ナイト×エクソシスト

藤春千咲

プロローグ ︎︎夢見草の呪い

生贄の少女

 私が住む村──春媛はるひめ村は、昔から怪異が現れる呪われた土地だ。

 夜になれば、鬼が山から下りてきて、村人が襲われたり、井戸の中から女性の泣き声が永遠と聞こえてきたりなど、様々な怪奇現象が日常的に起こるのだ。

 この間なんて、ボケ老人が徘徊しているかと思ったら、幽霊でした、なんてこともあった。

 とにかく普通じゃない。私はこの村が大嫌いだ。



 ****



 真夜中の午前二時。私は大きなリュックを背負って、真っ暗な山道を歩いていた。

 手に持っている懐中電灯の明かりと、満月の光だけを頼りにして、必死に歩いていると、背後から誰かに声をかけられた。


「もし、春媛村の場所をご存知ですか?」


 いきなり話しかけられて、心臓が止まりかける。耳に入ってきたのは、艶かしい女性の声だ。振り返ると、着物姿の美しい女性が立っていた。


「えーっと、そのぅ……」


 すぐに悟った。怪奇現象ばかり起こる村で、十三年間生きてきたのだ。一目見れば、人間か怪異か、見分けるのは朝飯前だ。


 絶対この女性、人間じゃない! ︎︎そもそも、こんな真夜中に懐中電灯すら持たずに、山道を歩いているなんておかしい。

 青白い肌に赤い瞳を持つ、妖艶な美女だが、月の光に照らされて、伸びる影はどう見ても人間ではなかった。

 具体的に言うと、影の頭には角が生えているし、身体もムキムキなマッチョだ。どう見ても詐欺である。


「道に迷ってしまいまして……。よろしければ、村まで連れて行ってくれませんか?」


 たぶん、この女性の正体は鬼だ。しかも村に連れていく途中で、食われるパターンなのではないかと予想される。


「す、すみません……。私、急いでいるので……」


 懐中電灯を持つ手がガッタガタに震えている。早く逃げなければ。私はこんなところで死ぬわけにはいかない。


「あら、そう……。なら、この場で食ってしまおうかしら」


 そう言うと、妖艶な美女の身体が突然と膨れ上がり、次第に角の生えた、巨大な鬼の姿になっていく。グロテスクだし、どういう仕組みなの、それ……。


「久しぶりの人間の肉だ。まずはどこから引きちぎってやろうか……」


 艶かしい声から、野太い男性の声に変わっていた。──というか、ひ、引きちぎる!? ︎︎嘘でしょ!?


 あまりの恐怖に立っていられなくなり、腰が抜けてしまった。逃げなきゃいけないのに、身体が言うことを聞かない。


 まさか、鬼に襲われるだなんて。私はただ、こんな村から出ていって、普通の女の子になりたかっただけなのに──。


 鬼の太い腕と、鋭く尖った爪が、私の目の前に迫ってきて──なぜか、止まった。


「え……?」


 ドサッ、と音を立てて、鬼がその場に倒れた。しかも、首がない。ちらりと横目で見ると、鬼の頭部がころころ……と転がっているではないか。


「ぎゃー!? ︎︎もういやぁぁぁ!!」


「──これに懲りたら、家出なんてやめるように。分かったかい? ︎︎千鶴ちづる?」


 聞き慣れた声に顔を向けると、そこには一人の少年が立っていた。黒い髪に端正な顔立ちをした少年の手には、刀が握られている。鬼を首チョンパしたからであろう、刀には血が大量に付着していた。


「それもいやぁぁぁ!!」


「ほんっと、聞き分けのないやつだなぁ……」


 深いため息をつく、目の前の少年の名前は、雪輪一樹ゆきわいつき。私の二歳上の幼なじみだ。

 雪輪家は先祖代々から、春媛村を守るために怪異と戦う一族である。

 次期当主である一樹君も、当然ながら怪異と戦える。剣術や武術、さらには呪術も得意だとか。かっこよくて、強くて、ピンチの時には駆けつけてくれる一樹君だが、私は少し苦手である。



