっさに首に触れる。微かだが拍動が感じられた。

 あれからどのくらい時間が経ったのだろうか、成臣にはまったく実感がなかった。一秒と言われればそのように思うし、三十分と聞いても信じられる。はたして寧子は間に合うのか、成臣に判断できることではなかった。

 ポケットに入れてあった携帯電話を取り出そうとするが、見当たらない。いつ落としたかも定かではない。周りを見回すけれど、嵐に呑み込まれつつある部屋は薄暗く、探しようがなかった。成臣は寧子を毛布の上へ横たえて部屋を出た。

 店のカウンターに置かれたピンクの電話の受話器をあげて、救急へ住所を伝える。数分でつくとの返事を聞いて電話を切った。あと数分、それが異様に長く感じられる。成臣はじっとしていられず、寧子を毛布でくるむと店のソファへと運んだ。なにかしたいけれど、どうすればいいのかわからなかった。店のドアを開けると、大粒の雨が強い風にあおられて銃弾のように成臣を濡らした。

「なあ、寧子。おれの父親はどっちだ」

 振り返り、じっと動かない毛布のかたまりを見つめる。

「頼みは聞くから、今度こそ答えろよ」

 そう言い残して成臣は雨のなかへ走り出した。

 櫂人は月の初めには組本部にいることが多いと聞いていた。礼司に確かめたかったが、携帯電話を探している猶予はなかった。組本部の場所なら知っている。走って行けるところにある。救急車が到着しても寧子がすぐに運ばれることはないだろう。会えたなら、間に合う。

 腹にはまだ寧子の頭のぬくもりが残っていた。今日の雨があたたかくて良かった。いましばらく体が冷える心配はない。この温もりが消えないうちは、寧子も無事だと信じられた。

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