第31話 一歩
「それなら、私をアンデットにしなさい!」
アニカが自らの心臓を剣で穿つ。
「ちょっと!?」
「アニカ嬢!?」
メイネとイルティアは、突然の奇行に驚き悲鳴染みた叫びを上げる。
アニカの心臓からドクドクと血液が溢れ、堪えきれないかの様に吐血する。
「っ、たの、んだわ、よ……」
絶命し、力を失ったアニカが前のめりに倒れる。
血溜まりに沈み、ピチャッと血が跳ね上がった。
「
メイネは、アニカの魂を感じられなくなった瞬間に魔術を起動する。
紫黒と青の光に包まれ、アニカが立ち上がる。
「……私、アンデットになったのかしら?」
アニカは実感が伴わず、半信半疑。
しかし自身の抉れた肩口を叩き、
「全然痛くないわ! これってアンデットになれたってことよね!?」
とご満悦な様子。
「り、
あまりにも痛々しくて見ていられなかったメイネ。
顔を顰め、遠ざけながら魔術を行使する。
「あら?」
アニカの左半身を暗黒の球体が包み、その腕を再構築する。
ボディスーツが破れている為、健康的で剥き出しの左腕が晒された。
「へー、本当に治るのね」
目を丸くして手を何度も握り直す。
「頭イッてんの!? 失敗しちゃったらどうすんのさ!」
メイネが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「え、失敗とかあるの?」
キョトン、とアニカ。
「わかんないけど、あるかもしんないじゃん!」
「でも失敗しなかったじゃない」
メイネはアニカの二の腕を抓った。
筋肉のついて無さそうな柔肌がむにゅっと形を変える。
「ん、なによ」
「胸、出ちゃってる」
心臓を貫いた際、大事な部分が破けてしまっていた。
傷が治った今、十四歳にしては健やかに発達した双丘の片方が露わになっていた。
先程からイルティアがそわそわと視線を逸らしているのはそれ故だろう。
「わ、本当ね」
アニカはさして気にしていない様子でジャケットのファスナーを閉める。
「そういえば、ルーちゃんは?」
メイネが辺りを見渡すも、その姿がない。
「なんか乱入してきた男の子がタックルしてあっちにふっ飛ばしたわよ」
アニカの示す先には崩壊した壁が。
大きな穴が空き、混沌と化した王都の様子が見て取れる。
「なんなのそいつ」
「さあ?」
メイネにもアニカにも、少年のことは分からない。
とりあえず行こうか、と踏み出すメイネ。
しかしその腕が捕まれ歩みが止まる。
「……なに?」
鬱陶しそうに振り返ったメイネの瞳に映ったのはイルティアだった。
「待って、くれないか」
気まずそうに視線を彷徨わせる。
「なんで」
「皆の、自我を取り戻すことは、可能か?」
遠慮がちに言う。
「はあ?」
イルティアの意図を察してメイネが露骨に嫌そうな顔をする。
「できるかもだけど、しないよ」
「何故だ!?」
「お前はこれから人が死ぬ度に、アンデットにするつもり?」
「それは……」
騎士として国の中枢で生きてきたイルティアには分かってしまう。
今でさえ、人は土地を求めて争いを繰り返している。
死を超越し、人工が急増した世界は乱世となるだろう。
「なんでうじうじしてんのか知んないけど、今生きてる人のこと見たら?」
「頭では分かっている。でも、駄目なんだ」
両親のことも、長い付き合いの仲間たちのことも。
どうしても踏ん切りがつかない。
「考えるのやめればいんじゃない? お前頭固いし」
「っ、君は……!」
あけすけな物言いに、イルティアが一歩前に出る。
「そうそうそんな感じで斬ってから考えなよ。んじゃ、ばいびー」
メイネが肩の上の狼を優しく床に下ろし、逃げる様に壁の穴から飛び出していった。
「あの子は……」
アニカが頭を押さえて首を振る。
適当というか楽観的というか。
「ったく、舐めた真似してくれるよ」
振り返ると体を元に戻したサトギリが立っていた。
「まだ動けたのか」
イルティアがアニカを庇う様に前に前に出る。
「あいつは僕なんていつでも消せた筈だけどね」
「ならもう諦めたらどうだ」
「そうもいかない、僕はあの日から止まれなくなったんだ。別の
サトギリは天井を見上げ、何かを思い返していた。
「貴様に自身の望みを語る権利などない」
「厳しいねー」
戯けるサトギリが手を伸ばした。
「忘れてない? 君たちって今アンデットなんだよ?
