第10話 四年後
「どう? 似合ってる?」
十四歳になったメイネがルイに仕立ててもらった服を着ていた。
「似合ってるに決まってますよ! 僕がロトナさんのために作ったんですから」
以前メイネが気に入った服は黒と白を基調とした物だった。
その黒が少し紫がかった黒に変更されていた。
半袖と長袖を重ね着したようなデザインのアウターは、袖の広さに対して袖口が普通の大きさで、余った部分は縫い付けられ、メイネが手を動かす度ヒラヒラと揺れる。
肩の大きく空いたホルターネックの黒いインナーを合わせているが、アウターが肌を隠している。
手先の感覚を阻害しないピッチリしたグローブ。
腰に巻かれたベルトには小さなバックが繋がれており、旅の利便性も抜群。
大きなシルエットのハーフパンツから覗く細い脚をタイツが覆う。
長旅に耐えられる様に耐久性を重視したスニーカーは、ソール部分に厚みが有りクッション性も高く、一歩踏み出すと続く足を勝手に動かしてくれるのかと錯覚する程の履き心地の良さだった。
肌の露出を極力抑えたのはメイネの要望だ。
何故そうして欲しかったのかはルイも聞かされていない。
だが控えめに手を広げて見せるメイネを見て、ルイは自分のコーディネートに自信を持つ。
後はメイネが旅先で服の宣伝をしてくれれば、そしてルイの名前を出してくれれば完璧だ。
メイネにその意思を伝えておらず、メイネにもその気はないのだが。
「ふふん」
メイネが気を良くしてふんぞりかえる。
上機嫌のまま村を出ようとすると数人の村人たちが見送りにきた。
「ロトナちゃん本当に出ていくのかい?」
「いつでも帰って来ていいからね」
暖かい言葉がかけられる。
メイネは
「うん、準備できたからね。みんなありがとう」
表面上愛想よく見えるメイネだが、その言葉が薄っぺらいことには誰も気付かない。
人を信用することに無意識なブロックが掛かっているのだ。
ルイなんてもう妹の様に可愛く思っているというのに。
「じゃあ行ってくるね」
「「「いってらっしゃい!」」」
村人たちに手を振られてメイネが歩み出した。
村人たちは、メイネが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
しかし、メイネが振り返ることはない。
村人たちの目が届かぬところまで来くると、魔物に騎乗したアレボルとサブレが姿を現す。
アレボルは新調した銅の鎧に身を包み、その背には大剣を担いでいた。
大剣は、かつて折ったサブレの犬歯で造ったものだ。
サブレには鞍が取り付けられており、左右には大きめのサドルバッグも。
「よろしくね」
メイネがサブレの頬を撫でる。
軽い身のこなしでサブレに飛び乗り、
「お願い」
と声をかけるとサブレが歩き出す。
アレボルもそれに続く。
アレボルが騎乗している魔物は
鰐の様だがそれよりも細長い頭部と、前肢には発達した重々しい鉤爪。
体を支える二足の後肢はがっしりと筋肉が付いており、尻尾はヒョロヒョロと細く長い。
体高は四メートルを超え中型の地竜としては最大級で、魚を主食とするため泳ぎが得意というのも特徴的だ。
メイネの基準で、騎乗して人里を訪れてもギリギリ許されるサイズ感と判断しアレボルの相棒として選ばれた。
サブレの
しかしアンデット化したことで疲労を感じなくなり弱点である持久力の低さを克服している。
その点では重量があり体力の低い生物とアンデット化は相性が良いと言える。
微塵の疲れも感じさせぬ軽快な足取りで一向は進んだ。
アンデットは通常の馬と違い、休息も水分補給も必要としない。
旅のペースは極めて早かった。
太陽と森の奥に行くほど増える紫の花を手がかりに森を迂回し、ちょうど
木々が疎になり草原地帯に入った。
一気に視界が開け、遮るもののなくなった日差しがメイネを照らす。
