特別な2人組 15

 戸部さんは、いつも渡會さんと武藤さんの3人で一緒にいたのだ。友達がいる。2人と組めなくてもし、何かで一緒に組もうと言われたなら、いいよ、と仲間に入れているだろう。それこそ3人組同士なのだし。

 しかしながら、戸部さんは現に、クラスレクをやっている最中に1人抜け出している。少なくとも、戸部さんがつらい思いをしているのは事実なのかもしれない。

「でも、どうして戸部さんが……」

「1つ、心当たりがあります。川島さん、あなたとつるむきっかけになった、あの体育の日のことです」

「あの日……そうだ、全員いたはずだから3人組ができるはずだったのに、2人組しかできなかった。

 もしかして、戸部さんがいなかったってこと?」

 私が星野さんと組んでストレッチをしたあの日、板垣先生は3人組を探していた。体育の参加者が45人だったはずなのに、2人組しかいなかったのだ。

「出席を取ったはずなのに本来の人数ならできるはずの3人組ができていない。欠席も見学もいない。体育の出席は成績にも大いに関係しますし、もしどこかでケガをして動けなくなっているといった事故が起きれば責任問題になりますから、人数が合わないというのは大問題でしょう。

 板垣先生は生徒たちが本当に体育館にいたのか、徹底的に調べたはずです。結果、戸部さんが途中でいなくなっていた、という結論にたどり着きました」

「それで、戸部さんが仲間はずれにされていることを、板垣先生が知った」

「もしかしたら、渡會さんと武藤さんの方から”配慮”を申し出たのかもしれません。2人は体育係ですし、責務を負うには妥当でしょう。

 2人組を作るときには武藤さんもしくは渡會さんのどちらかが戸部さんと組むことが次の体育から始まりました。戸部さんがあぶれることはなくなり、結果、途中でいなくなることもなくなるでしょう」

 星野さんの推理力を信じるつもりだ。私がそう言ったのだから。でも、腑に落ちない感じがする。

「でもさ、私たち他のクラスメイトが戸部さんを仲間はずれにしていたから、渡會さんか武藤さんのどちらかが戸部さんとチームになるようにしましょう、っていうのはわかる。

 でも、その2人は……」

 言いよどんでいる私に、星野さんは、ええ、と続けた。

「私が3人の誰かと組みましょうと言うと、いつも戸部さんをペアにつけてきました。

 1人しか選べないなら誰を選ぶかと言われると、お互いを選ぶような2人でした。

 と、今まで思っていました」

 ややこしい言い方に、首をひねる。

「そうではありませんでした。少なくとも、今は違います。

 戸部さんの姿が見えなくなったので必死で探しています。戸部さんがどうしているのか本気で心配しています。

 渡會さんと武藤さんにとって戸部さんとは、そういう存在です」

 戸部さんの姿が見えなくなった時、武藤さんと渡會さんは、一目散に教室を出て戸部さんを探しに行った。星野さんから聞いた過去の話に囚われて勝手に思い込んでいたが、今の姿を見れば違うことは明らかだった。

 その時、一番奥の、掃除用具入れの扉がひとりでに開いた。

「きゃあ!」

 勢い余って星野さんに飛びついてしまったが、正体はなんてことなく人間、戸部さんだった。

「戸部さん!?」

「すべて聞いていたのですか」

 こんな時にも落ち着き払っている星野さんにも驚いたが、今はそれどころではない。

「あ、あの」

「1回体育サボったよ。だるくて」

 体がブルブル震えていて、優等生のセリフすら言えなくてまごついていると、戸部さんが話始めた。

「体ほぐしの時ですよね。雨が降ったあの体育の時、あなたは体育館を5周した後で2人組を組んでストレッチをすると聞いたとき、体育館から抜け出した」

 やっぱり。体育館からあの日抜け出すには、そのタイミングしかなかった。

 星野さんが言うと、戸部さんはゆっくりとこちらを向いた。

「その時は、どこいたの?」

 雨だったから、体育館の軒下にいるか、先生に見つからないように校舎内に潜んでいるしかなかったはずだ。しかも、ジャージ姿では風邪を引いてしまうかもしれないほど、気温は低かった。

