第7話 洋平君の本当の気持ち

 洋平君は四階の真ん中あたりの教室に入った。モップで罠を外した教室だ。洋平君は入口にしゃがみ込むと慎重に鮭缶のような対人地雷を持ち上げ、外に出した。私はなるみちゃんから渡されたマグライトを持って光を当て続けた。

 五分ほどすると、一番前の席まで床に隙間が出来た。洋平君は隙間を通って机の上に乗った。


「ライトちょっと貸してくれ」


 洋平君はライトを手に取ると、ひょいひょいと机の上を飛んで渡っていった。


「やっぱりだ、奥の方には地雷がない。鏡子来いよ」

「え、あの、怖い」

「鏡子」


 洋平君の呆れたような声が悲しかった。

 私はビクビクしながら、床の隙間を抜けて、一番前の席の机の上に乗った。ぐらぐらして怖いー。洋平君がライトで足下を照らしてくれていた。私は机の上を歩いて渡った。机の下には対人地雷の丸い円が悪魔のおできみたいにボツボツと落ちていた。落っこちたら爆死だろうなと思った。怖かった。でも、クジ派に捕まる方が怖いので何とか渡っていった。

 洋平君の居る教室の隅には殆ど地雷は落ちて居なかった。


「ここでしばらく隠れよう」


 洋平君は掃除用具入れの横のすみに座り込んだ。私も近くに座った。洋平君がマグライトを消した。なるみちゃんを目で捜して、その瞬間、ああ居ないんだと解って涙が出た。

 洋平君が立ち上がって、机の上を渡って入口の方まで行き、地雷を弄っていた。


「あ、あぶないよ洋平君」

「……。ふう」


 洋平君は机の上に乗ると、後ろの方に向かった。なんかスピーカーみたいな物を確かめている。変な物の角度を変えた。そして私の所に戻って来た。


「これで大分時間が稼げるはずだ」

「明日の朝まで持つ?」

「……三十分ぐらいだ」

「……」

「もう少し生徒が減ればジョンソンが出てくる。ジョンソンが出てきたら奴を殺す」


 洋平君は押し殺すように言った。


「だ、だって、ジョンソンさまはお化けだよ、かなわないよう」

「ジョンソンはお化けじゃない。これまで奴が仕掛けた物は全部普通の兵器だ。魔法とか超能力を使った事はない。あいつはただの人間だ」


 遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「やめてーー、ゆるしてーー、いやあああ」


 蜷川さんの声だ。バリバリと音がして、蜷川さんは絶叫した。

 そして、止まった。

 まさかまさか、鉄条網に投げ入れたのっ!!


「やめろー、やめろー」


 本多君の声だ。

 いやあああ。いやだよう。

 洋平君がいつもなるみちゃんがやるように私を後ろから抱きしめて、耳を塞いでくれた。


「聞かなくていい」


 私は洋平君の胸の中で泣いた。男の子の匂いがした。


「なるみちゃん死んだかな」

「死んだだろう」

「どうして、私みたいな役に立たない子を助けて、なるみちゃんをたすけてくれなかったの?」

「なるみも俺もお前を守るのが好きなんだよ。鏡子を守るから自分でも信じられない力がでるんだ。自分を守るだけだったらこんなに頑張れないよ」


 私は何も出来ない自分が情けなくて、悔しくて、泣いた。

 洋平君が優しく私の後ろ頭を撫でてくれた。


 四階に人が上がってきた気配があった。足音がする。


「くそ、洋平はどこに行きやがったんだ」


 志村さんの声がした。


「おら、中をちゃんと見ろよっ!」

「じ、地雷がいっぱいありますよ」


 蒲田君の声がした。

 どかっと蹴られたような音がした。


「こ、この教室には居ないみたいです」


 一教室ずつ確かめているようだ。

 カツーンカツーンと足音がした。五人ぐらい?


