Starting Over Again 濡れ衣炎上女子の再起

青月クロエ

一章

第1話 夢の終わり 

「この度は……、誠に申し訳ありませんでした」



 絶え間ないフラッシュ、シャッターを切る音が濁流のように晶羽あきはへと押し寄せた。壇上に向けられた無数のマイクの前、気を抜くと呼吸が乱れ、その場で崩れ落ちそうなのを悟らせることなく報道陣へ深く一礼する。

 視界を覆う、ハイブリーチを繰り返して痛んだ長い髪の隙間からでさえ、フラッシュとシャッター音は容赦なく襲いかかってくる。微動だにせず、正しい角度で頭を下げ続ける晶羽に明らかな悪意を交えた問いが矢継ぎ早に飛ばされる。


「未成年飲酒は法律違反ってご存じですかー?まさか知らない筈ないですよねぇ。常識でしょ?」

「同席したダンスグループのみなさんはキラさんご自身が年齢偽って飲んでいた、って語ってますけどー?そこまでしてお酒飲みたかったんですかあ?!」


 晶羽の胸にちり、と小さな苛立ちが生まれる。

 晶羽は好きであのグループと飲みに出た訳じゃない。

 バンドメンバーのヒナが彼らに半ば強引に誘われて困っていたので、代わりに渋々行っただけ。

 そもそも晶羽はのバーで酒など一滴も口にしていない。


『トシごまかして飲めばいいじゃん』

『プロフで公表してる?イメージ戦略でサバ読んでるだけ、ホントは二十歳過ぎてるってことにすれば?』『だいじょーぶ!オレらも今までそうしてきたしバレないって!』


 むしろ某グループの男の子たちの方が面白がって晶羽にやたらと酒を勧めてきたのに。

 その彼らの発言が、なぜか晶羽が言ったことにすり替わっている。これ如何に?


「グループの皆さん全員、『僕たちは全員止めたのに、キラさんは全然言うこと聞いてくれなかった』って仰ってるそうですが?」


 どの口が言う。

 バーの店員だって晶羽は飲んでいないって知っている上で沈黙ノーコメント貫いているし。

 真実を伝えた方が未成年への酒類提供で法的な罰を受けずに済むのにどうして。

 芸能界でも一、二を争う超大手の彼らの事務所に根回しでもされた?

 集中砲火の内容は実際の出来事とあまりにも剥離しているのもそのせい?


『会見ではとにかく平身低頭に。報道陣がどんなに屈辱的な質問を投げかけても、殺気を込めた目で睨んできてもキラさんは全部を受け止め、謝罪の言葉以外絶対話さないように。当然言い訳は一切しないこと。下から睨むなんて真似ももっての外だから絶対気をつけて』

『他のメンバー三人のこと考えたら……できるよね?できないなんて言える立場じゃないよね?』


 謝罪会見の前から女性マネージャーの伊藤にしつこく念を押された意味がよくわかった。

 晶羽のバンドが所属する事務所は設立から年数がまだ浅く、規模も小さい。例のダンスグループの事務所は国内最大手。あのグループへのイメージダウンを少しでも防ぐために、あちらの事務所から圧力がかかったに違いない。熱狂的を通り越して狂信的な女性ファンが大多数占めているし、双方のグループへの過度な誹謗中傷や嫌がらせをする懸念もあるだろう。


 情報の正誤なんて関係ない。

 誤解を招く軽率な行動を取ったこと自体が一番いけなかったのだから。

 ここは晶羽一人が悪者になれば被害はまだ最小限に抑えられる。


 でも。だけど。



 顔をスッ……と上げ、報道陣を毅然と見下ろす。



「──ファンの皆さまにと心配をおかけしたこと、心より深くお詫び申し上げます」



 報道陣と晶羽の間を仕切る長机とマイク、背後の照明しかない部屋に短い沈黙が降りた。

 数秒のち、もっと多くの抗議と非難を含めた報道陣の質問が波濤のように押し寄せてくる。

 部屋の隅、カメラが回らない位置で見守る伊藤の表情も凍りついていく。


「誤解?今、誤解と言われましたか?」

「何に対する誤解なんです?」

「あの時、私はお酒は飲んでいません。ノンアルコールカクテルを一杯飲んだだけ。嘘なんかじゃありません」

「では、同席していたグループのメンバーが嘘をついていると」

「はい」


 報道陣の間で騒がしさが一気に増していく。徐にペンを取る者や電話をかけ始める者まで現れた。

『余計なことを言うな』と部屋の端で伊藤が口をぱくぱくさせ、警告を促してくる。


「プロフィールの年齢に関する発言も×××さんが仰ったことで私は言っていません。飲むのを止めようとしたのも嘘です。むしろ私が未成年と知っていながらお酒を勧めてきたので断るのが大変でした」


 もっと事実を伝えたかったのに。

 伊藤が血相を変えて乱入したため、晶羽の発言権は奪われることとなった。


「申し訳ありません!彼女は相当気が動転していて、正しい状況説明ができる状態じゃないんです!」

「嘘じゃありません!私は」


 続けようとした言葉は、伊藤に頭を掴まれ、強引に頭を下げさせられたせいで言えなくなった。

 晶羽より伊藤の方が一〇cmは背が低いのにわずかな動きですら封じる力強さに抵抗できず、晶羽は沈黙せざるを得ない。


「キラに代わり、私が皆様に心よりお詫び申し上げます!大変申し訳ありませんでした!早いですが、これにて会見は終了します!!」


 聞くに堪えない罵詈雑言の嵐が報道陣から激しく吹き荒れる。晶羽は伊藤に無理やり押し出される形で部屋から退出を余儀なくされた。

 不運にもこの謝罪会見は生放送で行われており、『前代未聞の見苦しい謝罪会見』と後々まで語り継がれることとなる。



 その会見から数日後。


 アイドル系四人組ガールズバンド、Rainbow Plastic Planetsのボーカル、キラこと纐纈こうけつ晶羽の脱退報道が各ニュースや新聞雑誌に取り沙汰された。

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