第43話 忘れることなく
「なあー、応援くらいええやんかー」
子供が駄だをこねるみたいに、青年は鍛え抜かれた身体をくねらせた。
その横で、本当に子供の年齢である少年らが「なー!」と青年に味方する。
もちろん純粋に青年に味方すると言うよりは、自分達の打算も込めた援護だったが。
「…やーよ。だいたい人混みになんかに子供達を連れていって迷子になったら、苦労するのは私なんですからね!」
「…ほな、アンジェちゃんだけでも来てくれたらええやん」
すると少年達から一斉に抗議の声が上がった。
「俺たち行けないなら、オータ兄ちゃんの味方なんかしないぜ!」
「そーだそーだ!」
「…そない言うたかてアンジェちゃんはああ言うとるしやな」
「何年も連続で勝ち続けてるんでしょ?私が応援しなくても大丈夫そうじゃない?」
「そうじゃなくて、強い俺を見て欲しいって事!」
「それでアンジェ先生に惚れて貰いたいって事?」
「せや!…ってバラすな!」
「べーっだ!」
少年は自分達が行けないとみるや、援護は不要とばかりに舌を出した。
「…強くても惚れないわよ?」
「そうなん?そんなら無駄やなあ…、折角、関係者だけ入れる特別来賓席の入場券持って来たのに…」
ひらひらと二枚の券がオータの手の中で悲しく揺れた。
「話によっては君の要望に手を貸さない訳ではない」
突然掛けられた声にオータは振り返る。
グエンが眼鏡を押上げオータを…オータの手の中の入場券を見ていた。光の反射で眼鏡が妖しく光った。
「あんたの話は怖いからなあ。…なんや?」
「もう一枚それを用意してくれるなら、アンジェを連れて観戦しようじゃないか」
もう一枚。つまり合計三枚。
グエンとアンジェとトミーの分。…なるほど。
「これ…関係者に一枚ずつしか配られてなくて、この余分の一枚だって手に入れるのって大変やったんやでー。もう一枚ってのはなあ…」
「それなら、こうしよう。もう一枚用意してくれたら…」
「してくれたら…?」
この眼鏡の青年が交渉に値しない事柄を提示するわけがない。
オータは券を握り締めてぐっと詰め寄った。
「アンジェを一日貸し出すから、二人で好きに過ごすと良い」
「その話乗った!」
「ちょっと待て!!私の意思は無視!?」
拳を握ってわなわなと肩を震わせるアンジェの前で、二枚の券はグエンに渡された。
「ほなもう一枚は後で持ってくるから」
「調達出来るのか?」
「あー、まあ、奥の手使うから大丈夫やろ」
「奥の手?」
「法王倪下に頼むわ」
グエンが「ん?」と興味深そうな視線をオータに送った。
「倪下と親密な間柄なのかな、騎士殿は」
「そないな言い方せんでも、別に隠してへんから教えてあげるって、記者殿」
よいしょとオータは立ち上がると軽く伸びをした。
「王宮関係者は皆、知ってるしな。俺、伯父さん…前法王の養子やから一緒に育ってん」
残念ながら訛りは直らへんかったけど。
「では、オータ君は倪下の私的な顔も知ってるわけだ」
「そう言う事になるわな」
オータは人差し指で鼻の頭を掻いた。
私的な顔と言われて、オータの頭に浮かんだのは、清廉潔白そうな微笑みを絶やさない法王ではなく、不機嫌そうな無表情で夜に出歩く闇夜の月の姿だったが、もちろん言うわけにはいかない。
「せやな…品行方正、誰に対しても平等で、やんちゃ坊主の俺とはえらい違いやったなあ」
「ふぅん…」
途端につまらなさそうな表情をしたグエンにオータは苦笑した。
真実を教えたら、物凄く喜ぶんやろうなあ。
そう思ったが、別にグエンを喜ばせてもオータにとって良い事など一つもない。
「そう言えば法王倪下は聖殿の一部屋を若者達に貸しているそうだね。噂では今の王権政治に反発している若者達の集会が開かれているとか。…倪下は王宮に対して何かをお考え、と言うことかな?」
「倪下は目が見えんから、ただ外の話を聞くんが好きなだけやろうな。それがくだらない恋愛話でも楽しく聞いてると思うで」
現に俺のアンジェちゃんへの想いなんか、興味津々やし。
「…まあ、そう言う事にしておこう。騎士殿は法王様と幼馴染みなわけだからね」
「だから隠してるって?」
「君は嘘が上手な訳ではなさそうだが、下手な訳でもなさそうだからね」
コワイコワイ…。
オータはグエンの言葉に人知れず背中に汗を感じた。
「嫌やなあ。…そんなんじゃ女とうまく付き合えへんよ」
「恋愛における感情の高ぶりは一時的な物だ。大切なのはその先にあり、私と言う人間の言動や行動が受け入れ難いのであれば仕方のない事だ。…が、アンジェの気持ち一つ動かせない君に言われるいわれはない」
「まあ、ええわ。ほな、アンジェちゃん貸出しの約束、破ったらあかんで。じゃあまたな」
アンジェの意見は無視して約束を成立させるとオータは慌てた様子で帰った。
何しろこの日のオータには午前中の僅かな間しか自由な時間がなかったのだ。
その僅かな時間を割いてアンジェに観覧して欲しいと懇願しに来たわけだが、アンジェはそんな事情を知るよしもない。
今日は午前中に南の国から来た王子と西の国の王の会談があり、午後からは場所を移して聖殿で法王との会談が組まれており、その移動の護衛兼案内に王子の側近くに侍らなくてはならないのだ。
勿論、南の王子は自国から護衛を連れて来てはいたが、だからといって西の国側から護衛を出さないわけにはいかない。
更に聖殿での会談が終わったら、今度は法王を含めて再度王宮に戻って宴席があり、それにもはべらなくてはならず、更に王宮から法王を聖殿に送らなくてはならない。
明日のコロッセオの闘いに参加する身としては、いささか勘弁したい気持ちだったが、仕事は仕事だと言われてしまえば仕方がない。
それに、オータは過去の実績から準決勝からしか闘わないので、勝ち上がってきた選手に対してのハンデと思うことにしたのだった。
馬を早駆けで飛ばし、一度家に帰ると宮廷騎士の装束に着替え、王宮に一路向かった。
「オータ様!」
オータの率いる騎馬隊の中の小隊長らが数人、オータを見るなりほっとした面持ちで駆け寄った。
「悪い悪い。…で、どうだ?」
「そろそろおいでになるかと」
「そうか。ほんなら皆、持ち場に着いて待機」
一台の馬車の左右を囲んで整列すると、オータは今か今かと王宮を振り仰いだ。
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