第9話 第七騎士団

 大陸の西端に位置するアイアールの大森林。


 人々は森を表層、中層、深層の三層に区分けし、深層には古の神獣が住まうとされる。


 それを守る様に深層には単体で国を滅ぼせる程の危険な魔物が蔓延り、何人の侵入も許さぬ未開の地。


 しかし近頃、アイアールの大森林表層にて中層の魔物が確認された。


 そこでウェルス王国の第七騎士団は、中層の魔物が森の外へ出てくる前に討伐すべく派兵された。


「ったくよ。苦労して騎士団に入ったってのに一体何でこんな辺境に来なきゃならねーんだよ」


「しかも、当の魔物は見つからないときた。おめおめと帰った日にゃ他の騎士団の笑いもんだ」


「違ぇねえ」


 魔物の捜索は難航しており、このままでは成果を上げず帰還することになってしまう。


 彼ら曰く、沈んだ気持ちを流す為に酒に走るのも仕方のないことらしい。


「だいたい中層の魔物の討伐ってんならあの嬢ちゃんだけでいいだろ。天才様なんだからよ」


「イリーガルとはいえ、イルティアはまだ十四の小便臭えガキだ。しゃーねーって」


「俺らはガキのお守りか」


 愚痴を肴に酒を呷る。


 彼らの夜は長い。






 翌日、第七騎士団の面々は西の空を見上げて慄いていた。


 快晴の空に暗雲が立ち込め、雷鳴と共に謎の力場が形成される。


「オイオイ、ありゃホロウってやつじゃねぇのか……」


「奇遇だな、俺にもそう見える」


 数年前から確認されている未知の現象。


「あんなんは第一、第二の領分だろ!」


 更にその力場からは、プテラと呼ばれる化け物が現れる。


 周囲を無差別に攻撃し、手当たり次第に破壊の限りを尽くす世界の脅威。


 稀に報告が上がるが、騎士団の中でも対処できるのは精鋭揃いの第一騎士団と第二騎士団のみ。


 彼ら第七騎士団はその報告を聞いたことがある程度だった。


「ってこたぁ、あの化け物がプテラか……?」


「だろうな、あれは……無理だ」


 力場にできた白い裂け目から這い出る異形の姿に足が竦む。


 到底人の敵う相手には見えない。


「行かないのか?」


 しかし、この場において唯一人。


 淡々と言ってのける者がいた。


 彼女を除けば、撤退し速やかに報告を上げて第一か第二を派兵するというのが第七騎士団の総意だった。


「ありゃどうにもならんだろ」


「どうにもならない脅威から人々を守るのが騎士の役目ではないのか」


 当然のことの様に言う銀髪の少女、イルティアに男は呆れる。


「適材適所ってもんがあんだろうが! 俺らが玉砕覚悟で突っ込んで全滅したらどうなる! 報告が遅れれば適切な対処も遅れる! その割を食うのは誰だ!? テメェの言う守るべき人々だぞ!」


 イルティアの危機意識の低さに男はついカッとなる。


 その才を見越して齢十四にして位例の抜擢を受けたイルティアへは嫉妬心もあるが、今の彼の言葉はイルティアを思ってのことだ。


 蛮勇はその身を滅ぼす。


 無茶をした結果、若い身空で命を落とした同僚を見てきた彼だからこそ、言葉に熱が籠ってしまう。


「では報告は任せます」


 しかしその言葉は届いていなかった。


「おい待て!」


 静止の言葉も聞き流し、イルティアはプテラの対処へ向かった。






「なんだ、これは……」


 ホロウやプテラを見ても動揺しなかったイルティアだが、目の前の光景に目を疑った。


 鎮まることを知らぬ蒼炎の檻。


 青い炎が自然を焼き、今も尚燃え広がっていた。


 風さえも熱を持って体を焼き尽くさんと襲いかかってくる。


 そして蒼炎の揺らめきの向こうに浮かび上がるは、数多の人骨。


 地獄とは恐らくこの様な場所なのだろう。


「アンデット……!」


 唇を噛み締め、イルティアの顎を血が伝う。


 過去の記憶がフラッシュバックし、嫌な汗が背筋をなぞった。


 直ぐにでもアンデットを滅ぼしたいが、現状で最も脅威度が高いのは、頭部や手足から巨大な鎌が生えたプテラ。


 駆けつける途中、あの個体がホロウから出てくるのが見えていた。


 では最初に見た個体は?


