たこやき屋『葉華依』

火月未音

第1話 売れないたこやき屋

 俺の通学路になっている昔ながらの寂びた商店街。でも最近は空き店舗にフォトジェニックな食べ物を扱う店やトレンドアイテムを売る店が増えてきた気がする。それは、商店街の会長さんが商店街を盛り上げようと、若者に率先して出店許可を出しているからだと母さんに聞いた。でもさ、豚肉コロッケが名物の肉屋さんの隣に、子豚カフェをオープンさせるのはもうちょっと考えた方がいいんじゃないかな。

 そんな数か月に何度か、どこかしら変わるせわしない商店街を通って、俺は衣磨きぬま高校に向かう。4月から2年生に進級して早3か月。期末試験という戦いが目の前に近づいていた。勉強については授業をそれなりにちゃんと受けているから、可もなく不可もなく平均点を採っている。

 そうだ、ここで俺の友だちを1人紹介したい。1年生の時から同じクラスの高田遊矢ゆうやだ。遊矢はどの授業も寝ずにしっかり受けていて、ノートもちゃんとまとめているのになぜか、毎回、赤点ギリギリな点数を採る変人だ。俺にはわざと赤点を採っているよう思えて仕方ないのだが、本人はいたって本気だという。

 昼休憩が終わった5時限目。今日は睡魔の魔女浅西あさにしの古典の日だ。浅西は去年から来た新米の先生で、授業以外は普通なのに、授業になると話し方が独特になる。どうやら和歌が好きで、当時の貴族たちの話し方をイメージして話したくなるのだと初回の授業で話していた。浅西の独特な間延びして抑揚のついた話し方はどうにも睡魔が襲ってきて、俺のクラスで最後まで起きていられるのは遊矢だけかもしれない。

「それではー、教科書のーゴジューハチページをー開いてーくだーさい」

 指定されたページを開くと『雨月物語』の「浅茅が宿あさぢがやど」 だった。浅西はこの「浅茅が宿」は『雨月物語』でも有名な話でることを説明し、解説を始める。遊矢はまだ黒板に文字が書かれていないのに、浅西の説明をもとにノートをまとめ始めていた。「浅茅が宿」をざっくりまとめると、働くことが嫌いな夫が戦で一旗揚げたいと思い、妻を置いて京に向かった。数年後、夫が故郷に帰ると荒れ果てた土地の中、家が残っており妻も歳をとっていたが待っていてくれた。これまでのことをお互い打ち明ける夫婦だったが、一夜明け、夫が目を覚ますととそこは廃屋の中で、隣で寝ていたはずの妻の姿もいなくなっていた。実は夫がみた妻は幽霊だったという話らしい。

 浅西は「幽霊になってでも置いていった夫の帰りを待つ妻のことを考えると涙が――」と怪談話なのにうっすら涙を浮かべていた。しかし、そんな浅西の表情を見ているのは遊矢と俺とあと数人だけである。その後、古典単語や文法の解説が始まったが、俺は睡魔に負けて突っ伏して眠ってしまった。

 そうもしているうちにチャイムが鳴った。目を覚ますと黒板にはぎっしり解説やテストポイントなどが書かれている。俺と同じようにチャイムで目が覚めたらしいクラスメイトが急いで黒板の内容をノートに書き始める音が聞こえた。

「以上でー今日ーの、授業はー終わりーます」

 日直担当の佐藤さんが号令をかけて、浅西は教室を出て行った。俺はあくびをしながら遊矢の席に向かう。

「遊矢ー、ノート見せてくんない」

「今日も睡魔に負けたんだな。仕方ないこの高田様の華麗なるノートを見せて――」

「はいはい、ありがとうございます。高田様」

 遊矢からノートを奪い、自分の席に戻る。遊矢のノートと自分のノートを見比べると後半、全く聞いていないことがよく分かった。この後は帰りのホームルームと掃除当番だけ。担任の徳枝とくえだが来るまでにノートは写し終わりそうだ。遊矢のノートはポイントやマーカーの使い方が見やすくてわかりやすい。なんでこんなにわかりやすいのに赤点なんだろうと考えていると遊矢が声をかけてきた。

