第21話 メイネ対イルティア

「何故だ」


 イルティアが問う。


「何が」


 メイネは警戒し、一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らす。


 いつでも動ける様に少し姿勢を低くした。


「何故今になってこんな事をした」


「お前たちが私の友だちや村を襲ったくせに!」


 メイネには、自分は悪く無いかの様に振る舞うイルティアが憎くて堪らない。


「? 何の話だ。どんな事情があれ、君のしたことは許されることじゃない! アンデットに人を襲わせるなど以ての外だ!」


 イルティアが怪訝そうに眉根を寄せ、メイネを糾弾する。


「自分が正しい力を持って生まれたからって、何でも自分が正しいみたいに!」


 メイネの怒号が響いた。


「なら君の行いは正しいと言えるのか!」


「知らないよ!」


 メイネが吐き捨てる。


「お前なんなの!? 誰も助けてくれないから、私がこの力を使うしかなかったんじゃん!」


 死霊魔術師として目覚めた日のことが頭を過ぎる。


 優しかった村の皆に殺されそうになって逃げた、四年前のこと。


 生き延びるために死霊魔術を使った日のことを。


 今だってそうだ。


 村を滅ぼされ、幼馴染に君の悪いことをされて。


 誰も助けてくれないから、メイネがやるしかなくて。


「私は君を助けた!」


 イルティアの言葉に、メイネが苛立つ。


「は? お前がいつ……」


「四年前、私は君に手を伸ばした! その手を振り払ったのは、君の方だ!」


 イルティアは、少女を助けたかっただけだ。


 プテラの脅威からも、アンデットの魔の手からも。


 あの後だって、ずっと気掛かりだった。


 忘れたこともなかった。


 自分と同じ様に、何かを憎んだ暗い瞳を見たから。


 メイネの目が見開かれる。


 あの時は精神的に余裕がなくて、仲間のアンデットを倒されたことで敵だと思った。


 けれどメイネが死霊魔術師だと知らなかったなら、当たり前のことだ。


 今のメイネにはそれが分かってしまうから。


「……うっさい」


 俯くメイネの体が震える。


「うるさいうるさいうるさい!」


 イルティアの言葉も、至ってしまった思考も振り払う様に叫んだ。


「邪魔しないで!」


 イルティアが首を横に振る。


「君がアンデットを使って人に害を与えた以上、見過ごす訳にはいかない!」


 剣を振って構えた。


死霊改竄チェンジ・アンデット!」


 メイネの伸ばした手に、骨でできた二又の槍が現れる。


死霊覚醒クリエイト・アンデット!」


 距離を詰めながら、更に魔術を使う。


 アンデット化した狩竜ラプター数体が現れ、イルティアを取り囲む。


「くっ……!」


 イルティアはアンデットを見回し、忌々しそうに睨みつける。


「アンデットなど、この世に存在して良いはずがない!」


 横薙ぎに剣を払い、狩竜ラプターの一掃を狙う。


「何様なの!」


 狼化したメイネが槍で剣を止める。


 その隙をついて狩竜ラプターが多方から押し寄せる。


「君は、アンデットがどれだけの不幸を齎すか知らないから、こんなことができるんだ!」


 イルティアの剣が炎を纏い、その細腕では考えられない程の膂力でメイネを弾く。


 身を翻して狩竜ラプターに剣を振るう。


回路掌握グリモアウト! 水の城壁カタラクト!」


 弾き飛ばされるメイネの手に青の魔導書が現れ、光を放つ。


 イルティアと狩竜ラプターの間に、大量の水が落下を続け壁となる。


 イルティアの視界を水が覆い隠した。


 それでも構わず水の壁を斬り裂いた。


