第22話 まるで必然かのように
石畳みの通りを南に進むと、突き当たりに大きな石造りの門がそびえていた。
聖殿は寺院の類だと言うのに、まるで堅牢な要塞の城壁を思わせた。
どうしようかと視線を巡らせば、門の前を一人の若い神官が箒で掃き清めている。
ライリースとアルシーヌは顔を見合わせ頷いた。
「すみません」
アルシーヌが声を掛けると神官は顔を上げた。
若い神官だと思ったが、見た感じは17歳のアルシーヌより、更にもう一つか二つは年下の少年に思える。
彼はライリースとアルシーヌを見て首を傾げた。
「こんにちは。聖殿にお祈りにいらした方ですか?」
「いや、実は俺達、人を探していて…」
アルシーヌは懐から腕輪を取り出して少年神官に見せる。
「旅の途中、盗賊に襲われた所を人に助けられたんですけど、お礼も言えずにいて…。けど恩人はこれを落としていったんです」
「ああ、これはコロッセオの挑戦者の…」
「はい、これをお渡ししてお礼を言いたくて。確か聖殿で挑戦者の名前とか管理しているって聞いたような気がして来たんですけど…」
今年の年号と通し番号が刻印された腕輪を見ると、少年神官はにっこりと笑った。
「では名簿をお調べしましょうか。あと一週間後に開催ですから、もうこちらに来られて受付しているかもしれませんし」
コロッセオの出場資格者は希望すれば聖殿での宿泊が許される。その為には受付が必要だが、地方からの出場であれば宿泊代が掛らない聖殿での宿泊を希望する者がほとんどだ。
もちろん腕輪の持ち主がここに来ていることはない。あの夜の峠で物言わぬ体になったからだ。
「ありがとうございます!」
アルシーヌは大袈裟な位、瞳を見開いてそれから微笑んだ。
「ではこちらへどうぞ」
正門の脇に設けられた使用人入口を開いて若い神官は二人を招き入れた。
コロッセオの参加者に解放された広間に着くと、彼は戸棚から一冊の綴本を出し机の上に開いた。
「ええっと…これですね」
神官が指した名前を二人は覗き込んだ。
「エドワード・ジョーンズ、出身は…東ヨーク公国」
「東の国との国境ですね。…おや」
年若い神官はリストを見て首を傾げた。
「この方はどうやら棄権なさったようですね。一月半ほど前にこちらにこられて申し出られたようです」
記録を読み神官は申し訳なさそうに二人を見た。
「これでは祭典には来られていないようですね…申し訳ありません、力になれずに…」
「いえ…調べて頂いてありがとうございます」
あ、そうだ。と、アルシーヌは思いついたかのように声をあげた。
「一月半前に棄権の受付をした方のお話を聞きたいんですが…せめてどんな方だったのか」
「はあ…受付は…ああ、法王様がされていますね」
「法王様が?」
直々に?
「ええ。今、王宮に行かれていますので…お帰りを待たれますか?」
「法王様が会ってくれますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。法王様は分け隔てなくお会い下さる方です」
そこでアルシーヌはまた大げさに喜んでみせた。
「ああ良かった!少しでも恩人の話が聞けるんですね!」
「はい。では帰られましたらお呼びしますから、それまでご自由にお過ごしください」
そう言い置いて神官は奥へ行ってしまった。
二人はまず少し歩いて庭に出た。
ちらほらと神官以外の人間もいて、ここが一般解放されている場所だと分かる。
その人達をちらと横目で見ながら二人は声を少しひそめた。
「一月半前に棄権して半月後にはライリースを襲ってるなんてオカシイぜ」
「俺を襲う為に棄権したと?」
「それより、エドワード・ジョーンズって名前は?」
「知らないな」
胸に一つも引っかからない。
記憶喪失なのだから記憶にないのはどうしようもないことだが。
ライリースは息を吐いて呟いた。
「法王か…」
大通りですれ違った馬車の小窓から見えた青年。
少し気になる。
その存在が何故か胸に掛かって仕方がない。
ライリースはよく晴れた空を仰いだ。
それに反してアルシーヌは少しうつ向いた。
「しかし…」
法王自ら受付を?
それには違和感がある。
少し庭を歩くだけでも数人の神官とすれちがった。こんなにも神官がいるのに何故法王が…。
とにかく一度法王に会ってみよう。
二人は暫しの休息をベンチに座り、取ることにした。
太陽が中天を過ぎて、少しだけ地面の影が長くなったかと感じるころ、二人を案内してくれた少年神官が通路できょろきょろと辺りを見回し歩いて来た。
ライリースはすっかり昼寝を決めこんでいたアルシーヌをゆすり起こす。
「おい、アルシーヌ」
「んー、ぁ…」
まるで日向の猫のように伸びをしたアルシーヌを僅かに笑み混じりに見てライリースは立ち上がった。
ライリースほどの長身の男が立ち上がれば、否が応でもすぐに目が行く。少年神官は直ぐ様二人に小走りに寄った。
「ああ、こちらでしたか。法王様がお会い下さるそうです、どうぞこちらへ」
二人は顔を見合わせると頷き、少年神官の後を追って聖殿に入って行った。
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