これは他人事
警察は去った。プリウスもどっかへ行った。彼のセダンも調査のために回収された。文字通り、そこには何も無かった「3日後に署へ」という約束だけがそこに残された。
何かがおかしい、と彼は思う。しかし、怒るだけの気力すら彼には残されてなかった。 彼は近くにあった料理店でランチを食べ、それから電車に乗り家まで帰った。
次の日、彼は携帯の着信音で目が覚めた。
「おい、いったいどういうことなんだ?」それは彼の叔父の声だった。「昨日、人を殺したんだって?」
「誤解ですよ」彼は極めて冷淡な口調で言った。「僕はただ信号が青になったから走っただけ。横からプリウスが突っ込んできて、そのときに人がまきこまれたんです」
「嘘をつくな!」またかと彼は思う。「あのエヴィスがそう言ってたんだ!」
「何と言ったんです?」エヴィスって誰だと思いながら彼は聞いた。
「お前に有利な証言は何一つないが、不利な証言なら山のようにある、と、そう言っていたぞ」
「何でそれが正しいと思ったんですか?」
「そりゃエヴィスが言ってたからだよ」
「そのエヴィスとは何者なんです?」
「そんなことも知らないのか!彼はこの町の市長だよ。何で公務員のお前が分からんのだ!」
「なんで市長が知り合いなんです?」
「昨日バーであってな、彼は私と同じぐらいの歳で、感じのいい身なりをしていたよ、しかも」
「プリウスをもっている」
そう言うと、電話の向こう側は一瞬しんとなった。
「そして黒い丸眼鏡を付けていて、青いジャケットを羽織っている。実にチャーミングな恰好だ。違うかい?」
しばらく沈黙があったあと、彼の叔父はいきなり電話を切った。
チッ、と彼は舌打ちをした。
また電話が鳴った。今度はなんだと思い確認してみれば、それは彼のガールフレンドだった。「あんな何やってんの?」彼女はため息をついた。「よくない噂が広まってるみたいだけど」
「そりゃ大変だな」
「まるで他人ごとね」
「君はその噂を信じるかい?」
「知らないわよ」
「というと?」
「もう私をまき込まないで、もう私と関わらないで」
プープー
彼女もまた一方的に電話を切った。まぁいいんだ、彼女もしょせんその程度の人間だったってことじゃないか、と彼は思うことにした。
また電話が鳴ったが、彼はもう放置することにした。彼はオーブンでトーストを焼き、 その上にマーガリンとハチミツを塗った。それから牛乳とオレンジを用意した。それが 彼の お気に入りの朝食のセットだった。ハニートーストを噛じり、牛乳を飲む、という動作を繰り 返して、もうそれが無くなると最後にオレンジを食べるのだった。 少し時間に余裕があったので、彼は本を読んで時間を潰した。どうでもいいことだが 彼は今ロシア文学にハマっているらしい。そろそろ時間だ、と言って彼は本を閉じ、バックをかついだ。
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