 水が蒸発し、割れて視界が晴れる。


 しかし、その向こうの狩竜ラプターには届いていない。


 跳躍し水の壁が現れる前とは違う高さにいた狩竜ラプターが水の裂け目からイルティアに迫る。


 イルティアは両手で持っていた剣を片手で持ち、空いた手で狩竜ラプターの首を掴んだ。


 その手が発火し狩竜ラプターの魂を灼く。


 そして地面に叩きつけた。


 イルティアが手を離しても、狩竜ラプターが動くことはなかった。


 そのイルティアの背に荒れ狂う水流が迫る。


 振り向きざまに斬り上げる。


「!?」


 だが水を斬り裂くことはなかった。


 先とは違う硬質な手応えに驚く。


 水が飛沫を上げて弾けると、水流の中から現れたメイネが槍でイルティアの剣を受け止めていた。


 イルティアが競り勝ち、メイネの槍を打ち上げる。


 更に後方から迫っていた狩竜ラプターを流れる様に袈裟斬りにする。


 しかし、槍が打ち上げられる寸前に手を離していたメイネ。


 狼化し魔力で強化された鋭爪を背後から振るう。


「ちっ!」


 咄嗟に首を逸らすが完全に避けることはできず、舌打ちするイルティアの首に浅い四本の裂傷が走る。


 メイネは更に空中で体を捻り、後ろ回し蹴りを放つ。


 踵がこめかみを捉える瞬間、イルティアが腕で受け止めた。


「あっつ!?」


 発火した腕がメイネの足を灼く。


 慌てて足を引っ込めたメイネに、イルティアが力任せに剣を振るった。


 だが弾かれた筈の二又の槍が突然メイネの手に現れ、重い剣撃を防いだ。


 剣が振り抜かれ、吹き飛ばされたメイネが背中を打ち付ける。


「うっ!」


 鈍痛に息が漏れる。


 その痛みに耐える時間をイルティアは与えない。


 駆け出し、襲い来る狩竜ラプターを斬り払いながら、メイネに向かって炎の斬撃を飛ばす。


「私よりよっぽど化け物じゃん! 水の城壁カタラクト!」


 イルティアの理不尽な強さに悪態を吐きつつ、水の防御壁を作り出す。


 しかしそれでも多少火の勢いを弱めることしか出来なかった。


 メイネが側方に飛び退く。


水竜の涙オーバーフロー


 水のカーテンから、三つの水流が飛び出す。


「まだ魔力が尽きないのか!」


 イルティアを囲む様に三方向から迫る水流。


 それらを大振りの剣撃で両断する。


 しかし剣を振り抜き、重心が傾いた一瞬の隙をついてイルティアの足が拘束された。


 地面から現れた、鋭い爪を持つスコップの様な手によって。


 それは、プリン村で倒した巨大土竜の手だった。


「!?」


 足元に目を向けたイルティアの頭上に、メイネが飛び込む。


死の宣告エウブーレウス!」


 紫黒色の魔導書から青い炎が溢れ出す。


 メイネの骨の槍が青い炎を纏い、イルティアに振り下ろされる。


「はああぁぁぁぁっ!」


 足の拘束を解く暇も無く、イルティアが迎え撃つ。


 これまでに無い程の激しい炎を纏った波打つ剣。


 青と赤の炎がぶつかり、飛び散った火の粉が周囲を燃え上がらせる。


 身の危険を感じた巨大土竜は拘束を解き、地面に手を引っ込める。


 今の二人の間合いは、青と赤の煉獄によって不可侵の領域と化していた。


 拮抗する力の応酬。


 互いに怒気を孕んだ声を張り上げながら、全身全霊の力を込める。


 しかしその不可侵を破るものが現れた。


「ぐっ!?」


 狩竜ラプターがイルティアの脇腹を噛んでいた。


 青く燃え上がった狩竜ラプターが、アンデットすら灼き尽くすイルティアの業火に飛び込み、侵入を果たしていた。


 アンデットへの死の宣告は絶対。


 五分でアンデットの魂が燃え尽きることを代償に、それまで魂への一切の干渉を受け付けない。


