素直になれない君が好き
あおのしらたき
第1話
今日は中学校の入学式。近所の桜の木も、四月になり、既に葉桜になりつつある。私は、葉桜を横目にしながら、歩いていく。空は透き通った青い色をしていた。時刻は、午前八時十五分。
私は、今、この春から通う中学校の通学路を歩いている。
学校の門を越えると、門から昇降口までの道の途中に白い看板が立っていた。その看板の周りに人が集まっている。
「ママ、あそこにクラスが発表されているみたいだから、ちょっと見てくるね」
私はそう言って、自分のクラスが発表されている看板の前へと駆けていった。入学式は八時五十分から始まるけれども、事前に配布されたプリントに、入学式の日は八時二十五分までに自分のクラスの教室に居るように書かれていた。
看板の前は、とても賑わっていた。
「俺、一組だった。お前は?」
「オレは、四組。つうか、アイツは三組だってよ」
「マジか!」
今年の新入生が悲喜こもごもしながら話している。私も、自分が何組なのかを確認するために、看板に貼られた白い紙の上のところだけを見た。
「あ、私、三組だ」
思わず、口に出してしまった。
「え! 私も三組なの! 良かった! 仲良かった友達と離れちゃったから、不安だったの! お願い! 友達になろう!」
私の隣に立つ女の子に急に話しかけられた。私は、「あ、う、うん」と変な返事をしてしまった。そんな様子を見た女の子がクスッと笑って言った。
「私は、佐藤亜久愛。よろしくね」
「あ……私は、相沢遥。よろしくね」
彼女よりも不器用な笑顔になっちゃったけど、私は今できる笑顔で自己紹介をした。
「遥ちゃん、どこ小?」
「私は、三葉小。亜久愛ちゃんは?」
「私は、本菱小。じゃぁ、遥ちゃん、ウチの『ワタナベ』くん知らないよね?」
「どの『ワタナベ』くん?」
「『ワタナベハルト』くん。すっごくモテて有名なんだよぉ」
「ふーん」
私の素っ気ない反応に亜久愛ちゃんが首を傾げる。
「……遥ちゃん、こういう話嫌い?」
「あ、違う違う! 性格悪そうな名前だなぁと思ってただけ」
「そう? 『ワタナベ』も『ハルト』もよくある名前だと思うけど?」
普通はそうだよね……。だけど、私にはそうは思えないワケがある。
「なんとなく、ね。まぁ、『ワタナベハルト』なんて名前にいい奴はいないよ」
「そうなの?」
亜久愛ちゃんが不思議そうな顔をしながら言った。私は、亜久愛ちゃんに堂々と告げた。
「はっきりと言えるよ! 『ワタナベハルト』なんて名前の人にいい奴はいないから!」
その時だった。
「おい、聞き捨てならねぇな」
私の背後から二度と聞きたくもない声が耳の穴に入ってきた。
「あ、ワタナベくん! おはよう」
亜久愛ちゃんが後ろを振り返って朝の挨拶をした。
たぶん、今の私の顔は真っ青なのかもしれない。
正直、今ここから逃げ出したい! だけど、今、急に走り出したら、亜久愛ちゃんがきっと困っちゃう。だから、確認しなきゃ…! 後ろのヤツが「アイツ」じゃないことを、ちゃんと見よう! そうしたら、きっとこれ以上、悩むことなんて無いはずなんだから!
私は、両手に握りこぶしを作りながら、後ろをそろーっと、ゆっくりと振り返った。見慣れないダークグリーンのブレザーの中に白いカッターシャツを着た男の子を見ることができた。黒色一色のネクタイが首にキレイに巻かれている。首より上を見るのが怖かったけれども、勇気を振り絞って、目だけを上に向けて彼を確認した。すると、そこには二度と会いたくもない「アイツ」がいた。私はこの時、「終わった」と思った。
「……お前……、もしかして、相沢?」
アイツは驚いた顔をしながら、私に向かって言った。
「遥ちゃん、ワタナベくんのこと、知ってたの?」
亜久愛ちゃんが今、思ったことをそのまま言う。私の体がピクピクと震え始めた。そして……。
「イヤァァァァァァァァッ■●△×〇◆×‼」
私は思いっきり叫びながら、チーターを目の前にしたトムソンガゼルのように、その場から猛ダッシュで走り出した。もちろん、行き先など分からないまま。
渡辺大翔。もう二度と会わないと、もう二度と会いたくなかった。
もし過去に戻れるならば、あの日に戻ってやり直したいと、いまだに思う。
転校する渡辺くんに思い切って告白して、こっぴどくフラれたあの日を、もう一度やり直したいって。
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