「ここにもいませんー」


 どんどん近づいてくる。洋平君が私をしっかりと抱きしめて掃除用具入れの影に隠れた。

 私たちのいる教室の前に来た。

 壊れた扉越しにライトの明るい輪が廊下を動いていた。

 蒲田君が壊れた入口から顔を覗かせた。きょろきょろと室内を見まわす。

 蒲田君は戸の上の桟に手を掛けて戸の上にのぼり上がって教室内を見まわしていた。

 ライトが私たちの方に動いてきた。

 洋平君がぎゅっと私を抱きしめる。

 ライトが私たちを捉えて、私の目と蒲田君の目が合った。

 見つかった! 蒲田君がちょっと笑ったような気がした。


「この教室にも居ませんー」


 私は耳を疑った。蒲田君は廊下に飛び降りた。志村さんが蒲田君のお尻を何発も蹴るのを見た。

 蒲田君?

 蒲田君、蒲田君、私は涙が出てきた。


「ちきしょう、屋上かな、行くぞ」


 蒲田君が好きだった木内さんの手当を洋平君がしてくれたから、だから……。

 木内さんは蒲田君が好きじゃなくて、つれなくしてたのに、それでもつきまとっていて、みんなは蒲田君をストーカー予備軍だよとか言っていて。笑っていたのに。

 志村さんたちが行ってしまい、洋平君は大きな溜息をついた。


「ここはしばらく安全だ。蒲田のおかげだな」

「うん」


 洋平君はマグライトを点けると、対人地雷を移動させ始めた。


「洋平君、あ、危ないよ」

「平気だ、よく見ろ、この上のピンを触らなければ爆発しないんだ」


 洋平君は地雷にあかりを当てて見せてくれた。鮭缶のような缶の上に銀色の突起が付いていた。

 洋平君は慎重に慎重に対人地雷を動かして道を造っていた。後ろのロッカーの前に幅50センチほどの道が後ろのドアまで造られた。

 洋平君はドアに付いているクレイモア地雷の仕掛けを外してこちらに持ってきた。


「これで危なくなったら後ろを走って逃げられる、巣の完成だ」


 洋平君は私の方に帰ってきて、ごろんと横になった。


「おつかれさま」


 私はねぎらった。


 月が出ているみたいなので、私はカーテンを引いて、その影に隠れた。

 洋平君が不審そうな目で見てるような気がするが、真っ暗なので解らない。

 遠くで悲鳴と笑い声が聞こえるような気がした。

 怖い。怖い。

 洋平君が手を握って来た。私も握りかえした。

 不安感が少しゆるんだ。


「居たぞー」


 私はぎくっとした。

 遠くの方で逃がすなーとか殺せーとか言う声がして、バタバタと廊下を走る音が近づいてきた。

 並河ちゃんが駆け抜けるのが一瞬だけ扉の間から見えた。


「助けてー! 誰か助けてええええ!!」


 どたどたと志村さん達が廊下を走り去った。

 洋平君がぎゅっと痛いほど私の手を握りしめていた。


「助けてー、いやああ、離してー、離してええええ!!」

「並河ー、死に方を選ばしてやるよ、電流と地雷と毒とどれが良い」

「命だけは助けてー、嫌だああああ」


 洋平君が立ち上がった。


「よ、洋平君」

「すぐ戻る。見てられねえ」


 洋平君はマグライトで床を照らし、地雷を一個拾うと道を伝って廊下に出た。

 洋平君は走って廊下の奥に行ってしまった。

 私は恐る恐る出入り口まで出て、廊下の奥を覗いた。

 洋平君が志村さんたちめがけて地雷を投げつけた。ドカンと言う音とまぶしい炎が一人の生徒を吹き飛ばした。洋平君は近くの教室から地雷を拾うと次々に投げた。


「てめー、洋平、どこに隠れてたんだよっ!!」


 志村さんが憎々しげに叫んだ。

 洋平君は志村さんめがけて黙って地雷を投げつけた。

 ドカンドカンと大きな音を立てて地雷が破裂する。

 志村さんは地雷を避けて、階段に逃げた。

 廊下には並河ちゃんと死んだクジ派の生徒だけが残った。


「大丈夫か、並河、いっしょにこいよ」

「あああああ~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 並河さんは常軌を逸した悲鳴を上げた。


「帰る、帰る、お家にかえるうううっ! こんなのもういやあああっ!!」


 並河ちゃんは近くにあった引き戸を思い切り引いた。


「並河、やめっ……」


 クレイモア地雷が炸裂した。

 並河ちゃんだった肉塊は廊下の壁にたたき付けられた。


「洋平君っ!!」


 私は洋平君に駆け寄った。マグライトで照らす。血が出てる!!