「どうだ矢守やもり氏。順調かね」

「……あと半分写したら終わる」

 矢守とは俺の名字。読み方が生き物のヤモリみたいで俺はあまり好きではない。ノートを写し終え、遊矢にノートを返した。すると、遊矢はかけている眼鏡のブリッジを押し込み、なぜかひそひそ声で話してきた。

「なぁ矢守、今日は塾がない日だったよな」

「そうだけど」

「じゃあさ、たこ焼き食べに行かない」

 俺の学校は別に買い食いを禁止されているわけではない。なのに、遊矢はどこかそわそわしている様子だった。

「別にいいけど、商店街にあったっけ」

「それがさぁ、噂で聞いたんだけど。売れないたこ焼きを毎日焼いては、なぜか売り切れるたこ焼き屋があるんだってさ」

「なんだそれ。味が最悪すぎて捨ててるとか?」

 俺の反応に遊矢の目が輝き始めた。

「それがさ、誰も見たことも食べたこともないんだって」

 遊矢が何を言ってるんだか全く理解できなくて、俺は首を傾げてしまう。

「矢守の言いたいことはわかる。俺も意味が分かってないけど、面白そうじゃん。この通り一緒についてきてくれ」

 遊矢は両手を合わせて俺に頭を下げる。

「わかったよ。今日は掃除当番だから下駄箱のところで待ってて」

「さんきゅー矢守!」

 そういって、遊矢はスキップをしながら席に戻っていった。


       ****


 掃除が終わり下駄箱に向かうと、遊矢がスマホのパズルゲームをしながら約束通り待っていた。

「お待たせー」

「お疲れー矢守氏。今新ステージ始まったから一瞬待って」

「はいはい」

 遊矢がステージクリアするまでの間に俺は靴を履き替え、母さんに寄り道をすることをLITEライテ――コミュニケーションアプリで伝えた。母さんは少し心配性なところがあって、帰りがいつもより遅いとLITEと着信が鳴りやまなかったり、ちょっと怪我をするとすぐに病院へ行かせたりするところがある。なぜ母さんがそうなったのかは忘れてしまったけど、父さんから遅くなるなら連絡をするようにと言われていた。ポンと母さんから「了解しました」スタンプで返事がくる。これでよし。

「矢守ーお待たせ。んじゃさっそく行きましょうか」

 遊矢はスマホをポケットに押し込み、右腕を高だかに挙げると駆け足で正門へと向かっていく。俺も置いて行かれない程度に小走りで追いかけた。

 高校側の商店街ゲートをくぐり、大通りの中ほどで遊矢はこっちこっちと細い路地を指さす。遊矢はスマホのカメラを起動させると動画を撮り始めた。

「ついに我々、高田探偵団は衣磨七不思議のひとつに挑もうとしている――」

 遊矢はひそひそ声でなにやら実況する。

「……衣磨七不思議って?」

 俺は思わず遊矢に話しかけてしまった。遊矢は動画をまわしたまま俺にカメラを向ける。

「おや、矢守助手は衣磨七不思議を知らないとは!しかたない。説明しよう」

 俺はいつから遊矢の助手になったんだと思ったが、遊矢の話しを遮らないように飲み込んだ。

「この衣磨七不思議は、商店街にまつわる7つの謎現象。豚の恩返し、戻れない路地、鏡のみよ子さん、足音だけのカラオケ、スーパー八百吉の災難、地蔵様の微笑み。そして、これから我々が調査する売れないたこ焼き屋のことさ」

「へえー、そんなのがあるんだ」

 俺の返事に遊矢は大きくずっこける真似をした。

「おいおい、矢守助手。こんな有名な七不思議を知らないだと。これは参った」

 遊矢が頭を抱えるポーズをするが、なんだか面倒になったので背中を押して先に進むように促した。

 俺たちは路地裏の廃れたバーや飲み屋がある道をさらに奥へ進んでいく。商店街がこんなに奥まったところまであるのは知らなかった。商店街のBGMが微かに聞こえるところまで来るとさすがに薄気味の悪い細い路地になってきた。こんなところに本当にたこ焼き屋なんてあるのだろうか。すると、どこからかソースの香ばしい匂いを感じるようになってきた。

