第5話 5月22日(月)の放課後~儀式から一週間で~
ホームルームを終えると、タナカくんは真っ直ぐ元オカルト研究部の部室であった空き教室へ向かいました。教室を出る際、コバヤシくんには断りを入れてあります。
誰もいない空き教室に入ったタナカくんはドアを閉めて、すかさずスマホで検索を掛けました。調べたのは――『リアルにリア充爆発した動画』。
見てみると、それは仲睦まじく身体を寄せ合ってイチャイチャしている若いカップルの動画でした。撮影しているのは二人とは全く関係のないその場を偶々通りかかった人なのでしょう。少し遠くの方から撮っているようでした。偶に「ちっ」という音が入っています。
画面の中の二人は互いの唇を寄せ合い始めました。唇と唇が重なります。タナカくんが「カップルがただイチャついているだけの動画?」と思った次の瞬間――
――ドガァアアアアンッ!!
一瞬にしてピカッと画面が明滅しました。突然の轟音とフラッシュに、反射的に目を閉じてしまうタナカくん。なんとか瞼を抉じ開けて動画の続きを確認しようとすると、そこにはさっきまでいたカップルの姿がありませんでした。ただ、先ほどまで二人がいたと思われる場所の地面には異様に焼け焦げたような跡が残されていました。
そんなまさか、と思いました。けれど、思っておいてそれを自分で否定します。あり得ない、そう感じたからです。
――あの六人が『リア充爆発しろ』と願ったから、その願いが叶えられた――なんて。
偶々かもしれない、とタナカくんは考え直しました。動画の二人がイチャイチャしていたのと二人が爆発したことに因果関係があるとは、この一つの動画だけでは判断できませんでした。
だから、タナカくんは他の動画を探しました。そして見つけた動画の数は30,000件にも上りました。同じ対象を撮影したものが大半を占めていましたが、その数の多さにタナカくんは愕然としました。
そのうちの何件かをタナカくんは適当に選んで見てみました。すると、どの動画でもイチャイチャしていたカップルがキスをした瞬間吹き飛ぶのです。タナカくんの顔は引き攣りました。
ここまでくると、いくら荒唐無稽だといっても流石に因果関係があるのではないか、と疑わざるを得ません。
タナカくんは現在多発している爆発について調べてみました。
結果は、
この国ではこの一週間で14,438件の爆発が起き、28,876人の被害者が出ていました。
世界で見れば謎の爆発は1,363,231件、その被害者は2,726,462人だと記されていました。
タナカくんは頭の中が真っ白になってしまいました。
現実を直視できなくなったタナカくんは、逃れる術を探し出しました。あれは巧妙につくられた偽動画なのだ、と自分に言い聞かせます。そうでなければなんの予兆もなく人が突然爆発することなんてあり得ない、とタナカくんは自分の心を落ち着かせられる材料を並べていきました。
けれど、
先ほどいくつか見た動画があまりにもリアルだったことが、
被害者の数が偶数であったことが、
それに調べているうちに出てきた『
現実逃避をしようとしているタナカくんを捕まえて離してはくれませんでした。
もし、もしも仮に、世界中で起きているこの謎の爆発が全てあの六人が願った所為で引き起こされていることなのだとしたら、彼らは大変のことを仕出かしてしまったのではないか、とタナカくんは震え上がりました。それは、世界の法則を変えてしまったということなのですから。
タナカくんは教室の中央に目を遣ります。そこにはなんの効果も得られなかったと思われたために放置され、一週間ずっとそのままだった陣のシートが敷かれていました。
「……まだ、決まったわけじゃない。……でも、一致してる。……爆発が始まったのと、ここで願った時期が。……無関係とは、思えない……っ」
タナカくんはシートの元まで移動しました。黒いシートを凝視しながら思います。
黒魔術は関係なく、本当に偶然の可能性もあるのではないか? とか。
黒魔術が原因だったとしても、一度叶えられた願いを取り下げることは可能なのか? とか。
そもそも、自分が願ったことではなくあの六人の仕業なので、後処理をするのは彼らの仕事なのではないか? とか。
そんなことで悩んでいると、事件は起こりました。
――ドガァアアアアンッ!!
