夜桜見物

二季一彩

夜桜


「花見、したかったな」


 半額シールが張られたパックから直に総菜を箸で突き、真実まことはぽつんと呟いた。


「まぁさんの学校職場にいっぱい咲いてたんじゃないの?」

 麗生れおは瞬間的に湧き出た疑問をそのまま口にする。学校といえば校庭に植えられた桜の木だ。真実の勤めている学校には行ったことが無いけれど、きっと桜は植えてあるだろう。

 麗生の言葉を聞いて、真実はじっとりと半目になった。

「職場で、しかも死ぬほど忙しい3月4月に花見てる余裕ないし……」

「ああ……お疲れ様です」


 確かに最近の真実はすごかった。マンションに帰ってきても、夜遅くまで何かしら仕事をして、朝早く起きてよろよろと出勤するのが一ケ月半は続いただろうか。その様子を布団から眺めていた麗生はよく知っている。


 名誉のために言っておくが、麗生だってただ見ていただけではない。不摂生を極めた真実の目の下に隈はできているし、肌もボロボロだったから、寝落ちしている顔をコットンでせっせと拭き取ったり化粧水をはたいたりした。早朝3時半の健気な日課を、真実は知る由も無いが。


 話が逸れた。花見、花見の話だ。


「桜なんてとっくに散っちゃったもんねぇ……」

 4月も残すところあと5日となっては、関東で花の咲いている桜の木を探すことは難しい。今咲いているのと言えば、道路沿い咲いている背の低い……なんだっけ、麗生には思い出せなかった。

「ツツジだったらいくらでも見られるんだけど」

「そうだツツジ! お散歩行けば見られるね。今度の日曜日にでもお散歩する?」

「それも良いかもね。でも、代わりにされるツツジがちょっとかわいそう」


 ふふっと笑う真実の目が、ちょっぴり悲しそうに見える。

 真実はいつも麗生を喜ばせてくれる。だから麗生も真実を喜ばせてあげたかった。

 どうにかできないものかと、麗生は無い頭をフル回転させた。





「おかえりまぁさん!!」

「た、ただいま」


真実は、犬のお出迎えのような勢いで飛びついてくる麗生を、上半身を反らせて受け止めた。

「随分と機嫌良いんじゃないの」

「んふふ~ 何でかなぁ」

「何……」


 言いたくて言いたくて溜まらなそうな顔だ。にんまりと大きく弧にしたくちびるが、むにむにと動いている。

 真実の胡乱気な表情なんて吹き飛ばす勢いの笑顔で、麗生は両手を握ってきた。


「早く早く、リビング行こ」

「まず手洗わせてよ そんであんたも私の手掴んだんだから洗え」

「はあい」

 手を掴んだまま後ろ歩きで進む麗生と洗面台で手を洗って、また手をつないで、リビングに引っ張られる。

 真実はリビングに一体あるのだろうと少々身構えて、リビングに足を踏み入れた。



「……桜??」


 まず目についたのは、四角いテーブルに置かれた、ペットボトルを花瓶代わりに差された桜の枝。よく見ると濃い色の花が着いた枝も混じっていて、おそらくそれは梅だろう。

 本棚の上、床にも同じものがたくさん置かれている。軽く10本以上はあるだろうか、8畳のリビングルームに並べられたそれらは、なかなかに壮観だった。


 文字通り華やかなそれらに、自然と足が引き寄せられる。ゆっくりと座椅子に腰掛け、テーブルの上の花を向かい合った時、ある事に気づいた。


「あ、これ」

「そう、なの」


 よく見ると、枝は少しだけ光沢があって、花びらも植物特有の水気というか、透明感がなくてカサッとしている。本物の桜と梅ではない、造花だ。

 しかし最近の造花というのは案外しっかりしていて、そうと思わなければ不自然さなど感じない。


「どうしたの、これ」

「百均はしごしてきた。季節ものの造花ってシーズンすぎると少なくなっちゃうんだねぇ。寄せ集めの春の名残です」


 何でそんな、と言いかけて、昨日の会話を思い出す。疲れたと勢いで発した願望を、麗生は叶えようとしてくれたのか。


「花見……」

「どうかなまぁさん、こーゆうのでも良い……?」


 驚きのあまりまともな反応が出来ていなかった真実を違う風に受け取ったのか、麗生の表情が見る見るうちに自信なさげなものに変わっていく。

 その顔を見て真実は、こんなにたくさん買って後でどうすんの、とか、造花で花見なんて聞いたことないとか、照れ隠しの憎まれ口が飛び出しそうになるのを慌てて引っ込めた。


 自分のために百円ショップをウロウロ歩き回る麗生の姿、部屋をせっせと飾りつけする麗生の姿、そして花見モードにセットされたリビングで帰りを今か今かと待つ麗生の姿を想像する。


 すると、下らない憎まれ口なんて押しのける勢いで湧き上がってくるものがある。

 心配そうに顔をのぞき込んでくる麗生の頭を右手でぐっと引き寄せて、真実は唇でそれをぶつけてやった。


「ん。今まで見た桜で一番、最っ高」


 ゼロ距離になっていた唇をゆっくり離し、呆気に取られて固まっている麗生に至近距離でそう言うと、麗生の目がきらっと輝いた。


「ほんとう? ほんとのほんとに一番?」

「私がそんな気の利いた嘘つけないの知ってんでしょ。さ、おつまみか何か適当に作るからあんたも手伝……ぎゃっ」


 座椅子から立ち上がろうと足に力を込めた真実は、逆にゴロンと床に転がってしまう。

 全体重で伸し掛かってきた、麗生せいだ。

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夜桜見物 二季一彩 @tegamiokuru

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