 どこへ行ったか知らないが今は目の前の標的を倒すのが先だ。


「まずは貴様だ」


 イルティアがプテラ目掛けて飛び出した。


 焦燥も苛立ちも。


 募る感情に身を任せて、刀身の波打つ長剣を振るう。


 繰り出される連撃は舞の様で、その剣筋は加速し続ける。


 悪を灼く炎が刀身に宿り、プテラの硬質な皮膚すら容易く斬り裂く。


 プテラの血液がイルティアの辿る軌跡を追う。


 胸部を深く切り刻んだ時、肉体とは別にプテラの存在の本質とでもいうべきものを、イルティアの炎が灼き尽くした。


 体を熱で抉られた鎌のプテラが倒れ伏す。


 そして次は……。


 蠢く人骨のアンデットを見回す。


 すると、この場にそぐわぬ存在が目につく。


 イルティア自身も相応しいとは言えないが。


魔戦狼人ワーウルフの、女の子……?」


 少女が地竜種の魔物に囚われていた。


 巻き込まれたのだろうか。


 何故この場にいるのかは、今はどうでもいい。


「今、助けるから」


 アンデットに囲まれ傷つく少女の姿がかつての自分に重なった。


 これ以上、自分と同じ悲劇を繰り返さぬ為に。


 アンデット共を滅ぼし、目の前の少女の様に苦しむ者を助ける為に、騎士になったのだ。


 イルティアの決意が巨大な炎の刀身となり、アンデット共を一振りで薙ぎ払った。


「え……?」


 少女を捕らえていた地竜種の魔物もアンデット同様、炎の刀身の餌食となり絶命した。


 少女が魔物の手からこぼれ落ちて地に体を打ち付ける。


 何が起きたか分かっていないのか少女は呆けて固まっていた。


 イルティアは少女の体を起こして、


「もう大丈夫だ。私が家まで必ず送り届ける」


 と安心させる為に極力優しく声を掛けた。


「なんで、殺したの……?」


 すると少女からおかしな質問をされた。


「? 魔物は人に危害を加えるなら殺す。アンデットは、滅ぼさなければいけない」


 どちらにしても当たり前のことだ。


 それ以前に少女は魔物に襲われていたのだから、その魔物が殺されたことを気にしている意味が理解できない。


「離してっ!」


「っ!?」


 突然少女がイルティアの手を振り払った。


 驚いたイルティアは対応できずに手が離れた。


 少女はイルティアの手から逃れると、つんのめりながらも森の奥へと歩む。


 そんな体で女の子が一人森の中へ行けばどうなるか。


 考えなくてもわかる。


「待っ……」


「ついてこないでっ!」


 イルティアは止めようと手を伸ばしたが、少女の強い拒絶に思わず引っこめてしまった。


 立ち去る少女の、少し触れただけで壊れてしまいそうな背中を見つめることしかできなかった。






「お前、これはやりすぎだ……」


 遅れて駆けつけた第七騎士団の面々が呆気に取られる。


 無理からぬことだ。


 森を焼く青き炎と後から現れた鎌のプテラ。


 そして積み上がった無数の屍。


「私が駆けつけた時には、既に火の手が上がっていた」


「ってこたぁ、これをやったのはプテラだってのか?」


「さあな」


 青い炎を出したのがイルティアなのでは、と勘違いしていた団長の疑問をイルティアは聞き流していた。


 イルティア自身、あの状況を把握できている訳ではないのだ。


 聞かれても答えられない。


「私が見たものは、あの炎の中で戦う鎌のプテラの姿と無数のアンデット。そして魔物に囚われた魔戦狼人ワーウルフの少女だけだ」


「待て待て、だけじゃねぇだろ。その魔戦狼人ワーウルフの少女ってのはどうした?」


「中層の方へ行ってしまった」


「あ? お前それを黙って見てたのか!?」


「保護しようとしたが、拒絶された」


 イルティアは呟くと少し俯く。


「はぁ。子どもの我儘聞いてやれる状況じゃねぇだろ。向こうがなんて言おうが一旦保護して事情を聴いてから家にでも返してやりゃよかったんだ」


 もちろんイルティアもそうしようと思っていた。


 しかし、出来なかった。


 少女が自分に似ている気がしたから。


 イルティアがアンデットに向けているのと同じ類の感情を自身にぶつけられた様な気がして、どうしたら良いのかわからなくなってしまった。


 だからイルティアはくどくどと説教をしてくる団長に頷くことしかできない。


「っだあー!」


 団長が頭を掻く。


 しょぼくれるイルティアが普段と違い年相応の少女の様で、言いすぎたかと自責の念に駆られる。


「その少女の方は直ぐ捜索に入るとして、アンデットってのはどういうことだ? まさかこの白骨死体全部がアンデットだったってのか?」


 話題をさっさと変えて、更に疑問をぶつける。


「ああ」


「はあ? それこそ有り得ねえだろ」


 稀に死者がアンデット化することはあるが、ここまで一度に大量発生する事例など聞いたことがない。


「だが実際に動いていた」


「ならアンデット化を引き起こせる奴がいたってことになるな。プテラか魔戦狼人ワーウルフか魔物かアンデットか」


 指を折り数える。


 偶発的なアンデット化の同時多発とは考え難い。


 となれば怪しいのはそこにいた者たち。


「んでアンデットはプテラと敵対してたんだろ? ならそれ以外だ。お前が倒した狩竜ラプター奇竜ヴェロクの中におかしな個体はいたか?」


「いや」


「なら魔物の線も薄い。アンデットはどうだ」


「……特に強力な個体はいなかった」


 イルティアは会話の向かう方向に気づいて少し言葉が詰まった。


 つまり、残っている可能性は。


「一番怪しいのは、魔戦狼人ワーウルフのガキじゃねぇか……」


 第七騎士団の団長は粗暴に見えて粗暴なところもある粗暴な人間だが、優しいところもある。


 状況を整理した結果、子どもを疑う結論になったのが面白くない様だ。


「そんな筈は……」


 イルティアは否定する根拠を持ち合わせていなかった。


「あの子は魔物に囚われて……」


「……その魔物もアンデットだったらどうだ? ま、他に誰かがいたって線もあるがな」


 だめだ。


 説明が付いてしまう。


 あの場で魔物が逃げずに態々子どもを捕らえていた理由も。


 アンデット共が一体足りとも少女たちを狙っていなかった理由も。


 最初に現れたプテラがいなかった理由も。


 少女が、イルティアに向けた激情の意味も。


 あの激情を向けられたイルティアには、少女がアンデットを従えていたとしか思えない。


 もしそうだとしたら、私にあの少女が斬れるだろうか。


 今のイルティアには、答えが出せなかった。

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