タナカくんは今、動画を見ていないのに、動画で聞いたものと同じ音が聞こえてきたのです。タナカくんは慌てて音がした方を向きました。教室にある窓の方を。
タナカくんが今いるのは文化部部室棟の四階で、教室の窓から見れるのは
タナカくんは息を呑み、恐る恐る窓に近づいてカーテンと窓を開け、校舎裏を覗き込みました。すると、そこには――
――地面と部室棟の壁に何かの焼け焦げた跡がくっきりと残っていました。
「――っ!?」
どこか遠くのことだと捉えていました。離れたところで起こっていたので現実感がなかったのです。
しかし、それはタナカくんの目の前にありました。動画で何度も見た、爆発によって人が吹き飛んだ跡が。
急に実感が湧いてきて、タナカくんは腰を抜かしてしまいます。足に力が入らなくなって、ぺたんと床にへたり込みました。その時、身体の後ろ側でついた手に何かが触れます。見てみるとそれは、一枚の紙でした。願い事をしたけれど何も起こらなかったためにサトウくんにポイッと捨てられていた紙でした。
「……恋の――じゃなくて、『悲恋の黒魔術』……」
タナカくんは紙を取り寄せて書いてある内容を確認します。そこには、サトウくんが読み上げていた通りに『悲恋の黒魔術』で願いを叶える方法が示されていました。その下に、タナカくんが知りたかった情報も載っていました。
「……っ!」
それは『願いをキャンセルする方法』でした。
まず陣のシートを部屋の中央に広げ、次に部屋を暗くし、最後に陣の中央に一滴以上の血を捧げながらキャンセルしたい願いを唱える――そうすれば願いを取り消せるとのことです。
タナカくんは考えました。「このことをあの六人に知らせなければ」と。
この、書き換わった世界の法則をなんとかしなければ破滅に向かってしまう、ということにタナカくんは思い至ったのです。カップルが爆発してしまうなら夫婦になることはできず、夫婦になれないなら誕生する子どもの数が減る、それは相違ないことでしょう。
それは即ち、あの六人の願いが人類を滅ぼすと言っても過言ではなかったのです。
あの六人の願いは多くのカップルを消し、これから生まれてくるはずだった命をも奪った可能性がある、と思うと、タナカくんは寒気を覚えました。
彼らが落とし前をつけるべきだと考えていたタナカくんですが、事の重大さに段々目を背けられなくなっていきます。あの場所にいたにも
そんな折、タナカくんはまたドガァアアアアンッ!! と聞こえた気がしました。
タナカくんは焦らされました。彼らを呼びに行っている暇はない、と判断します。自分も悪いことをした意識がある、という感覚から、自分が責任を取らなければいけない、と認識させられます。
それに、何よりタナカくんの大事な人には彼女がいました。もたもたしていたら彼も爆発によって消え失せてしまうかもしれない――その思いがタナカくんを突き動かしました。
窓とカーテンを閉め、タナカくんは魔法陣の中央へ。それから生徒間で学年を把握させるために付けられているバッジを留めるためのピンを使って左手の親指の腹を刺し、血を出します。急いでいたため勢い余って思ったよりも深く突き刺してしまいましたが、タナカくんは気になりませんでした。それを
――『リア充爆発しろ』という願いを取り下げさせてください――と。
すると、黒い生地に赤色で記された図と文字が怪しく輝き出しました。
「――え!?」
光はどんどんその強さを増していきます。それは目を開けていることができなくなるくらい、周りを真っ白に染め上げました。
何秒か瞼を閉じていたタナカくんが、光が収まったのを感じて薄っすらと目を開けると、そこにはいつの間にか女性の姿がありました。
タナカくんは硬直します。何故ならその女性は、どう見ても人ではなかったからです。
異様に尖った耳、
その耳の上辺りから生えている牛のように捻じれた角、
腰の辺りから生えている大きな、大きなコウモリのような羽、
尾てい骨から伸びているであろう細くて長いが、先端がスペードのマークのようになっている尻尾、
その他、燃えるような髪と目をしていたり、肌が灰色だったり、着ている服(?)がかなり際どいクロスホルタータイプのビキニのようだったり、と。
恐ろしく整った容姿をしていたこともタナカくんに息を呑ませましたが、何よりも驚くべきことは彼女が宙に浮いていたことでした。
タナカくんが目の前で起きていることを理解できず、未知の存在に怯えていると彼女の方から口を開いてきました。
「Are you the one who summoned me?」
「――え、え……?」
突然話し掛けられて、しかもこの国の言葉ではなかったものですから、タナカくんはついていけずに狼狽えてしまいます。
「I was aware that this was the standard language of this would, but was it wrong?」
