第21話 彼らを引き寄せ、
まず二人は都の中心である大通りに出た。
街の南北を結ぶ大通りは、甃を美しく幾何学模様に並べて、城と聖殿を繋いで街の真ん中を堂々と縦断している。
「広い通りだな」
アルシーヌが感嘆の声を上げた通り、大通りは馬車が四台分と左右に人が五列ずつ並んで通れる位の広さを有していた。
その大通りを横切るように港へと続く緩やかな下り坂があり、また遠くに街全体を囲んで城壁が見えた。
「街の配置が整理されているな」
「西の首都は大陸全体をみても、南と並んで最古の歴史がある古さだからな。町並みは出来上がってるだろうぜ」
古の戦乱の折り、守られた都は西と南の首都だけだ。
東は全土、聖冠王が復興する以前の面影は残っていないだろうし、北は未だ復興途上である。
まるで観光客のように街並みを眺めて歩いていると、突如、周りの人々が立ち止まり通りの両側に分かれて頭を下げた。
「なんだ?」
疑問の声を上げながらもアルシーヌはこういった風景に馴染みがあった。
王族なんかが馬車やらなんやらで外に出ると、こういった事がおこる。かつて父と通り過ぎた人波だ。
通る人物の人柄によって人々の顔つきが変わる。
粗相を見せたら罰せられるような畏怖の対象なのか、尊敬の対象なのか、憧れに似た物なのか。
取りあえずライリースと二人脇に寄って、人の列の後ろから様子を見た。
南から簡素な馬車がゆっくりと駆けてくる。
通り過ぎる時、小窓からちらり見えたのは、まだ若い青年のようだった。
彼が行き過ぎると人々は有難い物を見たかのように首を垂れる。
一体何者だろう。
年寄りなんかはまるで生き神でも見たかのような恭しい様子だ。
ライリースはじっと馬車が行き過ぎるのを待って、アルシーヌに尋ねた。
「あれは?」
「知らねえよ」
アルシーヌだって何者か気になった位だ。
「そうか…」
なんだろう、この胸がざわつく感じは。
ライリースは知らず右手で胸を押さえていた。
そんな二人の会話を聞いて隣のに立っていた気の良さそうな中年の男が、疑問に対しての答えを教えてくれた。
「なんだ?君達はよその街から来たのかい?」
「ああ」
「あれは聖殿の法王様だよ」
「へえ、ずいぶん若い坊さんだな」
昔は聖なる力を修行で得て人々の役に立ってきた神官達は、今はただ祈るしか能のない世捨て人でしかないとアルシーヌは認識していた。
一体世界で何人の神官が、本当に目に見えないものの声が聞こえているのか。答えは99%否だ。
まして、信心というのは盲目で、それ故に金や権力が集まりやすい。
結果、世捨て人が法王などと『王』の称号を与えられ、財と権力を得る事態になるのだ。
政治的見解からすると、まったく宗教ほど厄介なものはない。
アルシーヌの認識やら考えなど知るよしもない男は、意気揚々と青年について話してくれた。
「とても素晴らしい徳高きお方だ。一度聖殿に赴くと良いよ」
あの方は身分のわけへだてなくお会いして、悩みや話を聞いてくださる。そして私達を導いてくださるのだよ。
自ら不幸を負いながらも、彼は他人の幸福を一番に祈ってくれる。
「素晴らしい方なのだよ」
「へえ…」
「それよりお兄さんがた、コロッセオの闘いに挑む戦士かね?」
アルシーヌは自分の持っている腕輪に気づいて笑った。
男の視線を追えば、この腕輪を見て勘違いしたのだとすぐに分かる。
「これは、拾ったんだ。聖殿に届ける所さ」
「なんだそうか。あと一週間後に今年の開催日が迫ってるからてっきり…」
特に金髪のお兄さんは腕がたちそうだ。
「今年は一層盛大らしいから、あんたがたも見て行くと良い」
「ああ、そうしようと思ってる」
そうそう、と男は思い出したように言った。
「何しろ南の王も観覧に来るらしいからね」
え?
アルシーヌは言葉を失った。
南の王はもういない。
その瞬間をこの目でみたのだ。
「もっとも王の名代が来るらしいがね」
「名代…?」
「ああ、大層な美丈夫の王子様らしいよ」
南の王子。それに当てはまる人物は一人しかいない。
アルシーヌは言葉をなくして僅かに視線を落とした。
レンが来るのか。
知らず腕輪を握り締めていた。
「おい、どうした?」
顔を上げるとライリースが少し心配そうにアルシーヌを覗き込んでいた。
「ライリース…」
ライリースはぽんっとアルシーヌの背中を軽く叩いた。そうしないと、アルシーヌの足が固まって動かないような気がしたのだ。
「行こうぜ」
ライリースはふんわりと笑み一言そう言った。
ライリースの肩越しに太陽が見えてアルシーヌは目を細めた。日に透ける金の髪がやけに眩しい。
「ああ、行こう」
先に歩き出したライリースの背中が、いつもより大きく見えた。
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