第20話 再会

 街が寝静まり、月明かりと星々のみが照らす夜も更けた頃。


 メイネが十字架のシンボルを見上げていた。


 三角屋根が特徴的な白い建造物。


 人々が祈りを捧げる神聖な場所。


 教会。


 メイネの周りには数体の小竜ミクログ


 隠密行動に適したとても小さなアンデットを従えていた。


 後肢が発達し、二足で立つ爬虫類の様な外見をしている。


 その前肢と後肢には羽毛が生えており、滑空を得意とする。


 後肢の鉤爪で木や壁を登ることも可能だ。


「いい? 気づかれない様にこれと同じのを探して」


 メイネが透明な袋に入った錠剤を見せる。


 小竜ミクログは反応を示さないが理解はしている。


「行って」


 小竜ミクログたちが散開し、侵入経路を探し始めた。


 裏口を見つけた個体が居たので、メイネが裏口のドアの下部に穴を開けて、そこから小竜ミクログたちを侵入させる。


 そうして暫くそこで待っていると、一体が錠剤の入った袋を幾つか咥えて戻ってきた。


 その後、見つけられなかった個体も戻ってきたが、数が合わない。


「一体だけ、帰ってこない……」


 メイネがもう少し待つべきか、撤退すべきか考えていた時、裏口のドアが内側からキィーと開かれる。


 そこに立っていたのは、


「アンデット……!」


 人間のゾンビだった。


 光を宿さぬ瞳にだらりと垂れ下がった腕。


 ゾンビが何かを投げ捨てる。


 それは、帰ってこなかったアンデット化した小竜ミクログ


 どういう訳か、肉体的損傷が軽微にも関わらず、その体は動きを止めている。


「……浄化ってやつね」


 状況的に、そういうことだろう。


「非常識ではありませんか。こんな時間に訪ねて来るなんて」


 ゾンビの後ろから神父が姿を見せる。


 欠伸をした神父の手には真っ白な魔導書。


「それで、貴女が噂の死霊魔術師ですか? まだ子どもではありませんか。考えなしにも程がありますよ。のこのこと教会に現れるとは」


 子どもに諭す様に語る。


「うっさい、ジジイ。浄化する為に運ばれるに薬入れてカノンに持ち込んでるのはわかってる。なんのつもり?」


 ウェルス王国では死者のアンデット化を防ぐため、火葬や土葬とは異なる方法で弔われる。


 それが、教会での浄化だ。


 そのため、死体は教会に運ばれる。


 街の外で魔物に襲われた等、外部から死者が運び込まれることも珍しくない。


 それを神父は利用したのだ。


「よく分かりましたねぇ。死霊魔術師ならではの発想ですか? 普段から死体を弄っているだけあります」


「薬を作ってるのは誰?」


 嫌味で返す神父にも、メイネは構わない。


「さあ? 私は回収と引渡しを仰せつかっただけですから」


「誰から?」


「はて、誰でしたか……」


 教えるつもりはないらしい。


「あっそ。死霊覚醒クリエイト・アンデット!」


 話すつもりがないのなら、吐かせるだけだ。


 メイネが小さな結晶を取り出し、死霊魔術を行使した。


「あのジジイを捕まえて。他は殺していいから」


 立ち昇る暗い光の中から、狩竜ラプターの群れが飛び出す。


「先程から思っておりましたが……舐めるなよ、口の減らない糞ガキが」


 神父が豹変し、真っ白な魔導書が開かれる。


浄化ピュリフィケーション!」


 地面に現れた大きな円陣から光が溢れ出す。


 その中にいた狩竜ラプターたちが物言わぬ屍となる。


「殺せ」


 神父が指示を出すと、教会の中からぞろぞろとゾンビが現れる。


「浄化ってそういう感じなんだ」


 メイネは神父の魔術をじっと分析していた。


「分かったか? 大袈裟に語られてるが死霊魔術なんぞ所詮こんなもんだ。調子に乗ってこの国の暗部に関わったことを後悔しながら死ね」


 狩竜ラプターを失ったメイネにゾンビが群がる。


「さっきの魔術ってアンデットの魂も消せるっぽいけど、強度に限界があるんじゃない? ジジイじゃこの子は無理だよね?」


 窮地に立たされたかに見えるメイネ。


 しかし余裕綽々と魔導書を構える。


死霊覚醒クリエイト・アンデット


 そして現れたのは暴竜レクス


 街中を震え上がらせる咆哮。


 その巨体がゾンビ諸共、教会の一部を踏み潰した。


「何だ、この魔物は……?」


 大地の揺れに何とか耐えた神父が狼狽し、後ずさる。


「教会に引き篭ったジジイがこんなの見たことある訳ないよね」


 アイアール大森林の深層から生きて帰ってきた者など、人間には数えるほどしかいない。


 当然神父はそれには含まれなかった。