「……あ、あの……?」
動揺を隠せないタナカくんに女性は小首を傾げて困った表情を見せました。
それから、
「Intellexistis hoc?」(ラテン語)
「Capisci questo?」(イタリア語)
「Comprenez-vous cela?」(フランス語)
「Ты понимаешь это?」(ロシア語)
「Το καταλαβαίνεις αυτό?」(ギリシャ語)
「Bunu anlıyor musun?」(トルコ語)
「¿Entiendes esto?」(スペイン語)
「Verstehst du das?」(ドイツ語)
「你明白吗?」(中国語)
いくつかのわからない言葉を経て、
「これならどうですか?」
やっとタナカくんがわかる言葉が彼女の口から出されました。違う言語に変えられては自分が困ってしまうと判断したタナカくんが四、五回勢いよく頷くと、女性はホッとした様子を見せます。
「そうですか。それではこの言語を使いましょう。――私の名前はリリムシェディムと申します。あなた方が言うところの悪魔、というものでしょうか?」
女性は名乗りました。リリムシェディム――この世界で悪魔として認識されている存在である、と。
タナカくんは驚きました。彼女があまりにも物腰が柔らかく、とても丁寧な話し方をしていたからです。悪魔とは、もっと狡猾で粗野なのではないか、というイメージをタナカくんは持っていました。一瞬、気を許してしまいそうになりましたが、タナカくんはなんとか気を引き締めます。この女性は悪魔と言っているのだから、それが彼女の思惑なのかもしれない、と警戒して。
黙って様子を窺うタナカくんに、リリムシェディムが告げてきます。
「ご存じかと思いますが、私は
「……だ、代償?」
タナカくんはリリムシェディムに聞き返しました。一度、保有していた紙を見ますが、そんなことはどこにも書かれていなかったのです。それなのに代償を払う必要があると言われて、タナカくんは無意識に身構えました。
「はい。私の力はこの世界においては超次元的なものでしょう? それを消すとなると、それを上回る力が必要になります。ですが、今の私にその力はありません。ですから、願いを叶えてほしいあなたから代償を受け取って、それを願いを消す力に変換する、ということですね」
リリムシェディムがタナカくんに説明します。その説明を受けてタナカくんは少し怯みました。
「……叶ったの、僕の願いじゃ、ない……」
そうです。タナカくんは、タナカくんの願いが叶ったわけではないのに代償だけ払わなければいけない状況に陥っていたのです。タナカくんの心にあったのは、そのことに対する不満でした。
「そうなのですか? ……ですが、『リア充爆発しろ』という願いをキャンセルしたいというのはあなたなのですよね? そうでしょう? で、あるならば、あなたから代償をいただく必要があります。それでも差し出せないということでしたら、仕方がありません。残念ですが、『リア充という方たちが爆発する世界』を受け容れていただくしかありません」
「――っ!」
タナカくんの言葉には、代償を免除、とまではいかないものの、その代償を自分一人で全て払うのではなくあの場にいた七人で均等に出し合うことにはできないか、という意思が言外に含まれていたのですが、タナカくんの希望は目の前の人外には届きません。リリムシェディムは「あなたが代償を払えないのなら、『リア充が爆発する世界』を受け容れろ」と言ってきたのです。
それはタナカくんには認められませんでした。代償を払うことを恐れてこの変わってしまった世界の法則を受け容れてしまったら、それに巻き込まれるのはタナカくんの大事な親友かもしれないからです。
悩んでいる暇はありません。今にも彼と彼の大事な人の命が散ってしまう可能性があるのです。タナカくんは意を決しました。
「……わ、わかった。……代償を払う。……だから、お願い。……『リア充爆発しろ』っていう願いをキャンセルさせて……!」
タナカくんはリリムシェディムの目を見てはっきりと宣言しました。大事な人の命を守ることを選択したのです。
「わかりました。それでは『リア充爆発しろ』という願いをキャンセルさせていただきます。――代償ですが、これから『あなたが最も望まないことがあなたの身に起こります』。大変つらいでしょうが、あなたが死ねば『リア充爆発しろ』という願いがキャンセルできなくなりますから十分に注意をなさってください」
リリムシェディムはタナカくんの額に右手のひらを添えながらそう言うと、魔法陣の中へとその姿を消していきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます