許嫁が気に入らないので戦争を引き起こすお姫様

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第1話

私の目の前に座るこの愚鈍そうな男とこの先、生きていかなければならないと思うと、私の前途が輝いているとはどうしても思えなかった。

 その男は目の前に並べられたごちそうに輝いた目を向け、手を伸ばし楽しむように口に運んだ。煌びやかな料理と笑顔は輝いていたが、その男自体は決して輝いてはいなかった。

 この男が私の許嫁である隣国の王子である。私がこの男と結婚することは、私が生まれる前から決まっていたことだ。私の生まれた国はこの男の国の属国だ。お互いの子息を結びつけることで、関係の強化をはかる狙いがあったのだろう。政略結婚というやつだ。

 別に、政略結婚で勝手に結婚相手を決められることを嘆いているわけではない。勝手に決められた相手が魅力的な男なら、そんなに喜ばしいことはないのだから。ただ私の前に座るこの男は、ぶくぶくと太り、何の苦労もしていない無邪気な笑顔を浮かべているだけのくだらない男だ。要するにこの男と結婚するのが嫌なのだ。

 素敵な男と一緒になりたいという願望を持ったことは特になかった。この人いいなと思うような淡い恋心を抱いたこともあったかもしれないが、ほんのつかのまのことだったのだろう。特に心に残っていることでもない。私の生活は刺激のない退屈なものだった。

 ただ私の生活は、はたから見れば素晴らしいもののようだ。自分の国や他国の城下町に足を運べば、皆羨望の眼差しで私を見てくる。苦労して働くこともなければ、食べることに困ることも無い。いつも綺麗に着飾って贅沢をしている。正直私も恵まれているとも思っている。庶民のようにみすぼらしい生活などしたくはなかった。王の娘に生まれてよかったとも思っていた。

 おそらく結婚相手に文句を言うなど、贅沢すぎる不満なのだろう。そんなことなど自分が一番わかっている。ただどういうわけか楽しくない。おいしい食事も安寧とした暮らしも長く続ければすぐあきる。私の回りには同じような暮らしをする人間が何人もいるわけだが、なぜ平気な顔をして笑っていられるのかが不思議だった。

 私はこのままではおそらく、刺激のない平凡な人生を生き死んでいくのだろう。そう思うといたたまれない気持ちになり、顔をしかめた。

 「どうしたのエイミー。浮かない顔して、なにかあったの?」

 目の前の男は心配そうな顔を私にむけた。

「いいえ、なんでもありませんわ。ただ少し食べ過ぎてしまったみたい。しばらく外の風にあたってきます」

「エイミーは本当に食いしん坊だな」

 そういうと男は笑った。

 私は、軽く笑みを浮かべると城のバルコニーに出た。バルコニーから見た景色は壮大な城下町が広がり、小さく見える民が活気よく働いている姿が見える。晴れ渡った真っ青な空には、雲と同じ色をした鳥が気持ち良さそうに羽ばたいていた。私は先ほどとは違い、心のそこからわき上がる笑みを浮かべた。

 今はこの平和な世界を愛するべきなのだろう。私には果たすべき役割があり、民衆もそれぞれ自分の果たすべき役割をこなしている。その中で皆それぞれの幸せを噛み締めて生きている。それはこの平和があってこそのものではないか。

 それは、十分理解している。理解しているのだが。

 私は城下町の外に広がる草原の奥に目をやった。そこには険しく暗い山々がそびえたっていた。あの山の向こうには、かつてこの国の人々と血みどろの戦いを繰り広げた魔族の国がある。

 今や人々はその存在を忘れ、恐ろしい魔族の存在はこの国の子供達にとってはただのおとぎ話にすぎない。戦いが終わったのは今から30年ほど前、この国の英雄である現国王が、激しい戦いの末、魔族と休戦協定を結んだのだ。

 それ以来この国の平和は続いており、私も何不自由なく平穏な日々をすごしている。そして英雄の息子であるあの男も、戦うこと無く平穏に暮らしているのである。あの男も戦いが今も続いていたとしたら、父親と同じように戦って英雄になれたのだろうか、少なくとも今のような姿ではなかっただろう。ただ安穏と暮らすだけのぼんくらでは決してなかったはずだ。

 もしあの男が戦い、英雄と呼ばれるようなことがあれば、私はあの男を愛することができるのであろうか。そんなことを考えながら、山上に立ちこめる不穏な雲を見ていた。

 しばらくすると、私の後ろに人の気配を感じた。

 「エイミー、気分はどうだい」

 そういうと男は、にやけた顔を私の顔に近づけなれなれしく肩を抱いた。

 「ええ、大分よくなりましたわ」

 そういうと私は、男の手を何気なく振りほどくと、舌打ちを我慢し部屋に戻った。

 「エイミー、まだ顔色が少しすぐれないようだね」

 男は薄ら笑いを浮かべて部屋に入ってきた。背後に見える夕日が男の顔に影をつくり、なおさら薄気味悪く見えた。

 「そうですか。それでは寝室で休ませていただきますわ」

 私は無理矢理笑みを浮かべると客室の寝室へと向かった。明日には自分の国に帰れると思うと、少し気が楽になった。寝室に入り、召使いに着替えさせてもらうとベッドに倒れ込んだ。

 あの男のことは昔から知っているが、嫌悪感は年々増していっている。このままだと10年後にはどうなっているのだろうか。そう考えると私はぞっとした。いっそ何もかも投げ捨てて逃げ出すか。しかし、私にはこの暮らしのこと以外は何もしらないので、逃げた先の人生を想像することすらできなかった。私はこの運命を受け入れるしかないのだろうか。しかし、このままでは私の気分は年々悪くなっていくばかりだ。そんな人生に生きる意味などはたしてあるのだろうか。いや、そんな人生に生きる意味などない。それならば、なんとかしてこの状況を打破しなければならない。その為には私はあの男を心のそこから愛するしか無い。あの男にも愛するべきところはあるはずだ。そう考えようとしたが、気分が悪くなるだけだった。

 ではどうする。あの男を変えるしかない。私が愛するに値する男になってもらうしかないではないか。

 私は山の向こうの魔族のことを思い出した。

 もしあの魔族との戦争が起こったら、あの男は戦うことになる。立場的に戦うしか無いのだから。そうなれば、あの男も英雄になれる可能性がある。戦争がおこらなければ英雄になれる可能性はゼロだ。そして私があの男を愛する可能性もゼロだ。

 私は思案し、目を閉じ天を見上げた。そして強く拳を握った。

 戦争をするしかない。


 自分の城に戻り数日がたった。

 私は戦争を起こす為に何をしなければならないのか考えた。まず、この平和の原因だ。それは明確で休戦協定が結ばれたからだ。では何故、休戦協定を結んだ。お互い戦争をすることが嫌になったからだ。何故嫌になった。それはお互いに犠牲を出す以上に得られる利益が少ないと感じたからだろう。戦争をすれば犠牲が出ることは分かっている。殺し合いをして、お互いに犠牲がでないことなどありえない。では犠牲を出してまで欲しかったものはなんなのか。そもそも戦争をしかけたのはどちらなのか。

 まずはそのあたりの事情を調べないといけない。私は自分の教師に聞くことにした。


 「先生。何故人間と魔族は戦争を始めたのですか?」

 私は授業の合間をぬって先生に尋ねた。

 「エイミーどうしたんだい。そんな簡単なこと今まで何度も教えてきたじゃないか」

 先生はそう答えたが私の記憶にはなかった。

 「申し訳ございません。もっと詳しく知りたくなったのです」

 「詳しくも何も理由は一つしか無いよ」

 「その理由とはなんですか」

 「それは、魔族が邪悪な存在だからだよ。だから倒すしかなかったんだ」

 「邪悪な存在は倒さなければならない。そして英雄である隣国の王が魔族と戦ったのだ」

 「では何故今は休戦しているのですか?倒さなければならないのなら、休戦している場合ではないのでは?」

 「そ、それはいろいろと事情があるのだ」

 「事情とは?」

 「エイミー、今日はいつものエイミーじゃないね。いつもは先生の授業を良い子に聞いているじゃないか。何かあったのかい」

 「いえ、少し気になりまして」

 「そうか、あまり考えすぎないように。今日はここまでにしよう」

 そういうと中年の男はそそくさと部屋を出て行った。

 そういえば、質問をしたのは初めてだ。今までは、何も考えずになんとなく話を聞いていただけだった。どうやら質問をすることは気に食わなかったようだ。黙って話を聞いていることが良い子のようなので、これからあの男に質問をすることはやめておこう。

 違う人間に聞く必要が出てきたが、いったい誰に聞けばよいのか。その後城の人間に同じ質問をしたが、誰に聞いても答えは同じようなものだった。私は途方に暮れ窓から城下を見下ろした。


 召使いのアリーを私は部屋に呼んだ。アリーは長い間私に仕えている女で、私が気を許す数少ない人間だ。アリーは明るくいつも笑顔を絶やさない。それでいて少し気の抜けたところがある女だ。しかし、何気に話す内容が物事の本質を鋭くついていたりと、侮れないところもある。私は年の近い姉妹のような感情をアリーに持っていた。

 「エイミー様どうされたのですか?」

 アリーはいつもの愛嬌溢れる笑顔で私に尋ねた。

 「アリー、なんとか城下町に身分を隠して忍び込みたいの?なんかいい方法ないかしら」

 私は唐突にアリーに尋ねた。

 「いったいどうされたのですか。何かあったのですか?」

 アリーは驚き、少し身を乗り出して聞いた。

「詳しいわけは話せないけど、頼れるのはアリーしかいないの」

 私は少し目に涙を浮かべ、懇願するようにアリーを見つめた。そうするとアリーはしばらく私の目を見て黙った。そして、何かを決意したような表情を浮かべ口を開いた。

 「私に任せてください」


 数日後、アリーは私の部屋にくるなり話しだした。

 「可能ですよ!これはいけます!」

 アリーはとても嬉しそうな顔でそう言った。

 「エイミー様が自由になるのは深夜です。夜の10時から朝の6時まで、この時間はエイミー様は寝ていることになっています。その時間に衛兵の目をかいくぐり、エイミー様が外に出ることができます。私の2回にある寝室からロープを伝って下に降りれば、衛兵の目につくこと無く城下町まで出られるルートがありました。そして、深夜に私の部屋に来ることは難しいことではありません」

 「今夜にでもいけるの?」

 「はい、ロープの設置の準備も大丈夫です」

 私は少し笑みをうかべ、やはりアリーは有能だと思った。今後も私の目的の為にはアリーの力をかりなければならないだろう。それにしても、なぜアリーはここまで自分の為にいろいろと考えてくれたのだろう。そのことは分からなかったので考えないことにした。


 その日の夜皆が寝静まった頃私の部屋のドアが静かに開いた。物陰が私が横になるベッドに近づいてきた。

 「エイミー様。そろそろお時間です」

 アリーが耳元でそう小さくささやいた。

 私はアリーが用意した、町の娘の格好にそそくさと着替え、アリーと廊下に出た。廊下は薄暗く右側の角を曲がったところにあるロウソクからかすかに光がもれているだけだった。アリーは私の手を引くと薄暗い廊下をわずかな光を頼りに足早に歩いた。私は少し怖かったが、そのことに何か気恥ずかしくなり、アリーの部屋につくまで下を向いていた。アリーの部屋は相部屋で他に3人の女がいるはずだが、皆寝静まっているようだった。アリーは窓を開けると私を手招きした。

 「さあエイミー様このロープをつたって木に移り下まで降りてください。

 「わ、わかったわ」

 下をみたが薄暗くほとんど何も見えない。しかし、ここで怖じ気づくわけにはいかない。私はロープを力強く握ると身を乗り出した。そして窓のフチに立ち、片方の足を木の枝に乗せようと伸ばした。ロープを握る手に力が入る。木の枝に体重をうつしたとき、木の葉が揺れ少し音がたった。木に移動した私はそのまま木の枝を伝い下まで降りた。全身からは汗吹き出して呼吸も荒れていた。ふと上を見上げると、アリーは一瞬で木を伝い下まで降りてきた。私が苦労したのがばからしくなるほどの早さだった。

 「アリーなぜあなたまで降りてきたの?」

 私は息をなんとかととのえてたずねた。

 「こんな、楽しそうなこと私もご一緒するに決まっているじゃないですか」

 アリーは小声でそう答えた。月に照らされた笑顔が眩しく光った。

 「しょうがないわね」

 私は愛想無くそう答えたが、内心では心強く感じていた。


 城の庭をしばらく歩き外に出た。町に出るにはもうしばらく歩かないといけない。私が何故こんなことをしているのかアリーは気にならないのだろうかと思い、ふとアリーのほうをみたが、その顔は無邪気な笑顔を浮かべているだけだった。

 街に出ると家々には光が灯り、賑やかな声が聞こえてくる。町を歩く人間も多く、城の中とは大違いだ。私は夜の城下がこんなに賑わっているとは今まで知らなかった。たった少し離れている場所の姿すら私は知らなかったのだ。

 「人々はこんなに賑やかに、いったい何をしているのかしら」

 私はアリーに尋ねた。

 「それは、お酒を飲んで語らったり、日々の仕事の疲れを労っているのではないでしょうか」

 「お酒を飲んで、語らっていたら、逆に疲れてしまうのではないですか?私はお酒を飲んだり、だれかと話をするととても疲れてしまうわ」

 「とにかく、気を紛らわせたいのだと思います。日々皆生きる為に必死に働いているのですから。お酒でも飲まないとやってられないのでしょう」

 「ふーん。そんなものなのね」

 私はそう言ったが、意味があまりわからなかった。ただここで、アリーと議論をしてもなんの意味もない。

 「ねえアリー、民衆が集まるような場所はどこにあるのかしら?」

 「それなら酒場はいかがでしょうか」

 「酒場?」

 「皆が集まりお酒を飲むところです」

 「わかったわアリー。ではそこへ連れて行ってくれる」

 アリーは回りを見渡しながらしばらく歩き、ここに入ってみましょうというと、店内から賑やかな話し声が聞こえる店へと入っていった。

 私はアリーにうながされてテーブルに座った。そしてしばらくすると料理とお酒を運んできた。

 「やっぱり、酒場に来て飲んでいないのも不自然ですから」

 そういったアリーの顔はどこか嬉しそうだった。

 「ねえアリー、お金は持っているの」 

 「ええ、私もちゃんとお給金をいただいておりますから」

 アリーは誇らしげにそう答えた。私は町ではお金というものが必要になるということはしっていたので、数日前に父親に口実をもうけてお金を準備してもらっていた。

 「アリー、これを使いなさい」私はそういうとアリーの鞄にお金を入れた。

 アリーは驚いた顔を見せた。

 「エイミー様、こんな大金を持ち歩くなんて物騒ですよ」

 アリーは小声でそういうと困った顔を見せた。

 「なら、ちゃんともってなさい」

 アリーは眉間に皺を浮かべて、鞄をもつ手に力をいれた。

 しばらくアリーとお酒を飲んでいた。回りを見渡せば、皆楽しそうにしている。何を話しているのかはわからないが、皆本当に楽しそうだ。少なくとも私よりかは。

私は、横に座る初老の男に話しかけた。

 「よく、ここに来るのですか」

 「ああそうだよ。ここで酒を飲むのだけが楽しみさ」

そういうと男はグラスを私のほうに傾け、私もグラスを差し出した。どうやら悪い男ではなさそうだが、私にはその判断は難しいだろう。

 「ところでおじさま」

 私はそういうと初老の男は少し驚いた顔を見せた。

 「おじさまときたか、あんた達、もしかしていいところのお嬢様か。それだったらこんなところで酒なんか飲んでちゃだめだよ。早く帰んな」

 「ええ、わかりました。ただ話が聞きたくて、よろしければ話を聞かせてもらえませんか?」

 「いったいなんの話だい」

 「戦争と魔族の話です」

 私が小声でそういうと、男は少し驚いた顔を見せていった。

 「それはまた物騒な話だな」

 男は笑って酒を口に運んだ。私は目をそらさずに男の目を見続けた。男は真顔になり、私の目をしばらく見ると口を開いた。

 「何か事情があるようだな」

 私は黙って男の目を見た。

 「ここじゃなんだ近くに俺の家がある。心配しなくてもとってくいやしないよ。ばあさんと暮らしてる」

 男はそういうと店を出ようとした。私とアリーは少し戸惑いながらも男についていった。

しばらく歩くと男は小さな家に入っていった。そして、椅子に腰掛けるように私達をうながし、飲み物を出してくれた。

 「それで何故戦争のことが知りたいんだい」

 男は少し息をつくと尋ねてきた。

 「何故戦争が起こったのかが知りたいんです。誰に聞いても魔族が邪悪だからとしか答えてくれないのです。それが原因なら何故今は平和なのですか」

 「わしはな。30年前に魔族との戦争に参加しているんだよ」

 「え、それは本当ですか」

 「嘘なんかついておらん。本当に悲惨な戦争だった。今でも思い出すだけで吐き気がする」

 そういった男は、下を向き震えていた。

 「お嬢ちゃん。魔族は見たことあるか」

 「いえ、本に書かれている絵しか見たことないです」

 「それをみてどう思った」

 「本当にこんなものがいるのかと思いました」

 「本当にいるんだよ。そしてわしらはその恐ろしい魔族と殺し合いをさせられるはめになった」

 男は少し語気を強めた。

「わしらは戦争をしたのではない。させられたのだ。あのとき、わしと共に戦ったものたちの中に、魔族を殺したくて殺しているものなど一人もいなかった。だれも戦争などしたくはなかった。そう思いながら何人も死んでいった。ただこの恐ろしい魔族に愛するものが殺されるのはさらに耐えられないことだった」

 「すると魔族はこの町と城を襲ってきたのですか?」

 「いやわしらは山を超え隣国の軍とともに攻め入ったのだ」

 「なぜ?」

 「それは、わしらが攻めないと確実に攻めてこられる状況だったからだ。当時の状況はたしかにそうだった。やつらは普段は木の実を食っているらしいが、その年は悪天候で向こうで食料が不足したらしい。それで、やつらは人間を食うことにしたらしい。実際に何人も食われたようだ」

 「それは戦争になってもしょうがないですわね」 

 「しょうがないだと」

 男はすこしむっとして、身を乗り出した。まだ少し酒が残っているようだ。アリーはじっと深刻そうな顔で男を見ていた。

 「いえ、そういう意味じゃありません。ただそういう理由があるのに、何故皆戦争が起こった理由を話したりしないのか気になっただけです」

 「それは魔族が邪悪な存在だからだろう。触らぬ神にたたり無しだ。話をするのも嫌なんだろう」

 「おじさまは、何故話をしてくれたのですか」

 「カールでいいよ、お嬢ちゃん」

 「私はエイミー、この子はアリーよ」

 「昔のこととはいえ、嫌な思いをさせられたんだ。誰かに怒りをぶつけたかったのかもしれん」

 カールは少し落ち着いてそういった。

 「戦争の話が聞きたければもってこいの男がいるぞ。わしがいた隊の司令官で、わしのことをよく目にかけてくれた恩人じゃ。今は隠居しているが、戦争の話なら喜んでするじゃろう」

 「それは何故ですか?」

 「さっき魔族を殺したくて殺している人間などいないと言ったが、この男だけは別かもしれん」

 カールは少し苦笑いを浮かべて席をたった。

 「今日はもう遅いから帰りなさい。明日の夜またこの家を尋ねなさい」

 「わかりました。今日はありがとうございました」

 アリーも黙って頭を下げた。


 なんだか不思議な夜だった。ほぼ無計画で町に繰り出したが、思わぬ収穫があった。そして、明日には新たな情報が得られる。私の人生が回り始めているような気がした。町灯りが遠ざかり、私達二人だけの足音と風が草木を揺らす音だけが聞こえた。そして私は何故か不安に襲われアリーの方を見た。アリーは私以上に不安な表情を浮かべていた。私達は目が合うと歩みを止めてしばし見つめ合った。

 「エイミー様、私なんだが恐ろしいです。今まで知らなかったことを知れたのかも知れませんが、楽しいお話ではなかったです。明日、町へ出るのはやめにいたしませんか」

 「それなら、アリーはもうこないほうがいいわ。ただ私は行きます」

 私は自分の不安を打ち消すようにアリーにそういうと、振返り力強く城へと向かい足を踏み出した。私は胸に宿る不安を未知への好奇心と私の目的を達成する為に必要なものだと思うようにした。そうすると城に帰る足取りもどこか軽く感じた。

 「まってください。明日も私は行きますから」

 後ろで少しむきになったアリーの声が聞こえた。


 戦争は英雄を生むだけではない。実際に王の命令で魔族と戦い、死んでいった兵たちがいたのだ。そしてその家族も。よく考えなくてもわかる当たり前のことなのだが、今まで私はそんなことを考える機会すらなかった。城下のものは戦争に対する不満があったはずだ。そして王家にその責任の一端はある。戦わせるのは王なのである。その娘である私の耳にわざわざ、民の不満を耳に入れる必要はないと考える方が自然か。そう考えると、少し町に出るだけで、有益な情報がえられたのも納得がいく。明日はどんな話がきけるのか、私は少し興奮して寝付きが少し悪かった。


 次の日の夜、再びアリーと城をぬけだしたが、アリーは昨日のようにはしゃいでいるような感じではなく、どこか真剣な面持ちだった。

 カールの家につき、扉をのっくするとカールが出てきた。

 「ああ、よく来たね。入りなさい。司令官もお待ちだ」

 カールは少しよっているようで、赤ら顔だった。家に入ると険しい顔をして酒を飲んでいる老人が座っていた。

 「初めましてエイミーと言います。こちらはアリー。今日は貴重なお話を聞かせていただけるということで楽しみにしていました」

 私はそういい老人に笑いかけたが、老人はにこりともせず口を開いた。

 「何故戦争の話などが聞きたいのだ」

 私は勢いと威圧感のある声にたじろぎ少し、黙ってしまった。

 「私の父親が戦争で死んでいるのです。ですから何故父親が死ななくてはならなかったのかをどうしても知りたいんです。教えてください」

 アリーは勢いよくそういった。アリーの目は涙ぐんでいたが、その話が本当かどうかは私にはわからなかった。しかし、これで自然に話が聞けると思い、アリーを褒めたくなった。

「そうか、まあ座りなさい。わたしはスタインという」

 私とアリーが椅子に座ると、カールは酒をすすめた。私はせっかくなのでいただくことにした。スタインは酒好きのお嬢ちゃんだといい笑った。

 「カールからは私のことをなんて聞いているんだ?」

 「戦争を楽しんでいたと」

 「そうだな、まちがっちゃいない。私は何百匹もの魔族を殺したし、部下にもその何十倍の魔族を殺させた」

 「魔族を殺すのが何故楽しかったのですか?」

 「何故?ではそもそも魔族を殺すのに意味なんかあるのか?私は魔族を殺すことになんの意味も感じていない。ただ軍人として、王の命令にしたがっているだけだ。それ以外の意味等ない。つまり魔族を殺すのになんの意味もない。グズグズしていたらこちらが殺されるだけだ。それなら、率先して魔族を殺すしかないだろう。それが生き残るにも一番確率が高いやりかた」

