【第二話】 「淫魔とサンクス、締めのプリン」

 都内、S区のとあるマンション。平日夜。

「あ、ああぁぁ……今日も疲れたぁぁぁ……だだいまぁ……」

 日中の労働を終え、呻き声と共に508号室に生還した守屋 美希、通称ミキちゃんはいつものように革靴を脱ぐ力もなく玄関に倒れこむ。

「ミキさん、お帰りなさい!」

 そんな彼女を爽やかな笑顔で出迎えるのは数日前から同居し始めた淫魔族の青年、アランだ。

「だだいまぁ、アラン君……今日の夕食はなぁに?」

 アランの爽やかオーラで動ける程度に瞬間回復したミキちゃんは上着を脱ぎつつアランに尋ねる。

「今日は豚肉の生姜焼きと千切りキャベツ、みそ汁とご飯です」

「わぁ美味しそう、いつもありがとうアラン君! 先にシャワー浴びてくるね」

「喜んでもらえて何よりです! みそ汁とか準備してますね」


「はぁ……気持ちいいわぁ」

 チャック袋に入れたスマホと財布、お兄ちゃんのモデルガンと共に入浴中のミキちゃんは温かい湯舟で疲れ切った身体を癒す。

(帰ってきて話し相手がいて温かい夕食がある……っていいなぁ)

 成り行きとは言え見ず知らずの若者、しかも本物の悪魔と同居し始めてしまったミキちゃん。当初はスマホと財布を常に持ち歩きいざとなれば目を狙う覚悟でモデルガンも手元に置いていたものの、家事万能で料理上手、紳士的なアラン君と同居し始めてからQOL(生活の質)は革命的に向上していた。

(アラン君も信頼できそうだし、これはもう必要ないかな……)

 そんな事を考えつつ風呂に持ち込んだチャック袋入り財布とスマホを見ていたミキちゃんの脳内にある懸念がよぎる。

(そもそもアラン君ってどこから来たんだろう……? 淫魔ってどこに住んでいるの?)

 素朴な疑問と共にアラン君が同居する前のグチャグチャ部屋とコンビニ弁当・カップ麺漬けの不健康ライフ映像がフラッシュバックする。

(それだけはイヤ! どうにかしてアラン君を引き留めないと!)

 ミキちゃんは決意と共に湯舟を出てタオルを手に取るのであった。


 それからしばらくして、リビングルーム。

「ねえ、アラン君」

 食後の温かいほうじ茶で手を温めていたミキちゃんはアラン君に話しかける。

「はい、何ですか。ミキさん」

「アラン君ってどこから来たかって……聞いていいのかな? サンクスとか言ってたけどあれって何だったっけ?」

「……ええ、構いませんけど。失礼ながらスマホで淫魔とか検索しましたか?」

「いや、まだだけど。そもそもどんな字なの?」

 スマホで検索しようとしたミキちゃんをアランは止める。

「それは大丈夫です、僕が話しますから……まずはミキさんって神とか悪魔の事どれくらいしってますか?」

「全然知らないわ……お兄ちゃんも私もテレビゲームとかやらないタイプだったから」

 その返答を聞いたアランは安堵のため息をつく。

「ええと、じゃあどう話せば……そうですね、僕ら淫魔族を含む『悪魔』や『神』と人間さんが呼ぶ存在はこの世界に居ません。人間さんの言葉で言えば、魔界とか地獄とかそういう所です」

「地獄? あのエンマ大王とか針山とかがあるアレ?」

「地獄も魔界の一部なのですが……まあそういうイメージでいいです。

 そして僕たちが住む世界を統治するのが魔界王たるルシファー16世様です」

「王様がいらっしゃるのね……昔のヨーロッパみたい」

「はい、お若いけれど本当に優秀で人徳に溢れたカリスマな人で……まあそれはさておき、サンクスと言うのは悪魔や神様、精霊や妖精のような種族全てが存在するために必要な人間から得られる感謝の気持ちから抽出されるエネルギーです。 僕たちの文化圏はこれを基本通貨として用いています」

「……ええと、そろそろスピリチュアルすぎて限界気味なんだけど。つまりアラン君は魔界から人間界に出稼ぎに来ていると言う事なのかしら? 私、正しく理解できてる?」

 ファンタジーな用語が飛び交う会話についていけなくなりつつあるミキちゃんはほうじ茶を呑んで落ち着く。

「ええ、それで大丈夫ですよ。僕たち淫魔族は昔から人間と関わる事が多く、生態も容姿も人間とほぼ同じ種族だったので特例的に人間界と魔界を自由に行き来して人間の願いを叶えたり欲望を満たすことで得られる『サンクス』を集めているんです」

 一通りの解説を終えたアランもほうじ茶をすする。

「つまりサンクスは悪魔さんにとってのお金みたいなもの……うん、わかったわ。

 あれ、でも私何も渡してないよね? 欲望を満たすって具体的に何をすればいいの?」

 ミキちゃんの何気ない言葉にアランはドキッとする。

「ええと、その……サンクスはエネルギーなので……僕がミキさんを幸せにする事でその感情のエネルギーが勝手に変換されるのでそこは大丈夫……です」

 アランは急に顔を赤くしてうつ向いてしまう。

「そっか、ごめんね企業秘密を話させちゃって。この話は終わりにしよっか!……プリン食べる?」

「あっ、はい。いただきます!」


(こんな僕を気遣ってくれるなんてミキさんは優しい人だなぁ……)

 冷蔵庫からプリン2つとスプーンを取り出すミキちゃんを見守りつつアランは感謝の気持ちを心で呟くのであった。


【完】

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