「なぁなぁ、矢守。たこ焼きの匂いがしないか」

 遊矢はまだ動画をまわしている。進むにつれて匂いはどんどん強くなってきた。すると細い路地の先に少し開けた空き地が見えてきた。空地の一番奥に「たこ焼き屋 葉華依ようかい」というのぼりを立てた平屋の小屋が1軒だけ見える。俺たちは隠れるように空地の入口近くの物陰から観察を始めた。

「本当にたこ焼き屋があったな!」

 遊矢は見つけた興奮を抑えきれない様子で鼻をひくひく動かす。たこ焼き屋の前には立て看板があって「たこやき4個1000円」と書かれていた。

「たこ焼き4個で1000円は高すぎだろう……客が来ないのはぼったくりだからじゃないか?」

「ノンノン。まだ結論づけは早いよ。矢守助手」

「あのさ、そのしゃべり方止めないか?」

 遊矢はまったく聞く耳を持たない様子だった。俺はこれ以上理由はないのにまだ付き合わされるのかと思うとついため息が出てしまう。

「おや? お前たちは何をしているんだい」

 急に話しかけられて驚いた遊矢は思いっきりしりもちをつき、俺も思わず後ずさりをしてしまった。そこには派手な大柄な花と蝶の絵が描かれた着物を着た香水臭い男が紫の巾着を持って立っていた。俺はこんなにつーんとする香水の匂いが声を掛けられるまでわからなかったなんてと考えてしまう。

「こら、質問に答えなさい」

 俺たちが驚いていることをよそに男は腕を組んで返事を待っているようだった。

「ぼ、ぼくたちは、た、たこ、たこ焼き屋を見に来てて」

 遊矢が震えながら返事をすると男は、ふうんと俺たちを頭から足先まで観察する。

「……気になるならついてきなさい」

 そういって男は空地へと入っていった。俺たちは顔を見合わせて男の後を10歩くらい離れてついていく。遊矢は怖いのか俺の後ろに隠れながらも動画をまわし続けていた。

 男はたこ焼き屋の前に着くと、カウンターの奥に向かって声をかける。

「もしー、兄さんおりまへんかー」

 すると、奥から手ぬぐいを頭に巻いた男が出てきた。

「なんだビョウブか。お前、前回のつけを払わなきゃ今回は……なんだあいつら」

 カウンターから顔を出した店主らしき男が俺たちに気が付いた。ビョウブという男は顎に手を当てて面白そうに店主らしき男の問いに答える。

「それがさー、兄さんのたこやきに興味があるんだとさ。兄さんはいつからにたこやきを焼くようになったんだい」

「誰がなんかに提供するかよ。……おい、そこのガキども。冷やかしならさっさと帰りな」

 店主らしき男が俺たちにあっちに行けと手を払う。

「そんな、いきなり追い払うのはつまらないじゃないか。これからが面白いのに」

 ビョウブという男は着物の袖で口元を隠すとフフフと笑いを堪えている。

「それが面倒なんだよ。ほらガキども早く客が来る前に帰りな」

 俺は直感でここにいてはいけない気がして、遊矢に帰ろうと声をかけるつもりで振り返ったが、遊矢は腰を抜かして座りこんでいた。

「遊矢? おい、どう……した……」

 遊矢を立たせようと遊矢の両脇を持ち上げたとき空地の入口からスモークを焚いたような煙が流れ込んでいるのが見えた。そしてどこからかお囃子のような太鼓と笛の音が近づいてくるのが聞こえ始める。

「あーあ。まじかよ……」

 店主らしき男がそういったのがうっすら聞こえたが、俺と遊矢は目の前の光景に目を奪われていた。

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たこやき屋『葉華依』 火月未音 @hiduki30n

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