私が聖女になる頃には
夜彩ひと
第1話
「少し、考えてもいいですか。」
硬い椅子の上、役員3人に囲まれて私は面接を受けていた。いや、詰められていた。
季節は4月、周囲はお祝いムードになりがちな季節。私は就職活動をしている。社会で働きたいわけでは無い。しかし、労働の義務があるこの国で、働かない選択肢があるかと言えば、4年制大学を卒業する私にとって、それはないに等しいといえる。
「そもそもさ、なんでこの会社なの?」
思考の時間をくれといったのにも関わらず、目の前の気難しい顔の男たちは質問を繰り返す。もはや何をどう答えてほしいのか……。かれこれ面接開始から1時間だろうか、おじさんたちの目に光はない。
「はい、御社の他社とは違う、成長を見据えるフィールドに魅力を感じたためです。」
口からすらすら湧き出る言葉に、自分自身でも感動を覚える。会社説明会で他社との違いなんぞ語っていなかったろうに、そんなことを聞いてくる御社が憎らしかった。
「フーン。」
聞いているのかいないのか、生返事が来た。聞く気がないなら帰らせてくれ、と思いはするものの、第一希望の御社で就職したい気持ちはあながち嘘ではない。こんな大人には絶対にならないと心に誓いながら、おじさんたちを見つめていた。
「僕らの会社が見据えるところでさ、君は活躍できるような人間なの?どうなの?」
頭が痛くなってきた。なんだなんだ。
「そう、ですね。私の強みは粘り強い課題解決力ですから…御社でも、もちろん…」
「はあ?」
頭痛がひどい。痛む。なんだ。
「ですから、御社の、目指すフィールドでも課題解決を……」
「はっきり喋りなさい!」
頭の奥を刺すような痛みが、繰り返し繰り返し響くように強くなる。痛い、痛い。
頭を抱える。椅子に上半身を倒す。目の前が暗く、いや明るくなっていく。
「君!?君!!」
おじさんの声。響く。痛い。痛い。痛い!!!!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……イ。」
誰かが名前を呼ぶ声がする。誰だ、ここはなんだ。
目が覚める。視界が定まらず、目の奥が揺らいでいるような感覚を覚える。まだ微かに頭痛が残る。
「起きましたか、ミフネレイ。」
やけに空間全体に響く声が、私を包んでいる。周囲は明るく、そして暖かな空気がその場に漂っていた。そう、まるで雲の上のような、いや、雲がその場を包み込んでいるような空間であった。
「あなた、誰。」
目の前に立つ声の主。典型的な女神のような姿だ。足元まで長く垂れ下がる金髪、真っ白い肌、洗い立てのシーツのように純白な衣、そして仮面。
「私は女神。」
「ああ、まあそんな見た目でしょうね。」
目の前の非現実的な現象に、もはや尋ねることなどやめた。この人が私をここに連れて来て、何かを頼もうとでもしているのだろう。おおよそ予想がつく。
自分でも驚くほど、自分自身が冷静沈着だった。
「あなたにお願いがあります。」
ほら。言った通り。
「お願い?そもそもこの状況はなんなの。」
女神は怪訝な表情を浮かべながら私を眺めている。落ち着き払った私が気に食わないのか、一体なんなのか。
「あなたに聖女になって、世界を救ってほしいの。」
唇を尖らせたような表情をし、彼女は私に軽々しく言い放つ。
世界を救う?どういうこと。
「はあ?突拍子もない…。何言ってるの。」
女神はさらに困ったような表情になりながら、ため息をついた。
「…あなたには人の能力を上昇させる力をあげる。」
女神が私に向かって手を出すと、淡い赤い光が私の元に漂ってくる。そして胸の中に入った。
「これで、世界を救って。お願い。」
そう言うや否や、女神は手に持った大きな杖を振りかざし、私は途端に雲の割れ目から落ち始めた。
「え?え?はあ!?」
落ちていく中、人生を振り返る。
ああ、程よい田舎の地元は良かったな。大学生活、なんだかんだ充実していたよな。
親のごはん、食べたかったな。愛犬に会いたかった。
そんなことを考えながら、意識が薄れゆくのを感じた。
さよなら、私のレールに乗った普通の人生。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます