第39話 すれ違い、



 城に到着して出迎えたのは、レンの予想通り宰相だった。

 文官上がりの宰相は、身体の線が細く、目つきが鋭くて狡猾な狐を連想させた。


「本日ははるばるお越し下さいまして、誠にありがとうございます。本当ならば本日お出迎えするのは我が国の王太子殿下でありましたが、急な病にて私めが仰せ遣いましてございます。私ごときがお相手します非礼をご容赦下さいませ」

「十分に礼を尽して頂いておりますよ。それよりも王太子のお加減はいかがですか」

「お陰様で快方に向かっております」

「そうですか。では滞在中に王太子殿に不都合がなければ見舞いに伺います」

「それはありがとうございます。私からお気持ちだけお伝えしておきましょう」

「そうですか。お会い出来ないのは残念だ。それではよろしくお伝え下さい」


 最初から答えの分かりきっている問答を社交的にこなして、宰相に案内を託された使者に連れられて離宮に入った。


「滞在中はこちらの離宮をご自由にお使い下さいませ」

「ご配慮感謝します」


 部屋から見える庭の様子は、彩りの花が揃えて植えられ、奥の東屋の前には唐草模様をあしらった白いブランコが大木から下がっていた。


「随分と可愛らしい庭だ」


 レンは率直に感想を述べた。


「はあ…。この離宮は先王陛下が王妃様と王子様の為に作られた離宮ですので、申されます様にそのように感じられるかも知れません」

「先王陛下の、ですか」

「さよう。先の王妃様は国政やら面倒な行事事などお嫌いな方でして、離縁されるまでこちらでお過ごしでした」


 国の人間なら誰でも知っている上っ面の内容だけに、使者はすらすらと話した。もとより誰でも知っているような内容しか彼は知らないのだろうが。


「それから先王陛下が亡くなられ、王子様がご病気になってからしばらくは静養でお使いでしたが、それ以後はこのようにお客様用に使わせて頂いております」

「そうですか」


 その辺の上っ面の事情は国内外でも有名で、レンは敢えて何かを尋ねたりはしなかった。

 つまり、静養をしていた先王の遺児が、明日会う法王と言うわけだ。


「では私はこれにて失礼致します。また晩餐の折りにご案内差し上げますのでごゆるりとお過ごし下さい」

「ああそうだ、使者殿。晩餐までにはまだ半日も時間があるから、街中を少し物見に行きたいのだが、構わないか」

「構いませんが…。ならば馬車か馬を用意致しましょうか」

「先程貸してくれた馬がありますからそれには及びませんよ」

「さようですか、ではごゆるりと」


 使者は頭を下げてそそくさと部屋を後にした。


「殿下、街中に行かれるならお供しますが」


 タイガの申し出にレンは手を振って「いいえ」を示した。


「お前と一緒ではかえって目立つ」


 レンはマントを外して長椅子にバサッと放り投げた。


「ですが…」

「俺の安全より、明日の晩餐は舞踏会だぞ。ちゃんとご婦人と踊れるのか?」

「…それは…」


 上着を脱いでマントの上に放り、荷物の中から違う服を取り出すと被って着た。

 それは街中で見る若者のような服装だ。

 ついでに茶髪のカツラを出して被って、鏡で己の姿を確認した。


「夕刻には戻る」

「お気を付けて」

「……タイガ」

「何ですか?」


 出国前に双子が尋ねてきたアルシーヌの事を、言うべきか、一瞬迷ってレンは、


「……いや」


 やはり口を閉ざした。


「何でもない」

「……」

「お前には今夜の晩餐にも出てもらうから、礼服の用意でもしておけよ」

「…分かりました」


 素早く部屋を出ていくレンを見送り、タイガは放り脱がれたレンの軍服を拾い上げてハンガーに掛けた。

 殿下が意味のない事を口にする事など少ない。何か重大な事を言いかけたのではないか。

 タイガは物言いたげなレンの後ろ姿を思い出す。

 人の機微は良く分からない。思い返してやっと気付く程度だ。

 …テンガ、お前なら先程の殿下を呼び止める事が出来たのではないか。

 タイガは自分より機転の利く分身を思い浮かべて溜め息を吐いた。




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