 「恐ろしくはなかったのですか?」

 アリーが聞いた。

 「恐ろしいに決まっているだろう。いつ殺されてもおかしくない状況だ。毎日一日が終わるだけで、生きていることを感謝したよ」

 スタインはそういうと、少し懐かしむような顔をした。

 「ただ、あの時ほど生きていることを実感できたこともなかった。一日を死なずに生きられたことに感謝できることもあの時以外はなかった」

 「今は生きていることに感謝していないのですか?」

 「感謝も何も、メシ食って、酒飲んで、寝るだけさ」

 スタインはそう言って笑い、酒を口に運んだ。

 「戦争はたしかに悲惨だ。結局戦争は終わり、魔族も我々ものうのうと暮らしている。なんの意味があったのかもわからん。ただ不思議なもんで、悲惨だった戦争のときだけが一番生きている実感があった。また戦争をしろといわれてもごめんだがね」

 「生きている実感というのは」

 私は聞いた。私はこの話を通じて何か重要ことをしれるのではないかという期待をしていた。でもそれは何故だかわからない。

 「人間が生きているって実感するときは、死にかけて助かったときと、何かを必死にしているときだけだ。それ以外は退屈なもんさ」

 「それでは戦争以外の平和な日々はあなたには退屈だったのですか」

 「そらそうだろう。何をしろってんだ。だから毎日酒を飲んでるんだろう。私だけではない。誰だってそうさ。お嬢ちゃんは生きている実感はあるかい?」

 「私は_」

 私は何も言えなかった。たしかに生きていると実感したことはない。ただ、何も考えずに周囲に合わせて生きているだけだ。

 そして、それを打開するべく今私は戦争を起こそうとしているのではないか。つまり、この男と同じなのだ。なんとかこの男を見方に引き込めないかと私は考えた。退屈しているといっても、この男はもはや老人だ。退屈な生活でも十分満足している可能性が高い。しかし、戦争をしたほうが良いという状況だったとしたら、戦争に肯定的な部分があるので、協力してくれるかもしれません。考えろ。この接触を逃したらチャンスはないかもしれない。今どんな状況なら戦争をしたほうがいいのだ。

 カールは、魔族がせめてくるから戦争になったと言っていた。実際はどうなのかは知らないが、スタインはどう思っているのだろう。

 「魔族がそのときせめてきたのは何故なのですか?」

 「命令されて戦っていただけだから、正直そのへんの事情はわからんのだ」

 「もし、今魔族が攻めてくるとしたら?」

 私はとっさにそう言ってしまった。

 「何?」

 スタインは怪訝そうに言った。カールもアリーも少し驚いた顔をしていた。私は勢いに任せて勝負に出ることにした。

 「いえ、また戦争になってしまうのかと思いまして」

 「それは、戦争になるだろう。だまってやられるわけにはいかん」

 「何故戦争は終わったのですか」

 「それは、我々が魔族に勝利したからだ。やつらは諦めたのだろう」

 「スタインさん、魔族が攻めてきたから戦争になったということですか、カールさんに聞いた話では、山を超えて攻めにいったということですが」

 「それは、攻められる前にこちらから攻めたというだけだ」

 「では何故攻められると思ったのですか」

 「それはわからん」

 「戦っている兵隊はだれもそのことを知らなかったのですか」

 「そうだ、少なくとも私は聞いたことがない」

 「では、今もし魔族がせめてくることになっても誰も気がつかないということですね」

 私がそういうと、沈黙が部屋に広がった。薪が燃える音だけがパチパチと聞こえた。

 「お前はいったい何者なのだ」 

 「詳しくは言えません。ただ信じてください。このままだと魔族に滅ぼされてしまいます。その為には魔族のこと、戦争のことをもっとよく知らなければならないのです。スタインさん。この国を、この国の人々を愛しているなら、私に協力してください」

 スタインはしばらくだまり、酒を飲み干すと言った。

 「いったい何が起こっているのだ。詳しくは言えないと言われて私は何を信用しろというのだ」

 「すいません。ただこんなことを言っても信用してもらえるかどうか」

 「なんだ言ってみろ」

 私は少しもったいぶって口を開いた。

 「実は私、魔族の友達がいるのです」

 「いったいどういうことだ」

 スタインが言った。アリーは口を少し開き呆然としている。

 「城の外で遊んでいるときに、道に迷った魔族に偶然知り合ったのです。それから、皆には内緒で隠れて遊ぶようになりました。そして、魔族が戦争を起こそうとしているという話を聞いたのです。私はどうしていいのかわかりません。だから親を戦争で無くしたアリーと、戦争について調べてるのです。戦争を回避する方法がもしかしたらあるのかも知れないと思ったから」

 私は涙ぐみながら必死に訴えた。我ながらとっさについた嘘にしては良くできたと、つい笑いそうになったが、唇をかんで堪えた。

 「それはなんと。たしかに魔族は言葉を話せる。しかし、人間と仲良くなるとは聞いたことはない。攻めてくるのはいつだ。休戦しているのに何故今?原因はなんなのだ」

 スタインは少し、捲し立てるように聞いてきた。

 「詳しくはその子も知らなくて、だから昔の戦争のことを知りたいんです。昔のことに詳しい人は町にいないのですか?」

 「町長ならいろいろと知っているかもしれん」

 カールがそう奥から声をかけた。

 「そうだな。町長に一度聞いてみるのがいいだろう。私からもお願いしよう」

 スタインがあご髭をさすりながらそう言った。

 「本当ですかありがとうございます」

 私は頭を下げた。それにしても魔族が人間の言葉を話すとは驚きだ。


 数日後にスタインと共に町長に会うことになった。アリーも一緒だ。 

 スタインと別れたあと、当然のようにアリーの質問攻めにあったが、なんとかうまくごまかすことができた。それならなおさら頑張らないといけませんねと何故かやる気を出している。まあ協力してくれるなら断る理由もない。


 その日ふと自分の教師に聞いてみた。

 「戦争のこと、何故隠すのですか。何故何も教えてくれないのですか?」

 すると教師は少し慌てた。

 「エイミー様、何をおっしゃているのですか。私はしっかりと教えていますよ。もうお忘れになったのですか」

 「いえ、教えてもらったことは覚えております。ただ重要なことを聞いていないような気がするのです」

 「重要なこととは」

 「たとえば、人が何人犠牲になって死んだのだとか」

 「急に何を言い出すのですか。そんな恐ろしい話はしなくてもいいんです」

 「恐ろしい話?戦争は魔族から人間を守った英雄の話ではないのですか」

 「それはそうですが、具体的な話は別に知らなくてもいいのです」

 男はそう言った。少し怒っているようなので、面倒くさくなりそれ以上は聞くのはやめた。


 私はアリーと町長と会うために、城を抜け出した。もう城を抜け出すのも慣れたものだ。しかし、こういった時に失敗することが多い。くれぐれも油断せぬことだ。その日の夜も静かだった。暗闇に満月が明るく輝き、あやしく私とアリーの姿を照らしていた。アリーはどういう気持ちなのだろう。父親が戦争で死んだというのは本当らしい。今、戦争のことを調べているのも、本心で気になっているのかもしれない。私が戦争を起こそうとしていると知ったらどう思うだろうか。正気の沙汰だとは思わないだろう。もう戦争で自分の父親を殺される悲劇は二度と起きないにしても。

 街は今日も賑やかだった。街行く男達がニヤニヤとこちらを見ているような気がしたが気にしなかった。アリーは少し不安そうだった。

 それにしても、戦争をしかける為には、以前の戦争の原因を知らなければと考えたが、こんなに苦労するとは思わなかった。何かすっきりしない。重要な事実を見落としているのかもしれないし、未だ確信に迫れていないのだろう。

 今日こそ、真実に迫らなくてはいならない。そう思うと少しわくわくした。


 待ち合わせ場所の教会の前にスタインはいた。スタインはこちらに気づくとゆっくりと近づいてきた。

 「それじゃあ、町長の家にいこう。話はつけてある」

 そういうとスタインは歩き出し、私達もついていった。

 「エイミーと会ってから、昔のことを思い出していた。隠居して退屈していたのになんだか急にいそがしくなったみたいだ」

 スタインはそういうと笑った。

 しばらく歩くと他の家よりも少し大きな家があった。年期が入った建物のようで、ところどころレンガがかけている。スタインは扉をたたくと大きな声でスタインですといった。

 すると中から、おとなしそうな老人がでてきた。

 「ようこそ、さあ中へどうぞ」

 老人は優しそうに笑った。

 私達は部屋に案内されテーブルの前に置かれている椅子に座った。部屋の中は薄暗く、回りはあまり見えなかった。奥のほうで物音がしたので目をやると、おばあさんが出てきた。私は少しびくっとしたが、おばあさんは笑顔で私達に飲み物を出してくれた。

 「それで、スタインから聞いたが、戦争のことを知りたいみたいだね」

 「はい。何故戦争が起こってしまったのかがしりたいんです。ご存知なんですか?」

 「そりゃあ、わしはその当時城で働いていたからな。今の王様が若い頃にはよく相談にものったのだ」

 「そうなんですか?」

 私は少し驚きそう言った。私の父のことを知っているのか。父の若い頃など別に興味はないが、なんだか少し気になった。

 「お城でなんのお仕事をしていたのですか?」

 「ただの役人だよ。ただ出世は早かったがな」

 そういうと老人は笑った。

 「戦争に関わったのですか」 

 私は聞いた。

 「それは関わったよ。戦争が起こったときわしは城にいたからな」

 「なぜ戦争が起こったのですか」

 私は少し身を乗り出して聞いた。

 「戦争はな、起きるべくして起こった。ただそれだけのことだ。戦争をするしかなかった。しょうがなかったんだ」

 町長は残念そうにそう言った。

 「何があったのですか」

 私は聞いた。

 「魔族がせめてくるかもしれなかった。その話はきいているね」

 「はい。スタインさんにお聞きしました」

 「しかし、実際はどうか分からなかった。隣国アズールと我が国デビーは同盟国だ。戦争になったのはアズールの王が戦争をすると決めたからだ。なので、我が国はそれまで魔族を見たものすらいなかった」

 「事実がどうなのかすらわからないまま戦争をしたのですか」

 「それが国と国との力関係というものだ」

 町長は私をたしなめるようにそういった。アリーもスタインもさきほどから黙って聞いている。

「当時のデビー王はそれが気にくわなかった」

 「どういうことですか」

 「当時デビーは農業も工業も発展していた。国力もアズールに引けをとらないほどに発展していた。そんな状況で属国に甘んじているというのは王として気に入らないのは当然だった。実際に国の中枢部では独立するべきだという機運も高まっていた。そして、王も独立のことを考えていた。しかし」

「魔族がせめてくることになった」

 私は町長の目を見てそう言った。

 「そうだ、そして戦争によって国力は著しく低下した。しかし、戦争の為の武器を作っていたアズールは逆に豊かになっていった。人も技術もアズールに流れていった」

 「デビーも武器を作ればよかったのでは」

 「武器や防具を作るのは莫大な負担がかかる。アズールが戦争の準備はすべてこちらがすると聞いたとき、我々はほっとしたのだ」

 「しがし、国力は逆にさがった」

 「その通り、目の前のことしか見えてはいなかった。アズールの王がそこまで考えていたのかはわからん。しかし、彼は英雄になり、アズールは発展を遂げた。独立をするという野望ももはや現実的ではなくなった」