「助けてあげたんだから、お礼いいなよ。ていうかさぁ、また家出? ︎︎毎度毎度、千鶴のこと、とっ捕まえに行く身にもなってよ。僕だって暇じゃないんだよ、分かる?」


「……ごめんなさい……。それから、ありがとう……」


「誠意が感じられないな。ほら、もう一回言ってみなよ。全く、千鶴は──」


 ……ちょっとムカつく。しかも、お説教モードに入ってしまった。勝手に家を出て、鬼に襲われている身としては、何も言えないのだが。

 それでも、私は今日のように家出を繰り返すだろう。早くこんな村から逃げないといけない。そうしないと──……


 私の沈んだ顔を見たのか、一樹君は口を噤んだ。少しの間、沈黙が続いたあとにカチン、と刀を鞘へ収めた音が聞こえた。


「村に戻ろう。立てる?」


 一樹君がこちらに手を差し出した。……が、私はその手を取らなかった。


「今日こそ絶対に帰らない!」


「わがままだなぁ……」


「一樹君だって、私が村から逃げないといけない理由わかるでしょー!? ︎︎だって──」


 私はグッと拳を握った。


「だって、私──!」


「十五歳になったら、神様の生贄にされるからだろ? ︎︎いやー、この村では栄誉なことらしいよ? ︎︎よかったじゃないか」


 ──セリフを遮られた。ではなくて!


「よかったじゃないかーって、ふざけんな! ︎︎なーんで私が人身御供に選ばれるんじゃい! ︎︎今どきこんなことしているの、この村だけだよ!?」


 死にたくない! ︎︎と額を地面にガンガンとぶつけ始めた私を見て、一樹君は「それ、痛くない? ︎︎今死ぬよ?」と引いていた。


「はぁ……帰るよ。最近、怪異が増えているのは知ってるだろ? ︎︎また鬼に襲われても、助けないからな」


「うぐっ……。今日のところは諦めるしかないか……。それにしても、一樹君って、私がこっそり家出しても必ず見つけてくるよね。怖いんだけど」


「失礼な。それが僕の使命なんだよ。言ったことなかったっけ? ︎︎雪輪家の役割は、怪異を倒すことだけじゃない。人身御供に選ばれた少女の監視役でもあるって」


「……一樹君のこと、賄賂で買収できない?」


「賄賂?」


「私のおやつ全部あげるから、村から逃げるの手伝って!」


「僕はそこまで単純じゃない」


 さっさと行くよ、と一樹君は言うと、私を手首を掴んで歩き始めた。お互いに無言まま、長い山道を歩いていく。どれほど歩いただろうか。ようやく春媛村が目に入った。


 春媛村は小さな村だ。時代遅れだとか、ホラー映画の撮影場所とか、「えっ? ︎︎ここに人が住んでるの? ︎︎何もなくない?」という言葉がぴったりなところだ。


 そんな春媛村には、巨大な桜の木がある。一年中、桜の花が咲いている不思議な木で、村人からは『悠久桜』と呼ばれている。この『悠久桜』には、神様が宿っているのだとか。


 その神様は生贄を捧げることで、村を怪異から守ってくれる──というのが、大昔から伝わっている伝説だ。

 そして、人身御供は、朝日あさひ神社を管理する籠目かごめ家に生まれた少女から選ばれる。ゆえに籠目家の長女である私に、白羽の矢が立ってしまったのだ。



 満月の光を浴びる『悠久桜』は、今宵も残酷なまでに美しかった。『悠久桜』の根元まで行き、真上を見上げると、花びらがひらひらと舞い降りてくる。


「この大量の花びら、掃除するの大変なんだよなぁ……」


 村の大切な桜の木に悪態を着く私。いつもは、ここで一樹君がたしなめてくるのだが、今日は様子が違った。


「……こんな狂っている桜の木なんて、いっそ燃やした方がいいかもしれないな」


「怖っ!」


 なんてね、と一樹君は笑ったのだった。

 ……え、本気? ︎︎冗談? ︎︎どっちなの……?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る