サトギリの死霊魔術の対象ということだ。
しかし。
「あ?」
イルティアを対象に魔術を起動しようとするが上手くいかない。
「セダーの時はこんなこと……」
ぶつぶつと呟きながら再度試すも結果は変わらず。
「困っているところ悪いが、待つ気はないぞ」
その隙に、火力で高速移動したイルティアがサトギリに迫っていた。
「
イルティアの炎の剣がサトギリの肉体を透過する。
魂から肉体の視覚情報だけを再構築する魔術。
幽体化というよりは幻覚に近い。
「っくそが……」
しかし剣が透過したにもかかわらず、サトギリが苦悶の表情を浮かべる。
そもそもアンデットであるサトギリが苦痛を感じている時点で異常だ。
「厄介だな、魂に直接ダメージを与えられるなんて、さ」
愚痴を溢しながら、イルティアに見せつける様にアンデット騎士を
「こっちには干渉できるみたいだ」
邪悪な表情を浮かべるサトギリ。
イルティアは目を閉じて悼む。
見て見ぬふりをしている訳ではない。
仲間たち一人一人の最後を決して忘れぬ様に。
そして剣を振り抜く。
炎の斬撃がサトギリに襲いかかる。
サトギリは変形して避けつつ、
「
魔術を行使する。
深緑色の霧がイルティアの周囲に立ち込める。
「っく」
イルティアの全身を激痛が襲う。
「アンデットの体でも効くよね。肉体的な痛みじゃないから」
更にサトギリが魔術を構える。
「
イルティアに灰色の霧が重なる。
「なんだ……思考が、纏まらない……?」
イルティアは、頭の中に靄がかかった様な倦怠感を感じていた。
激痛と疲労。
精神への過剰な負荷でイルティアの動きが鈍る。
その状態のイルティアにアンデット騎士が群がった。
「許せっ」
鈍い剣がアンデット騎士を両断していく。
意識は朦朧としている筈なのに、精神が不安定な所為か、仲間を屠る心の痛みはより重くのしかかる。
息を切らしながら捌き続けた。
不意に、アンデット騎士に紛れ込んだサトギリが攻撃を仕掛ける。
腕が変形し、幾つもの太い円錐がイルティアの頭部を狙う。
「!?」
本能で危機を感じ取ったイルティアが全身から炎を放つ。
しかしサトギリは引かず、魂を灼く炎に躊躇なく腕を突き入れる。
それを間一髪避けたイルティア。
その背後から何かが迫る。
遅れて反応したイルティアの脇腹を何かが抉った。
「がはっ!?」
その正体はサトギリがアンデット騎士を変形させて放った棘。
棘はイルティアを捉えた瞬間に、更なる変形をした。
傷口から体内を侵食する様に、新たな棘が伸びる。
苦痛の霧の効果で無い筈の痛覚を刺激され、イルティアの精神が悲鳴を上げる。
棘が内部に行き渡る前に炎で融解し、なんとか持ち堪えた。
「はあっ!」
イルティアが炎を爆発的に放出し、霧を散らす。
炎を弱めれば再び霧に包まれることは分かっている為、際限無く炎が燃え上がり続ける。
「いいのかな〜、そんなことして」
腕を灼かれたサトギリが言う。
広がった炎の先にはイルティアの両親がいた。
サトギリは両親を盾にして炎から逃れている。
イルティアがゆっくり歩み寄る両親に気づいたのか、炎が弱まる。
「そうそう、オマエはいつまでもそうやって……」
気を良くしたサトギリの言葉が遮られる。
側方から放たれた魔力の塊によって、ローブから露出していた部分の肉体が消し飛ぶ。
ハッとイルティアが魔力の飛んできた方を向く。
「アニカ嬢!」
そこには魔力収束砲を構えたアニカが立っている。
魔力を逃さない働きをするボディスーツが破れてしまった為、魔力の充填が非効率になり魔力を放つまでに数倍の時間を要していた。
「しっかりしなさいよ! さっさと親離れくらい済ませてほしいものね!」
アニカが叱咤する。
「……親離れ、か」
フフッとイルティアが笑みを溢す。
(お母さんを、お父さんを殺したのは仕方ないと、自分の所為ではないと言い聞かせていた……けれど!)
炎を抜けて目前まで迫った両親を見据える。
(向き合うのなら、罪を背負うというのなら……!)
横薙ぎに振るった剣が両親の上半身と下半身を両断した。
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