 「戦争をすることによって、アズールが利益をえたということですね」

 「結果的にだ。戦争はさけられなかった。だからしょうがないことなのだ」

 「そう思わないとやってられないだけなのでは」

 私がそう言うと沈黙が流れた。

 「それは、否定できないかもしれない」

 町長は少しうつむいてそういった。

 「私は今の王の娘です」

 静まり返った空気の中、皆一斉に私のほうを見た。

 「エイミー様」アリーが大きな声を出して私の腕を握った。

 「いいのアリー。大丈夫よ」私は少し興奮しているアリーをたしなめた。

 「突然こんなことを言って戸惑われていると思いますが、私の身分をあかしたほうが事態の切迫感が伝えられると考えました。スタインさんにはお伝えしたのですが、魔族がせめてくるかもしれないんです。これは今のところ、ここにいる人間しか知りません。私はその情報を入手して、30年前の戦争のことを知る必要があると思いました。ですから皆さんにお話を聞きました」

 皆は私の話を黙って聞いていた。

 「戦争を止めたいと、私は思っていましたが、どうやらそれは難しいのかもしれません。時代の流れの中で、皆が流されるように戦争に向かう。それが戦争なのかもしれません。しかし、もしまた戦争が起こったらデビーのやらなければいけないことは一つしかないではないですか?」

 「やらなければならないこととは?」

 「それはデビーの独立です」

 「そんなことが可能なのか」

 スタインがそう聞いてきた。

 当初私が考えていた流れとは大分と変わってきている。デビーとアズールの関係など今まで考えていなかった。30年前の話が本当なら、おそらく父もわだかまりをもっているだろう。きっちりと準備をして戦争に持ち込めばデビーとアズールの関係性も変わり、私の結婚もご破算になるだろう。もしくは英雄になるかだ。どちらにせよ、ことをうごかしていかなければならない。

 私はそう考えるとなぜか興奮し、スキップして大声で笑いたい気分だった。

 「可能です。今のうちに戦争の準備を進めるのです。武器を大量に作り、兵士の数も増やすのです。これは王が許諾すれば可能です。その為に、私とともに王に謁見してください。私一人では信憑性が心もとないのです」

 「お前のことは信用して大丈夫なのか」

町長が険しい顔でごもっともなことを聞いてきた。

 「単純な話、今の話が嘘だったとして私になんのメリットがあるのですか。何が目的で私が嘘をついているとお考えですか。私がデビーの姫というのはすぐにわかることです」

 私がそういうと町長は黙った。

 「お分かりいただけましたか。今私が嘘をつく必要等ないのです。ことは急を要します。その日がくればこちらから連絡します。それでは、行くわよアリー」

 私はそう言うと町長の家を出た。これでデビーが戦争をする布石が打てた。後は魔族に実際に攻めて来てもらう必要性がある。そもそも何故魔族がせめてくるという話になったのだ。魔族に対する情報があまりにも不足しすぎている。そもそも魔族は本当に攻めて来たのだろうか。町長の話だとアズールが自国の利益になる為ように戦争を仕掛けたとも考えられる。もしアズールが戦争を仕掛けたとしたならば、30年前と同じ状況を作れば、再び戦争に向かうことになる。30年前と同じ状況。デビーの脅威。それならば簡単だ。その為の布石は打ってある。

 問題は本当に魔族が攻めて来たことが原因だとすると魔族のことを知る必要がある。

 どちらにせよ、30年前のアズールの状況を知る必要がある。来週はアズールにいく予定がある。その時に探りを入れてみるか。もしかしたら直接アズールの王に話を聞けるかも知れない。


 私は、馬車に揺られながら隣国のアズールに向かっていた。定期的に向かうこの道のりが以前は酷く退屈だったが今日は違う。目的も無くすごす日々がどれだけ不毛なものなのかというのがよく分かった。目的も無く、ただ生きる。それでは家畜と同じではないか。それはどんな身分に生まれたとしても変わらないのではないか。

 しかし、今は違う。私は私の人生が変わり始めているということを実感している。そしてその為にできることをやる覚悟はもうできているのだ。人生を否定するのは、運命を否定することだ。それは自分自身を否定することなのだ。人間は結局は自分が一番可愛い。その可愛い自分を否定することはこの上なく辛い作業だ。それがどれだけくだらないものだったとしても否定はしたくないものだ。それくらい自分のことは可愛い。しかし、自分の価値を否定出来れば、自分の価値等たわいもないものだと思えれば、自分の人生を自分の思うように動かしていけるのではないかと私は考えていた。


 アズールにつくといつものように、客室に通された。いつもなら夕食の時間まで私は何もせずに惚けているのだが、今日はやるべきことがある。少しでも情報を集めることだ。私は従者にアズール王に大事な話があると伝え、どうにか二人で話ができないかという内容の手紙を託した。その手紙には30年前の戦争に関する、デビー国との関係についてと記した。

 数時間後、従者が王との謁見が認められたむねを私に伝えにきた。私は大きく深呼吸をつくと王の元へ、従者と共に向かった。

 王の部屋に入ると、王は従者を退けてゆっくりと話しだした。その声は威厳に満ちているようだった。私は英雄と呼ばれるこの王の雰囲気に飲まれないように毅然と振る舞おうとした。

 確信に触れるには、確信に迫る話をしなければならない。その為にはある程度のリスクを背負う覚悟がいる。30年前の戦争がアズールが仕掛けたものだと仮定して話をすれば確信に迫れる確率も上がる。しかし、それが的外れだったとしたらどうなるだろうか。私はおかしな人間だと思われるだけだ。むしろ小娘がおかしなことを言っていると一笑にされる可能性のほうが高い。どちらにしろ私に対した実害は無い。それならばここは確信に迫る話をしたほうが得策なのではないか。

 「30年前の戦争はあなたが仕掛けたものなのですね」

 私は単刀直入にそう切り出した。

 王は私の目を睨みつけた。その姿はやはり英雄と呼ばれる威厳を保っていた。

 「何故そう思った」

 王はそう聞いた。

 「否定はしないのですね」

 「質問に答えなさい」

 王は威圧的にそう聞いた。

 「その当時に戦争に関わった人間に直接聞きました」

 「それでお前は何が聞きたくて、何がしたいのだ」

 「戦争の悲劇は繰り返してはならないと思っています。この30年の平和を維持しなくてはなりません。それが王族の使命だと私は考えています。しかし、今は戦争の危機に直面しています」

 「何が起こっているのだ」

 「デビーは今、アズールに対して戦争を仕掛けようとしています」

 「何!それは本当か」

 王は威厳をかなぐり捨ててそう言った。今、場を支配しているのは私だ。そう確信したら少し饒舌になったような気がして私は気分よく話しだした。

 「30年前に起こった戦争で、最終的にアズールだけが利益を得たことに関して、城内ではやりきれない思いがありました。城内だけでは無く、城下の国民も国に対する不信感をもっていました。それが国も安定して、30年たった今吹き出そうとしているのです。私は戦争の悲劇を二度と繰り返してはいけないと考えています。ですから、戦争が起ころうとしている今、なんとかして阻止しないといけないのです」

 私は涙ながらにそう訴えた。

 「戦争の悲劇は繰り返してはなりません。我が国が戦争をしようとする原因はあるのかもしれないのですが、どんな理由があろうと戦争はしていいわけないのです。人と人とが殺し合っていい理由などありません。王様教えて下さい。無知で愚かなこの私に戦争というものを教えてください。戦争というものがわからなければ、おそらく戦争というものを理解することはできないでしょう。私に戦争というものを教えてください。30年前の戦争は何故起こってしまったのですか」

 王は豪華な玉座に似つかわしくない様子で、何やら考え込んでいた。しかし、王は本当のことを言うしか無いのだ。その豪華な玉座を守る為には。

 「たしかに、我が国が発展した理由に戦争があることは否めない。しかし、決してその為に戦争をしたわけではないのだ。その当時たしかに、デビーの国力は著しく向上していた。しかし、軍事力では我が国のほうが勝っていた。我が国も、デビーも平和が続いた分、人口は増えていっていた。それに引き換え農業は停滞していた。人々は食糧難になるとは考えてもいなかった。我が国でも食料不足が問題視されていた。そこでデビーのことが話に上がった。デビーを植民地にして、もっと働かせれば、食料問題も解決するのではないかと。しかし、そのときデビーも我が国から独立するという機運が高まっていた。このままでは戦争になる。わしはそれだけはさけたかった。デビーと争って何になる。人と人が殺し合う理由等あっていいいはずがない。わしはそう考えた」

 「だから魔族との戦争を起こした」

 「その通りだ」

 王は威厳を取り戻した雰囲気でそう言った。

 「魔族と戦争になり、勝利をおさめることができれば、魔族の領土も奪える。それによって食料も増える。戦争では人が死ぬことになり、なおさら食料問題の解決にとっては悪い話ではない。そのとき戦争を起こす理由以外にどんな解決策があったというのだ」

 王は何かにすがるようにそう言った。

 「それで何人の人間が死んだのですか。そして何人の魔族を殺したのですか」

 「それは仕方の無い犠牲だった。わしは王として最善のことはした」

 これが英雄と呼ばれた王の姿なのかと思うと、なんだかしらけてしまった。

 「それでは魔族とはいったいなんなのですか?魔族はなんのためにたたかったのですか」

 「えたいのしれない存在だ。我々とは相容れない存在ではあるが。30年前の戦争では我々が手を引けば、それ以来干渉してくることはなかった。いや、そもそも我々に干渉してくることなど今まで無かったのだから」

 「それでは、休戦協定というのは何なのですか」

 「それはこちらから攻めるのをやめただけの話だ。何も話し合ってなどいない」

 「なんて自分勝手な話ですか。この話を聞いて、邪悪なのは魔族と人間いったいどちらですか」

 私は柄にもなく少し感傷的になった。魔族の肩をもつつもりは到底ないが、王のあまりにも稚拙な論理に嫌気がさしていた。王は自国の保身の為に、何人もの人間を戦争に巻き込み、何人もの罪も無い魔族を殺したのだ。

 「それが人類のためであり国民の為だった。そなたの国の人間も、魔族と戦争をしたおかげで人間同士殺し合いをしなくてすんだのだぞ」

 「では魔族は殺していいのですか」

 「それはいい。殺して食おうがいいのだ。人間ではないのだから。すでにわれわれは家畜を殺して食っているではないか」

 「魔族を食していたのですか」

 私は少し引きながら聞いた。

 「ああそうだ、その当時食糧難で、十分な食べ物はなかった。だから兵士は現地調達で魔族を食料にしていた。兵士は腹一杯食えて食料問題も少しはやわらいだのだから」

 私は少し、吐き気を催したが、気づかないふりをして聞いた。

 魔族は人間の言葉を話すのではないのですか。

 「ああ薄気味が悪いことにやつらは人間の言葉を話す」

 「それでは人間と何が違うというのですか」

 「見た目からして全く違うではないか」

 私は魔族を見たことはない。しかし、人間の言葉を話すのだとしたら、いったい人間と何が違うというのだ。私の妄想話ではないが、それだったら友達になることも可能なのではないか。私は単純にそう思った。