「だ、大丈夫だ、二三発壁に反射したのが食い込んだだけだ」

「ほんとに大丈夫?」

「ああ」


 洋平君は顔をゆがめながら笑って立ち上がった。


「ちょっと下に行って偵察してくる」

「あ、あの」

「いっしょにくるか? 一人で待ってるのは怖いだろ」

「う、うん、ありがとう」


 洋平君と一緒なら、あんまり怖くないよ。


 洋平君とゆっくりと階段を降りた。真っ暗な階段。

 何かが焦げるようないやな匂いとジジジという微かな音。

 踊り場を超えて下に向かう。静かにゆっくりと、あいつらに気が付かれないように。

 私はマグライトを抱きしめていた。それがなるみちゃんの腕かのように。ライトを取ったのは幸運だった。なるみちゃんに感謝した。そしてまたすこし涙がでた。

 三階に降りた、奴らは居なかった。

 降りたところで回りを見たが、死体は無かった。鉄条網に五六人の死骸が引っかかって、嫌な匂いを発していた。この暗さでは誰なのか見分けはつかなかった。

 三階の廊下に出た。ずっと向こうの私たちのクラスから弱いあかりが漏れていた。

 廊下をちょっと行ったところに何かこんもりとした山のような物があった。近寄って悲鳴を上げそうになった。死骸の山だった。凄く変な匂いがした。

 死骸の山の上に蒲田君の恨めしそうな顔を見つけた。顔がぼこぼこに変形してた。首が変な方向に折れていた。


「蒲田君……」


 怖い前に悲しかった。


 なるみちゃんが居た。

 なるみちゃんの開いた目を洋平君が優しく閉じてあげた。

 顔に血が付いてるけど、眠るような安らかな表情だった。

 なるみちゃん、なるみちゃん。

 死体の山から、なるみちゃんを引っぱり出そうとした洋平君の動きが止まった。


「鏡子、わるい、なるみと二人だけにしてくれないか?」


 静かな声で洋平君が言った。

 やっぱり、洋平君はなるみちゃんと……。

 胸が疼いて私は後ずさりした。


「もっと離れろ、もっと」


 洋平君となるみちゃんと十メートルぐらい離れた。


「もっと離れろ! その角に隠れるんだっ!」

「よ、洋平君、奴らが来るよ……」


 私たちの教室の戸がバンと開いた。ライトの光がゆるゆると廊下をはい回る。


「鏡子、ジョンソンがこっちの校舎に来てる」

「え?」


 居たぞー、洋平だーと声がした。

 洋平君、に、逃げないと。

 教室から沢山生徒が走ってきた。


「洋平だー、洋平だーっ!」


 志村さんが駆けてくるのが見えた。


「よ、洋平君、逃げよう」


 洋平君は首を振った。なるみちゃんが死んだから、もう、良いの?

 沢山のクジ派の生徒が手に手に武器を持って、洋平君の近くに来ていた。


「洋平、お前も年貢の納め時だ」


 志村さんが鉈を洋平君に向かって振り上げた。

 あぶないっ!


「鏡子、俺、お前のこと、好きだったんだよ」


 え?


 洋平君はぐいっとなるみちゃんの遺骸を引っぱった。


 その瞬間もの凄い光と風で私は後ろの吹き飛ばされた。

 頭と背中と膝に廊下がゴツゴツと当たり、グルグル天地が回った。

 気が付くと廊下の端まで飛ばされていた。

 な、何が起こったの、え? 洋平君は?

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