 イルティアやプテラ、浄化の魔術などはアンデットの肉体では無く魂を滅している。


 死の宣告は魂への攻撃を無効化し、五分の間はたとえイルティアが相手でも真の不死者となる。


 イルティアはメイネと押し合いながらも、体から炎を放ち狩竜ラプターを灼こうとする。


 しかし青く燃え上がる狩竜ラプターが次々と飛び掛かり、その太腿や二の腕に喰らいつく。


 地竜種の牙が柔肌に食い込み、鮮血が滴る。


 苦悶の表情を浮かべるイルティアの首に、狩竜ラプターが飛びかかった。


 その牙が首筋を抉ろうとした刹那、イルティアが更に気合いを込めた叫びを上げる。


「カオバ・シェナティマ!」


 イルティアの足元から剣へと七つの炎が渦を巻く。


 それらが狩竜ラプターを引き剥がし、炎が形を変えた。


 七体の炎の悪魔となったそれらが、不死の狩竜ラプターと対峙する。


「これでもダメなの!?」


「負ける訳には、いかない!」


 メイネの奥の手すら破り、イルティアが力を振り絞る。


 強張る体から血液が溢れるのも構わずに。


 痛みも苦しさも全て忘れ、今はただ目の前の少女を止める為。


 メイネも力比べに持ち込めば負けると分かっている故に、一度槍を弾き再び振り下ろす。


 死霊魔術師として生まれたことを否定させない為に。


 そして、槍撃と剣撃がぶつかり合う。


 何度も何度も振るわれる凶器を、互いに迎撃し往なし嵐の様な攻防が繰り広げられる。


 この攻防で決着すると理解しているからこそ、後を考えず持てる力の全てを振り絞る。


 メイネの魔術や爪撃の織り交ざった泥くさい戦い方と、イルティアの洗練された剣術。


 紙一重の打ち合いをする二人に生傷が増えていく。


 永劫に続くかに思われた戦い。


 それに終わりが見える。


 メイネが死の宣告エウブーレウスを発動してから五分が経過したのだ。


 狩竜ラプターや骨の槍から青い炎が掻き消える。


 風に吹かれた小さな灯火の様に。


「しまっ……」


 時間のことなど気にかける余裕もなかったメイネ。


 頼りの武器を無くした、狼姿のメイネに炎の剣が振るわれる。


 その美しい剣を見て死を悟った。


 死霊魔術師として生まれた故に同族からは迫害され、村から逃げてもこうして命を狙われる。


 内も外も、敵しかいない。


 ーーもう、いっか。


 諦観に瞳を閉じかけた。


 しかしその視界を、夕焼け色の鎧が染める。


「……アレボル!? どうして!?」


 街の外で待機を命じていた筈だ。


 だが二人の間に割って入ったのは紛れもなくアレボルだった。


 炎の剣が容易くアレボルを灼き斬り、咄嗟に体を庇ったメイネの左腕に深い斬り傷が刻まれる。


 もしアレボルが居なければその腕は切断され、胴体まで斬撃が届いていただろう。


「これで終いだ!」


 イルティアが追撃を放つ。


 突きがアレボルごと、メイネの腹部を貫いた。


 肉と血液が焦げる音と臭いが広がる。


 剣が引き抜かれると、メイネが激痛に喘いだ。


 少女の叫びが、炎と月の照らす夜闇に響く。


 止めを刺そうと歩み寄るイルティア。


「……っ」


 激しい攻防を終え平静を取り戻すと、イルティアの体のあちこちが悲鳴を上げる。


 引っ掻かれた首に、狩竜ラプターに噛み切られ抉られた複数の疵。


 何か一つ違っただけで、倒れていたのはイルティアだったかもしれない。


 イルティアがメイネの首を断ち切ろうと剣を振り上げる。


「ロトナっ!?」


 その時。


 アニカが駆けつけた。

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