 「それはしかたないですね」

 私はあきらめるようにそう言った。

 「それでデビーが攻めてくるというのは本当なのか」

 「はい。ちゃくちゃくと準備は整いつつあります」

 「人と人とが争うことに等意味はないのだ。悲劇を生むだけだ。何故それがわからないのだ」

 王は少し悲しそうにそう言った。

 「それでは、また魔族を攻めますか。そうするしかないのではないですか?」

 「デビーと戦争をするくらいならそのほうが良いのかもしれない」

 「わかりました」

 私は王が何かを決断する前に話を進めたほうが得策だと思い。魔族と戦争をする前提で話を進めた。

 「それでは、私はなんとか国内の動きを、魔族が攻めて来るかもしれないのに、アズールと争っている場合ではないという風潮にもっていきます。なので王は私から話があるまでは動かないと約束してください。私と約束していただければ、デビーとの戦争は必ず回避できます」

 私は自信満々に王の目を見据えて言った。

 「分かった」

 王がなんの考えも無しにそう言ったのが分かった。そこには英雄と呼ばれたものの姿は無かった。


 私は町長とスタインと町長の息のかかった有力者数名と王の間にいた。

 「王の娘として、いやデビーの行く末を担う一人の人間として、お話があります」

 私はかしこまって王にそう言った。

 「なんだ、何があったのだエイミー。話しなさい」

 「実は魔族が攻めてこようとしています。信じてもらえないかもしれませんが、私は魔族の友達ができてちょくちょく会っていました。その魔族から聞いた話なので間違いがありません」

 「何、それは本当の話なのか、リッヒ、どうなのだ」

 「はい。間違いありあません」

 リッヒと呼ばれた男は町長のもと部下だ、今城で重要な役職につき王の信頼も厚い。そのリッヒにもしっかりと因果を含めておいた。

 「それは大変だ。また30年前と同じことが起こるというのか」

 「30年前と同じにしてはいけません」

 私は大声を出していった。王は少し身を引くように構えた。

 「30年前は、武器の製造と調達をアズールに握られ、国家は衰退しました。それと同じ間違いをしてはなりません。武器の製造、そして軍の強化に全力を注いでください。そうすれば、戦争が終わる頃にはアズールから独立できるだけの国力になっているはずです。王!ここが運命の分かれ道です。30年前と同じ過ちを繰り返すのか。それとも歴史に名を刻む英雄になるのか」

 「うーん。父が苦悩して、苦しんで。後悔してきたのを私はずっと見てきた。分かった。エイミーのいう通りにしよう。さっそく緊急会議だ。大臣を集めよ」

 王は立ち上がり大声でそう言った。私は小声でバカな男だと毒づいた。


 次にアズールの王に会ったとき、王がどんなリアクションをするのかは私には分かっていたので、リラックスすることができた。

 「エイミーよ。お前の言っていることは本当だったようだ。デビーは戦争の準備をしている。私はどうすればよいのだ」

 「安心して私に任せてください。デビーがせめて来ることはないです。デビーの状況は姫である私が一番理解しています。その時がくれば報告します。私も王と同じ考えです。人間同士が殺し合うなら、魔族と戦争をしたほうがいいのですから」

 私はそうむねを張った。

 「ただ王に一つだけお願いがあります。王も失礼ですが高齢です。戦争を先頭にたって戦うには少し無理があります。ですから戦争の先頭にたつ人間を育てないといけません。その人間は一人だけです。王子を一人前の王に育ててください。戦う英雄に育てることが必要です」

 「たしかに、それは必要かも知れない」

 「私もお手伝い致しますので安心してください」


 この国でもう一つやっておかなければならないことがあった。

 私は王子を部屋に呼び出した。

 「どうしたんだいエイミー」

 男はいつもと同じ間抜け面を私に向けた。しかしそんな顔をしていられるのもあとわずかだ。

 「もうすぐ魔族との戦争が起こります」

 そういうと男は何をいってるんだと笑った。

 「冗談ではありません。王に聞けば分かることです」

 私がそういうと男は黙った。

 「いいですか。これは重要な話です。これから魔族との戦争が始まります。しかし、すぐに始まるというわけではございません。おそらく一年くらいの猶予があります。安心したでしょう」

 私は優しい笑顔を男に向けた。男は間抜けな顔をしてうなずいている。

 「あなたには選択肢が二つあります。一つは戦争が始まるまでの間、戦争を勝利に導く王として、徹底的に自分を鍛えて英雄になるか。戦争時に全く役にたたず、戦争中も戦争が終わったあとも人々に吊るし上げられるか。あなたはどちらがいいですか」

 「そんな吊るし上げられるのはいやだけど、僕が英雄になれるわけなんかないじゃないか」

 男はそう喚いた。

 「私はなれる、なれないかの話はしてはいませんよ。どちらがいいですかと聞いているだけです。それを踏まえて答えてください。あなたはどちらを選びますか」

 「ぼ、僕が英雄になれるの」

 「そんなことは聞いていません。質問に答えてください」

 「僕は英雄になる」

 男は力強くそういった。あとは軍と家庭教師にこの男を徹底的に完膚なきまで鍛えてもらおう。そうなれば、戦争がどうなろうが私の目的はかなえられるだろう。


 自分の国に帰る馬車の中で私は考えていた。全ては計画的に進んでいる。あとはアズールが魔族の国に攻め入って、デビーが戦争特需で潤い。デビーがアズールから独立する。その結果私とあの男との結婚が無くなる。もし、そのような結果にならなくても、あの男は戦う王として今とは違う姿を私に見せてくれるだろう。それは今以上であることは間違いない。万が一戦争で死んでも当たり前だが結婚はなくなる。

 しかし、私の胸にはひっかかるものがあった。

 それは魔族のことだ。彼らの存在はいったいなんなのだ。それがずっと気になっていたのだ。彼らは人間に翻弄されるだけの存在なのか。魔族を殺すことに生き甲斐を見いだしているような人間もいた。

 私はそれが気になっていた。なぜかすっきりしなかったのだ。私に魔族の友人がいるなんていうのは真っ赤な嘘だ。しかし、私はその嘘をつくがゆえに架空の友人を作り出していたのかもしれない。

 魔族のことをしりたい。いや、知らなければならない。私はそう考えるようになっていた。アズールやデビーの人間が私にはいたく利己的に見えた。では魔族はどうなのであろうか、私にはわからない。おそらく、アズールにもデビーにもわかる人間はいないと、私は確信めいてそう思えた。彼らには魔族のことが見えているとはどうしても思えなかったのである。

 しがし、魔族のことを知ろうにもいったいどうすれば彼らに接触できるのであろうか。人間の言葉を話すということだがコミュニケーションはとれるのだろうか。

 誰かの協力を得て魔族の領土に踏み込み接触するか。いや、どこにそんな人間がいる。

 それならば。

 それならば、私一人で踏み込めばいいのだ。自分一人が安全な場所で全てがうまくいくなどありえない。もし、魔族が凶悪で殺されればしょうがないではないか。私は全力で生きたと、自分の運命を変えようとしたと、少なくとも自分自身には嘘をつかなくてもすむ。そう思うと、何か心が楽になった。

 一人きりであの山を超えよう。その為の準備が必要だ。私は山を超える為に必要なものを考えだした。


 男は一人部屋にたたずんでいた。男は重い悩むことなど今までなかった。そもそも思い悩む必要がなかったからだ。男は生まれたときから全てを持っていた。王の長男として生まれた男には全てが与えられていた。日々を暮らすだけではあまりある豊かさが男には与えられていた。人よりも良いところに住み、人よりも良いものを食べ、人よりも快適な空間で生活できた。将来は、絶対的な権力が与えられることが約束されている。そんな環境に生まれて考え込む必要などなかった。あるとすれば、もっとこうしたい、もっとこれが欲しいというわがままだけだった。しかし、そのわがまますら叶えられるといった状況に男は満足していた。自分の言うことは誰でもしたがった。大人というのは自分のいうことを聞くための、体の大きな人間という認識だった。

 しかし、男は成長していくにつれ、疑問を感じていた。自分は王のもとに生まれただけで、他の人間が決して手に入れることのできないものを手にしている。しかし、それは果たして自分が望んで手にしたものなのか。男は考えたが、それを全面的に肯定することができなかった。

 常に自分はいったい何がしたいのか、自分はいったいなんなのだという疑問が自分の中に残っていた。

 思春期特有の自我の目覚めといえばそれまでだが、疑問を持たずにはいられなかった。自分が希望することといえば、この状況がいつまでも続けばいいということだった。この状況が続けば今の恵まれた環境が続くのだ。恐らくは自分が死ぬまで。当然、王になってからは、王としての役割もあるだろう。しかし、父親である王の姿をみていても、何をしているのかは分からなかった。

 恵まれてはいる。それは分かっている。しかし、自分には人生の選択肢というものもない。選択肢があったとしても、今より良い状況というのも想像できないという、どうにもならない状況だ。今が最も恵まれているということは、これから先、これ以上に良くなることはないということだ。それは、希望がないということなのか、幸福が確定しているということなのか、考えても答えは出てこなかった。

 そんな状況で、男はある1人の人間に興味をもった。

 それはがエイミーだ。

 エイミーだけが男の心に熱を宿してくれたのだ。

 それはここ10年、初めて会った時から変わらないことだ。いや、年をとるにつれエイミーは魅力的になっていった。少し冷たそうに見える大きくて鋭い目。美しく長い金色の髪。綺麗に筋の通った鼻。少し薄い形のよい唇。エイミーはどんどん美しくなっていき、その評判は凄まじいものがあった。男はそんなエイミーに心を奪われていった。

 そんなエイミーと将来結婚することができる。それだけで男は自分のことを誇らしげに思えた。それだけで、他の男からは羨望の眼差しを自分に向けることを理解していたからだ。

 しかし、それも王の息子だからだ。それは生まれた時から決まっていたことなのだ。決して自分で勝ち取ったものではない。

 実際に、エイミーは男には興味がないようにみえた。そんなことは男にも分かっていた。男によくエイミーは笑顔を向けてくれるが、それは心からの笑顔ではない。男にはそれが悲しかった。しかし、男には何もできなかった。それがなおさら惨めな気持ちにさせた。

 しかし、そのエイミーが初めて男に何かを求めてきた。今までエイミーが何かを求めることなの何一つなかった。それは、人間として、こうなって欲しいという願望を男に対して何ももっていなかったからだと思えた。エイミーは自分と結婚するという運命をただ受け入れているように見えた。冷たく大きな瞳の奥に寂しさが佇んでいるようだった。

 そのエイミーが英雄になれと求めてきた。当然戦争なんかしたくない。そんな恐ろしいことに関わりたくない。戦争の話は聞いていた。父親が魔族と戦い英雄として讃えられているということも知っていた。ここでエイミーの言うように戦えば、エイミーが自分を見る目も変わるのだろうか。自分の父親のように魔族と戦い英雄になれれば、エイミーは自分のことを英雄として見るのだろうか。男はそう考えた。

 恐ろしさがこみ上げてくるのと同時に。胸の高鳴りと熱を感じた。

 男は心のどこかで理解していた。自分の運命に疑問をもっても、王として生まれた意味に疑問をもったとしても、決してそれを捨て去り城を出るということなどできないと分かっていたのだ。充分に恵まれていることは知っていた。民衆がたいした暮らしも、なんの楽しみも無く生きているということも知っていたのだ。自分の人生を変えることなど絶対にできない。男は結局のところ、そのことは理解していた。理解をしていたが、自分の中からわき上がる疑問を抑えることはできなかった。何がしたいわけではない。ただ、今の自分ではない何かを求めているような気がしたのだ。