「だがこいつも所詮死体! 私の魔術が効かぬ道理がない! 浄化ピュリフィケーション!」


 神父が再び魔術を発動し光が満ちる。


「馬鹿め! 経験浅いガキの分際で何、が……」


 浄化の光を、暴竜が内側から喰い破った。


 それを見た神父が言葉を詰まらせる。


 ゾンビたちを踏み荒らしながら、暴竜レクスのアギトが神父に迫る。


「や、やめ……!」


 神父の腕が喰い千切られた。


 経験したことのない苦痛に悲鳴を上げる神父。


「誰から指示された?」


 メイネが再度問うが、神父は答えない。


 激しい痛みでそれどころではなかった。


「足」


 メイネが言うと、暴竜レクスは神父の足を喰らった。


 片方の支えを失った神父が倒れ、のたうち回る。


「誰から指示された?」


 苦しむ神父など知ったことではない。


 暴竜レクスの牙が神父に迫った。


「きょ、教皇様だ!」


 神父が慌てて声を張り上げた。


「そいつはどこにいる?」


「王都ウェルスの教会に!」


「嘘だったら……」


「嘘じゃない!」


 不穏なことを言いかけたメイネに神父が声を荒げる。


「殺して」


 しかし告げられた言葉は神父を絶望させる。


 メイネの容姿を知る敵を残しておく理由がない。


「や、やめろ! やめてください! 私は指示を受けただけで……」


 神父は泣き言を叫びながら、必死に片方ずつの手足で這って逃げようとする。


 そして目の前の地面に影がさす。


 ぎこちなく振り向いた神父は、月明かりに照らされる暴竜レクスを見上げる。


 それが神父の見た最後の光景となった。


「教皇って教会の一番偉い人っぽいから、強い浄化の魔術とか使って来るかもだし気をつけないと」


 メイネが神父から手に入れた情報を整理する。


「王都まで行ってそいつに情報吐かせればいいか」


 今後の行動方針を決めて、動き出す。


 まずは落ちている錠剤の回収。


「これと手紙あれば、アニカならわかるよね」


 アンデット化事件の犯人が教会であることがわかる様な文章でも適当に添えて、カノン家に投げ入れよう。


 そう思って、しゃがみ込んで薬を拾っていたメイネ。


 その背中越しに、暴竜レクスの咆哮が響き渡った。


「なにっ!?」


 メイネが振り返ると、暴竜レクスの頭部から背を伝いその尾の先まで裂傷が走り、血飛沫が舞う。


 アンデットである暴竜レクスがそれだけの傷で活動を止める筈がない。


 しかし、浄化魔術を受けた狩竜ラプターと同じ様に暴竜レクスが倒れ伏した。


 暴竜レクスの超重量の肉体に潰され、一部無事だった教会が完全に崩壊する。


 十字架のシンボルがカラカラと地に落ちた。


 そして倒れた暴竜レクスの体の上に人影が現れる。


 月に照らされた銀色の髪が夜風に靡く。


 髪を月明りが透過し、闇の中を金と銀の輝きが彩る。


 まるでこの世の者とは思えぬ幻想的な美しさ。


 支えにでもするかの様に、暴竜レクスに突き立てた波打つ剣の柄頭に片手を添えている。


 その切れ長の凛々しい双眸が、教会の惨状を見渡す。


 血の海に浮かぶ魔物と人間の死体の数々。


 その中に立つ、フードを目深に被った子ども。


 子どもの手には、アンデット化事件を引き起こしている薬らしき物が入った袋が握られていた。


 銀髪の女、イルティアが体重を感じさせない軽やかな身のこなしでメイネの前に降り立った。


 剣を横薙ぎに振るうと突風が巻き起こり、フードに隠されていたメイネの顔が露になる。


「やはり、君だったんだな」


 イルティアは四年越しに見たその顔に、かつての面影を感じ取った。


 十歳から十四歳。


 たったの四年だが、子どもの四年は時の流れを強く感じさせる。


 自分と同じものを瞳に宿した少女。


 イルティアの手をすり抜けて消えてしまった少女。


 助けられなかった少女。


「お前……!」


 メイネも、目の前にいるのが四年前にアンデットを倒した銀髪の女だと気づいていた。


 あの時はその圧倒的な強さを目にして、憧れと恐怖を覚えた。


 しかし、それはすぐに怒りに塗り潰されたが。


 そして魂を知覚できる様になった今、恐怖が更なるものとなる。


 イルティアの体に宿る存在の核。


 燃える様なそれは、路地裏で見たアリアという少女に匹敵する。


 暴竜レクスなど、取るに足らない。


 メイネが見たことのある存在の中で、いや、恐らくこの世で最も強大な魂。


 死霊魔術師の少女と、アンデットを憎む少女が四年の時を経て対峙した。

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