 戸部さんは「着替えて教室にいたよ」とけだるげに答えた。

「……具合とか悪かったの? 先生にも言えないくらい」

 別に、と戸部さんがつぶやいた気がした。そのまま戸部さんは私たちの間を通ってトイレの出入り口に向かう。

「待って」

 私は戸部さんに呼びかけて、ポケットの中からとりだしたスマホを確認する。

「クラスリモンにこんだけの通知が来てる。みんな戸部さんのことを心配してる。だから、ちゃんと話して」

 私がクラスのリモンルームの様子を見せる。戸部さんの心配をする声が上がっていた。

 星野さんが、私の右腕を引っ張る。小さく首を横に振るので、私はスマホをポケットにしまった。 

「あなたたちは」

 戸部さんから、まっすぐこちらを見つめられる。

「いいよね。何も考えなくてよくて」

 戸部さんは、私たち2人にあざけったような顔を向けて、私たちの顔をまっすぐ見ながら話つづけた。

「星野さん、大分図々しいよ? あの2人に向かって一緒に組みませんか? なんて言い出すなんて。機嫌悪くなるのわかってて話しかけてきたでしょ。性格悪いよね。だからウチのこと友達がいなくてかわいそうな人みたいな話もできるしさ。

 不愉快なんだけど」

「ごめんなさい」

 戸部さんには謝るしかなかった。憶測を聞かせてくれといって、結果、戸部さんを傷つけてしまったのなら。でも、納得はできなかった。

「結局、川島さんでよかったわけでしょ。何なの?」

「私は固定された人間関係を好みませんから」

「でも、最近2人でいるみたいじゃん。リモンに入れたのだって川島さんでしょ」

 戸部さんの言っていることは事実だ。でも、違う。

「私は、星野さんと仲良くなりたいと思ってる」

 戸部さんと、星野さんの目が、少しだけこっちに向いた。

「でもそれは、仲間に入るとか入れるとか、じゃなくて、ただ、友達になりたい。

 授業で困るからとか、誰かが嫌がるから、とかそんな理由でもなく」

 戸部さんは、あっ、そ、とだけ素っ気なく答えた。

「じゃ、金輪際ウチと組まないでもらえる?

 あの2人に嫌われたら、マジ終わるから」

 今度こそ戸部さんがトイレのドアを開けると、渡會さんと武藤さんの2人が待っていた。お互い、名前を呼びながら廊下に出て抱き合っている。

 戸口が閉まる前に、星野さんが扉を開けて外へ出た。私もつられて出る。

「構いませんよ」

 星野さんが大きな声で叫んだ。途端に、3人の興ざめした顔がこちらに向く。

「私は、みなさんの友情を邪魔したくありませんから。どうぞ3人で組んでください。私は私ですから」

 星野さんは、何の表情も読み取れないほど、真っ黒な目をしていた。

「友情の邪魔?」

 武藤さんが首をかしげる。

「3人で組んで、って別にグループとか組んでないし」

 渡會さんがいうと、何それアイドルか、と武藤さんが笑って、3人で教室に戻っていく。戸部さんも笑っていたけれど、引きつった顔を浮かべたのは、気のせいだったのかな。

「星野さんの言った通りだよね」

 私は星野さんに聞くと、そうだと思いますよ、と能面のような表情のまま答えた。

「板垣先生の勘違いだった、ってことでいいんだよね」

 星野さんが黙ったまま目を背けた。独り言を言ったみたいになってしまう。

 本当はもっと聞きたかった。本当にサボりたかっただけなの? 渡會さんと武藤さんとの2人とは本当に友達なの? 仲間はずれにされているんじゃないかって板垣先生が心配したのだって、間違ってなかったんじゃないの――。

 独り言ついでに、こうつぶやいた。

「星野さんが友達はいらないと言うのは自由だし、誰と組むのも自由だけど、誰と組んでも自分が悪いなんて思わないでほしい。学校の授業で2人組を組むのは、授業を受けるためだもん。

 友達関係に上も下もないんだから」

 手に温度を感じて、右腕が引っ張られる。星野さんが、帰りましょう、とつぶやいたように聞こえた。私たちは、教室の方へと歩き出していた。

 きっと、戸部さんはこれからも渡會さんや武藤さんと一緒に休み時間を過ごしたり、授業で2人組や3人組を組んだりするのだろう。この時私は、こう楽観していた。

 この日以来、戸部さんはいろいろな人たちの間を渡り歩いている。

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