 ならば、ここではないのか、男は目を閉じた。


 自分の部屋で空を見上げた。四角く切り取られた空は水色に澄み渡り、雲一つなかった。窓に近づくと四角の空が広がりを見せ、どこまでも広がっていった。私は窓を開けると気持ちのいい空気をめいいっぱい吸い込んだ。あの空は魔族の住む暗雲立ちこめる世界と繋がっている。私はそこに乗り込まないといけない。そう考えると少し不安になった。そう考えていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 「エイミー様。アリーです」

 「入りなさい」

 「失礼します。エイミー様大事なお話があります。お時間よろしいでしょうか」

 「いいわよ。何かしら」

 私はアリーを椅子にうながした。椅子に座りアリーは少しうつむき気味に下を向けていたが、顔を上げ私の目をみるなり話しだした。

 「エイミー様。なぜ魔族の友達がいるという嘘をついたのですか?」

 私は、極力平静をよそおって言った。

 「どうしたの急に。あの話は本当よ。

 「申し訳ないのですが。魔族の友達がいるというのは絶対に嘘です。そして、魔族が戦争をしかけてくるという話も嘘です」

 アリーは私の目を力強くみるとそう言った。その目は確信に満ちていた。アリーは私が嘘をついているということに確信を持っている。なぜばれた。しかし、証拠もないはずだ。魔族の友達がいないという証拠等ないはずだ。それを照明する為には私のことを24時間見張っていなければならず。かといってそのことを照明する方法はない。しかし、アリーは嘘をいっていない。そもそもそのことを私に追求する意味はなんだ。アリーは何かを追求する為にこの話を私にしている。私の目的。戦争をすること。戦争がらみか。しかし、親が戦争で死んだというだけで、今回の戦争はアリーには関係ない。アリーに身内もいない。 

 アリーが追求しているのはそもそも魔族の友達についてだ。そう考えると魔族がらみの話である可能性が高い。それなら、アリーは魔族と関係がある。いや、考えられない。

 しかし、今は目の前で起こっている事実を客観的に判断する必要がある。今、アリーが魔族の話を持ち出している以上。アリーは魔族と関係があると判断するほうが合理的だ。そう仮定して話をするべきだ。うまくいけば、魔族との接触がはかれるかもしれない。

 ここで私が必要なこと。それは、魔族の見方をして、私が敵じゃないということを理解してもらうことだ。

 「ねえアリー。私のことを信じて聞いて。今から私が話すことは誰にも言わないでね」

 「わかりました」

 「アリーの言う通りよ。私に魔族の友達はいない。だから、魔族が攻めてくるというのも嘘」

 私はアリーの目を見た。アリーは悲しそうでありながら、少し疑いを含めた目で私を見ていた。

 「私は魔族のことを知りたかったの。だから戦争のことを知ることが魔族のことを知ることになった。最初はただの好奇心だったのかもしれない。でもいろいろな話を聞くにつれて、今まで知らなかったことを知るにつれて、私は人間のことがいやになったの」

 私は目に涙をうかべてしばらく下を向いていた。その涙は演技で出したつもりだった。しかし、こみ上げてくる涙が演技なのか私の本心なのかは、判断することができなかった。

 「だから、何故戦争が起こったのかかが知りたかった」

 「それで、エイミー様は何を知ったのですか?」

 アリーはそう聞き返してきた。

 「人間の愚かさです」

  私はそう答えた。

 「だから魔族のことをもっと知りたい。そして、魔族が人間以上の存在なら、私は魔族の力になりたい。アリー、あなたの知っていることを教えた」

 私がそういうと、アリーは思い詰めたような表情をうかべ、少し黙った。部屋に灯るロウソクはゆらゆらと怪しい光で回りをてらしながら揺れていた。アリーの心もおそらく揺れているのだろう。アリーの反応を考えると、おそらく私の予想はそんなに外れていないはずだ。おそらくアリーは魔族と関係がある。アリー早く答えを聞かせて。私はあやうくアリーの発言をせかしそうになった。

 そのときアリーは覚悟を決めたような表情を浮かべた。

 「エイミー様。今から私がどんな姿になっても、決して驚かないでください。大声を出したり、逃げ出したりしないでください。それが約束できるなら。私はすべてを話します」

 「わかったわ」

 私がそう答えるとアリーは服を脱ぎだした。私は何をしているのと声を出しそうになったが、先ほどの約束を思い出して口に手を当てた。

 アリーは裸になるとこちらを向いた。しばらくアリーのほうを見ていると、アリーの顔が波打ちだした。頭のてっぺんから顎のほうまで不規則に波打っている。アリーの可愛らしい顔は見る影も無く、不気味なものになっていた。顔だけではなく、全身も波打っていた。そしてだんだんと波打つだけではなく、色も変わってきた。白く透き通るようなアリーの肌がだんだんと黒色に変化していった。そして、目は大きく見開き、口はさけ、耳も尖りだした。口を開くと鋭い牙があり、耳もとんがっている。私の目の前にアリーの姿はすでになく。不気味な姿をした化け物が、赤い目を開き私を見ていた。私は何がおこっているのか理解出来ず、恐怖で身動きすらできなかった。

私が呆然としてアリーだったものを見ている時、外は相変わらず静かだった。私は窓の外に目をやった。外は暗闇で何も見えなかった。視線を戻すとアリーの姿があるだろう。私はそう期待したが、現実には先ほどと同じものがそこにいた。

 「エイミー様」

 それが口を開いた。

「これが私の正体です。わかりますか?エイミー様。これが魔族の姿なのです」

 いったい私の目の前で何が起こっている。アリーの姿は目の前から消え、化け物が変わりに現れた。そしてその化け物は魔族。魔族こそがアリーの正体。それをなんとか理解するしかない。

 それにしても魔族というのはこんなにも恐ろしい姿をしていたのか。そして、こんなにも恐ろしいものと人間は戦い、私は再び戦争をしようとしている。私は怖くなり、目を閉じてその場に座り込み泣き叫びたくなった。しかし、目を背けるわけにはいかない。目の前の現実に私は向き合わなければならない。なぜなら。今目の前の見たくない現実も、私が望んだことなのだから。

 「アリー。ありがとう。私に本当のことを教えてくれて」

 私は優しくアリーに微笑みかけた。おそらく私は慈愛に満ちた優しい顔をしているはずだ。

 「いえ。ただ、エイミー様なら、魔族の力になってくれるのではないかと思い、信じてみたくなったのです」

 アリーは不気味な目を潤ませると私にそういった。

 「ありがとうアリー」

 私はそう言うと優しくアリーを包容した。肌触りが気持ち悪かったが我慢した。

 「エイミー様は、こんな姿の私にも優しくしてくれるのですね」

 「当たり前じゃないの。どんな姿でもアリーはアリーよ。何も変わらないわ」私はアリーのとんがった耳元でそう言った。

 「どうアリー落ち着いた」

 「はい」

 「じゃあ、ゆっくり話しましょう」

 私はアリーを椅子に座らした。落ちつかないといけないのは自分自身だ。私はそう自分に言い聞かせた。

 「ありーは何故、人間として城で働いていたの」

 私はもっとも気になることをアリーに聞いた。

 「魔族は、人間の社会に人間に化けた魔族をスパイとして送り込んでいます」

 「それはなんの為に」

 「今回のように戦争の話が出たり、不穏な動きがあった場合に、魔王様に知らせる為です」

 私は背中に脂汗がしたたるのを感じた。今回の不穏な動き。不穏な動きをして先導しているのは私自身だ。これは、アリーに何としても私は魔族の見方だと思わせないと、魔族を敵にまわすことにもなりかねない。慎重に言葉を選ばなければ、私は一気に窮地に追い込まれることになるだろう。

 「アリー。魔王様に会わして。どうしても直接話したいことがあるの。アリーが正体を表してくれなかったら私は1人で魔族の国にいくつもりでいたの。命がけで魔王様と話をするためよ。ねえ、今は頼れるのはあなたしかいないの」

 私はアリーに必死に懇願した。

 「エイミー様の目的はなんなのですか」

 アリーは当然持つべき疑問を私に問いかけた。

 「それは、平和の為よ」

 「戦争をしようとしているのにですか」

 「ええ。人間と魔族の争いを無くす為に戦争が必要なのよ」

 「どういうことですか」

 「魔族が人間を支配すれば、戦争は二度と起こりません」 

 私はつい笑みを浮かべてしまった。アリーの表情からは何も感じ取れなかったが、黙っていることを考えると、少し困惑しているのだろう。


 湿気を含んだ空気が体にまとわりつき、その体を松明の炎がてらした。何ともいえない不快な汗が全身から流れていた。2時間くらいは歩きっぱなしだ。アリーは後ろを振返ることもせずにたんたんと歩いていた。魔族というのは人間よりも体力的に恐らく勝っているのだろう。私は1人で体力をつける為の訓練を日々続けていた。それでも、アリーについていける気がしなかった。

 「アリー、少し休ませて」

 私がそういうとアリーは歩みを止め振返った。そして「少しだけですよ、松明の炎にも限りがあります」そういうと、少し大きめの岩に腰をおろした。

 私も腰をおろすと、水を飲んだ。喉がからからに乾いていた。体力的にきつかったこともあるが、未知の場所に向かっているということも、なおさら精神的に私を疲れさせていた。

 「ねえアリー。人間はあなたの目から見てどう?」

 私は唐突にアリーに聞いた。

 「実は、私とても楽しかったです。私の仕事は城の皆様のお世話でしたが、皆とても優しくて、おもしろくて、そしてどうでもいいようなことで悩んだりして、私にとって愛すべき存在でした。私は人間の中で暮らすにつれ、自分が魔族なのか人間なのかわからなくなるようなときがありました。それくらい私は人間でいることを楽しんでいました。エイミー様と初めて城を抜け出したことも単純にただの好奇心でした。あのときのワクワクした気持ちは今でもはっきり覚えています」

 アリーの表情はよく分からなかったが、笑っているように見えた。

 「ただ、やはり戦争のことになると人間とは相容れないものかもしれないと思ったのも事実です」

 私は黙って聞き、洞窟の中には静寂がひろがっていた。松明の火がゆらゆらと揺らめいていた。おそらく、私の運命もこの火のように揺らめいているのだろう。これから何が起こるのか私にもわからない。しかし、揺らめいていない運命に何の価値があるのだろう。決まっている運命を受け入れるだけで、果たして生きる意味があるのか。そう思うと再び心に火がともるような気がした。

 今私とアリーが歩いてきた洞窟は魔族と人間の世界をつなぐ抜け道だ。人間はこの抜け道のことは知らない。つまり魔族はいつでも人間に気づかれずに人間の世界に行き来することができるということだ。人間はそんなことなどつゆ知らず安穏として日々変わらぬ生活を続けている。そして、身勝手な理由で再び魔族に攻撃をしかけようとしている。

 私とアリーは再び歩きだした。1時間ほど歩くと遠くから小さな光がこちらに差し込んでいた。どうやら出口が見えたみたいだ。光はだんだんと大きくなり私はその光についには全身が包まれた。外に出ると人間社会と変わらない自然が広がっていた。私が想像していた世界とは違い、少し拍子抜けした。

