第3話 始まる

 祥雲中学は丘の上に立ってる。

 古墳の上にたてちゃったそうで、学校の資料室には土偶とか曲玉とかそんな物が一杯飾ってある。

 学校に続く坂道でなるみちゃんが待っていた。


「鏡子おそいよ」

「ごめーん、なるみちゃん」


 なるみちゃんと一緒に学校へ向かう。


 坂の途中で私は立ちすくんでしまった。

 校舎がなんだかいつもとちがう。

 監獄のような、そんな雰囲気がする。

 あそこに行っちゃいけない。みんな死んじゃう。


 頭の上を米軍のジェット戦闘機が轟音を立てて飛び去った。

 ドロドロと遠雷のような音を校舎が不気味に反響していた。

 戦場へ行く兵隊を閉じこめる兵舎? なにを考えてるんだろう、私。


「F18ホーネット戦闘爆撃機、かっこいいねー」


 いつのまにか洋平君がうしろにいて、戦闘機を目で追っていた。


「あ、洋平君おはよう」

「洋平も飛行機好きね」

「ホーネットだぜ、空母で運用できて、戦闘機にも爆撃機にもなる逸品だ。乗ってみたいなあ」

「自衛隊にでも入レ」

「自衛隊だとF35なんだよ、35は鈍重そうで俺はホーネットの方が好きだな」

「ジェット戦闘機はどれもうるさくて駄目。おばさんの家なんか航空基地に近いから貨物機の離発着がうるさくてさあ」


 ジェット戦闘機は海沿いの大きな滑走路を持つ航空基地から毎日のように飛んでくる。私たちの住む街は米軍基地が沢山あるんだ。

 私はジェット戦闘機は怖くて駄目だ。戦闘機はなんだか異世界の化け物のようにも見える。戦争は怖いです。


 学校の中に入った。

 あまり人の居ない日曜日の校舎はひんやりしている。

 私たちのクラスは三階。静かな廊下をひたりひたりと三人で歩いた。

 なんとなく妙な雰囲気がする。

 だれかがどこかで待ち伏せしているような。

 何かが牙をといでいるような。

 何かが心の表皮すれすれをかすって行くような、そんな違和感。


 階段を上る。

 後ろではなるみちゃんと洋平君が普通におしゃべりしている。

 違和感を感じているのは私だけなのかな?


 クラスに入り自分の席に着いた。

 登校してるクラスメートは半分ぐらい。そのうちの七つの席はもう二度と埋まることはない。

 二年三組は42人の生徒が居た。そのうちの七人が死んだ。

 七人の不在がすごく怖い。


 一時二十分になった。先生の電話では一時半から警察の人に事情を聞かれる事になっていた。

 生徒はだいたい集まった。

 最後に竹田さんがクラスに入ってきて、35人全員が集まった。


 先生がなかなか来ない。一時三十五分。

 クラス内がざわざわする。

 遠くからガチャーンとガラスが割れる音がした。

 なんだろう。

 窓際の蜷川さんが下をのぞき込んで、なんだろうなんだろう、あれって言っていた。

 私も恐る恐る窓から下を見た。

 人形の首? のようなものが……、体育館と校舎の間に落ちていた。

 赤い。血のような物が拡がっていた。


「首? ねえ、首じゃない?」


 洋平君や高田君たち、男の子数人が廊下に飛び出した。

 バタバタと足音がする。

 私はなるみちゃんのそばに寄って、腕を掴んだ。

 怖いよ。怖いよ。怖いよ。


「大丈夫、鏡子、だいじょ……」


 廊下から絶叫が聞こえた。人の声とは思えないような、つんざくような酷い悲鳴。

 私は目をつぶってぎゅっと成美ちゃんの腕を抱え込む。

 背中から震えがのぼってきた。

 洋平君が顔を真っ青にして帰ってきた。


「な、何があったの洋平」

「隣の教室で先生が死んでる。バラバラだ」


 ひいいっ。私は成美ちゃんの腕にしがみついた。

 先生、あの優しい平川先生がバラバラに。


「い、いたい、鏡子」

「先生の首を下に投げ捨てた奴が、この校舎の中に、い、居る」


 怖い怖い怖い。

 人殺しが、同じ建物の中に居るのっ?


「と、隣はどうなってるのよ?」

「先生の死体があって、あと教室中に刃物とかの武器が一杯床にあってさ。で……」


 武器? なんで?


「黒板に血でこんな数式が書いてあった」


 洋平君は机に鉛筆で数式を書いた。

 35-32=3 3=門


「どういう事?」

「わからないよ、とにかく逃げよう。ここから出るんだ」

「鏡子、しっかりして」


 怖いよ怖いよ。


「大丈夫だ、月寄は、俺となるみで絶対守るから」


 私は洋平君を見た。なるみちゃんを見た。

 怖かったけど、うなずいた。

 二人に支えられるようにして廊下に出た。

 隣のクラスに生徒が入って、悲鳴を上げていた。


 あの教室に死体が……。


 足下が崩れ落ちそうな気がした。

 階段で生徒が十人ぐらい立っていた。


「どうしたんだ、何で降りない?」


 洋平君が聞くと佐山君が黙って階段を指さした。

 さっきまで何も無かったのに、下に降りる階段の所にびっしりと鉄条網がのたうっていた。


「なんだこれ」

「来たときは無かったんだけどな」

「降りれないの、降りれないの?」


 私は涙が出てきた。


「何とか端に寄せて道を……」


 佐山君が鉄線に触った途端、青い火花が散り、バリバリバリと鋭い音がした。

 佐山君はそのまま下の階に向かって、鉄条網を絡ませながら落ち、途中で止まった。

 バリバリバリバリバリバリと音と火花が散り、佐山君はガクンガクンと体を滅茶苦茶にくねらせた。

 目が裏返り、口から泡をふいて、佐山君は動かなくなった。


 私は叫んだ、喉がビリビリした。

 私の声は校舎中に反響して、ウワンウワンと鳴った。


「電気だ。鉄条網に高圧電流が流れてるんだ」


 なるみちゃんが私を後ろから抱きしめて、目を塞いでくれた。


「電流、止められないの?」

「下の階の廊下の奥にバッテリーが……。いや、発電機だ、音がする。くそっ!」


 洋平君が下の階をのぞき込んでいるようだった。

 バタバタという慌てた足音が聞こえた。


「こ、こっちもかっ!」


 畑中君の声だ。こっちも?


