【第三話】 「淫魔アラン、ヲタクと友達になる」
都内某所にあるオフィスビル街、平日昼時。オフィスワーカーが美味しいお弁当を買いに来るキッチンカー広場は大盛況となっている。
「まいどありぃ!」「どうも」
そんな中、パエリア屋でビーフパエリヤを買った株式会社サウザント人事部社員、茶摘 卓男(ちゃづみ たくお)二十九歳は中身を確認しつつ職場に戻る。
「あら、茶摘君!」
「守屋さん! お疲れ様です」
いつも面接で忙しく、最近は昼を自宅からのお弁当に切り替えた上司・守屋 美希に茶摘は頭を下げる。
「今日は何にしたの?」
「はい、今日はカルメンのビーフパエリヤです。守屋さんはこれからですか?」
「ええ、そうなのよ……今日はお弁当を忘れちゃって、はぁ……」
採用面接で昼の買い出しが遅くなってしまったミキちゃんは多くのキッチンカーに貼られた「売り切れ」の紙を見つつため息をつく。
「あの、守屋さん。もしよければこれ……」
「ミキさぁぁん! 見つけましたよぉぉ!」
「アラン君!?」
お弁当ポーチを持って茶摘とミキちゃんの方に走ってくるのはYシャツにズボン上に薄手の上着を羽織った金髪の若い男だ。
「まさか、アラン君……お弁当を届けに来てくれたの?」
「はい、そうです。ここは人が本当に多いから魔力探知でやったら時間がかかって……でもお昼には間に合って何よりです!」
「ええと……どちら様ですか?」
上司の知り合いと思しき乱入者に戸惑う茶摘は恐る恐る問いかける。
「ああ、ごめんね茶摘君! ええと彼は……守屋 アラン。私の弟よ」
「ああ、弟さんだったんですね! アランさん、初めまして。私はお姉さまの部下にして株式会社サウザント人事部社員、茶摘 卓男(ちゃづみ たくお)です」
「うん、アランは大学受験に失敗しちゃって……浪人中なんだけど実家に居づらいから私の所に住まわせてくれって言いだして同居中なの。それで勉強の合間に家事とかやってくれるのよ!」
「そうなんですね」
「アラン君、私は午後も仕事だけど……帰りは大丈夫? はい、交通費」
「はい、ありがとうございます! ミキさん」
数枚の千円札を受け取ったアランは二人に頭を下げると小走りでキッチンカー広場を去って行った。
その日の夜、S区某所のマンション508号室
「今日はごめんね、アラン君」
「お弁当の件ですか?」
夕食後のくつろぎタイム中のミキちゃんにアランは聞き返す。
「うん、それもあるけど……勝手に大学浪人生だとか弟だとか言っちゃった事よ。
あとから考えたら姉弟にしては年齢差がありすぎるなぁとか反省しちゃった」
「それは大丈夫ですよ、会社の方とお話し中に突撃しちゃった僕にも非があるわけですし。失礼ですけど、あのチャヅミさんってどんな方なんですか?」
「そうねぇ……私も彼のことはよく知らないんだけど、ほぼオールジャンルな知識と教養があり、穏やかな人ね。 そして仕事が早くて正確で丁寧。 本当かどうかは分からないけど物書きみたいな事をやっているとか? 後は特撮みたいなのも好きみたいよ。この前、小さいお子さんがいる押三(おしみ)さんや晶子(あきこ)さんが彼のデスクにあった小っちゃい人形を見て特撮ヒーローのスペースゴエモンとかハンゾーなんちゃらだって喜んでたし」
「へぇ、そうなんですね」
「それとアラン君……私、しばらく海外出張に行かなくちゃならないかもしれないの」
「海外出張? いつですか?」
「うん、多分来週から一週間半ぐらい……会社で受け入れる海外技能実習生の面接とテストで現地に行かなくちゃならなくなって。その間大丈夫?」
「はい、それぐらいなら……僕は平気です。ミキさんこそご体調に気を付けてくださいね」
「うふふ、ありがとう。お土産楽しみにしていてね!」
それから一週間後の夜、都内T区にあるマンション、806号室。
一日の労働を終え帰宅した茶摘 卓男は録画済みのテレビアニメ『ニャンティ・ザ・ベリィ』をツマミに一人晩酌していた。
(まさか逆輸入された日本アニメインスパイア作品が爆速でアニメ化するとはなぁ)
茶摘がテレビ画面の中で大きなポニーテールと猫耳&尻尾を持つ褐色肌ベリーダンサー少女が敵の砲煙弾雨をくぐりぬけていくアクションシーンを見ていたその時、スマホがビービー鳴りだす。
「あれ、この番号は守屋さん……? もしもし」
『茶摘君! 繋がって良かったぁ……』
「守屋さん? 今出張中では?」
『うん、早く終わったから今日の便で日本に帰ってきたの。それで自宅に帰ろうとしたんだけど……スマホと財布に自宅の鍵まで無くしちゃって。お願い! 一晩でいいから助けて』
「助けてって……言われましても。弟さんは?」
『タイミング最悪な事に今K県の実家に戻っていて……お願いよぉ、お腹すいて辛いのぉ』
今にも泣きだしそうな上司の声に茶摘は葛藤する。
「わかりました、今どこですか?」
「記憶を頼りに……茶摘君の自宅マンション下まで来ちゃった、ごめんね」
茶摘はすぐに上着を羽織り、部屋を飛び出して行った。
「茶摘君、急にごめんね……」
「いえ、こちらこそ。大したものではありませんが」
シャワーを浴び終え、裸にオーバーサイズTシャツを羽織っただけの守屋に冷蔵庫の残り物を用意していた茶摘はご飯をよそいつつ答える。
「わぁ、美味しそう……いただきまぁす!」
(とりあえずは守屋さんのスマホ捜索と弟さんやご家族への連絡……あとは何かあったかな?)