 人も魔族もいない山のふもとの草原を私はアリーと歩いた。

 「アリーここからどのくらいで魔王様のところにつくの?」

 「そうですね3時間ほど歩けば到着すると思います」

 アリーは平然とそう答えたが、私はまだそんなに歩かなければならないのかとげんなりした。太ももやふくろはぎからはもう休ませてくれという声が聞こえてきた。私はその声に耳をかさずにアリーの後ろについて歩いた。

 アリーはなんだか楽しそうに見えた。私は今ならいろいろと答えてくれるだろうと思い、気になることをいくつか聞いてみた。

 「ねえ、アリー魔族はどんな生活をしているの?」

「そうですね。魔族は人間ほど活動的ではないような気がします。ご飯を食べて、あとはのんびりしています」

 「魔族は基本的には果物しか食べません。そして果物はいたるところになっていますので、食べ物に困ることはありません」

 「他のものを食べたくなったりしないの?」

 「うーん。果物以外食べなくてもいいという、ベリアンの教えがありますから、食べたいとも思いません」

 「ベリアンというのは魔王様のこと?」

 「違います。魔王様もベリアンの教えに従って生きています」

 「じゃあ、魔王様よりも偉い魔族がいるってこと?」

 「いえ、ベリアンは魔族ではありません。魔族を導く存在なのです」

 「どんな姿をしているの?」

 「ベリアンは姿を現しません。ただ魔王様だけがその声を聞くことができるのです。そして魔王様はそれを我々に教えてくれるのです」

 アリーは嬉しそうにそう言ったが私にはよく分からなかった。それにしても魔族の国に入ってしばらくたつが、魔族の姿はいっこうに見えなかった。

 「ねえアリー、魔族の皆はどこにいるの?」

 「普通はこのあたりにもたくさんいるんですけど、人間がくるということで隠れているのだと思います。アリーはそういうと笑った。

 しばらく歩くと遠くに巨大な城が見えた。何も他に建物がないところに急に現れた城は周囲の景色に馴染まず不気味であった。

 「あれが魔王城です。あの城は大昔にベリアンがたてたものです」

 姿を現さずにどうやって建てたのだろうと思ったが、口には出さなかった。

 城に近づいても魔族はいっこうに姿を現さなかった。城は私の国の城よりも大きかった。デザインはそんなに変わらないが、少し老朽化が進んでおり不気味な雰囲気を醸し出していた。石垣やレンガの間からは植物やツタが伸び、立派な城の割にはあまり手入れがいきとどいていないようだった。今まで歩いてきた大自然とは対照的に美しいと言えるものではなかった。

 城に入ると魔族が二人たっていた。アリーと同じような不気味な姿だ。アリーとこの二人には違いがあるのだろうが、私には見分けがつかなかった。見分けがつかなくなった3人についていき、城に入っていった。城の中は薄暗く明かりはついていなかった。ひんやりとした空気が体をつつみ、私は少し身が引き締まるような気がした。しばらく歩くと天井の高い広い部屋に出た。

 私の住んでいると同じような王の間が目の前に広がっていた。扉からしばらく離れたところに王の玉座があった。そして、そこに座っているのはエリー達と同じ姿をした魔族だった。おそらく彼が魔王なのだろう。そして彼の両脇に4人の魔族が立っていた。王の間も薄暗く回りの状況はよくは見えなかった。高いところにある部屋を囲むようにある窓からうっすらと日の光が射していた。私達は王の元へと歩を進めた。誰も口を開かない。玉座に近づくとアリーが私を王の前にうながした。いやそれがアリーなのかどうかは私にはわからなかった。

 「初めまして、私はエイミーと言います」

 「遠いところよくおいで下さいました。どうぞ、ゆっくりしてください」

 魔族が椅子を魔王の前に置き、そこに私を座らせた。人間の世界にある椅子と同じような椅子だった。ただ少し古いようで、私が腰掛けると、みしっと音がなった。やけに丁寧な対応だ。魔王とはもっと偉そうにしているものだと思っていた。

 「だいたいの話はアリーから聞いていますが、詳しく話してください。少しの間二人にしてくれないか」

 魔王はそう言うとアリー達を部屋の外に出した。それにしても無警戒すぎないか、いくら私がアリーが連れてきた人間で女だからといって、二人きりになるというのはあまりにも無防備だ。私は持ち物検査すらされていない。

 「人間達が再び戦争をしようとしているようですね」

 「そうなんです」

 「何故人間は私達を殺そうとするのか、全くわからない」

 そういうと魔王はため息をついた。

 「私も理解出来ないからここに来たのです。魔王様は先の戦争のことを知っていますか」私は単刀直入に聞いた。

 「それは、知っていますよ。私はその時も王でした。あのときはいきなり人間が私達を殺そうと攻めてきてびっくりしたのを覚えています」

 何をのんきなことをいっているのだ。仲間が殺されているのだぞ。私はそう思ったが口には出さなかった。

 「戦争を全く想定していなかったということですか」

 「戦争をする理由がないではないか。だから我々は武器すら用意していなかった。なんとかこの爪で応戦はしたがね」

 魔王はそういうと鋭く長い爪を顔にかざした。その爪の奥に見える顔はうっすらと笑っていて、のんきな話をしている魔王に反して私はすこし背筋が寒くなるのを感じた。

 「しかし、相手が攻めて来たら応戦するしかないのでは?」

 「それは魔族同士でも同じことだ。しかし、我々は殺し合わない」

 なんだか話が噛み合ない。しかし、今私がするべきことは、この状況を利用して少しでも魔王から情報を引き出すことだ。魔王の態度は柔らかい。期待は出来そうだ。

 「しかし、人間は魔族を殺しました。そして、また殺そうとしています」

 「それは困ったものだ」

 「人間が憎くないのですか?」

 「憎しみからは何も生まれない。人間を憎んだからといってどうなるというのだ」魔王は威厳に満ちた声でそう言った。

 「それでは黙って殺されるというのですか」

 「それを阻止する為に、あなたはここに来たのではないのですか?」

 「その通りですが、もし私がこなければどうしていたのですか?」

 「現に目の前にあなたがいるのですから。人間を止めてください。私達は平和に暮らしたいのです」

 「わかっています。魔王様、以前にあった戦争の前、人間と魔族はどういった関係だったのですが?何故人間は魔族を邪悪な存在だと認識しているのですか?戦争を止める為に、私はもっと人間と魔族のことをしらなければならないのです」

 私は哀れみを乞うような目を魔王に向けた。人間に聞いて分からなかったことは魔族に聞くしかない。

 「戦争を止めるためならしかたがない。あなたは信用ができそうな気がする」

 そういうと魔王は今までの人間と魔族の歴史を語り始めた。


 それは、想像を絶した魔族と人間の歴史であった。

 人間と魔族は150年前までは、共に暮らしていたそうだ。共に暮らしているといっても生活を一緒にしているというわけではなく、今のように住む国がしっかりと分かれているわけではなく、同じ国で生活していた。共に余り干渉はしなかったようだ。

 しかし、ある1人の人間が殺された。そして魔族が殺したのを見たという人間がいた。そのころは魔族とは呼ばれていなかったようだが。そして、それから恐ろしいことが起こった。人間が魔族を殺し始めた。しかし、魔族も黙っていなかった。その時の魔族は人間に徹底抗戦し、人間を殲滅させようとした。

 魔族は恐ろしい能力を持っていた。アリーも見せた変身能力だ。

 魔族は人間に化け人間社会にとけ込み人間を殺し始めた。そして人間の間に魔族が人間に化けて人間を殺しているという噂が流れ出した。人間はお互いに疑心暗鬼になった。自分もいつ人間に化けた魔族に殺されるかわからない。誰1人として信用出来ない。

 そうなると人間等もろいもの、人間同士でとうとう殺し合いを始めた。そしてそのまま人間は滅びていくかに思われた。

 しかし、その時に魔族の間にも恐ろしいことが起きた。魔族も魔族同士で殺し合いを始めたのだ。そして、人間の数と魔族の数が五分の一ほどになったころ、人間の王から話し合いの提案があった。そのとき魔族に王はいなかったが、魔族の代表として王と話し合いをする為に1人の魔族が出向いた。それが今の魔王だ。驚いたことに魔族の寿命は300年らしい。

 話し合いの内容は、住む国をわけ、お互いに干渉しないというものだった。今の魔王の城はもともと人間がたて、人間の王が住んでいた城らしい。

 殺し合いには人間も魔族も嫌気がさしていたので、お互いに問題なくその話はまとまったそうだ。これから魔族はどう生きていけばいいのか、魔王は考えた。しかし、魔王ももとはみなと同じように暮らしていた魔族の1人にすぎない。そこで、魔族を導く神ベリアンが自分に教えを授けたことにして、魔族を導いた。果物だけを食べ、殺し合いをしてはならない。変身能力も魔王の許しがない限り使ってはならないといったものだ。

 人間が攻めてきたときも以前の悲劇を繰り返してはならないと、応戦する程度で、人間を滅ぼそうと言う気はさらさらなかったようだ。

 私が一番驚いたのは魔族の生活だった。なんと食べる為の移動、そして食事、排泄、睡眠、それ以外は何もしていないのである。つまりほとんどの時間をボーとしているのだ。それもベリアンの教えらしい。魔王に何故そんなことをしているのですかと尋ねると、魔王は他に何かする必要があるのですかと当たり前のように答えた。私はすぐに何かを言い返すことはできなかった。そして、おかしいと思いながらも心の中で、だって魔族のことよく知らないですしと言い訳をした。


 アリーはエイミーのことを考えていた。魔族世界にいるときはいつも同じ場所でいつも同じように目を閉じて座っている。せわしなく動き回る人間の世界とは大違いだ。心も静かだ。エイミーの笑顔が浮かぶ。初めてエイミーと城を抜け出した夜。アリーは心の底からドキドキしていた。これからどこにいき、何が起こるのかを楽しみしていた。初めて行く酒場。喧騒に溢れた夜の街。アリーはワクワクしていた。魔族の世界にいるときとは何もかもが違った。楽しかった。でも怖かった。初めて聞く戦争の話。魔族が殺される話。何故魔族が殺されなければならないのか分からなかった。初めて城の外に抜け出した夜。私は生まれて初めて暗闇に恐怖した。魔族の世界で暮らす時は常に暗闇の中だ。恐怖を感じることもない。あの夜は暗闇に飲み込まれそのままどこかに連れ去られてしまうような錯覚に陥った。魔族の世界では常に暗闇だ。昼でも目を開けることはほとんどない。恐怖を感じることはない。しかし、朝の光を感じることもほとんどない。それがいいのか悪いのかは自分ではわからない。自分がどうしたいのかもわからない。魔族の世界にいるときは静かに暮らし、人間の世界にいるときはアリーとして暮らす。アリーとしてエイミー様のお世話をし、仕事をする。エイミー様のそばには5年以上いる。そしてエイミー様の成長を見守り続けている。人間の美しさの基準はわからないが、エイミー様は年をかさねるごとに美しく成長している。魔族の私が魅了されているのだろうか。日に日にエイミー様のことを目で追っている時間が長くなっているようにも感じるのだ。エイミー様を目で追い、エイミー様がこちらを向き一瞬目が合う。そのとき何故かとてもいたたまれないような気持ちになるのである。悪いことをしているわけではない。しかし、何か申し訳ないことをしてしまったような気になるのである。エイミー様は何を考えているのかまったくわからなかった。ただ、王女として立派に振る舞われているようには感じた。エイミー様が何かに反抗しているというのは見たことがなかった。あの城を抜け出した夜までは。従順なるエイミー様は、その容貌もあいまってまるでお人形のように見えることもあり、またそれが恐ろしく感じることもあった。しかし、エイミー様のそばに長くいることにより、エイミー様との間に絆のようなものを意識していた。それは魔族の世界では決して得られない感情であった。そのエイミー様がお願いをしてきた。とても嬉しかった。エイミー様に頼られること等今までなかったからだ。懸命にエイミー様の期待に答えるべく動いた。そして、エイミー様と城を抜け出した。