「向こうの階段も駄目かっ!!」

「ああ、あっちで園田と山下がやられた」

「こっちは佐山が……」

「さ、佐山ああ」


 畑中君と佐山君は親友だった。畑中君の泣き声が聞こえた。


「なんとかして、外に出て警察をよばないと」

「スマホ、スマホもってる人いない?」


 なるみちゃんが言った。なるみちゃんの体と私の背中が密着していたので声がビリビリ伝わった。


「あ、アンテナが一本も立ってない! そっちはドコモはどうだ」

「ドコモも立ってないよ、何でよ、何でよお」


 竹田さんが鳴き声を上げた。

 佐山君から髪の毛を焼いたような嫌な匂いが立ち上ってきた。私たちは廊下に戻った。

 私は気持ち悪くて吐きそうになった。


 廊下の窓から見下ろす街の中に何本か黒い煙がたなびいていた。なんだろう。救急車の音、消防車の音が微かに聞こえてきた。


「なんだろう、街でも何か起こってるな」


 私たちは廊下を歩いて校舎の真ん中にある渡り廊下へ向かった。

 渡り廊下は西校舎側でシャッターが閉められていた。


「シャッターは開かないの?」

「左の出入り口が開くんだけどね」


 シャッターの前にいた蜷川さんがそう言った。


「渡り廊下の真ん中に何か、変な物が仕掛けてあるの」


 洋平君は出入り口を開けて向こうをのぞき込んでいた。

 私は洋平君の肩越しに奥を見てみた。となりでなるみちゃんも同じように見ていた。

 三階の渡り廊下はコンクリートで出来た橋の上に透明なグラスファイバーで屋根を付けてある。ここを通る時はいつも幻想的な雰囲気になって、素敵な廊下だなあと思っていたんだ。

 渡り廊下の真ん中にはビニールで包んだ三十センチぐらいの箱が幾つも壁や床、天井にくっつけてあって、電線がそれぞれをつないでいた。


「爆弾かなあ」


 蜷川さんが不安そうに言った。


「分かんないな」


 洋平君がそう言った。


「どうしようどうしよう、出れないよ、帰れないよ」


 私はまた、鼻の奥がきな臭くなって、泣きそうになった。


「閉じこめられたわね」


 なるみちゃんが洋平君にそう言った。


「なんか逃げる手はないか、一人でも外に出れば……」

「ねえ、先生を殺した殺人犯はどこにいるの? 四階?」


 私は殺人犯の事を思いだしてぞーっとした。今も、どこか近くに居るんだ。


「まずい、武装しよう」


 私たちは先生の死んでる教室に入ろうとした。

 だけど、私は怖くて入れない。死んだ人の居る部屋に入りたくない。

 手を引っぱるなるみちゃんに、病院に行きたくない犬のようにドアの前で抵抗した。


「いいかげんにしなさいっ! 鏡子」

「で、でも、こわい」


 竹田さんに無理矢理押されて教室内に入った。うわーやだよう。

 隣のクラスは机を全部後ろに下げられていた。黒板の前にべっとり真っ赤な血が飛び散っていて教壇からトロトロと流れ落ちていた。

 先生の死骸にはカーテンが掛けられていて、白くて薄いカーテンの地に肌色と真っ赤がうつって、すごく忌まわしい。

 私は血の気が全部下に落ちてしまい、卒倒しかけた。


「そっちをみないの。こわがりなのに」


 机を下げて作られた場所に何百本とも知れない抜き身の刃物が散らばっていた。


 出刃包丁。登山ナイフ。ハサミ。折りたたみナイフ。カミソリ。金槌。鉈。サバイバルナイフ。斧。短刀。犬釘。刺身包丁。バール。切り出し。カッター。鎌。ノコギリ。ノミ。何に使うか解らないような刃物も一杯あった。


 黒、銀、茶、黒、シロ、銀。

 モノクロームに光り輝く凶器の群れだ。


 洋平君はためらいも無くサバイバルナイフを取った。灰色で背中にギザギザが付いていた。


「鞘が無いのが困るな」


 なるみちゃんは妙に長いマグライトを取った。そ、それって棍棒の代わりになるもの?


「鏡子も何か持ちなさい」


 なるみちゃんに命令された。

 どれも怖いよお。

 私は折りたたみナイフを選んだ。たたみ方が解らなかったので洋平君にたたんでもらった。


 クラスの子たちがやって来て、凶器を選んでいく。

 なんとなくみんな後ろめたそうなのは、どうしてなんだろう。

 私は黒板を見つめた。

 35-32=3 3=門


「クラス35人から32人を引いて、三人。残った三人だけを外に出す……」


 竹田さんがうつろな目でぼそぼそ呟いた。


「竹田っ!!」


 洋平君が怒鳴った。


「だ、だって、他に考えようが無いじゃないのっ!!」

「やめてー、やめてー」


 私は怖くてぶるぶる震えた。


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