茶摘は冷静にやるべきことを考えつつご飯を食べる上司を見守る。
(あれ、ミキさんのグラマラスボディを完全再現したはずなのに……チラ見もしないのか?)
淫魔族の基本能力『変化術』で出張中のミキちゃんに化けて茶摘に近づいた淫魔族アランは予期せぬ展開に驚く。
(まあ部屋の中を見る限りではギークやヲタクなのは間違いないが……どうすればいいんだろうか?)
人間界に直接赴き、その欲望を満たす事でサンクスを稼ぐ淫魔族にとって最大の商売仇であるアニメやゲームの萌えキャラ美少女やイケメンにそれを信奉するヲタク。その実情調査も兼ねて茶摘の家に潜入したアランは部屋に置かれたフィギュアや漫画本、ゲームの類にただただ圧倒されるばかりだ。
(頑張れ僕! ここで負けたら淫魔族の恥だぞ……なにかこの人の弱点は……)
そんなアランの目に入ったのはビキニ上下に薄いシースルーズボンと上着を着たポニーテール女の子のフィギュアだった。
「ねえ茶摘君、その人形って……何?」
「あっ、ごめんなさい! 今、俺……いや、私が見ているアニメの主人公でアラビアーンなベリーダンサーのニャンティタソなのですみません!」
(これだ!)
ヲタク茶摘の弱点を発見したアランはすぐに行動に移す。
「えっ……」
「うふふ、どう? 似合うかしら?」
茶摘の前でだぼだぼTシャツを一気に脱ぎ捨て、褐色肌に赤ビキニと淡いシースルー素材の上着とズボン、大ぶりなポニーテール姿……アニメキャラクター『ニャンティ・ザ・ベリィ』に一瞬で変化した守屋に茶摘は目を白黒させる。
「やっぱりな……おかしいと思ったんだよ」
「えっ、どうしたの茶摘君?」
「コックリ様だかメリーさんだか知らないが、守屋さんに化けて家宅不法侵入し……挙句の果てにはニャンティタソに化けて腰をくねらせるとは……上等だ」
部屋の隅に立てかけてあったスティック掃除機を掴んだ茶摘はゆらりと立ち上がる。
「ちょっと、落ち着いて! 茶摘君!」
「うるせぇ! 死ねぇ、妖怪変化ぇぇ!」
「ひぃっ!」
「なるほどねぇ、そういう事だったのか……インキュバスとはねぇ」
ボコボコにされる寸前で金髪イケメンの姿に戻り、目の前で土下座して謝るアランから事情を聞いた茶摘はため息をつく。
「はい、その通りです……どうか命だけはお助け下さい。お望みなら体で償いますので……」
「いや、いいよ。俺そういう趣味ないし。それに中身を見ちゃったらどんな姿でもそれは無理だわ。それよりお前、インキュバスなんだろ?……守屋さんに手ぇ出したりしてないだろうな?」
「はい、もちろんです! 僕を弟として住まわせてくれるあの方に手を出すなど……撃ち殺されても出来ません!」
「撃ち殺す……? まあとにかくだ、アラン。あの手の誘惑はもうお断りだがお前が仕事で俺みたいなヲタク人種の事を知りたのは分かった。仕事中は無理だがいつでも連絡しろ。スマホとか持っているんだろ」
「はい、一応は……人間界規格アプリも動きます」
「そいつは重畳。アラン、ぜひともチャットアプリの連絡先一号登録させてくれ! せっかくだからゲームとかも一緒にやろうぜ? ちょうどよく対戦機能ありなゲームがあるんだよ。ええと、ジョイステーション5の予備コントローラーは……」
雨降って地固まるでは無いが新たなサンクス収入源となる人脈を獲得し、淫魔族の宿敵たるヲタクを調査対象としての懐柔に成功したアランはうきうきした表情で部屋のテレビに繋がれたゲーム機の電源を入れ、予備コントローラーを探し始めた茶摘を観察するのであった。
【完】
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