彼氏が浮気した。
たろうもも
第1話 浮気発覚。
付き合って一年と四〇日。
なんだかんだで無いと思っていた彼氏の浮気が発覚した。
八ヶ月の時には一度破局して、それでもお互いが必要だと思って復縁した。私と彼との価値観で合わないことも多くて喧嘩も少なくなかった。喧嘩と言っても、私が一方的に普通こうだろ、と諭すような形がほとんどだったけれど。一年経った記念にペアリングを買った。高級でもカップルが行くようなおしゃれなところでもなかったけど、二人がありのままで食事と会話を楽しめる居酒屋に行って食事をした。小旅行にも行くようになったし、特別な場所じゃなくても二人ならまあいいかと思えた。
よく飲みに行く人で、初期はほとんど連絡もくれなくて、私が何度も説得して、最近は飲み行くときや帰ったときの連絡もするようになったし、終わった後はそのまま私の家に来ることが多かった。
お互いの家を行き来して、バイトの後は飲み以外ほぼ毎回どちらかの家で会う。浮気するような時間は物理的に無いし、私への態度が悪くなったわけでもなく、むしろよく構ってくれていた。
でも、奴(「彼」と表記すると慮っている感じがするので以降は「奴」とする、あいつにそんな呼称は分不相応である)のスマホを絶対に見せないぞという決意は凄まじいものだった。一緒にスマホで動画も見ているときなどに、ちょっと私が早送りしようとしたり、見比べるために別の動画を探そうとするときはすぐさまスマホを引っ込めてしまうし、トイレの時もお風呂の時も、ゴミ捨ての時も郵便物を取りに行くときも隣のコインランドリーに洗濯物を取りに行くだけの時も、肌身離さずスマホを持って移動した。たまたま動画を見ながら料理をしているときに、スマホを家においたまま、しかもロックも解除した状態で隣のコンビニに買い物をしに五分ほど家を空けたときなどは、帰ってきて即座に「スマホ中身見た?」と聞いてくる始末。一方私は料理や動画の内容に夢中で、スマホの中身を改めることなど頭の片隅にも浮かばなかった。これではさすがに怪しいというものである。
私はいよいよ行動に移った。奴はその日は飲み会で、もともと会う予定はなかったのだが、想定より早く終わったので私さえよければ家に行きたいという連絡が入った。午前二時五十分頃のことである。午前三時二十五分頃、家に到着する。酔っ払っていた奴はコンビニで買ってきたうどんを食べ、しばらく私とじゃれた後、午前五時前に就寝。寝息から本格的な眠りに入ったと判断した私は、以前から特定が完了していたパスワードを入力してガードを突破し、ラインやインスタをくまなく調べた。
もちろん、そのときは浮気なんてしていないと思っていた。女との関わりは多い奴だけど、結局線引きはしっかりしていて、なんなら自分の友達に私の話をしてくれてたりするんじゃないかとさえ思っていた。
すぐに、その楽観的な考えは崩れ去り、混乱の中に突き落とされることとなる。
最初に開いたラインのトーク一覧には、私やたくさんのグループ、公式ラインがピン留めされていた。スクロールするとすぐに、通話をキャンセルしました、と表示された女のラインが見つかった。名前は○○○(仮称M)。さっきまで飲み会だったのだから、支払いや無事に帰れたかの確認などで連絡を取るのは当然のことである。そのMとのやりとりは、非常に衝撃的なものだった。
『二日の夜、会えない?』
二日というのは、まさに5時間ほど前に日付が変わった昨日のことだ。奴から贈られていたそのメッセージに対して、Mは、友達と食事に行くので、その後だったら会えるかも、と返信していた。奴はそれに、よっしゃーと喜び、私には何時に終わるかわからないと言っていた飲み会は、Mには九時か十時に終わると伝えていて、午前二時には応答はなかったものの奴から電話をかけていた。結局Mは食事の後友達とカラオケに行って寝落ちしていたと連絡してきて、会ってはいなかったようだ。
このメッセージは、本当に隣で寝ているこいつが送ったものなのだろうかと、少しの間自分の頭を疑った。しかし、見れば見るほど、それは奴の文体で間違いないし、口癖もそのままだ。心臓がこれでもかと飛び跳ねて、画面をスクロールする指が震え、冷たくなっていくのを感じた。口の中が異様に乾いて、口内炎がチクチクと痛んだ。
『最近彼氏と別れたんだ、でも誰も紹介したくないな、俺がMと遊びたいもん』
『髪染めたの似合ってる、またかわいくなりやがって』
『○日か△日は?…△日は会えるかも?よっしゃー!たのしみ!』
『昨日はありがと!楽しかった!タクシー代足りた?また遊ぼ!』
出るわ出るわ、気色の悪い会話の数々。インスタに奴は私との旅行の写真を堂々と投稿している。調べたらそこでも繋がっているので、Mも奴に私という彼女がいるのを知っていたはずだが、ラインやインスタでの会話に一切私の存在は登場しない。最初から最後まで、自分のスマホで動画に撮り押さえ、他にも同様に誘っている女がいることも確認した。しかしその中でも、実際に私に隠して嘘をついてまでサシ飲みして執拗に会おうと誘っているのはMのみだった。
次第に空が白み始め、朝日が部屋にも差し込んでいた。どうにも手先が震えてかなわないので、気分を落ち着けようとコンビニまで行き、たばこを一箱買ってゆっくり吸った。健康に良くないし、奴はたばこを吸わないので、私も辞めようと思って禁煙していたのだが、なんだかどうでも良くなって、そのままもう一本吸った。
帰ってすぐシャワーを浴びた。前日にやったマツパが調子よく天に向かって伸びていて、それが妙に癪に障ったのを覚えている。髪を乾かして、もう一度たばこを吸いながら、今後どうしようか考えた。
これは明確な裏切り行為である。浮気の基準は人によって異なるが、私以外の女にかわいいと言葉をかけ、二人で会いたい遊びたいとしきりに誘い、飲み代だけでなくタクシー代まで出そうとするこの行為のどこが健全だと言い切れよう。
しかし不思議なことに、即座に「別れる」という選択肢は浮かんでこなかった。冒頭で述べたように、特別長い期間付き合っていたわけではない。価値観も違うし問題も多い奴だ。第一浮気をしている。いきなり現実を見たことで驚きが勝って、頭が追いついていなかったのかもしれない。
でも、奴と過ごした日々は本当に楽しかった。お互いがありのままの自分でいられるのは本当だし、心から笑って、安らぎを感じて、相手をよりよく幸せにしたいと思った。そのすべてを一瞬ですべて否定し無かったことにできるほど、私は強くなかったのだろう。すべてひっくるめて、「情」というものができてしまっていたのだ。
私が確認した限りでは、奴は誰とも体の関係を持っていないらしかった。スマホを私に見られるとはつゆほどにも思っていなかったのか、すべて手つかずで残してあったのだから、そこは私の情報分析能力を信じようと思う。
午前十時。これが最後だぞという気持ちで優しく抱きついて起こす。まだ眠いのかふわふわと笑いながら寝返りを打ちまだ寝ようとする奴に、早く起きてよう、と甘えたように声を出した。思いのほか屈辱的で、緊張も相まって声が震えるのを感じたが、なんとか押し殺して目を開けさせる。
「おはよう、なんか飲む?」と言って、冷えたスポーツドリンクを手渡した。ひとしきり飲んだ後返されたペットボトルを受け取ると、私はすぐに攻勢に出た。
「あんた浮気してるやろ?」
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