目が慣れると、草原に生息する多くの魔物や動物たちの様子が目に入る。
森でも同じくらいの数の魔物がいるのかもしれないが視界が悪いので、こうして見渡せることはなかった。
メイネたちが草原を進むと、魔物も動物も慌しく逃げていく。
魔物と動物が散ってできた道を悠然と通り抜ける。
そうして魔物の数がめっきり減った頃、農村が見えてきた。
石造りの家の橙の瓦屋根。
そこから伸びる煙突から煙が上がっている。
横木を組んで作った柵の内側では家畜が伸び伸びと過ごしていた。
メイネたちが村に近づくと、それに気付いた村人の一人が慌てて引き返した。
何事かと村人たちが集まり、槍を携えた男が前に出て構えた。
「何者だ!?」
誰何の声を受けたメイネはぴょいと飛び降りて両手を上げる。
耳を隠す為にフードを被っていた。
尻尾は腹に巻き付けている。
ゆったりした服でなければ太って見えていたところだ。
「旅の者でーす! そうカリカリせず仲良くいきましょう!」
男は年若い少女にそう言われて、なんだかやりづらそうだ。
カリカリしたら負けな気がしたから。
「そ、その魔物は?」
「サブレとバリバリです! 可愛いでしょ」
答えになっていない。
「この村に何の用だ?」
男は真っ当な返事を期待できないと悟り質問を変えた。
「特に用はないです。あったから寄ってみただけ」
「そ、そうか……」
男は、メイネとの温度感の違いから最近冷たい娘を思い出して軽く落ち込んだ。
最近の若い子はこんな感じなのか。
とぶつぶつ言いながら村人たちと相談を始める。
話がつくと気を取り直して男が告げる。
「村には自由に入ってくれて構わない。しかし、魔物は村の外で待機させて欲しい……できるか?」
一方的に告げようとしたが、そういう態度が娘に嫌われる原因なのかと思い直した。
「おっけー! じゃあちょっと待っててね」
サブレに声を掛けてアレボルと共に村へ入る。
メイネたちに集まる注目など気にも止めず、意気揚々と村を見て回った。
「へー、こういう感じなんだ」
鶏を飼育している者はいたが牛はいなかった。
そんなメイネの目にあるものが留まる。
「ぷりん……?」
紙の容器に入った見たことのないお菓子。
「珍しい格好だね、うちのプリンは美味いよ。買っていくかい?」
気の良い女性の店員が声を掛ける。
「うーん、買ってみよっかな。二つ下さい!」
受け取ったプリンをアレボルに持たせて早速食べるべく来た道を戻り村の入り口へ。
「これ食べてみて」
プリンをサブレの口に放り込む。
サブレが口をもごもごさせて嚥下すると頷く。
「毒はなし、と」
安全性を確認したメイネが、スプーンで掬って一口食べる。
悶える様な、声にならない声を出しながらパクパクと口へ運ぶ。
スプーンが空を切りおかしいなと容器を見ると、いつのまにか空になっていた。
「食べてない……」
食べたが。
それほど好みの味だったのだろう。
「もっと買っておこ」
メイネがプリンを確保しようとアレボルを連れて村に戻ると、先程メイネに槍を向けた男が近づいてきた。
「少しいいか?」
「今はちょっと」
即答され、口を開けたまま固まる男を置いてプリンを十個購入する。
紙袋を受け取りアレボルに持たせると、上機嫌に歩き出す。
そして再び村の入り口へと戻ってプリンを食べた。
「なあ聞いちゃくれないか。俺だけの頼みじゃないもんでな……」
態々ついてきた男の背には哀愁が漂っていた。
「頼み? やだ」
項垂れる男の膝がガクガクと震える。
立っているのも辛そうだ。
「そう言わず、話だけでも聞いてくれないか?」
「え〜」
メイネは粘る男に目もくれずプリンを堪能する。
すると村人が咳払いを挟み、強引に話し始める。
「俺は傭兵として近くの街からこの村に来ているんだが、ここ最近手に負えない魔物に作物が荒らされて困っていてな……。そこでなんだが、君たち腕が立つだろう?」
