天の川に願いごとを 8

 これでいいのかな、とのろのろ体育館に向かう。星野さんはいつも通りといえばそうだけど、美羽音も、部活があるから、とホームルームが終わるとそそくさと教室を出てしまった。2人とも文化祭前の部活で忙しいといえばそうなのだろうけれど。たぶん瀬那もさっさと軽音部に行ってしまったのだろうか、姿が見えなくなっていた。

 全員を納得させるなんて難しいなんてことは、小学校のうちから痛いほどわかってる。みんなで何か決めなきゃいけないなら、なるべく多くの人の意見が通った方がやりやすい。多数決で決めるのだって普通のことだ。でも、たった1人2人の声とはいえ、あんなにバッサリと少数意見を切り捨てられるのを見ると、心が痛んだ。

 いや、発言しなかった私だって、そのうちの1人なんだ。人のことなんか何も言えない。空手の道着に袖を通しても、胸を張って練習する気にはなれなかった。

 練習場所の体育館のステージ上で、覇気のないステップを踏んでいたところ、隣にいた直央なおちゃんにぶつかってしまった。

「わっ!」

「ほらほら川島! いつもの調子はどうした!」

 先輩に思いっきり注意されて、集中しなきゃ、と大声を出す。仲間の声もつられて大きくなり、ステージは空手部のかけ声の大合唱。こだました声が他の部にも伝染して、体育館中からかけ声が響き渡る。体がふらつくのも我慢して、力の限り前後左右に飛び回る。やがて休憩が訪れると、倒れそうになる体を引きづって、直央ちゃんの元へ謝りに行った。

「何かあった?」

 直央ちゃんは、ガポポポと音を立てながら水筒の中身を吸い込むように飲んでいる。

「……ちょっと」

 直央ちゃんの荷物の隣に置いてある自分の荷物を漁る。見つからない水筒にうんざりして、諦めて手を止めた。ほれ、と直央ちゃんは自分の水筒をよこす。大丈夫、と押し戻した。直央ちゃんにまで気を遣わせる自分が嫌になる。

「もしかして飲み物が見つからないの?」

 何も答えないで荷物を見つめていると、音が響くほど豪快に背中をたたかれた。

「先輩たちには言っておくから、飲み物くらい買ってきなよ。熱中症になっちゃうよ」

 お金ないならうちが貸すから」

 財布を漁り出す直央ちゃんの手を遮って、探してくる、と立ち上がった。たぶん教室に置き忘れたんだと思う。先輩たちに断りを入れて校舎に戻ることにした。手ぶらで戻ればたぶん直央ちゃんに自動販売機までひきずられることになるので、念のためお財布も持っていく。

 夕日に照らされる階段を上っていくと、私たちの教室がある階の渡り廊下の前で、1人の生徒がしゃがみこんでいた。

「……瀬那?」

 見覚えのあるシルエットとチラシの束が載せられた脇に置かれたカバン、そしてかなり目立つギターケースに、駆け寄って声をかける。上げた顔をのぞき込むと、正真正銘、瀬那だった。

「何してるの、こんなところで。部活は?」

 下まぶたを拭って、瀬那はアイカ、とうなった。

「こんなとこにいたら具合悪くなっちゃうよ。お水買ってくるから」

 慌てて階段に戻ろうとする私を、瀬那の手が引き留めた。

「アイカの方が、ヤバそうだよ」

 瀬那に言われて、体が勝手に膝をつく。急に汗を感じて、額からも首筋からも大量の汗が噴き出ていたことに気づいた。

「水筒、教室に忘れたんでしょ。取ってきなよ。アイカ、お弁当を保冷バッグにしてから水筒は別で持ってくるようになったから、机の脇にかけっぱなしにでもしたんでしょ」

 何でそこまで知ってるの? とさらに顔が赤くなって、本当にヤバいやつだったと自覚した。そこまで言われては格好もつかないので、水筒を取りに行かせてもらう。瀬那の言うとおり、自席のフックには私の水筒がぶら下がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る