宇宙語

 目が覚めると、彼はまずまっさきに自分の腕を見た。それは黒くゴツゴツしたものではなかった。 彼はほっと安心した。あれは夢だったのだ。少なくとも鰐にはなっていない。

 彼はひさしぶりに喫茶店でモーニングをとりたいと思った。彼は夢のせいで、昨日のことなんかどうでもいいとさえ思った。彼はもう鰐を見たくないと思ったし、誰でもいいから人の顔を見たいと思っていた。

 しかし外に出てみると、彼はある違和感を感じた。気のせいだろう、と彼はある喫茶店へ歩いていった。しかし、人ごみに近づくほど、その違和感はしだいに強くなるのであった。そして、ある時点で彼は自分の身に振りかかった災難に気付くのであった。

 人が話していることの意味が分からない。

 彼にとって、周りの人が話すことは全て宇宙語のように気こえた。彼は周りの雑音(もちろんただの話し声なのだが)に耳を塞ぎながらもテーブルにつき、念のためフランス語のニュースも聞いてみることにした。しかしそれも同じようなものであった。彼にとって、人の話すことは意志のある 鳴き声のようにしか聞こえなかった。

 ただ幸い、文字の読み書きはまたできるようであった。仕方なく、彼はメモ帳とボールペンで会話をすることにした。ウェイターが「もしかしてダウビティス氏ですか?これは何の冗談ですか?」と途中で言ったが、その意味が分からないマルには関係なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る