第9話 グリーン

 小熊と竹千代、春目は、カウンター席と一人から二人掛けがメインのカフェダイナースタイル学食に二つだけある四人掛けのボックス席に案内された。

 座席は小熊が高校時代を過ごした山梨でも、行きつけのイートインベーカリーで見慣れた赤いビニールレザー張りのソファ。


 とりあえず小熊は、この大学サークル同士の会食で何らかの仕事をさせられる気など更々ないので、奥の窓際席に竹千代を座らせ、自分はいつでも席を蹴って逃げ出せる通路側の席に落ち着いた。

 相手のサークルの人間は二人。一人だけ席にあぶれた春目のために、ウェンディが補助席を持って来てくれた。

 近隣住民に開放されている学食とはいえ、利用は大学生と大学職員が多くを占めるカフェ・ダイナーで、あまり出番の無い補助席は子供用の席を兼ねているらしく、皆より少し座高が高くなった春目は少々居心地悪そうにしている。


 会談の相手だという本郷の国立大学のサークル主宰に、小熊が第一印象で抱いた感想は「ヘンな奴」

 春目といい勝負の小柄な上背に、肩にかかる波打った手入れの悪い黒髪。服装はモッズコートと呼ばれる、小熊が生まれる前に刑事ドラマの影響で流行したオリーブグリーンの米軍フィールドジャケットに、色褪たデニムパンツ。印象的だったのは、上下ともにボロボロで、あちこちに下手くそな継ぎ当てがされているということ。

 もしかしたら文京区本郷では、小熊が日本史の動画で見たヒッピーカルチャーがまだ続いていて、学生が機動隊に火炎瓶を投げたり講堂に立てこもったりしているのかもしれない。


 モデルは異なるがグリーンのフィールドジャケットにデニム、波打った黒髪といい、映画ランボーの第一作に出て来たシルベスター・スタローンをミニチュアサイズにしたような風体。きっと腰の後ろには象を狩るナイフを隠している。それともこの体型と服装に似合いの肥後守か、あるいは彼女の在籍する大学に縁のある恩賜の海軍短剣かもしれない。

 ちびっこい奇装の少女は、小熊達が席についている間、彼女の体の各部分が小さいせいかひどく大きく見える深皿に覆いかぶさるように何かを食べ、啜っている。小熊は犬に洗面器に盛ったドッグフードを与えた時のことを思い出した。着席を終えると女はやっと顔を上げ、やや釣り目の瞳を見開いて言った。

「遅いわよ! 竹千代!」

 犬は犬でも、無駄吠えが多くあまり賢くない犬のようだ。


 竹千代からさっき貰った名刺によれば、竹千代にキャンキャンと怒鳴り散らした翠という少女は、隣の席に座る女が翠の肩に手を置くと落ち着いた様子で、何か粥のようなものを再び食べ始める。やっぱり竹千代の知り合いらしく変な女。

 それより小熊には、リラックスした様子で翠の隣に座る、対照的に物静かな女の方が気になった。黒く直線的にカットされた長い髪が。一筋だけ赤く染められている。服装は黒革の上下、まだ多摩の丘陵地に吹く風の涼しい今の季節ならギリギリ着用に耐えるが、この女の切れ長で涼やかな瞳を見ていると、真夏の炎天下でも汗ひとつかかずレザーウェアを着てそうな顔をしている。


 傷も汚れも無く、手入れのいいジャケットが体にフィットし、着こなした革特有の、筋肉の形に添って革を伸び縮みさせ変形したシングルのライダースジャケットを見て、咄嗟に小熊はバイクに乗る人なのかと思い、下半身に目を走らせたが、どうやらそうではないらしい。ストレートカットのレザーパンツはバイクに乗る時の前傾姿勢に対応した形ではなく、何より膝に擦り傷ひとつ無い。

 髪型と表情から抱く生硬な印象を、レザージャケットの下に着たアロハらしき開襟シャツと一筋の赤い髪が和らげる、小熊にとって好印象な女だった。

 

 竹千代は席から腰を浮かし、軽く中腰になって翠に握手の手を差し出した。

「約束の時間ギリギリに来てしまい済まない。改めて自己紹介しよう、私は竹千代。この大学のサークル、節約研究会の部長をやらせて頂いている。今日は双方のサークルの交流のきっかけとなるとなるような、善き歓談が出来ることを期待している」

 やはり竹千代は竹千代だ、自分達が決して遅れていないことのアピールをしつつ、自分よりだいぶ背の低い翠が握手の手を差し出すため、立ち上がらせて無理な背伸びをさせることも忘れない。



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