第8話 月に魅入られる

 頭を振って廊下の向こうを見た。廊下の壁が吹き飛び、床に大きな凹みが出来ていた。辺り一面に手とか足とかが散らばっていた。


 爆弾!


 死体の山の中に爆弾!

 頭がガンガンした。耳にきーんとジェット戦闘機が近くで飛んでるような音がした。何も聞こえなかった。

 なるみちゃんを引っぱったときに洋平君が爆弾に気が付いて。

 それで、私を逃がして。


 向こうの廊下でうめいている人が何人かいた。

 洋平君はどこ? 洋平君はどこに行っちゃったの?

 窓ガラスが全部割れていた。

 じゃりじゃりと上履きの下でガラスの音が鳴る。


 洋平君、洋平君。


 手が近くに落ちていた。

 クレイモアの当たった穴が開いている手。


「洋平君の……手だ」


 洋平君。なるみちゃん。

 死んじゃったんだ。

 爆発跡の向こうで生徒が何人かムクリムクリと起きあがるのを見た。ところどころ燃え上がった炎の光で赤く、魔物のような姿に見えた。


「洋平めえええっ!!」


 高田君が絶叫した。立ち上がり、ドカドカと誰かの死骸に斧を撃ち込んだ。


 クジ派の生徒の向こう側に動く人影があった。


 背が高かった。中学生には見えない。

 ゆっくりと歩いてくる。

 迷彩の軍服を着て。白いホッケーマスクが宙に浮かんでるように見えた。

 手に、大きな大きなハンマーを持っていた。


 私は悲鳴を上げていた。

 高い高い金切り声を上げていた。

 クジ派の生徒の目がこちらに動いた。ぎょろりと私を睨んだ。

 私は悲鳴を上げながらそれを指さした。

 クジ派の生徒が振り返り、凍り付いた。


「ジョンソンだあああっ!!」


 私は走った。

 階段を駆け上がった。

 泣きながら走った。

 怖かった。怖かった。恐怖だけが心の中にあった。

 四階のあの教室に帰りたかった。

 どの教室だっけ、どのきょうしつだっけ。

 並河ちゃんの死骸を通り越した。

 もっと奥、もっと奥。

 マグライトを点灯して、戸口を照らす。


 ここだ、道がある!

 私は出入り口に飛び込み、戸をぴしゃりと閉めた。

 道を駆けて、教室の隅に、掃除用具入れの影に飛び込んだ。

 震えて居た、震えていた、ジョンソンだ、ジョンソンが出た。

 歯の根が合わなかった。熱病に掛かったように全身が震えた。


 たすけて、洋平君。

 たすけて、なるみちゃん。

 真っ暗な教室で迷子のように私は一人だった。


 四階の廊下にクジ派の生徒が逃げてきたのが聞こえた。

 悲鳴を上げて走ってくる。

 ドカンッと爆発音がして、叫び声が長く続いた。

 教室内に逃げ込もうとして地雷を踏んだみたいだ。

 私は掃除用具入れの隣で体を丸めてブルブル震えていた。

 コーンコーンというゆっくりした足音が聞こえる。

 五六人の生徒が私が隠れている教室の前に来た。

 コーンコーンという足音は止まらない。


「ジョンソンさまっ!」


 高田君の声がした。


「さ、三人、三人だけになったら、ここから出してくれるんですよねっ!」


 足音が止まった。

 おお、とほっとしたような声がした。


「吉村! 遠藤っ! やるぞっ!」


 高田君が大声を出した。


「え、え、約束が違うよっ! 高田……」

「く、クジは?」


 ギャアアアと猿が吠えるような声がした。

 ザクッ、ドカッ、ガキッと武器を振るう音が何回もして、その音のたびに恐ろしい悲鳴がとどろいた。


「ジョンソンさま! あ、あと一人です、あと一人殺せば、俺たち三人です」


 カツーンカツーンと足音が遠ざかっていった。


「探せ! 月寄鏡子を探して、ぶっ殺せっ!!」


 高田君が大声で吼えた。


 やっぱり洋平君が言った通りなんだ。あいつらはクジをやる気なんか無くて、ただ他の生徒を楽に殺すだけのためにあんな提案をしたんだ。

 自分たちが助かるためだけに、他の生徒をみんな犠牲にしたんだ。


「手分けして探そう、高ちゃん、月寄ひとりだったら、誰でも殺せるよ」

「よし、吉村お前は四階、遠藤は屋上、俺は三階を探す。窪みとか戸棚とか全部探すんだ、いいなっ!!」


 高田君達三人は廊下を走って去っていった。

 殺される、殺される、見つかったら、殺される。


 おちつくんだ、おちつくんだ。

 ここで死んだら、洋平君となるみちゃんに申し訳ない。天国で二人に怒られるよ。

 ドガガガンと遠くて猛烈な爆発音がした。


「ひゃあ、ハデに爆発するなあ」


 吉村君の声が聞こえた。

 教室の地雷を破裂させて、それから中に入って確かめてるの?