チラリとアレボルとサブレ、バリバリに目を向ける。
鎧の騎士と大きな魔物はさぞ強そうに見える。
そこでメイネたちに白羽の矢が立ったという訳だ。
「わかんない」
「わからないとは?」
「おじさんの方が強いかもじゃん」
「……そんな訳ないだろう」
傭兵は何言ってんだ、とサブレを見上げる。
その大剣の様な犬歯を見て身震いした。
「そうなの?」
「ああ」
しかしメイネは本当にわかっていなかった。
人間は
「アレボルと戦ってみて」
アレボルが前に出る。
元人にしては大柄で、銅の全身鎧に身を包んだアレボルの威圧感は相当のものだ。
「じょ、冗談だよな?」
「やらないんなら絶対にお願いは聞かない」
「それは困る!」
「じゃあ本気で戦って」
「……はぁ。わ、わかったが手加減はしてくれよ」
渋々と傭兵が槍を取りに行く。
「最初は受けにまわって強さを見て。できそうなら殺す振りもお願い」
その間にアレボルに指示を出す。
これはメイネにとって重要な行程だ。
傭兵が強かった場合、その傭兵が困らされている魔物はもっと強いということになるのだから。
そして傭兵が戻ってきた。
槍を構えた傭兵とアレボルが対峙する。
野次馬が集まり、村人たちが村の中からその様子を伺っている。
「よーい、どん」
メイネの掛け声で戦端が開かれる。
傭兵が槍の間合いまで詰めて腰を落とし、重心を安定させて一閃。
しかしアレボルは最小限の動きで体を逸らして避けた。
傭兵は続けて連撃を繰り出す。
横殴りの槍の雨がアレボルに降り注ぐがその全てを回避して見せる。
槍の全てが鎧の隙間を狙っているあたり、傭兵の技量の高さが窺える。
たがアレボルが槍の柄を掴むと、力比べに持ち込んだ。
力み過ぎて顔が真っ赤になった傭兵に対し、アレボルは微動だにしない。
すると、急にアレボルが力を抜き傭兵はバランスを崩す。
アレボルはその瞬間に再び槍を引き、引き寄せた傭兵の手を捻って槍を奪う。
そして槍を短く持ち、心臓目掛けて突き出した。
「ひっ」
空気の抜ける様な悲鳴が傭兵から漏れる。
胸の寸前で止まった穂先を見て体から力が抜ける。
「わ、わかっただろ。君たちの方が腕が立つと」
分かってはいたが傭兵は自身の腕に自信があった。
手も足も出ず悔しくて歯噛みする。
「凄く演技が上手いのかも」
「何でやらせたんだよ!?」
まだ疑うメイネに傭兵が当然の声を上げる。
態々恥を掻いたのは何の為だったのかと。
「うーん、じゃあ戦ってくれたし魔物に荒らされたところまで案内して」
「これで聞いてくれなかったらどうしようかと……」
傭兵が弱かった場合、魔物の強さは未知数。
油断はできないが、珍しい魔物なら見てみたい。
なにせメイネには
死体さえあればその魔物を使役できるのだから。
荒らされた畑には幾つもの大きな穴が空いていた。
「いきなり地中から出てきては作物を食い荒らすんで、みんな困ってるんだがどうにもならなくてな」
「大きな魔物だね」
「ああ、俺も見たことがあるが大人三人分くらいはあったぞ」
「……そんなのと戦わせようとしてるの?」
メイネがジトッと傭兵を睨む。
「いやいや、確かにデカいが見た目なら君たちの方が強そうだぞ」
「ふーん」
傭兵の話を聞きながしていると、突然地面が揺れる。
「来やがった!」
畑の土が盛り上がり、弾けた。
地中から現れたのは、巨大な土竜だった。
丸々と太った体にピクピクと動く長い鼻。
つぶらな小さな瞳。
しかし、その手は凶悪そのもの。
スコップの様な大きな手から生えた、太く尖った五本の爪は岩でさえも抉るだろう。
その姿に傭兵は一歩後退り、メイネは……。
「可愛い!」
目を輝かせていた。
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