 そこでエイミー様のする話に驚いた。魔族がせめてくるという話だ。そんなことはありえない。魔王様に確認しても、そんなことはありえないというものだった。エイミー様は何故そんな話をしたのか、いったい何をしようとしているのか。今何を魔王様と話しているのかわからない。ただひとつわかることはエイミー様が必死だということだ。そしておそらく魔族の敵ではない。そう感じるのに何か明確な理由が存在しているということではなかったが、直感でそう確信していた。エイミー様が今より幼いころからずっとそばにいる。それゆえにエイミー様に対して特別な感情をもっている。しかしそれは、恐れなのか、尊敬なのか、そう言えるはっきりとしたものではなかった。

 スパイとして人間の世界にくる魔族は生まれた時からきまっている。そして教育を受けて、人間の世界に潜り込むことになる。その期間は10年。10年たつと魔族の世界に戻り、魔族として残りの人生を過ごすことになる。正直魔族の世界には戻りたくはなかった。たしかに人間の世界で生きることは大変だ。毎日働かなくてはならない。その為に、他人と関わり嫌な思いをすることになる。日々皆とうまくやる為に悩んだり、苦しんだりしている。正直何故自分がスパイなどしなくてはならないのか、何故自分がと、世界を恨んだりしたこともあった。人間の世界で暮らしてからは1日でも早く魔族の世界に返りたかった。魔族の世界に帰れば、何もしなくてもいい、何も悩まなくていい、何も苦労しなくていい、夢のような世界が待っているのだ。人間の世界ではやらなくてはならないこと、学ばなければいけないことがあまりにも多すぎるのだ。面倒くさいことなどしたくはなかった。人間の世界ですることなど、面倒くさいことしかなかった。そして、人間は皆面倒くさいことをせずにはいられないように見えた。皆日々何かをしている。魔族のように何もせずにいるという人間はいなかった。皆毎日働き、仕事がないときでも何かしら面倒くさいことをしていた。人間は面倒くさいことをするのがこの上なく好きなようだ。あれでは心が休まることなどないのではないかとアリーは考えた。魔族の世界では、人間の世界では心が休まることのない地獄のような世界で、人々は苦悩にまみれて生きていると、徹底的に教えられる。実際にその通りだとも思った。しかし、本当にそうだろうか、本当に人間は苦しむ為に何かをしているのだろうか。そういった疑問がわき始めたのだ。あの日エイミー様と城を抜け出した日から。


 魔王様。このままでは魔族は人間に滅ぼされてしまいます。魔族の王としてそれはさけるべきではないですか?それだけははっきり言えますよね?

 「それはそうだ」

 魔王は覇気のない声で言った。しかし、覇気がないということは、強固な意思も目的もないということだ。それなら、きっと魔王の意思も変えられるはずだ。魔族がどういう価値観を持っているのかはわからないが、話をする限り、何かしらの意思を感じた。つまり、目的に対して自分は何をしたいか、そしてどういう行動をするのか。その点に関しては、人間と同じではないか。そう考えると魔王の意思を変えることはできると私は確信していた。

 「魔王様は何故そんなにも弱気なのですか?」

 「弱気というのはどういうことですか」

 「人間と戦おうとしない」

 「戦争は悲惨な結果を招くだけです」

 「魔王様に人間の秘密を教えます。魔王様はそれを知れば、戦争の悲劇を繰り返すことなく、人間に滅ぼされることなく、今まで通りの生活ができます」

 「その秘密とは何ですか?」

 「簡単に教えることはできません。少しアリーと話してもよろしいですか」

 魔王は少し席を外すとアリーを連れてきた。そして私とアリーは小さな部屋に連れられ、そこに置いてある椅子に腰掛けた。アリーは何か心に秘めているような表情をしていた。

 「ねえアリー。私と暮らし、そして城を抜け出した夜のことを思い出して」

 私がそう聞くと、アリーは驚き私の目を見た。しかし目が合ったままアリーは口を開かずに黙っていた。

 「どうしたのアリー」

 「いえ、ちょうどその時のことをさきほど考えていたのです」

 「そう」

 私はそういうとアリーに笑いかけた。

 「アリーはいつも楽しそうだわ。あの夜だって。アリーは魔族の世界に戻って、何もしない生活に戻りたいの?」

 「なんとも、いえません。決まりですから」

 アリーは下を向いていた。

 「私ならなんとかできるわ。アリー私の目を見て」

 アリーは顔を上げ私の目を見た。不安と期待が入り交じった、複雑な表情に見えた。

 「ねえアリー。あなたがもっと楽しく、もっと自分のしたいようにできるような世界に連れて行ってあげる。もちろん、疲れたら何もしなくてもいいわ。あの夜のようにその世界に抜け出そう」

 私が肩を抱き、満面の笑みでそういうと、アリーは小さく頷いた。

 「アリーこれから魔王様に会うわ。そのときアリーも一緒に来て。そして魔王様に何を聞かれても『はい』と答えて、そしたら魔王様は、何故『はい』言わないのかと聞いてくるわ。そしたら『それは魔族の為になります。エイミー様は魔族の為を思っているのです。故に私は「はい」としか言わないのです』そう答えて」

 そして、私はアリーに何度もそのセリフを復唱させた。もう大丈夫だろうと思ったタイミングで二人で部屋を出て魔王のもとへと向かった。魔王は強い意志がなく何も考えていないように見えるが、論理的に考え、魔族にとって最善の策をとっている。滅ぼされるよりも、戦争をすることのほうが、魔族にとって悪夢なのだ。そうでなければ、30年前の戦争で、人間が戦争をやめなければ魔族は確実に滅ぼされていた。魔王はそれを受け入れていたとしか思えない説明がつかない。つまり戦争をすることと、人間に滅ぼされることはイコールではないのだ。ここに魔族の不可解だった謎の答えがある。魔王にとって戦争イコール魔族同士での殺し合いがおこるということだ。つまり、戦争をしても魔族同士での殺し合いが起きない状況をつくれれば、戦争をして、人間を討ち滅ぼすという選択を選ぶことも魔族として合理的なのだ。魔族が生理現象意外に何もしていないという理由もこれで説明がつく。魔族は何もしてはいけなかったのだ。何かをするのは人間だけだ。魔族は何もしない何もしなければ殺し合いはおきない。魔王にとっては苦渋の決断だったはずだ。人間だけが愚かに利己的に考えていた。魔族が人間に滅ぼされる理由など何もないのだ。私はそのとき心の底からそう思えた。

 魔王のいる部屋に戻ると、魔王はさきほどと同じように座っていた。アリーと共に魔王の前にたつと、魔王に話しだした。

 「魔王様が望むことは、魔族同士の殺し合いをさけるためですよね」

 「その通りです」

 「それは、たとえ人間と戦争をしても、さけることができます。その為に私は魔王様に人間の秘密を打ち明けます。その変わり、人間を滅ぼしても私だけは殺さないでください。アリーにはそのことを約束してくれるようにお願いしました。そうよねアリー」

 「はい」

アリーは答えた。

 「魔王様は魔族を皆同じようなものと考えていますね、ですから同じようなことを、魔族にさせているのです。それだったらアリーの言うことも、魔族の考えることと魔王様は考えないといけません。アリーもそう思いますよね?」

 「はい」

 「魔王様もそう思いませんか」

 「そうは言っても、アリーは「はい」としかいっていないのではないですか」

 私はアリーを見た。

 「エイミー様は魔族のことを考えてくれています」

 アリーは力強くそう言うと、魔王はしばらくだまっていたが、何かを決意したように頷いた。

 

 そして、私は人間の秘密を魔王に打ち明けた。

 

 魔王は驚愕の表情を浮かべ、狼狽していたようだったが、しばらくすると怒りがこみ上げてきているように口を開いた。

 「それならば何故人間に蹂躙されなければいけなかったのか、何故何もできなかったのか」

 そういうと、私を睨んだようにこちらをみた。約束を取り付けておいていてよかった。この状況だと殺されていてもおかしくない。

 「魔王様。これで魔族がやるべきこと、魔王様がベリアンの言葉を使い、魔族を導く道は決まったはずです。人間は魔族を滅ぼす為に今も準備をしています。時間はありません。1秒でも早く、人間の世界に攻め入るべきです」

 「言われなくてもそうする。愚かな人間に魔族の怒りを見せてやる」

 先ほどの魔王とは別人のように見えて、私は恐怖を感じた。

 「しかし」

 魔王は少し間をおいて言った。

 「我々魔族は変身能力を使わない。人間同士が殺し合う醜い姿も見たくはないのだ。我々は魔族として戦い、魔族として人間を滅ぼす」


 私は人間の姿をしたアリーと、人間の世界に戻る帰路についた。

 「エイミー様」

 アリーは、心細そうに私のほうを見た。何か言いたげそうに見えたが、私はそれを遮るように。「アリーは何も心配しなくてもいいわ」と言った。


 私が城に帰って3ヶ月か過ぎた。その間私は特に何をするのでもなく過ごしていた。隣国に行くことも、城下に行くこともなかった。私は何もしない魔族の生活というのも悪く無いかも知れないと考えると、なんだか笑ってしまった。人間の世界に魔族の話があまり伝わっていないのは当然だった。昔の人間はわかっていたのだ。魔族と争っては決して勝てないと。そして魔族の勘違いを利用して、世界をわけた。見たく無いものをみないようにしたのだ。そして、今度はみたいものだけをみた。邪悪な人間の共通の敵というふうに。

 

 私が昼食をいつものようにとっていると、私の父のもとに急いで人間が何かを伝えにきた。父は慌てて部屋から出た。しばらくすると血相を変えて私のもとに走ってきた。

 「いいかエイミー、決して城から、自分の部屋からでるんじゃないぞ」 

 「どうかされたのですか」

 「なんでもない。何も心配することはないが、念の為だ」

 私は何が起こっているのか想像がついた。


 それから私は何事もなかったように城での生活を続けていた。ある日。突然何かが起きたように城下が騒がしくなってきて、それが城の中まで波及してきているのがわかった。私は窓から空をみた。いつもと同じ青い空が広がっていた。

 そのとき急にドアが開いた。アリーと一瞬思ったが、瞬時にそれがアリーではないと感じた。なぜならその魔族は明確に殺意を私に向けていたからだ。一歩一歩警戒しながら、その魔族は私に近づいてきた。私は黙って殺されるつもりはない。机の引き出しにある、短刀を出し力強く握った。

 その時だ、その魔族に襲い掛かる人間が見えた。その人間は大きな検で後ろから魔族を切り裂いた。そして私の顔を見ていった。

 「大丈夫かエイミー」 

 「ニック」

 私は生まれて初めて、許嫁の名を、結婚相手の名を呼んだ。

 人間には魔族のような変身能力はない。それが魔王に伝えた人間の秘密だ。人間は変身することができない。しかし、自分の宿命を受け入れ、そして運命を切り開いていく力はあると信じていた。私はニックにもその力があると信じていた。だからこそ。


 平和を取り戻すまで、死ぬわけにはいかない。

 

                完

 

 

 

 

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許嫁が気に入らないので戦争を引き起こすお姫様 @sd-0001

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