 ガーンと何かがぶつかる音がすると同時に爆発音がする。

 机を投げて地雷を破裂させてるんだ!


「どこに居るんだー、月寄ー、でてこーい」


 破裂音、だんだん近づいてくる。

 どうしようどうしよう。


 ふと、床に置かれたクレイモア地雷が目に止まった。もの凄い威力の癖に、四本足で踏ん張って立っているその姿はちょっと可愛い。クレイモアから出ている電線を目で追う。はじっこは洋平君が外したので道に出ている。ちょっと立ってはじっこにある仕掛けを見てみる。はじっこは何かのスイッチみたいになっていた。

 ここを押すと爆発するの?

 洋平君がクレイモアの角度を変えた意味が今分かった。

 敵は閉まってるドアからは来ないと彼は考えたのだろう。仕掛けがあるかもしれないからね。だから敵は開きっぱなしのドアから入ってくるだろう。クレイモアの前面は前のドアに向けてあった。

 私はスイッチを手に取った。

 吉村君の姿が見えたら、これを押すっ! ブルブルと震えが足下から喉に向かって走った。

 吉村君が隣の教室で地雷を爆破してるのが聞こえた。もうすぐもうすぐ。


「ちきしょー、どこに居るんだよお、月寄ー」


 吉村君がひたひたと歩く音が聞こえる。前の扉から見える廊下にチラチラとライトの光が横切る。

 もうすぐ、もうすぐ。


 がらっと後ろの扉が開いた。


 えっ?


 ライトを構えた吉村君がニヤニヤ笑いながらそこにいた。


「みつけたぞー、手間をかけさせやがって」


 私は茫然とした。


「な、なんで後ろのドアを平気で開けられるの?」

「え? なんで……」


 吉村君は首をかげた。


「あーー!! そうか、うっかりしてた!! あっぶねええ」


 ああ、なんて事なの。

 吉村君は馬鹿だから助かったんだ。

 目の前が真っ暗になった。


「まー、結果おーらいって事で」


 吉村君はゆっくりと道を渡り始めた。

 どうしよう、どうし……。

 私は震える手で対人地雷を拾った。

 吉村君の方にほおった。


「あ、あぶねえ、ばか、月寄」


 吉村君はあわてて対人地雷をナイフを持った手でキャッチした。

 もう一個投げた。


「やめ、やめっ」


 吉村君はライトを持った左手でキャッチしようとして失敗した。対人地雷が宙に浮いた。対人地雷をなんとかキャッチしようと吉村君は無理な体勢をとった。

 吉村君は対人地雷を左手で何とかキャッチした。だが、バランスを失って倒れた。


 吉村君は対人地雷の密集地帯に倒れた。

 カチカチカチッとピンが差し込まれる音が沢山した。吉村君は目をまん丸にしていた。


 複数の爆発がいっぺんに起こり吉村君は爆散した。


 轟々と煙が教室一杯に拡がった。

 吉村君だった肉塊が天井にべったり張り付き、ぽたぽたと床に血を滴らせた。

 私はがっくりと膝を付いた。


 吉村君を殺した。

 私が吉村君を殺した。

 たまらない気持ち悪さが襲ってきて、わたしは床にもどした。胃液しか出てこなかった。

 げほげほと咳をした。口の中がえぐい味でいっぱいだった。

 早く逃げないと。他の人が来る。

 私は道を通って教室を出た。


 近くで足音がした。


「おい、吉村、三階にはだれも……」


 私は高田君にライトを浴びせられた。


「居たぞーっ!! 月寄が居たぞっ!!」


 私は悲鳴を上げて逃げ出した。

 廊下を全力疾走した。

 高田君の足音が後ろで聞こえてきた。

 たすけてたすけて。

 殺される、殺される。

 私は階段を上った、屋上に逃げようっ!


「まて、こらっ!!」


 高田君が斧を持って追ってくる。

 踊り場を回った。

 そこで凍り付いた。

 遠藤君が上の階段で待ちかまえていた。


「ざんねんだったね。月寄」


 遠藤君が悲しげに言った。


「死ね、最後にお前を殺せば、俺たちは出られるんだ」

「ごめんな」


 ポケットを探った。折りたたみナイフを出そうとした。


「しねえええっ!!」


 高田君が斧を振りかぶった。

 踊り場の窓ごしに、満月が雲間から顔を現したのが見えた。

 こんな時にっ!


――わたしは月に魅入られた。――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る